|
|
毎日新聞2026/5/14 東京朝刊有料記事2509文字
北朝鮮が軍備増強を着実に進めている。目に付くのは新型の通常兵器だ。さまざまな無人航空機(ドローン)を開発し、小型艦艇ばかりだった海軍に大型駆逐艦の配備を始めた。核開発が一定の進展をみたことや、ウクライナ戦争以降の国際情勢を受けての動きとみられる。北東アジアの平和と安定に対する脅威の質的な変化を注視し、米国や韓国と連携して対応を強化することが求められている。
進む通常兵器の開発
「今日の現実は、敵の甘言を排して核保有を確固たるものとした戦略的決断の正しさを示している」。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記は3月23日、国会に相当する最高人民会議で力説した。
Advertisement
核開発を疑われるイランへの米国とイスラエルによる攻撃を意識し、既に核兵器を持つ自国は攻撃されないという自信を誇示した格好だ。金氏は、地方での視察なども精力的に続けている。
2003年のイラク戦争開戦時に北朝鮮が見せた反応は全く違うものだった。
金氏の父である当時の最高指導者、金正日(キムジョンイル)氏の動静は約50日途絶え、その間に開かれた最高人民会議にも姿を見せなかった。米国の攻撃を警戒したとみられている。
北朝鮮は、十分な軍事力を持たなかったイラクを反面教師とする考えを公にし、「必要な抑止力を持つことを決心した」と核保有の意思を表明した。
父の死去で11年末に権力を握った金氏は、核開発を加速させた。北朝鮮が保有する核兵器は現在、数十発に上ると推定されている。
北朝鮮に核を放棄させるのはさらに難しくなった。各国の専門家の間で、そうした見方が広がっている。
問題は核兵器だけではない。いま懸念されているのは、通常兵器の拡充である。
特に注目されるのが、ロシアの技術支援が疑われるドローンだ。23年の軍事パレードで偵察用と攻撃型の2機種が登場した。その後、より小型の自爆攻撃機も開発された。
昨年には、大型駆逐艦2隻が進水した。3隻目も建造中だ。輸送機に大きな円盤を載せた早期警戒管制機とみられる航空機も公開された。
ソウルを射程に収める新型ロケット砲も、今年中に旧型と置き換えることが予告されている。
広範囲に子爆弾をばらまくクラスター弾や、電子回路をショートさせて停電を引き起こす「炭素繊維弾」をミサイル弾頭に搭載しての発射試験も繰り返されている。
通常兵器に力を入れる背景には核兵器の特殊性がある。
北朝鮮の軍事動向に詳しい韓国・峨山(アサン)政策研究院の梁旭(ヤンウク)研究委員は「核兵器は脅しの道具として有用だが、使用のハードルは極めて高い。そのことが、ウクライナ戦争でのロシアの行動によって改めて確認された」と指摘する。
多額の資金を必要とする通常兵器の開発と更新を支えるのは、対露協力の見返りとして得ている資金だ。
韓国情報機関傘下の研究機関である国家安保戦略研究院は今年3月、派兵と武器輸出で北朝鮮がロシアから得た収益は最大で144億ドル(約2兆3000億円)になるという推計を公表した。
新兵器の公開には軍事力を誇示する宣伝という側面がある。だが長期的に見れば、北朝鮮の兵器開発は着実に進展している。
北朝鮮情勢を長年分析してきた元公安調査庁調査第2部長の坂井隆氏は「北朝鮮の技術力を過小評価してはいけない」と警告する。
困難さ増す「非核化」
通常兵器の開発に注力する北朝鮮にとって、大国が「力の論理」を振りかざす国際情勢は追い風となっている。
ウクライナに侵攻したロシアとは、24年に事実上の軍事同盟を結んだ。侵攻支援のために派遣された1万人を超える兵士は、多大な犠牲を払いながらドローンを多用する現代戦の経験を積んでいる。
派兵された兵士をたたえる記念館の完工式が開かれた先月には、ロシアから下院議長と閣僚4人が相次いで北朝鮮を訪問した。
伝統的な友好国である中国とも、コロナ禍で止まった首脳会談や閣僚往来を復活させた。中露は、国連安全保障理事会で北朝鮮を露骨に擁護するようになった。
中露以外との外交も動き始めている。
ベラルーシのルカシェンコ大統領が今年3月に訪朝し、金氏との間で友好協力条約に調印した。昨年10月にあった朝鮮労働党創建80年の記念行事には、ベトナムやラオスの首脳、インドネシアの外相らが出席した。
衛星画像の解析によると、外国の賓客用とみられる大規模施設の建設が平壌で進められているという。目的は不明だが、日本政府関係者は「外交面で何か動きがあるのかもしれない」と話す。
北朝鮮経済は、核開発の急進展を受けた16年以降の制裁強化でダメージを受けた。その後もコロナ禍で大きく落ち込んだ。
だが、ウクライナ戦争でのロシア向け武器輸出という特需もあって回復軌道に乗ったとされる。
通貨安の進行やインフレといった問題も伝えられるものの、現在は比較的安定した状態にある。韓国銀行の推計によると、北朝鮮の経済成長率は23年から2年連続で3%を超えた。
北朝鮮の脅威を巡る状況は大きく変わった。
核問題が浮上したのは1990年代だった。当時の北朝鮮は冷戦終結で孤立し、社会主義圏からの援助を失ったため深刻な経済危機に陥っていた。核開発への一点集中は、資金的な制約下での選択という側面があった。
だが今や北朝鮮は核保有を誇示し、通常兵器にも注力するようになった。峨山政策研究院の梁氏は「核兵器は持っていても使えない。通常兵器こそ現実の脅威になっている」と語る。
その脅威にさらされるのは日本と韓国だ。共通の同盟国である米国と連携しながら対応を取る必要がある。
欠かせないのは、状況の変化を直視し、現実的な最善策を探る姿勢だ。
■ことば
北朝鮮の核問題
北朝鮮は1994年に核開発の放棄で米国と合意したが、その後もひそかに開発を続けていたことが2002年に発覚した。南北朝鮮と日米中露による6カ国協議での解決が模索されたが、不調に終わった。北朝鮮は17年までに6回の核実験を重ね、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発も進めた。昨年1月の第2期トランプ米政権発足以降、ICBMの発射試験は行われていない。