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毎日新聞2026/5/28 東京朝刊有料記事2010文字
「自然は、沈黙した。鳥たちは、どこへ行ってしまったのか。みんな不思議に思い、不吉な予感におびえた」(青樹簗一(あおきりょういち)訳)
きのう27日は農薬による環境汚染を描いた「沈黙の春」の著者、レイチェル・カーソンの誕生日だった。それから1世紀余を経て、私も生き物の息づかいが感じられない光景に遭遇した。場所は国境の島、長崎県・対馬。東京23区よりやや広い約700平方キロに、約2万6000人が暮らす。
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海岸には漁具など目を疑うほど大量のプラスチックごみが漂着していた=長崎県対馬市で2025年12月20日、田中泰義撮影
温暖化で海藻減 大量の漂着ごみ
海は透き通っているのに、箱眼鏡で中をのぞくと、魚はおろか、ワカメやヒジキなどの海藻の姿がなく、岩がむき出しになっている。「磯焼け」という現象で、まるで海の砂漠だ。近海はかつてアカムツやアマダイなどの高級魚が取れ、「宝の海」と言われた。ところが半世紀前に比べて海藻類の陸揚げ量は99%も減った。藻場は魚介類の生息地や産卵場となる「海のゆりかご」であり、水質浄化や二酸化炭素吸収の機能が損なわれてしまった。
主な原因は温暖化とされる。近海の海水温は過去100年間で1・34度上昇し、今やアワビは、100匹しかいないといわれる国の天然記念物ツシマヤマネコより目にしにくいという。今世紀末に20世紀末より3・47度高くなるとの予測もあり、まさに緊急事態だ。
急な坂を下りて島西部のクジカ浜に出た瞬間には言葉を失い、同行していた企業関係者らの会話も途切れた。大量の漂着ごみであふれていたためだ。直径1メートルもあるブイ、漁網の切れ端、ポリタンク、ペットボトル、洗剤容器など。20年ほど前、子どもたちの遊び場だった美しい砂浜は見る影もない。歩くのもままならない。長年、清掃に取り組んでいる末永通尚さん(54)は「何度回収しても再び流れ着く」と天を仰ぐ。
島全体に押し寄せる漂着ごみは年間3万~4万立方メートル。25メートルプール約100杯分に相当する。急峻(きゅうしゅん)な地形のため重機を持ち込むのは困難で、回収量は年平均約8000立方メートルにとどまる。排出源の大半は島民ではない。対馬市が2024年度に回収したペットボトルを調べると、中国由来が37%、韓国が27%と形状などから海外製が圧倒的だった。
厚さ数センチのプラスチックごみの層も出現した。一見、砂の層に映るが、正体は細かく砕けた発泡スチロールだ。「美しい森や海に魅了されたこの地で『人新世』を実感するなんて」と、東京都内の大学を卒業後、市職員に採用された前田剛さん(46)は声を落とした。人新世とは、プラごみや核実験による放射性降下物など人類の痕跡が残る地質時代を指す。
カーソンは「病める世界--魔法にかけられたのでも、敵におそわれたわけでもない。すべては、人間がみずからまねいた禍(わざわ)いだったのだ」とも記した。対馬の異変も人間の大量生産・消費・廃棄の結末だ。
解決に取り組む 現役世代に希望
だが、私は絶望感を覚えるというよりは、かすかな希望を感じた。難題を解決しようとする多くの現役世代に出会ったからだ。
漁師の犬束祐徳さん(30)は、宝の海を取り戻すために「藻場ランド」という海藻の養殖場整備に取り組み、現状を知ってもらうための見学ツアーを実施している。「漁師は海に生きるのではなく、生かされている。海の豊かさを次世代につなぐため、傍観者ではなく、行動し、多くの人の協力を得たい」と語る。目の輝きが印象に残った。
豊かな海を再生するには栄養分を供給する森の保全も重要だ。斉藤ももこさん(38)はシカやイノシシの食害で荒れた森の再生に挑む。捕獲し、肉や革製品を販売することで、地域に新たなビジネスを生み出した。「害ではなく財」と視点を転じ、前を向く。猟師と漁師の交流が始まり、意識変革が確かに進んでいる。
住民だけではない。島の実態を知った産学官の関係者が毎年集い、解決に向けて模索を続けている。包装材メーカー大手「レンゴー」は、魚箱に使われる発泡スチロールを段ボールで代替する取り組みを紹介した。プラごみの再利用やプラ製品の利用削減を始めた個人・団体も増えた。
私は「温暖化」「生態系悪化」「ごみ汚染」という地球環境の三重苦を対馬で目撃し、心が揺さぶられた。プラごみは回収しなければ再び漂流し、海洋生態系を悪化させる。ここで歯止めをかけようと、対馬市の比田勝尚喜市長は、50年をめどにサステナブルアイランドの実現を目指すという。成功は人々に勇気と希望を与える。国内外の知恵を集めて達成したい。
中東情勢が緊迫する中、プラスチックやエネルギーなどのもととなる石油への依存を見直す機運は高まっている。現実を直視する「百聞は一見にしかず」は重要だがゴールではない。対馬だけの問題でもない。考え、行動し、社会を変えるための一歩を踏み出す時を迎えている。