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毎日新聞2026/6/25 東京朝刊有料記事4519文字
ベトナムとオーストラリアを訪問するのを前に報道陣の取材に応じる高市早苗首相=首相公邸で2026年5月1日午後2時11分、平田明浩撮影
「G2」と呼ばれる超大国、アメリカと中国は近年、圧倒的な軍事力と経済力を背景に、力による国際秩序の変更をいとわない政策を進めてきた。地政学上、日本は両国の動向から大きな影響を受ける。この先どのような課題があり、どう進むべきなのか。福田円氏が論じた。また小堀聡氏は、政府による経営・管理ビザの厳格化に注目。外国人受け入れ政策の欠落部分を挙げた。森健氏は、高市早苗首相周辺の中傷動画疑惑を取り上げ、首相の対応の問題点を指摘した。(寄稿中敬称略)
◆新たな国際秩序と日本
主体的な取り組みを 福田円氏
5月初旬、ベトナムを訪問した高市早苗首相は、ハノイで外交政策演説を行った。そこでは、10年前に安倍晋三元首相が提唱した自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想を進化させ、自由、開放性、多様性、包摂性、そして法の支配に基づく国際秩序を築くために、日本が主体的に取り組むことが示された。
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この進化版FOIP構想には三つの重点分野がある。第一は、人工知能(AI)・データ時代の経済基盤の構築であり、エネルギーや重要物資のサプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)化も含まれる。第二は、官民一体での経済成長機会の共創とルールの共有である。第三は、地域の平和と安定のための安全保障分野での連携拡充で、海洋安全保障やサイバーセキリュティーが重視される。
「進化」の特徴は、経済安全保障とサプライチェーンの強靱化の重視だ。背景には、この10年間で米国と中国それぞれが経済を武器化しながら競争する時代が訪れ、自由貿易が後退しつつある現状がある。その中で、日本は「自由で開かれた」秩序を維持しつつも、自律性や強靱性を身につけるための取り組みを同盟国や同志国とともに進めることを必要としている。
日本外交の活発化
高市政権は進化版FOIPを掲げた地域外交を活発化させている。首脳外交に限っても、高市首相はベトナムにおいて、日本が主導するアジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ(パワー・アジア)のプロジェクトとして、ベトナムの原油調達を支援することで合意した。続けて訪れたオーストラリアでも、重要鉱物やエネルギーのサプライチェーン強靱化に関する共同声明を発出した。
5月中旬の日韓首脳会談は、進化版FOIPに基づいて、インド太平洋地域のエネルギー供給強靱化とエネルギー安全保障強化の二つを柱とする日韓協力を立ち上げた。続いて、日比首脳会談は海洋安全保障での連携を確認し、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)締結に向けた交渉開始で合意した。
6月に入り、高市首相はマレーシアのアンワル首相やラオスのソンサイ首相とも会談した。マレーシアとは液化天然ガス(LNG)などエネルギー資源の安定供給や海洋安全保障、ラオスとはエネルギー・資源安全保障のための協力を進めていくことを確認した。さらに、主要7カ国首脳会議(G7サミット)においても、高市首相は進化版FOIPについて説明し、中国による対日経済措置がG7や同志国のサプライチェーンに与える影響に対する懸念を表明した。
日本のFOIPは当初から中国の海洋進出や「一帯一路」への対抗ではないかと目されたが、同構想が中国にも開かれていることが強調された時期もあった。進化版FOIPも、中国への対抗を明確に打ち出しているわけではない。しかし、日中関係の現状を考慮すれば、中国の経済威圧や海洋進出への対策であるようにも見える。実際、中国国防省の報道官は、日本が「自由で開かれた」「安全保障協力」などの名目で陣営間の対立をあおり、自国の軍事規制緩和の口実を作ろうとしていると批判している。
また、日本のFOIPを皮切りに、第1期トランプ政権が打ち出した米国のFOIP、東南アジア諸国連合(ASEAN)のインド太平洋に関するアウトルック(AOIP)など、この地域をめぐるそれぞれの構想が重なりあう。特に、AOIPはASEANの中立性と、すべてのパートナーに開かれた枠組みを目指すことを強調し、日本はこれを全面的に支持・支援してきた。この経緯に鑑みれば、進化版FOIPに対する中国からの批判が高まると、ASEAN諸国は日本が呼びかける連携や協力に呼応することが難しくなり、日本もその判断を尊重せざるを得なくなるだろう。
対米、対中の課題
日本は中国が展開する「新型軍国主義」批判にも有効に対処せねばならない。なぜなら、渡辺真理子が指摘するように、中国は日中関係を「あいまいさを保ったまま経済的に威圧する」段階から、「軍事的緊張と経済的競争が結びついた安全保障段階」へと再定義しようとしているからである。この構想が地域の平和と繁栄に資することを、日本は説得的に示す必要がある。
高市政権が進化版FOIPを推進する上で、最も悩ましいのは米国との関係ではないか。トランプ大統領は国際法を軽視し、「力の支配」を押し通してベネズエラやイランを攻撃した。また、大国間の駆け引きを重視するあまり、中国との「建設的な戦略的安定関係」に合意したとされ、米中が世界をけん引する「G2」だと述べたこともある。そして、米国際開発局(USAID)の解体に見られるように、トランプは途上国や新興国に対する支援に関心がない。
これまで米国の同盟国として、FOIPが掲げる価値を共有してきた日本は、難しい局面に立たされている。最近、トランプ政権は第1期で「インド太平洋軍」に変更した統合軍の名称を「太平洋軍」に戻すと発表した。イランとの停戦後、米国のインド太平洋地域への関与が不透明な状況は続くであろう。しかし、進化版FOIPを打ち出した日本は、米国に望ましい秩序の共有を呼びかけつつ、地域諸国のなかで仲間を増やし、連携しなければならない。
◆経営・管理ビザ
外国人も社会の一員 小堀聡氏
<経済のグローバル化の中で、我が国の経済の発展に寄与する外国人の受入れを促進する>(出入国在留管理庁のサイト)
2015年4月、第2次安倍晋三政権は、この目的の一環として、経営・管理ビザを導入。外国人の起業や経営参画を促した。政権の経済政策「アベノミクス」が掲げていた成長戦略に沿ったものといえる。
だが昨年10月、政府は同ビザの許可・更新基準を、大幅に厳格化した。資本金を500万円から3000万円に引き上げたほか、1人以上の常勤職員雇用などを新たに義務化。目的はペーパーカンパニーの防止だが、零細なエスニック飲食店経営者なども資格を更新できず、閉店に追い込まれるのではないか。既存事業者には3年間の経過措置があるものの、懸念が広がっている。
たとえば憲法学の近藤敦は、資金力のあるペーパーカンパニーの参入障壁にならない一方で、真面目な小規模経営者の事業継続や新規参入を阻むと指摘。現実に即した、柔軟な制度運用を訴える。
外国人受け入れ政策自体への反省も、必要だろう。国際労働移動を研究する松下奈美子は、「外国人を社会のメンバーとしてではなく、必要な労働力として受け入れるという基本姿勢」の根強さを指摘する。もはや外国人なしには社会が回らないにもかかわらず、彼ら一人一人のキャリア形成や生活へのまなざしを欠いているということだ。
経済の語源は、世を経(おさ)め、民を済(すく)うことである。「我が国の経済の発展」とは、一体何なのだろうか。
◆高市首相周辺の疑惑
募る国民の不信 森健氏
各社の世論調査で内閣支持率が下落している。影響しているのは高市早苗首相の公設秘書が関わったとされる中傷動画疑惑だ。昨秋の自民党総裁選などの際、候補者の小泉進次郎や林芳正をおとしめる動画の作成を業者に委託したとされる。加えて下落の一因には首相の発言のブレもある。
5月に「私自身も秘書も面識のない方」とした動画作成者についてオンライン会議の証拠が出ると「お会いしたことがない」と修正。週刊文春が有料公開した同会議の音声も首相は「依頼した事実はない」と主張したが、最終的に秘書が同会議に参加していたことを認めた。不都合な事実が出ても疑わしい抗弁をするばかりで、きわめて不誠実な対応をしてきたと映る。
松下政経塾時代の若き日の高市を取材したルポが興味深い。同塾では一昼夜かけて100キロ歩く恒例行事があり、多くが眠気や血まめの足と闘いながら歩く。ある同期塾生は自身より後ろに高市が歩いていたのを覚えていたが、ゴールに着くと高市は「二位でフィニッシュしていた」。どこで追い抜かれたのかわからず、本人に聞いたが、笑っているだけで真相を語らなかったという。歩行の謎も疑惑が発覚したときの態度も、いまの首相の原形を彷彿(ほうふつ)とさせる。
政治家は言葉が命とされる。事実に向き合わない首相の発言は国民の不信を募らせていないか。ちなみに自民党の公式サイトにはインターネット選挙運動では誹謗(ひぼう)中傷が刑法に抵触すると明示されている。同党総裁なら違法行為は断固対処するだろう。
◆今月のお薦め4本 福田円氏
■高市政権の外交方針FOIP、識者の見方は(大庭三枝・簑原俊洋、朝日新聞デジタル6月12日)日本にとって、ミドルパワーや小国との連携がますます重要に。
■非対称戦争と<力の支配>の実像(阿南友亮・岩間陽子・久保文明・斎藤貢、外交Vol.97)米国の対中「競争」に対応する日本の対中戦略が必要。
■「法化」する中国の対日経済制裁(渡辺真理子、同)エンティティリストは日中関係を安全保障上の緊張関係に再定義する意味がある。
■なぜいま「国民の物語」が必要なのか(河野有理・辻田真佐憲、Voice7月号)「国民の物語」と安全保障の関係。
◆今月のお薦め3本 小堀聡氏
■「まじめな外国人経営者が割を食う」(近藤敦、朝日新聞デジタル4月25日)入管には事業を判断するような審査能力がないと指摘。
■「移民はいない」と言い続ける日本を支えてきたのは誰か(松下奈美子、じんぶん堂4月22日)
■ケバブライスと鴛鴦茶(エイオンティー)(安田菜津紀、世界7月号)現場の声を細やかに取材。
◆今月のお薦め3本 森健氏
■高市早苗「書かれざる履歴書」「空白の一年」と外交官試験の謎(甚野博則・文芸春秋取材班、同誌7月号)
■円安加速リスクに備えよ イラン攻撃で露呈した日本経済の脆弱(ぜいじゃく)性(唐鎌大輔、中央公論7月号)
■高市首相「中傷動画」全ての疑問に答える(週刊文春6月25日号)声紋鑑定で秘書の声と同一と推定。
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■人物略歴
福田円(ふくだ・まどか)氏
法政大教授。慶応大博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。専門はアジア国際政治。著書に「中国外交と台湾」。1980年生まれ。
■人物略歴
小堀聡(こぼり・さとる)氏
京都大准教授(日本経済史)。1980年生まれ。
■人物略歴
森健(もり・けん)氏
ジャーナリスト。1968年生まれ。