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がん治療は近年、急激に進歩しています。手術・放射線・抗がん剤といった従来の3本柱に加え、免疫療法や分子標的薬が登場し、さらに近年では新たな技術を使った薬剤がお目見えしています。
その中の一つで、特に注目を集めているのがADC(抗体薬物複合体)薬。がん細胞だけを狙って殺す、いわば「誘導爆弾」のような能力を持ち、従来の薬剤よりも高い効果と安全性を両立しています。今回は、最近のがん治療を大きく変えつつあるADC薬について解説します。
抗がん剤は広すぎる攻撃が問題
ADC薬について理解していただく前に、まず、がんに対する薬剤である抗がん剤の開発の歴史を簡単に説明したいと思います。
がんに対する薬剤で、最も古くに開発されたものが「細胞傷害性抗がん剤」です。略して抗がん剤と呼ばれることが多い薬です。抗がん剤という言葉の定義は若干曖昧で、がんに対する薬剤の全てを抗がん剤と呼ぶ時もあれば、細胞傷害性抗がん剤のみを抗がん剤と呼ぶ場合もあります。今回は、細胞傷害性抗がん剤を抗がん剤と呼ぶことにして話を進めます。
以前の記事でも解説したように、抗がん剤は増殖している細胞を選択的に殺す薬剤です。正常細胞はほとんど増殖していなくても、がん細胞は積極的に増殖しているという性質の違いを利用しています。これによってがん細胞を殺すのです。
=ゲッティ
ただ問題点として、一部の増殖している正常細胞(毛根細胞、消化管細胞、血液細胞など)も殺してしまうために、髪の毛が抜ける、吐き気がする、感染症に弱くなるといった副作用が起こることがありました。
たとえるなら、ギャングが潜む地域の全体をじゅうたん爆撃してしまうようなもので、ギャングのみならず周囲の一般人も巻き込んでしまうという問題があったのです。
がんの表面にくっついても、効果は弱い分子標的薬
そこで、抗がん剤の問題を解決するために登場したのが抗体薬(分子標的薬)と呼ばれる薬剤でした。がん細胞の表面にある「特定の目印(抗原)」にくっつくことで効果を発揮するものです。
=ゲッティ
ギャングは特徴的な龍の入れ墨をしているので、入れ墨をしているギャングにだけくっつく薬剤ということになります。がん細胞に選択的であるため、古くからある抗がん剤に比べて副作用が少ないというメリットがあります。
分子標的薬はがん細胞の表面にペタペタつくことで、邪魔をします。すると、がん細胞がうまく働けなくなり、それが原因でがんの腫瘍が縮小したりするのです。また、表面につくことで、免疫細胞のがん細胞への攻撃を誘発したりもします 。
しかし、限界がありました。周囲にペタペタついて邪魔するという作用は直接的に殺す爆弾ほどの力はないので、効果が弱く、不十分だったのです。中には非常に効果の高い分子標的薬もあるのですが、十分にがん細胞を殺すことができないものも多くありました。
ADC薬は抗体に爆弾を装備した「誘導爆弾」
こうした不十分な効果を克服するために生まれたのが、ADC(抗体薬物複合体:Antibody–Drug Conjugate)薬です。ADC薬は分子標的薬をベースに使って、そこに抗がん剤を結合してあげるという、二つを合わせた構造をしています。これによって、抗がん剤と分子標的薬の利点を合わせられるようになっています。
抗がん剤は、がん細胞を殺す効果は高くても、全身に広がってしまって、正常細胞にまで被害が及んでしまうのが問題だった。それに対して分子標的薬は、選択的にがん細胞に届くことは素晴らしいものの、がんを殺す効果は弱かった――。
このジレンマを解決してくれるのがADC薬と言えます。ADC薬は抗体の働きで、がん細胞がいるところに選択的に運ばれ、その後に抗がん剤の作用を発揮して、がん細胞を殺してくれるのです。
言うなれば、精密誘導爆弾。
=ゲッティ
抗がん剤によるじゅうたん爆撃ではなくて、分子標的薬で精密に誘導してもらえば、ギャングが潜むアジトに爆弾が命中し、アジトを効率よく破壊してくれる。しかもADC薬は、分子標的薬より破壊力が強いのです。これによって正常細胞を巻き込まず、がん細胞を選択的に殺すことが可能になってきました。
乳がんや肺がんで、腫瘍が劇的に縮小する例
実はADC薬の元となるアイデアはだいぶ前からありました。ただ、抗体と抗がん剤をうまく合体させることが難しく、初期には効果的で安全なレベルには及ばなかったのです。
しかし近年は技術革新によって、効果と安全性が高いADC薬の開発が進み、乳がんや肺がん、リンパ腫などの治療を大きく変えています。特に乳がんや肺がんでは、従来の抗がん剤や分子標的薬では効果が乏しかった患者さんでも、がんの腫瘍が劇的に縮小する例が報告されており、治療選択肢を大きく広げてくれました。
=ゲッティがん細胞内だけで薬を放出する「新型リンカー」の開発も
ただし、ADC薬にも克服すべき課題があります。
一つは、標的となる分子(マーカー)が限られていること。これは以前もお伝えしたように、がんにだけ出ていて、正常細胞には出ていないマーカーを探すのが難しいという問題があります。主にがん細胞に出ているマーカーでも、時には少しだけ正常細胞にも出ていることがあり、これが副作用の原因となっているのです。この限界を突破するために「二重標的ADC薬」の開発も進められています。一つだけではなく、二つの目印を合わせて判定するというもので、がん細胞を選択的に見つける可能性が上がります。
さらに、分子標的薬と抗がん剤の「つなぎ目」にも改良が加えられるようになりました。つなぎ目が不十分だと、抗がん剤ががんの腫瘍ではないところで離れてしまい、副作用につながることがあるからです。
=ゲッティ
そのため現在は、がん細胞内だけで薬を放出する「新型リンカー」などの開発が進んでいて、より安全で確実な次世代型ADC薬に期待が寄せられています。
ADC薬は従来の抗がん剤のような副作用を抑えつつ、分子標的薬を超える強力な効果を目指す治療法です。
広すぎず、弱すぎず、ちょうどよい精密な一撃でがんを倒す。この理想を形にしつつあるもので、今後より多くの患者さんに新たな希望をもたらすことを期待しています。がん研究の最先端で行われていることを少しでも知っていただくと、現代のがん治療がより頼もしいものに感じられるのではないでしょうか。
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大須賀覚
アラバマ大バーミングハム校助教授
おおすか・さとる 2003年筑波大医学専門学群卒。同大病院脳神経外科などで主に悪性脳腫瘍の治療に従事するが、患者さんと向き合う中で現行治療の限界に直面し、がん研究者に転向。共著に「最高のがん治療」など。