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腰が曲がってからでは遅い 圧迫骨折を遠ざける三つのポイント福島安紀・医療ライター
2023年12月31日
58歳の主婦、潤子さん(仮名)は、ひどい腰痛に悩まされて近所の整形外科を受診した。そこでX線検査を受けたところ、医師に「腰の骨には問題はないが、胸椎(きょうつい)と呼ばれる背骨の一部が圧迫骨折で1カ所つぶれている」と説明されショックを受けた。その部分に痛みはなく、いつ骨折したのか分からない。「そういえば、80代の母親も圧迫骨折で背中が曲がっています。だけど、まだ50代だから大丈夫だと思っていました」と話す。
簡単で効果が高い背筋運動
「前回、『尻もちで、くしゃみで 寿命を縮める圧迫骨折、40歳以上の5人に1人』で説明したように、圧迫骨折の3分の2は無症状です。潤子さんのように気づかないうちに背骨の一部がつぶれてしまっている人は少なくありません。特に女性は閉経後に骨粗しょう症になりやすいため、40代~50代でもいつの間にか圧迫骨折が起こることがあります」
秋田大学医学部付属病院整形外科教授の宮腰尚久さんは、そう指摘する。
圧迫骨折した椎体
圧迫骨折とは、背骨の前側の半円形の部分である椎体がつぶれて折れた状態で、骨粗しょう症になって骨がもろくなり体の重みに耐えられなくなることによって生じやすくなる。一度圧迫骨折が起こると、ドミノ倒しのように、椎体の圧迫骨折や脚のつけ根の大腿(だいたい)骨近位部骨折など、骨粗しょう症による脆弱骨折が起こりやすい。
潤子さんは、さらなる骨折が起こるのを防ぐため骨粗しょう症の薬を服用し始めた。それと共に、医師に勧められたのが、背筋運動を1日10回、週5日以上続けることだった。おなかの下に枕かクッションを入れてうつぶせに寝て、背中を真っすぐ伸ばしたまま上半身を少しずつ上に持ち上げ5秒間静止し、ゆっくりと元の姿勢に戻す。関節を動かさずに筋肉を収縮させ少ない動きで筋肉トレーニングができる効果的な方法だが、無理に上半身をぐっと上げ過ぎると、背骨や背中の筋肉を傷めやすいので注意したい。
「国内外の研究から、1日10回、週5日以上、背筋運動を続けて背筋力を上げれば、圧迫骨折を予防できることが分かっています。背筋力がなくて上半身が上がりにくい人は、1日5回程度から始め、徐々に回数を増やしてもよいでしょう」と宮腰さんは語る。
58~75歳の女性50人を対象に、1日10回の背筋運動を週5回、2年間続けた効果を検証した米国の研究によれば、運動をやめた後の8年間も含め、運動したグループの背筋力は、運動しなかったグループより高かった。また、運動しなかったグループの10年間の圧迫骨折(椎体骨折)発生率は、運動したグループの2.7倍に上った。簡単な運動に見えるが、2年続けるだけで、その後8年間も効果の持続が期待できるわけだ。
ただし、この研究で実施した背筋運動はかなりハードだ。参加者の最大背筋力を測定し、その30%のおもり(平均10㎏程度)を肩甲骨の上あたりに乗せて背筋運動をしている。10㎏の米の袋をリュックサックに入れて背負って、背筋運動をするようなものだ。この方法を背筋力が弱い人が自己流でやると、逆に骨折を招く恐れもある。
そこで、宮腰さんらの研究チームは、18~26歳の健康な女性58人を対象に、おもりを減らしても背筋力が上がるかを検証した。また、60~74歳の女性(平均年齢67歳)の女性を対象に、4カ月間背筋運動をするグループとしないグループで背筋力の差を調べる研究も実施している。この二つの研究で分かったのは、おもりをつけなくとも、背筋運動を続ければ、4カ月間で運動をする前より約25%背筋力が上がるということだ。背筋運動をした人たちは、背中の痛みが少なく、日常生活が活動的で社会参加も活発だった。
「おもりを軽くし回数を減らした場合や、あるいはおもりなしの場合でも、背筋運動を続ければ、背筋力が上がり、圧迫骨折や背骨が変形して曲がってしまう脊柱(せきちゅう)後弯(こうわん)変形を予防できる可能性が高まることも分かっています。圧迫骨折を予防するためにも、40歳以上の人は、ぜひここで紹介した背筋運動を週5日以上続けてください。特にまだ骨折していない人にはぜひ勧めたい運動です」と宮腰さんは強調する。
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ただ、圧迫骨折をしたばかりの人、背中が変形してうつぶせになれない人は悪化の恐れがあるので、このやり方による背筋運動は勧められないという。
検診で骨粗しょう症の早期発見・治療を
もう一つ、圧迫骨折を予防するために有効とされるのは、定期的に骨粗しょう症検診を受け、骨密度が低下している場合には薬物治療を受けることだ。国の事業として多くの市区町村が、40歳以上の女性を対象に骨粗しょう症検診を実施している。自己負担はないか少額だ。ところが、骨粗鬆(そしょう)症財団によると、2021年の骨粗しょう症検診の受診率は全国平均でわずか5.3%だ。
日本整形外科学会が23年7月に、40~70代の女性約1000人を対象にインターネットで実施した「骨粗しょう症に対する意識調査」では、40代女性の約6割、50代女性の約半数が、「骨密度検査を一度も受けていない」と回答した。また、40~50代の約半数、60~70代の約4割が、自治体で骨粗しょう症検診が行われていることを知らなかった。
潤子さんの場合も、親が圧迫骨折をしていることもあり自分の骨密度が気になってはいたが、骨粗しょう症検診を受けたことがなかったという。
「40歳以上の女性は、定期的に骨粗しょう症検診を受け、骨がもろくなったことによる圧迫骨折などが生じる前に適切な治療を受けてほしいと思います。男性も60代くらいから骨粗しょう症になることがあるので、骨関連のイベントや人間ドックなどで骨密度を測ってみましょう」と宮腰さん。
カルシウム、ビタミンD不足にも注意
骨の強度を保つには、1日3食バランスのよい食事を心がけることも重要だ。骨は、破壊される「骨吸収」と新しく作る「骨形成」を繰り返し、新しく作り替えられることで強度を保っている。骨の形成に不可欠なのが、カルシウム、ビタミンDなどの栄養素だ。
骨粗しょう症の治療では、少なくとも1日700~800mgのカルシウム摂取が推奨されている。しかし、国民健康・栄養調査(19年)によれば、実際の1日のカルシウム摂取量は20歳以上の平均で女性が494㎎、男性が503㎎で、日本人の食事摂取基準(20年版)の推奨量(成人女性600~650㎎、成人男性700~800㎎)と比べても不足している。
また、腸管からのカルシウムの吸収にはビタミンDが欠かせない。だが近年、この栄養素の不足も問題になっている。カルシウムは牛乳、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品、骨ごと食べられる小魚、豆腐や納豆などの大豆製品、野菜類や海藻など、ビタミンDは、イワシ、サバ、サケなどの魚、キノコ類に多く含まれる。
「ビタミンDは食品から取るだけではなく、日光に当たることによって皮膚で合成されます。ビタミンDが不足すると筋力低下やメンタル面の不調にもつながりますので、日中屋外に出ない人や日照時間の短い冬は、サプリメントでビタミンDを補充してもよいでしょう」と宮腰さんは話す。
ただし、骨粗しょう症の治療として活性型ビタミンD製剤を服用している人は、ビタミンDのサプリメントの摂取は控えた方がよいという。一方、カルシウムも過剰摂取は心血管疾患の発症リスクを高めるので、できればサプリメントではなく食品から摂取するようにしたい。
喫煙や過剰飲酒も骨をもろくする要因になる。適度な飲酒量の目安は、純アルコール換算で1日20g以下とされる。ビールならロング缶1本(500ml)、日本酒なら1合弱(160ml)、ワインならワイングラス2杯弱(200ml)、焼酎ならコップ半杯(100ml)、缶酎ハイなら1缶(350ml)に相当する。飲酒の機会が多い年末年始の飲み過ぎにはくれぐれも注意したい。
今後10年間に骨折するリスクが高いのかどうかは、WHO(世界保健機関)が開発した骨折リスク評価ツールFRAXで判定する方法もある。年齢、性別、体重、身長、骨折歴、喫煙歴、ステロイド剤使用の有無などから、骨折リスクを評価するツールだ。骨折リスク15%以上と判定された場合には、骨密度を測定し、必要に応じて骨粗しょう症の治療を開始することが推奨されている。
宮腰尚久医師=本人提供
「潤子さんのように一度でも圧迫骨折をした経験がある人は、次の骨折も起こりやすくなりますし、圧迫骨折で背中や腰が曲がってしまったら残念ながら元には戻せません。背筋運動や骨粗しょう症の予防と治療によって、寝たきりの原因にもなりやすい圧迫骨折や大腿骨の骨折を防ぐことが重要です」と宮腰さんは語る。
次回は、圧迫骨折を治す手術法について取り上げる。
特記のない写真はゲッティ
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ふくしま・あき 1967年生まれ。90年立教大学法学部卒。医療系出版社、サンデー毎日専属記者を経てフリーランスに。医療・介護問題を中心に取材・執筆活動を行う。社会福祉士。著書に「がん、脳卒中、心臓病 三大病死亡 衝撃の地域格差」(中央公論新社、共著)、「病院がまるごとやさしくわかる本」(秀和システム)など。興味のあるテーマは、がん医療、当事者活動、医療費、認知症、心臓病、脳疾患。