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毎日新聞2026/7/17 東京朝刊有料記事1987文字
3年超に及んだ裁判を振り返る原告の男性=埼玉県桶川市で2025年11月18日、加藤佑輔撮影
「全教員に研修」制度確立急げ
守ってくれるはずの教師から嘲笑を受け、それが他の生徒からのいじめを助長することになれば、被害生徒の心の傷はいかばかりだろう。自分では制御できない「吃音(きつおん)」が理由だったとすれば。
教師から吃音を嘲笑されるなどの嫌がらせを受けて不登校になったとして、埼玉県桶川市立中に通っていた男性(19)と家族が、市と男性教諭に損害賠償を求めた訴訟がさいたま地裁であった。2025年11月の判決で、地裁は教諭の行為が「多大な精神的苦痛を与えた」とし、市側に約110万円の支払いを命じた。
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判決などによると、男性が中学に入学した19年4月以降、国語の授業の音読で吃音の症状が出て文章をスムーズに読めず、そうした話し方を教諭がまねるなどして嘲笑。次第に他の生徒も吃音をばかにするようになった。男性は精神的ショックから学校を休みがちになり、21年4月以降、一切登校ができなくなった。
いじめの重大事態と判断した桶川市教育委員会は判決に先立つ25年5月、第三者委員会の調査報告書を公表。他の生徒らによる5件のいじめを認定し、うち1件は、国語の授業での嘲笑などの行為が該当するとした。そのうえで「教員の不適切な言動もいじめが発生した一因」と踏み込んだ。
「先生が怖かった授業が怖かった」
裁判を通じて明らかになったのは、教師の吃音への無理解がいかに生徒を追い詰めるかだ。証人尋問で男性は「とにかく、先生が怖かった。授業が怖かった」と汗だくになりながら当時の恐怖を語った。
教諭はというと、証人尋問で朗読中の話し方を再現したことは認めつつ、「笑いのつぼに入ったことによる詰まりかと思った。吃音だと思っていなかった」と弁明。被害男性との認識のずれにあぜんとした。
ここで吃音についておさらいしたい。同じ言葉を繰り返したり言葉が出るのに時間がかかったりする症状が出る発話障害で、幼少期によく見られるが、多くは自然治癒する。一方、10代以降に発症する人を含め成人になっても症状が続く人もいて、全人口の100人に1人ほどいるとされる。
吃音がからかいなどの対象にされることは多く、毎日新聞が16年に吃音の当事者でつくるNPO法人「全国言友会連絡協議会」(全言連)などの協力を得て実施した全国アンケートでは、6割超が「学校や職場でいじめや差別を受けた」と回答。「吃音への社会的理解や支援が不十分」と答えたのは7割近くに達した。
だが、学校での吃音への理解促進は驚くほど進んでいない。全言連が25年12月に全国の47都道府県教委を対象に調査したところ、教職員研修で吃音に関する資料を独自に作っているのは8県。このうち、全教職員を対象に研修を実施しているのはわずか6県だった。
全言連は文部科学省に教職員への研修の徹底を求めたが、実は18年にも同様の要望を出している。福井県敦賀市立中で、吃音を抱える男子生徒がいじめで一時通学が困難となる事例が発覚したのが理由だった。
子どもの特性、理解は不可欠
文科省は当時、特別支援学級や通級指導教室がある学校の校長らが出席する会議で、吃音への理解を促す説明をするなどの対応を取った。だが通常学級への周知は不十分で、結果、桶川市の事案を防げなかった。
文科省の担当者は桶川市の事案について、「学校現場で吃音への理解が十分に浸透していない現状が表れたものだ」との受け止めを語る。さらに、全言連の調査を踏まえ「(研修の実施状況の)地域差をなくし、すべての教職員に吃音への理解が広がるよう対応していきたい」としている。
全言連の斉藤圭祐理事長は「教職員にとって、吃音など子どもの特性や困難に関する理解は不可欠だ。寄り添う気持ちを全教職員が持ってほしい」と訴える。
桶川市の男性は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、外出もままならない状態が続いている。中学卒業後は通信制高校に入ったが、当時の様子を突然思い出すフラッシュバックにも悩まされ、自主退学を余儀なくされた。
私は裁判が進む中で男性に取材を依頼したところ、当初は「知らない人と会うことが大きなストレス」と断られた。それでも、関連記事を出していくと「伝えたいことを話したい」と取材に応じてくれた。「自分のような被害者をこれ以上出さないでほしい」との思いが痛いほど伝わった。
まず早急に進めるべきは、全教員向けに吃音に関する実効性のある研修制度を確立することだ。情報を生徒と共有すれば、吃音が絡むいじめを未然に防ぎ、兆候を見逃さないことにつながるはずだし、ひいては社会全体で吃音への理解を深める一助となると思う。教育行政と学校現場は、男性からかけがえのない時間を奪った責任を重く受け止め、改善につなげてほしい。