|
|
毎日新聞2026/7/19 東京朝刊有料記事1742文字
=梅村直承撮影
「DOGE」という言葉が、日本でも使われ始めた。米国でイーロン・マスク氏が率いた政府効率化省(DOGE)にちなむ名称だ。折しも今月4日、本家の方は終了期限を迎えた。
行政の無駄を大胆に削り、政府を企業のように効率化する改革というDOGEのイメージは魅力的だ。しかし、その看板が米国で何を意味し、どのような結末を迎えたか、私たちは十分理解しているだろうか。
Advertisement
日本版DOGEと呼ばれる組織は昨年11月25日に発足した。正式名称は、内閣官房の「租税特別措置・補助金見直し担当室」である。高市早苗政権が掲げる「責任ある積極財政」のうち、「責任ある」の部分を示す役割に見える。
発足直前、政府は一般会計歳出17・7兆円、減税などを含む国費等による財政支出21・3兆円の経済対策を決めていた。積極財政による国債増発への警戒から円や国債が売られるなか、補助金、基金、企業向け租税特別措置を点検し、財政規律にも配慮していると示す必要があったらしい。
今年1~2月に募った国民からの提案は、3万7174件が寄せられた。2027年度予算への本格反映を目指すという。しかし削減目標は設けず、7月に示された自主点検で、租税特別措置のうち廃止を明記できたものは1件にとどまった。片山さつき財務相自身が「満足のいくものではない」と認めた。財源発掘より、積極財政への批判をかわす演出にすぎないとの見方を招くのも無理はない。
では、米国のDOGEはどうだったのか。本家の経緯を振り返れば、日本が学ぶべきものは、その失敗の教訓であることが分かる。
トランプ大統領が25年1月の大統領令で設けたDOGEは、議会が法律で設置した省ではなく、ホワイトハウス内の臨時組織だった。大統領令が定めた終了期限は今月4日だった。ただしロイター通信によれば、中央組織としては昨年11月までに事実上消滅し、多くの職員が他部局へ移っているという。
マスク氏は当初、最大2兆ドルの歳出削減を掲げ、後に1兆ドルへ修正した。しかし、連邦歳出の大半は社会保障や医療、国債利払いなど、法律を変えなければ削減できない義務的経費である。
DOGEが最後に掲げた節約額は2150億ドルだったが、その根拠として公開された資料は自己申告額の約3割にとどまり、誤計上や重複計上も相次いだ。保守系シンクタンクの財政専門家からも、実際に確認できる節約額ははるかに小さいとの厳しい評価が示された。マスク氏は約4カ月で政権を去った。削減額より先に、改革そのものが行き詰まったのである。
だが、数字以上に深刻だったのは、国家そのものが受けた傷である。人事管理局によれば、「早期退職制度」だけで約15万4000人が自主退職した。国際開発局(USAID)では職員や契約職員1万人以上が職を失い、数千の援助事業が打ち切られた。感染症対策、食料支援、母子保健、民主化支援など、米国が長年築いてきた国際協力の基盤は大きく揺らいだ。
英医学誌「ランセット」は、こうした援助削減が現在の規模で30年まで続いた場合、25年から30年までに世界で約1405万人の追加死亡が生じる可能性があると推計している。もちろん、これは実際に確認された死者数ではなく、援助削減が続いた場合の疫学モデルによる将来推計である。
フルブライト奨学金も廃止には至らなかったものの、資金凍結や政治介入をめぐる混乱で運営委員の大半が辞任し、制度への信頼は大きく揺らいだ。壊れたのは予算というよりも、国家が長い年月をかけて築いてきた制度と信頼だった。
政府にも無駄はある。しかし国家には、企業の決算書には決して表れない資産もある。制度、人材、組織知、そして信頼である。予算は翌年に戻せても、それらは容易には戻らない。
日本版DOGEを財源探しの政治ショーで終わらせてはならない。今の日本に必要なのは、人口減少社会を生き抜く国家の将来像と構造改革である。何を削るか以上にどんな国家を築くか。その議論なくして、真の行政改革はあり得ない。
「DOGE」という名前だけを借りても、成功はないのである。日本が学ぶべきは、その看板ではなく、米国が身をもって示した失敗の教訓ではないか。=毎週日曜日に掲載