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毎日新聞2026/7/25 東京朝刊有料記事2032文字
世界AI大会に参加した各国首脳と記念撮影する中国の習近平国家主席(前列中央)=上海で17日、ロイター
レジスターや小銭が鳴る効果音から始まる英ロックバンド、ピンク・フロイドのヒット曲「マネー」。拝金主義を皮肉ったこの曲を含むアルバム「狂気」の原題は「ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン」。1973年に発表された。
中国は文化大革命のただ中にあった。資本主義の道を歩む走資派と批判され、失脚した鄧小平が副首相に就任し、1度目の復活を果たしたものの、若者が西側のロックに触れる機会は存在しなかった。
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半世紀後、原題の中国語訳を会社名に起業したのが世界を驚かせた人工知能(AI)の新興企業「月之暗面」である。英名はムーンショットAI。世界で初めて月の裏側に探査機を着陸させ、サンプル回収を果たした中国の「嫦娥計画」も念頭にあったのだろう。
16日に発表されたAIの最新モデル「Kimi K3」は米国による先端半導体などの輸出規制にもかかわらず、中国の技術が米大手のアンソロピックやオープンAIに肉薄していることを示した。
「スプートニク・モーメント」。欧米メディアやSNSには冷戦期、衛星打ち上げでソ連に先を越された米国の衝撃を意味する言葉が登場した。昨年1月に発表された中国製AI「ディープシーク」に同じ言葉が使われて以来だ。
米国の輸出規制が中国独自の半導体開発を促し、自己完結型のAI開発を可能にしつつあるという指摘もある。最先端には立てないものの、低コストで実用性では遜色ないレベルのモデルを実現していることが中国の強みという。
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「AIの発展はある一国による『独奏』であってはならず、世界的な協力による『交響曲』であるべきだ」。「月之暗面」の新モデル発表翌日、上海で開幕した「世界AI大会」での習近平国家主席のあいさつである。名指しを避けたものの、米国の「独奏」をけん制した。
前日には中国が提唱した「世界AI協力機構」設立の調印式が行われ、ロシア、ブラジル、南アフリカなど29カ国が参加した。こちらも昨年末に米国主導で発足し、日本を含め35カ国・地域が参加するAI協力の国際枠組み「パックス・シリカ」に対抗する組織だ。
パックス・シリカにはインドや欧州連合(EU)も参加するほか、半導体生産をリードする台湾もオブザーバー参加している。双方に参加しているのはカザフスタンだけという。先進国の姿が見えない中国側の機構が見劣りすることは否めない。
もっとも中国の狙いは米国の囲い込みの網からはずれた「グローバルサウス」の国々を引き込むことにある。習氏は今後5年間に開発途上国向けに5000人のAI人材研修枠を提供し、東南アジア諸国連合(ASEAN)やアフリカ連合(AU)などと国際AI応用協力センターを建設する構想を提唱した。
米中両大国の技術力が突出し、それ以外の国はどちらにつくかの選択を迫られる。AIをめぐる国際政治は核兵器やミサイルの開発レースで米ソ両大国がしのぎを削った冷戦時代に似てきた。このまま米中の競争がエスカレートしていけば、核戦争同様に人類の危機につながりかねないという懸念も浮上している。
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システムの欠陥を発見する能力が極めて高いアンソロピックのミュトス級AIを巡る騒動は記憶に新しいが、今度はオープンAIが開発中のモデルの暴走だ。AIが人間の裏をかき、他社のシステムにサイバー攻撃を仕掛けたというからまるでSF映画だ。
米国にはAI技術開発のスピードを意図的に遅らせ、その影響に対処する時間を確保することが必要だという声も根強い。だが、それを許さないのが追いつき、追い越そうと狙う中国の存在である。
「もし我々が一時停止しても中国はそうしないのではないかという懸念がある。そうなれば、中国のAIの奴隷になってしまわないか」。バンス米副大統領の言葉だ。
AIを軍事力にも関わる、大量破壊兵器に匹敵する存在と考え始めた米国に比べ、中国には経済成長の新たな起爆剤と考える傾向が強い。
「AIは世界経済成長の新たなエンジンであり、新旧の成長エネルギーの転換を進める加速器である」。世界AI大会での習氏の言葉は中国自身の成長戦略と重なる。米中の認識のギャップは大きい。
冷戦の後半、米ソは地震計や衛星を使った相互監視、検証を可能にして核軍縮交渉を進めた。どちらかだけが生き残ることのない相互確証破壊(MAD)が「戦略的安定」の基盤だった。
米中は5月のトランプ米大統領の訪中で「建設的な戦略的安定関係」の構築をめざすことで一致した。だが、AI開発をめぐる疑心暗鬼が続いては「戦略的安定」どころではあるまい。
両大国が顕在化し始めたAIのリスクを直視し、共通認識を探る交渉に進めるのか。人類の将来にも関わる最重要テーマになりつつある。(特別編集委員)(第4土曜日掲載)
■人物略歴
坂東賢治
香港、北京、ニューヨーク、ワシントンに駐在し、中国政治や米中関係をウオッチしてきた。現在論説室特別編集委員。