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毎日新聞2026/7/27 東京夕刊有料記事927文字
広島市の原爆資料館にある「地球平和監視時計」が2001年夏に設置されてから四半世紀を迎えた。NPO法人「広島からの地球平和監視を考える会」によるもので、資料館の閉館時も、ガラス越しに、外から確認できる。
現時刻を示すアナログ時計の文字盤には、米軍により広島に原子爆弾が投下され、さく裂した午前8時15分がうっすらと見える。その下に二つの電光掲示がある。一つは広島に原爆が落とされてからの日数。もう一つは最後の核実験からの日数で、現在は24年5月に米国が実施した臨界前核実験から何日たったかが示されている。
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第二次世界大戦後、米国が初めて核実験をしたのは、広島、長崎への原爆投下から1年もたたない1946年7月、太平洋のマーシャル諸島でのことだ。54年3月1日、第五福竜丸(静岡県・焼津港所属)が「死の灰」(放射性降下物)を浴び、乗組員23人が被ばくしたのもマーシャル諸島ビキニ環礁で、米国が実施した核実験によるものだった。この海域で、米国は58年まで67回の核実験を繰り返した。
米国と旧ソ連の核軍拡競争が激化した時代。52年には英国、60年にはフランスが核保有国となり、太平洋は米英仏の核実験場となった。40~90年代に合わせて300回以上もの核実験が行われた。
今月7日、核兵器の開発や実験、使用などすべて禁止する「核兵器禁止条約」(TPNW、21年発効)に、太平洋の島しょ国トンガが加入し、締約・署名が100カ国・地域となった。
過去の核実験が太平洋の国々・地域にもたらした傷痕や負の記憶は大きく、今も癒えていない。被ばくや海洋汚染は住民の営みに直結する。そのため、ソロモン諸島、バヌアツ、フィジーなどオセアニアの大半の島しょ国がこの条約に署名・批准をしている。
だが、米国の核実験で多くの住民が被ばくし、居住地を追われ、仕事を失うなど被害の大きかったマーシャル諸島は署名をしていない。第二次大戦後、米国が占領。86年に独立したが、ミサイル防衛計画の中核基地が置かれるなど米国に安全保障や防衛を委ねており、経済援助も受けている。
核廃絶を訴える一方で、米国に頼らざるを得ない複雑な立場が浮かぶ。ためらい、定まらない姿は日本とも重なる。(専門記者)