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毎日新聞2026/8/1 東京朝刊有料記事2133文字
昭和天皇=1988年4月
「抜かれ」。メディアの世界では、他社に大きなニュースを先に報道されることを、そう呼ぶ。日本近現代史を担当している私は多くの「抜かれ」を経験したが、最大のものが「昭和天皇拝謁記」だ。
2019年8月、NHKがその存在と内容を報道した。その後、「昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録 全7巻」(古川隆久他編・岩波書店)として刊行された。歴史学や政治学、皇室社会学などの研究に寄与するもので、読みどころ満載だ。戦争を回顧した記述も多い。敗戦から81年となる8月、同書を軸に「昭和天皇の戦争観」を読み解いてみたい。
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「拝謁記」は、初代宮内庁長官・田島道治(たじまみちじ)(1885~1968年)が天皇との会話を手帳やノートに詳細につづった記録だ。49年2月3日から退任する53年12月16日まで全622回、100万字以上に及ぶ。
田島は愛知県出身。東京帝国大卒業後、金融界で要職を歴任する。連合国軍占領下の48年、芦田均首相に請われて宮内府長官に就き、49年に改組された宮内庁の長官となった。天皇は深く信頼していたようで、外部には表明できない政治的な発言をし、皇室の家長としての心配事などを相談してもいる。
37年7月に日中戦争が始まり、米英などと開戦して45年に負けるまでに、日本人だけで300万人以上が亡くなった。またアジア各地の人々も多数、犠牲になった。日本史上、最大の悲劇といえる。
みんな悪かった
大日本帝国の時代、天皇は国家元首であり「統治権の総攬(そうらん)者」。立法・行政・司法の三権すべてを統括する権限を持っていた。さらに陸海軍を率いる最高指揮官「大元帥」でもあった。
一般に地位の高い人ほど責任は重い。では天皇は、戦争責任をどうとらえていたのか。拝謁記によれば天皇はこう述べた。「反省といふのは私にも沢山あるといへばある。(中略)軍も政府も国民もすべて下剋上とか、軍部の専横を見逃すとか皆反省すればわるい事がある」(52年2月20日、田島記す。以下同じ)
自分も悪いが、軍も政府も国民も悪い――。そうした認識である。
このくだりを読んでまず思い出したのは「戦争被害受忍論」だ。敗戦後、政府はこれまで元軍人・軍属や遺族らにはさまざまな支援をしてきた。累計60兆円に及ぶ。しかし民間人には「国が雇用していなかった」ことなどを理由にコメ一粒の補償もしてこなかった。
60年代から、民間人戦争被害者が国に補償を求める裁判が相次いだ。しかしことごとく敗訴。裁判官が持ち出したのが「戦争では国民全体が何らかの被害にあった。みんなが我慢しなければならない」という理屈だ。私はこれを「一億総ざんげの法理」と呼んでいる。政府が民間人の補償を拒む理屈としても「活用」されてきた。天皇の「みんなそれぞれ悪かった」という認識は、この「法理」に通じるものがある。
また、天皇から見た国民性を戦争の要因として挙げている(52年5月12日)。いわく「(日本人は)常識がないといへば常識がないといふか、附和雷同性が強く誠に困つた事だ」。
米への責任転嫁
大日本帝国憲法下、国民に言論の自由はなかった。戦争に前のめりな政府に対して「戦争反対」と発信したら、間違いなく拘束されただろう。殺されたかもしれない。また大元帥である天皇でさえ制御できなかった「軍部の専横」を、国民が止められるはずもなかった。国民に戦争責任を課すのは筋が違う。
天皇は、米国の「戦争責任」についても述べていた。例えば「満州事変」。陸軍が中国東北部の侵略を進め、日中戦争ひいては太平洋戦争につながるきっかけとなった。この極めて重要な事件について、天皇はふり返る。「米国が満州事変の時もつと強く出て呉れるか、或いは適当に妥協してあとの事は絶対駄目と出てくれゝばよかつた」(50年12月1日)。米国が日本の膨張政策を止めるか、あるいはある程度融和的な態度をとるべきだった、という指摘だ。
さらに、53年6月24日の記述には「(米国が)今日だけの成長を太平洋戦争の時にしておつたら或は戦争を防止して適当に妥協的にまとめたかも知れない」とある。「41年の開戦前は、米国が未熟であったために日米交渉がまとまらず、戦争になってしまった」という認識がにじむ。
昭和天皇は対米戦争を望まず、回避しようとしていたことは事実だ。しかし、日米関係が悪化した大きな原因は、日本が中国や他のアジア地域への侵略を続けたことだ。その事実に触れないまま米国の責任を論じる姿勢は、「国民の責任論」とともに「責任転嫁の歴史観」を感じさせる。
一方で、あまりに大きな悲劇だっただけに、責任の重さに耐えきれなかった天皇の苦悩も伝わってくる。なぜ、あんな戦争に進んだのか。どうしたら回避できたのか――。繰り返し自問自答していたのだ。
戦闘は81年前に終わった。しかし敗戦から今に至る日米関係をみれば分かる通り、戦争の影響は長く続き、未来にも関わってくるはずだ。「拝謁記」はその戦争の本質を知り、また人間天皇の内面を考える格好のテキストとなるだろう。(専門記者)(第1土曜日掲載)