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毎日新聞2026/8/4 東京朝刊有料記事1086文字
6月に相模原市で女子高校生が殺害された事件では、19歳の男性容疑者が、位置情報を被害者と共有するスマホ用アプリを使っていたと報じられている。
交際していた時期があったとはいえ、居場所を互いに知らせ合っていたと聞いて驚いた。親しき中にもプライバシーありだろうと思っていたからだ。
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だが、世間はそこで驚く人ばかりではなくなっているらしい。試しに筆者が教えている現役大学生に尋ねると、位置共有アプリはそれなりに普及し、その学生も友人との間で使っているという。相手の現在位置が分かれば、今、電話したら迷惑かなどを判断する役に立つ。近くにいれば「会おう」と誘える。冒頭の事件でストーカー行為に使われた疑いがあるのは悪(あ)しき例外であり、使うと便利なアプリだと考えているようだ。
メリットがあるなら、その対価として多少の個人情報を提供してもいい、そう考える人が増えている感がある。例えば先の国会で、人工知能(AI)の開発や統計作成のために、病歴など「要配慮個人情報」を取得したり、所持している個人情報を第三者にデータとして提供したりする際に本人同意を不要にする改正個人情報保護法が成立した。機微な情報の漏えいリスクを指摘する野党の声が反映されなかったのは議席数の違いが大きいが、世論を追い風にできなかった事情もあったのではないか。
提供した個人情報が盗み見られたり、漏れたりするのはさすがに困る。だが、政府が対策を約束している以上、繰り返し危険性を強調する野党の姿勢は「反対のためにする反対」のように見えたのかもしれない。
だとしたら、その見方には死角があると言いたい。思い出すのは自分の子どもの頃の経験だ。親にも知り合いにも知られずに過ごせる通学途中の僅かな時間を、筆者はとても貴重に感じていた。隠れてやましいことをしたかったわけではない。周囲は自分に何の関心もない人ばかりなので群衆の中にいても一人になれる。そこで自分自身と向き合い、考え、行動した手応えは確かな自信となって人格形成に資したと思う。
筆者だけでなく、多くの人を活気づけてきたであろう、この種の「孤独」は、今や存続が危ぶまれる。アプリを使わなくてもスマホの位置情報は通信会社に送られており、犯罪捜査などに用いられてきた。個人情報保護法の改正で個々人のデータは、捜査など限られた目的を越えて利活用されることになる。そうした流れの中で、自分自身と向き合うためにも誰ともつながっていない状態をいかに確保するか。「接続されない自由」の重要さを理解できる人が、まず問題提起の声を上げていくべきだろう。(専修大教授、評論家)