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9割は治療不要経過観察で
心臓は、血液を全身に送り出すポンプの働きを担う。「正常な心臓の拍動は1日約10万回に上る。その動きは心臓が作る電気刺激によって制御されている」と豊岡さんは解説する。この電気刺激を生み出すのが、右心房にある「洞結節」と呼ばれる組織。生体の「ペースメーカー」として一定のリズムで興奮して電気刺激を発生させ、その刺激によって心房が収縮、続いて「房室結節」という組織に刺激が届いて心室が収縮する。この繰り返しが拡張と収縮のリズム、つまり拍動となっている。
正常な拍動は、規則正しいリズムで1分間に60~100回を刻む。この拍動が乱れた状態が「不整脈」だ。豊岡さんによると、以前は不整脈になると、すべてが異常な状態と診断され、速やかに正常なリズムに戻す治療をしていた。しかし、欧米で実施された大規模研究の結果、不整脈治療薬の一部が、かえって症状を悪化させる可能性が判明した。このため、現在は投薬などの治療をしないケースがある。豊岡さんは「約9割は経過観察するだけで良い」と話す。
激しいドキドキ危険な症状
不整脈は三つのタイプに分けられる。一つ目は、正常な拍動の中に不規則な拍動が混じる「期外収縮」。胸の不快感などで気がつくケースが多い。「ほとんどは治療は不要。ただし、不規則な拍動が10回に1回以上起き、心配な場合は薬による治療で改善できる」という。
二つ目は、拍動が遅くなる「徐脈(じょみゃく)」だ。1分間の拍動が50回未満に減る。高齢者に多い。電気刺激を生み出す洞結節に異常が起きる「洞不全症候群」や、心房から心室へ刺激が適切に伝わらなくなる「房室ブロック」などが原因になる。徐脈も致命的なケースは少ないが、心臓が送り出す血液量が減って脳への血流が不足すると、めまいや失神が起きる。それが引き金となって、転倒や意識障害などの事故につながる恐れがある。
三つ目が、拍動が速くなる「頻脈(ひんみゃく)」で、危険な症状だ。脈拍が1分間に100回以上拍動すると「頻拍(ひんぱく)」、250回以上は「細動(さいどう)」と呼ぶ。細動が起きると、心臓が効率よく血液を送れなくなり、胸痛や不快感が起き、失神する場合もある。もともと心臓の筋肉が弱っている人に多く起きる。
心室で細動が起きる「心室細動」は、不整脈の中で最も危険なケースだ。電気刺激に心臓の反応が追いつかなくなり、拍動が弱まって血液が脳に届かなくなる。細動が10秒前後続くと意識を喪失、さらに10分続くと脳死に至る。豊岡さんは「心室細動は、拡張型心筋症やブルガダ症候群と呼ばれる珍しい心臓病を持つ人に起きやすい。これらの病気の原因となる遺伝子が分かり、発症前診断が進み始めている」と話す。
一方、心房で起きる「心房細動」は、心房がけいれんを起こして血液が心房内にたまるため、血が固まる「血栓」ができやすい。患者の約3割では、血栓が脳の細い血管に詰まる脳梗塞(こうそく)が起きる。その予防のため、血液を固まりにくくする抗凝固薬を使う。最近、食事制限などをしなくてよい新薬が登場したが、豊岡さんは「日本では、脳や消化管で出血する副作用が多い。服薬前の入念な検査が必要だ」と指摘する。
遺伝子検査で予防可能
不整脈の治療では、「カテーテルアブレーション(焼灼(しょうしゃく)術)」という治療法もある。太ももの血管からカテーテルを心臓まで差し入れ、先端から電流を流して不整脈の原因となっている部分を焼き切る。だが、手術後も再発が多い。徐脈の場合、必要な間隔で心臓を電気刺激することで、正常な拍動を維持する医療機器「ペースメーカー」を使う。最近は、装着したまま磁気共鳴画像化装置(MRI)検査を受けられる機種も登場した。重症の不整脈に対しては、ペースメーカーの機能も持つ植え込み型の除細動器(ICD)が普及している。ICDは設定された基準を拍動が上回ると、自動的に必要な電気刺激を与えて細動を止める。
豊岡さんは「不整脈の治療はめざましく進歩し、命にかかわる深刻な症例は減っている。不整脈の原因となる拡張型心筋症などについては、海外で普及している心臓病の遺伝子検査が、国立循環器病研究センター(大阪府吹田市)など一部の医療機関で始まっており、発症予防も可能になってきた」と指摘する。一方、「遺伝子検査では厳重な個人情報保護が求められる。私は病院の倫理委員会の承認の写しを患者に提示し、理解を得た上で実施している。もし患者が検査に不安を感じた場合は、日本心臓財団(03・5324・0810)などの窓口に相談するのも賢い方法」とアドバイスしている。
達医には、毎日新聞出版が発行する医師向け医学情報誌「MMJ(毎日メディカルジャーナル)」で編集委員を務める専門医が毎回登場し、それぞれの専門分野の最新情報を分かりやすく伝えます。=次回は3月5日掲載
不整脈の種類
タイプ 主な病名と傾向
期外収縮 健康な人でも起きる
徐脈 洞不全症候群
房室ブロック
頻脈 頻拍
心室細動
心房細動
■人物略歴
とよおか・てるひこ
1972年東京大医学部卒、同病院内科系研修医などを経て、78年に米カリフォルニア大へ留学。西独ハイデルベルク大客員教授、自治医科大講師などを経て、92年東京大教授。2006年から現職。