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のみ込む力・嚥下(えんげ)機能と、その衰えによる病気の専門医として、長く診察を続ける中で、私には気になる病気がありました。
食べ物や飲み物、唾液などをのみ込む際、誤って食道ではなく気管から肺に入り込むと誤嚥(ごえん)性肺炎を発症することがあります。高齢者の肺炎の7割以上を占めるとされ、再発も多い怖い病気です。
しかしある時、誤嚥性肺炎になる前段階で、より症状の軽い気管支炎を発症しているケースが多いことに気づきました。気になり、5年ほど前に呼吸器内科医である高校の同級生に話したことがありました。すると彼から「それ、びまん性嚥下性細気管支炎(Diffuse Aspiration Bronchiolitis:DAB、以後は誤嚥性気管支炎と略します)だよ。内科の教科書には載ってないけどね」と告げられたのです。
「えっ。なぜ教えてくれなかったんだ!」――。私は椅子から転げ落ちそうなくらいびっくりしてしまいました。
一部の医師しか知らない病気
誤嚥性肺炎は多くの高齢者がかかる疾患なので、その前段階に起きる誤嚥性気管支炎もまた、幅広い分野の医師が経験するかもしれません。にもかかわらず、内科や外科でも、嚥下を診察する機会の多い耳鼻咽喉科や歯科でも、医師の認知度が低い病気だったのです。
誤嚥を防ぐための食事の工夫やのみ込み方のリハビリ法など、有効な再発防止の指導は知られていませんでした。誤嚥性気管支炎を見逃して放置したり、繰り返して肺炎になってしまったりすれば、患者にとって大きなダメージになってしまいます。
誤嚥性気管支炎とはどんな病気なのでしょうか。
肺は、気道から左右に分かれた気管支がさらに細かく分岐して、末端部分がブドウの房のような形をした袋状の肺胞につながっています。肺胞の手前の最も細い気管支が細気管支です。ごく少量の誤嚥を繰り返し、異物が細気管支に付着して慢性的な炎症を起こす状態がDABです。
食事中から食後にかけて、セキやタンが増えるのが症状の特徴です。炎症によって気道の分泌液が過剰に増えてタンが生じ、それを排出しようとしてセキが出るのです。高齢者は免疫機能が落ちているため、高熱は出ず、微熱程度にとどまります。肺炎に比べて症状が軽く、医師の間での認知度も低いために、見逃されがちです。胸部レントゲン写真でははっきりせず、より詳細な画像分析ができる胸部CT(コンピューター断層撮影)で診断できます。
タンを切る薬(去タン薬)などを適切に使い、気管支炎を抑えます。重要なのが、患者さんののみ込む力に合わせた食事の形態を変更し、液体にトロミをつける工夫、ノドのトレーニング、のみ込む方法を指導して、嚥下機能を回復させることです。
誤嚥性気管支炎の状態でさらに誤嚥を繰り返すと、炎症の範囲が広がって肺胞に達し、肺炎に発展してしまいます。それを防ぐために、誤嚥を減らし、嚥下機能を回復させることが必須なのです。
のみ込む力にあった食事形態を
呼吸器内科で誤嚥性気管支炎と診断され、私の医院に紹介されてくる患者さんもいます。90代の男性は、水を飲む時や食事中にムセて、セキとタンが多い状態で来院されました。
去タン薬を投与し、食事はオカユに変更。液体にトロミを付けるように指導しました。ノド仏を引き上げる訓練として、嚥下オデコ体操と顎(あご)持ち上げ体操と呼吸排痰(はいたん)訓練を指導しました。
1カ月後には食事中のムセは3分の1ほどに、タンの量も半分に減少し、昼間のセキも出なくなりました。7カ月後には食事中のムセが完全になくなり、嚥下機能を評価する指標も改善しました。握力の改善や体重の増加もみられ、その後は自分でオカユやフレンチトーストを作って食べるようになり、食事中のムセやタンもなくなりました。
もう一人は80代の男性。1年間に3回、間質性肺炎にかかった後、私の医院を受診されました。この人にも去タン薬を投与し、食事の形態をミキサー食にすること、ノドのトレーニングを指導したところ、1カ月後には嚥下機能が改善しました。しかし、2カ月後に本人が通常の食事をとってしまったことをきっかけに、タンが増え、食事の指示を守らずに通常の食事をとったり、トレーニングをサボりがちだったりしたことから悪化してしまいました。その後、家族の前でも強く指導して取り組んでもらった結果、徐々に回復し、11カ月後にはつえなしで歩いて畑仕事もできるまでに改善されました。
知られざる患者が多数? 周知で肺炎予防へ
誤嚥性気管支炎は慢性的な誤嚥が原因で、飲み込む力が低下していくと現れます。2018年6月~19年12月に私の医院を受診した124人のうち、食事中のセキやタンの増加など気管支炎症状が増えたケースを「誤嚥性気管支炎の疑い」とし、カルテを見直したところ、52人(41.9%)がこれに該当しました。
=ゲッティ
開業医として同じ患者さんを何年も診ていると、だんだん嚥下機能が悪化していくことがわかります。肺炎になっている人の多くは、その前に気管支炎を発症しているようです。肺炎で入院すると、誤嚥を防ぐため飲食を禁止し、ベッド上で安静にしなければなりません。鼻からチューブを通して栄養や薬を胃に直接入れることもあります。何回も繰り返せば衰えも進みます。誤嚥性気管炎の高齢者が適切な治療を受けられず、薬局で購入したせき止め薬で対処しようとして悪化するケースもあります。さらに入院ともなれば、まさに負のループです。
社会的な視点で見れば、高齢者の多くがかかる誤嚥性肺炎を減らせれば、夜間救急外来の利用などによる医師や医療資源の負担を減らせるでしょうし、医療費削減にも大きく貢献するでしょう。
自身や親が最近、食事中やその後にムセることが増えたな、と心当たりのある方には、これまでの連載でも紹介してきた食事の形態やのみ込みやすくする工夫、ノドの筋力トレーニングにぜひ取り組んでいただきたいです。
「食事中のセキや、食後のタン増加」は誤嚥の証拠です。まずは自覚し、見直すことが必要です。
医師の側にもすべきことがあります。誤嚥性気管支炎は医師の間でもまだあまり知られていない病気です。誤嚥を起こす高齢者や脳神経疾患の患者を診る機会のある幅広い分野の医療者にもっと周知され、診断と治療、そして予防につなげてほしいと思っています。
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西山耕一郎
西山耳鼻咽喉科医院院長
にしやま・こういちろう 北里大卒。国立横浜病院医長、北里大臨床准教授など歴任。東海大医学部客員教授。藤田医科大客員教授。耳鼻咽喉科専門医。日本嚥下医学会相談医。日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士。横浜嚥下研究会代表