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毎日新聞2026/9/4 東京夕刊有料記事889文字
石破茂前首相が、戦争の歴史を考える上で影響を受けた経験の一つに、シンガポール建国の父で初代首相を務めたリー・クアンユー氏とのエピソードがある。
著書「保守政治家―わが政策、わが天命」の中で紹介され、講演でも時々語られるので、ご存じの人も多いかもしれない。8月21日に東京都内であった講演会でも、ジャーナリストの鈴木哲夫氏の質問に答える形で披露された。少し長くなるが、引用したい。
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我が国はフィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどの国々と信頼関係を深めていかなきゃいかん。こっちは忘れているかもしれないが、向こうは決して忘れていない。
20年以上前、私が防衛庁長官になる前、シンガポールでシャングリラ会合(アジア安全保障会議)があった。その時、もう首相は引いていたが、リー・クアンユー氏が会いたいと言ってきた。
何の話かなと思って自宅に行った。すると、いきなり「君ね、第二次世界大戦で日本がシンガポールに何をしたか、知ってるかい」と言われた。教科書で習ったことを申し上げると、「君はそれしか知らんのか。それしか知らないで、これからの東南アジア外交を語ろうとするのか」と言われた。
その日のことを一生忘れない。ものすごくショックだったし、正直、恥ずかしく思った――。
それから石破氏は、戦争の歴史の勉強にいっそう力を入れるようになったという。
リー氏とはどういう人物か。元日本経済新聞シンガポール特派員で、何回もインタビューの経験がある小池洋次氏が日本記者クラブにエッセーを寄稿している。
「眼光は鋭く人を射るようである」「『どこからでもかかってこい』と言わんばかり」。威圧感があり、言葉の重みを感じさせる政治リーダーだったという。
ニクソン元米大統領は著書「わが生涯の戦い」で、連合国軍総司令部の最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥に匹敵する人物としてリー氏を描いている。
講演会で石破氏は「事実を事実として認めることが、なんで忌避されるのか。すぐに自虐史観と言い換えられてしまう」とも語り、警鐘を鳴らした。
戦後81年の夏に重く響いた言葉だった。(専門編集委員)