|
|
毎日新聞2026/9/16 東京夕刊有料記事872文字
1976年4月17日付の毎日新聞朝刊社会面のトップ記事は、世上を騒がせたロッキード事件ではなく、野球場での乱闘だった。
「ファンをバットで殴る 張本ら、きょう事情聴取」
そんな大見出しが躍った。前日の16日夜に広島市民球場であった巨人対広島の試合後、巨人のスター選手だった張本勲さんらが観客を殴ってけがをさせた、と報じていた。張本さんは警察の聴取に暴行を否定し、後に広島地検も「証拠不十分」として不起訴にした。
Advertisement
40年後の2016年、僕は張本さんにインタビューして、あの日の真相を聞いた。
張本さんは在日韓国人2世として生まれた。球場では民族差別に満ちたヤジを浴びることがあった。あの日はそれがさらに激しかった。
「試合中も試合後も、『チョーセン帰れ』なんてヤジもあった。僕は慣れていたが、そばにいた仲良しの日本人選手がヤジが頭にきたのか、殴ってしまった」という。警察の聴取でも同僚については黙っていた。
この騒動を読売新聞のコラムで書いたのが同紙大阪社会部長だった故黒田清さん。背景に横たわる日本人の差別意識に切り込み、張本さんをかばった。
「日本でつらい目ばかりに遭ってきたおふくろ(朴順分さん、85年死去)は日本人が嫌いだった。でも兄貴が日本語が読めないおふくろのために記事を読み上げると、『日本人にも信用できる人がいる』と泣き出して……」
広島で被爆し、姉を失った張本さんは核兵器のない世界を願いつつ、排外感情があふれる最近の風潮にも、「他国の人はどうでもいい、という意識が戦争を招く」と憂えていた。
金賛汀さんの「甲子園の異邦人」(講談社)によると、夏の甲子園で在日韓国・朝鮮人の選手が本名で試合に出たのは、81年大会で準優勝した京都商業(現京都先端科学大付属高)が最初だ。その43年後、24年大会で全国優勝を果たした京都国際(旧京都韓国学園)の韓国語の校歌が、ネットを中心に攻撃された。一部の日本人の差別意識は、それほど根深い。
張本さんにもっともっといろんなことを聞いてみたかった。残念としか言いようがない。(オピニオン編集部)