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毎日新聞2026/10/8 東京朝刊有料記事1969文字
北海道大で進められてきたアイヌ民族の研究について謝罪する宝金清博学長(中央)ら=7月27日、森原彩子撮影
北海道大が7月27日に記者会見を開き、アイヌ民族の遺骨収集など過去の研究について「人としての尊厳に対する配慮に欠けていた」などとして謝罪した。だがそれは、共生のための小さな一歩に過ぎない。今後も丁寧な説明を尽くしてアイヌとの新たな関係を築いていくべきだ。
私は関東で育ち、2025年春に北海道に赴任した。道内を歩くと、各地でアイヌ語に由来を持つ地名が残っていることに気付く。札幌は「乾いた大きな川」、知床は「地の突出部」――。自然へのまなざしが刻まれた地名に触れるたび、「ここにもアイヌの暮らしがあった」と想像が膨らむ。これまでアイヌについてほとんど知らずに生きてきたことも自覚させられる。
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マイノリティーとして今を生きるアイヌは何に苦しみ、何を望んでいるのか。これまでの社会の「常識」を、誰もが生きやすいものにアップデートできるのではないかと考え、遺骨返還活動に取り組むアイヌの人々への取材を重ねた。その過程で「北大はいつ謝ってくれるのか」との訴えを何度も聞いた。
尊厳に受けた傷 世代超えて続く
北大は北海道の先住民族であるアイヌとの関わりが深い。1930~70年代に遺骨を収集し、一時は全国最多の1000体以上を保管していた。その北大が、アイヌに対し「身体的・精神的に劣っていると決めつけようとする姿勢」があったことなども認めた。
謝罪には大きな意味がある。アイヌの人々に話を聞くと、「痛み」は世代を超えて引き継がれているように見えるからだ。先祖の遺骨を奪われただけでなく、研究対象とされたことを過去のことだと消化できず、今も「民族の尊厳を傷つけられた」という感覚を抱いている人が多い。
日常生活のさまざまな場面で差別を受けてきたという北海道小樽市の安ケ平文子(やすがひらふみこ)さん(74)は「研究対象にされ、墓も荒らされた」と憤っていた。謝罪を求めても「かなわないだろう」という無力感にも苦しんだ。それゆえ、北大の謝罪は「プライドをおいて謝ってくれた。尊重し合って暮らすための一歩だと思う」と歓迎している。
アイヌ民族で、北大アイヌ・先住民研究センター教授の北原モコットゥナシさん(50)は、過去の研究が「アイヌが劣っている」との前提で「保護」を名目に正当化されてきたと指摘する。「相手のため」と正当化する加害行為は家庭内暴力(DV)と共通するといい、「『加害』を認めることが、(アイヌが)苦しみから回復する起点になる」と謝罪の意義を強調する。
もちろん、謝罪だけで「痛み」から解放されるわけではない。しかし、苦しみを和らげていくという意味では必要だった。
時間、プロセス 疑われる誠意
一方で、謝罪までに長い時間がかかったことには違和感が残る。北大の宝金清博学長は会見で「調査に時間がかかった」と釈明したが、同様に遺骨を収集・保管していた札幌医大は19年、東京大や日本人類学会などは25年に謝罪している。北大はアイヌとの関わりが最も深い故に、先駆けて謝罪すべきだった。
北大は謝罪と同時に、33~37年度の研究に関する新たな調査結果も公表した。147ページに上る報告書からは、先に謝罪した他大学よりも丹念に検証しようとした姿勢を感じた。この点については研究機関としてあるべき姿だと評価できる。
だが、総括ともいえるこの報告書の完成を謝罪の「前提条件」に位置づけたため、肝心の謝罪が遅れ、早期の謝罪を求めてきたアイヌ側との「ずれ」は大きい。北大は13年と18年にも、遺骨の収集・保管という行為自体に関する報告書をまとめており、この時点で謝罪できたのではないか。
謝罪に至るプロセスも閉鎖的だった。関係者によると、報告書と声明は学長主導で少人数でまとめ、アイヌらから意見を聞いていないという。ある北大幹部は、道内に多くのアイヌ団体があることなどから「いろいろな意見を入れてしまうと(作業が)複雑になるので、事実をまとめることを先行した」と説明した。
伝え方も疑問だ。北大は8月、非公開の場で北海道アイヌ協会に謝罪したが、協会理事の山丸和幸さん(78)は「誠意が感じられなかった」と振り返る。山丸さんは「協会以外の人に直接謝罪しないのか」と問いただしたが、北大側は「メディアを通じて伝わっていると思う」と返答したという。会見の中継や、アイヌ民族が広く参加できる場を設けるなど、伝え方を工夫する余地はあったはずだ。
何度も顔を合わせ、言葉を交わし、耳を傾ける。対話を重ねながら、一刻も早いすべての遺骨返還に汗を流す。その姿勢がアイヌ側に伝わり、「傷つけられた」という感覚が和らいで初めて、謝罪は意味を持つ。今回の謝罪を出発点に、北大には血の通った対応を求めたい。