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動物から人に飛び移り、流行を起こす。「人獣共通感染症」は世界的大流行(パンデミック)にもつながる新興感染症の3分の2を占めると言われている。
確かに、新型インフルエンザも新型コロナウイルス感染症も、アフリカを中心に流行するエムポックスも、かつて欧州で猛威を振るったペストも、動物が持つ病原体が人間に飛び移った結果と考えられている。
毎年、推定10億人が人獣共通感染症に感染し、数百万人が死亡しているともいわれる(※1)。
では、こうした動物から人への病原体の飛び移り(Spillover)は、いつごろから起きるようになったのだろうか。
英科学誌ネイチャーに発表された研究で今夏、6500年ほど前にさかのぼることが発表された(※2)。
その後、5000年ほど前にまん延するようになったという。
道を開いた“人類のある変化”
ここで興味深いのは、それが人類にある変化が起きた時期と重なっていることだ。狩猟採集で暮らしていた人類が定住し、動物の家畜化や牧畜が普及した時期と同じころなのだ。
「(約1万2000年前に始まった)完新世における生活様式の変化が疫学的転換を招き、人獣共通感染症の負荷が増大したことを明確に示している」と研究チームは結論付けている。
実は、これまでも動物の家畜化が人獣共通感染症のリスクを高めたとの見方は専門家の間で一般的だった。
「水鳥が持つインフルエンザウイルスは、人類が動物を家畜化したことでニワトリや豚を介して人に感染するようになりました。はしか(麻疹)の原因ウイルスも元は牛のウイルスです」と、感染症や公衆衛生が専門の押谷仁さんも語っていた(※3)。
今回の研究がユニークなのは、これを古代人の骨や歯に残されている微生物の痕跡を利用して示そうとしたことだ。
「ゲノム古疫学(Genomic Paleoepidemiology」と呼ばれる新分野の潜在力が発揮されたことになる。
人獣共通感染症について論じた論文のニュース記事=ネイチャーのホームページより古代人の骨と歯から病原体のDNAを抽出
研究を行ったのはデンマークのコペンハーゲン大学グローブ研究所・古代環境ゲノミクスセンターのマーティン・シコラさん、エスケ・ウィラースレフさん(英ケンブリッジ大学兼務)、アストリッド・イバーセンさん(英オックスフォード大学兼務)らのチームだ。
欧州とアジアにまたがるユーラシア大陸全域で発見された古代人1313人の骨と歯からDNA(デオキシリボ核酸)を抽出し、ここに残されている微生物ゲノムの痕跡を探した。
利用した古代人の試料は主に欧州とアジアの博物館に保管されていたものだという。
年代は最も古いもので3万7000年前にさかのぼる。これは旧石器時代後期にあたり、現代人の祖先が日本に渡ってきたころに相当する。
研究チームはまず、サンプルに含まれる細菌やウイルス、寄生虫に特徴的なDNA配列を特定した。そこには、人獣共通感染症を含む214種の既知のヒト病原体が含まれていた。
土壌細菌など、病原性があるとは考えられない細菌なども278種見つかった。
人獣共通感染症の病原体は約6500年前以降の遺骨から検出され、約5000年前の遺骨でピークを迎えたという。これは農耕牧畜への移行が進んだ時期であり、牧畜民の移動とも重なるという。
「農耕と畜産への移行が病気の新時代への扉を開いたのではないかと長年疑ってきましたが、今やDNAによってそれが遅くとも6500年前に起こったことが示されました」。チームのリーダーであるウィラースレフさんは、コペンハーゲン大のプレスリリースで語っている(※4)。
ペストの痕跡は約5500年前にさかのぼる
例えば、研究チームが注目するのは42例から検出されたペスト。14世紀半ばには欧州で大流行し、人口の4割もの死者を出したといわれ、当時は「黒死病」と呼ばれた。病原菌のペスト菌はネズミなど小型の哺乳類が保持し、ノミによって拡散するが、その最初の痕跡は約5500年前に出現し、その後も繰り返し検出された。
呼吸器や皮膚などに病変がみられるジフテリアの原因菌は、最古の痕跡が1万1000年ほど前の中石器時代のロシアで登場していた。
ネズミや牛、ブタなどが持つレプトスピラ症の病原体の最も古い証拠は、5500年前ごろの新石器時代のスウェーデンの試料に見つかった。特に、バイキングの時代以降によくみられる。
シラミ媒介性回帰熱の病原体であるスピロヘータの仲間の最古の例は、5500年ほど前のスカンジナビアの新石器時代の農民の試料で検出された。このころ既にヒトコロモジラミが感染症の媒介者であったことを示している。
食中毒を起こすエルシニア症の原因菌は、イノシシ、シカ、ウマ、牛などが持つが、今回は約6400年前の中石器時代のデンマークの狩猟採集民から検出された。
ハンセン病の原因菌(赤く棒状のもの、皮膚スメア検査、1000倍拡大)=国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイトのホームページより
ハンセン病の原因菌の一つは、約1500年前にスカンジナビアで最初に出現していた。これはリスの毛皮貿易が盛んになった時期と重なるという。この菌はアカリスにも感染するため、リスの毛皮貿易が病気の伝搬を促進した可能性があるという(※2)。
人獣共通感染症ではないが、天然痘のウイルスはノルウェーのバイキングがいた時代(8世紀から11世紀)のサンプルにウイルスの痕跡がみられた。B型肝炎ウイルスも、1万年近く前のシベリアのサンプルから見つかっている。
こうした長期間・広範囲をカバーする分析によって、同じ感染症の病原体が時間の経過とともにどのように変化してきたか、空間的変化もあわせて知ることもできる。
次世代シーケンサーが「不可能」を可能に
振り返ってみると、今回のように古人骨を分析するプロジェクトは、かつては不可能だと思われていた。それが可能になったのは、考古学的な試料を対象とするゲノム分析の手法が進歩してきたからだ。
研究チームは、欧州とアジアの博物館から提供された人類の骨や歯を分析に使っている。比較的DNAが劣化しにくい部位を選んでいるが、それでも、そこに含まれる微生物のDNAは劣化してぼろぼろになっている。
「私たちが古い骨や歯から採取したDNA配列は非常に短く、通常は50~60塩基対しかありませんでした」とシコラさんは研究に助成している「ルンドベック財団」のホームページで語っている(※5)。
そこで彼らが使ったのは、短い多数の断片を、重なる部分を手掛かりにつなぎ合わせる「ショットガンシーケンス」と呼ばれる手法だ。
こうした手法は、2000年代初頭に次世代シーケンサーが登場したことで可能になった。しかし当時、ウィラースレフさんは分析に適したよい人骨を入手するのに苦労していたようだ。
「MITテクノロジーレビュー」によると、たとえば状態のよいネアンデルタール人の骨は、古代人のゲノム解析で、後にノーベル賞を受賞するドイツ・マックスプランク研究所のスバンテ・ペーボさんに押さえられていたという(※6)。
古い試料が入手できても、それを分析する際には、現代のDNAに汚染されないよう細心の注意と設備が必要となり、一筋縄ではいかない。
その後、ウィラースレフさんらは実績を重ね、2010年にはグリーンランドで採取され、デンマーク国立博物館で何年も保管されていた4000年前の毛髪から、絶滅した先住民のゲノムの解読にも成功した。
さらに、個別の病原体を古代人の遺骨から探索する研究も行っていたが、17年にその探索範囲を拡大した。その結果、今回のような病原体の時空間分布を示すことができたというわけだ。
限界も
ただし、この研究には限界がある。研究チームも認めているように、ゲノム分析はDNAを対象としているため、RNA(リボ核酸)ウイルスの情報が不足しているのだ。
=ゲッティ
最近、私たちを苦しめている人獣共通感染症は、新型コロナウイルスやインフルエンザのように、RNAウイルスによるものが多い。
だが、人類とRNAウイルスの関係が、今回明らかにされた人類と病原体の関係と同じかどうかはわからない。
さらに、押谷さんは次のように指摘する。
「今回の論文で人獣共通感染症としてクローズアップされているペストや回帰熱は、動物の家畜化よりも、農耕の始まりによる定住化と作物の備蓄がネズミなどげっ歯類の増加を招いたことが重要だったのではないか。ただし、ペストについては最近、4000年近く前の青銅器時代の羊の歯からペスト菌が検出されたとの報告(※7)があり、家畜との関連はあるかもしれない。また、この論文では家畜が重要な役割を果たした可能性の高い細菌が検出されていないのも弱点だ」
今後、新しい技術によってRNAウイルスも含め、さらに詳しい病原体の歴史をたどることができるようになるか。
人獣共通感染症の理解を深めるためにも期待したい。
(※1)Animal diseases leapt to humans when we started keeping livestock : nature 09 July 2025
(※2)The spatiotemporal distribution of human pathogens in ancient Eurasia:nature 09 July 2025
(※3)「もしかするとずっと違うままかも…」 同じ「5類」の季節性インフルエンザと比べ、年間死者数は10倍! 専門家が予想する新型コロナの未来 毎日メディカル 2025.3.31
(※4)Large-scale DNA study maps 37,000 years of disease history : University of Copenhagen 9 July 2025
(※5)Mapping the deep history of infectious diseases : Lundbeck Foundation 9 July 2025
(※6)遺伝子タイムマシンの冒険――古代DNAが未来を救う/MIT Technology Review
(※7)Bronze Age Yersinia pestis genome from sheep sheds light on hosts and evolution of a prehistoric plague lineage/Cell. 2025 Oct 2;188(20):5748-5762
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青野由利
科学ジャーナリスト
あおの・ゆり 東京生まれ。好きな分野は生命科学と天文学。著書に「インフルエンザは征圧できるのか」「ゲノム編集の光と闇」(第35回講談社科学出版賞受賞)など。20年日本記者クラブ賞受賞。