楽しく下げる高血圧フォロー
その不調、原因は高血圧? 薬を使う前に気をつけたいこと渡辺尚彦・日本歯科大内科教授/高血圧専門医
2024年1月5日
以前勤めていた病院での出来事です。
「どうもあの薬を飲むと調子が悪くて……」
私の外来を訪れたのは、数日前、別の先生から高血圧と診断されていた男性患者さんでした。私は違う種類の高血圧の薬を処方しました。
ところが翌週、この患者さんがまたやってきました。
「この前、先生からもらった薬、最初はよかったんだけど、2、3日たったらまた調子が悪くなって……」。
そこでまた別の薬を処方したのですが、数日後、調子を崩して来られました。何種類も高血圧の薬を試し、次第に処方できる薬がなくなっていきました。
ある日の夕方、この患者さんが救急車で運ばれてきました。
血圧200mmHg以上あり、めまいがすると言います。
私は「もしかして……」と思い、付き添ってこられた奥様に尋ねました。
「ご主人は、いつも調子が悪い時に、めまいがするとおっしゃっていませんか」
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「ええ、そうなんです」と奥様が答えます。
男性は血圧が高くなったため、調子が悪くなったと考えていました。しかし、原因と結果が逆だったのです。男性の場合は、めまいが原因で血圧が上がっていたのでした。
男性には、めまいの薬を処方しました。「血圧が高くなったらどうしよう」と心配されるので、24時間血圧計をつけてもらい、血圧が高くなった時だけ高血圧の薬を服用してもらうことにしました。
花に水をやると血圧が…
高血圧の原因が「めまい」というのは、珍しい事例ではありません。
あるとき、お花屋さんに勤める20代の女性が、めまいなどの体調不良を訴えて受診されました。受診時に血圧も高かったため、私が診察することになりました。
私は、高血圧の薬はひとまず処方せず、24時間血圧計を腕につけてもらい、1週間様子を見ることにました。
1日目、女性の血圧は上が100mmHg前後で、一番高い時でも130mmHg台と特に問題ありませんでした。ところが2日目のお昼ごろ、上の血圧が突然200mmHgを超えました。
いったい、女性に何が起こったのでしょうか。女性は「朝起きた時は、大丈夫だった。お花にホースで水をやっていたら、急に具合が悪くなった」と振り返ります。
私は、どんなふうに水やりをしたのかを、女性に再現してもらいました。そして、水やりの際、女性が頭を大きく前方に「こっくり」と傾けていることがわかりました。
じっとした状態から、急に頭を動かすとめまいが起きることがあり、「良性発作性頭位めまい症」と呼ばれています。女性のめまいと高血圧は、この頭の動きが原因だったのです。
私は、水やりする際に頭を動かさないように女性を指導しました。結果的に薬なしで、めまいも高血圧も解消することができました。
不快なことが起これば、血圧は上がる
めまいだけではありません。体にとって「不快なこと」が起こると、血圧は上がります。
高血圧治療中の80代の女性は、薬を飲みながら血圧をコントロールし、朝と夜の血圧測定と記録を続けていました。
10月のある日のこと。朝6時に計測した血圧は、上が131mmHgと問題ありませんでした。ところが、午前11時ごろ、胸がドキドキするので、血圧を測定したところ、上が190mmHgに跳ね上がっていました。
同じようなことが、別の日にも起きました。朝の測定では123mmHgだったのに、「顔がほてっている気がする」と感じて、測定すると上が200mmHgを超えています。
女性の血圧は、なぜ急に上がったのでしょうか。
大あわてで来院された女性の話を、私はじっくり聞きました。
女性の夫は、最近入院したと言います。「入院して、家に夫がいないのに、いま何か起きたらどうしよう……」「私が死んでしまったらどうしよう……」。そう考えたら、不安に襲われ、ドキドキが止まらなくなったと言います。そこで、血圧を測定したところ、高い値が出ました。
実は、私は心療内科の専門医でもあります。以前、パニック障害の薬の治験に携わったこともあり、パニック障害で苦しむ患者さんとも多く接してきました。女性の身に起こっていたのは、まさに「パニック障害」の発作でした。
パニック障害の発作が起こると、ドキドキして、冷や汗をかいたり、手足がしびれたり、胸が苦しくなったり、自分が自分ではないような気持ちになったりします。血圧が200mmHgを超えることも珍しくありません。
私は、高血圧の薬は増やさずに、パニック障害の薬を新たに処方しました。
血圧の値だけを診る医師であれば、すぐに高血圧の薬を増やそうとしたかもしれません。大事なのは、患者さんの話をよく聞くことです。私は患者さんの話をよく聞くようにしていますが、それだけに「先生の治療は、よく効くね」と患者さんから言われます。
私もパニック障害だった
少し脱線しますが、パニック障害について、もう少し説明させてください。
実は、私もパニック障害でした。「死」について考えると、息が苦しくなり、動悸(どうき)の発作がおきました。子どものころからそうだったのですが、パニック障害だとは長年、気が付かずにいました。
「パニック障害だ」と気付いたのは、その薬の治験に携わったときです。多くの患者さんの話を聞きましたが、苦しんでいるその症状が私と全く同じだったのです。
ですから、パニック障害の患者さんの困り事は、人ごととは思えません。パニック障害が重くなると、人が大勢いるところに行けなくなり、電車にもバスにも乗れなくなります。中には、ゴミ捨てに行けなくなる人さえいます。
パニック障害は薬や認知行動療法で治療できます。時間はかかりましたが、私も自分で克服できました。疑わしい方はぜひ、心療内科を受診しましょう。私が以前治験に携わっていたSSRI(選択式セロトニン再取り込み阻害薬)系の薬が、今ではふつうに使えるようになっています。症状が改善すれば、徐々にやめることができる、依存性の低い薬です。これに対して、ベンゾジアゼピン系の薬はよく効くのですが、依存性が高くなかなかやめることができません。
優先すべきは、家庭での血圧
血圧の治療で病院をいくつかめぐり、11月末に私のところにやってきた女性患者さんがいらっしゃいます。2月に別の病院で診てもらった際に、初診で高血圧の薬を処方されましたが、飲むと調子が悪くなるので、1カ月でやめたといいます。
私が診察室で測定すると、血圧は上が180mmHg近くありました。確かに、高い値です。彼女が持参した過去9カ月の家庭での測定記録を確認しました。上の血圧が140mmHgを超える日もありますが、平均すると高血圧の基準値(家庭で計測した場合:上135mmHg以上かつ/または下85mmHg以上)を下回っています。
検診や外来など、診察室で計測した血圧が、家庭で計測した血圧よりも高いことはよくあり、「白衣高血圧」と呼ばれています。このため、診察室で計測した場合の高血圧の基準は、上140mmHg以上かつ/または下90mmHg以上と、家庭で計測した場合よりも高めに設定されています。
診察室血圧と家庭血圧で診断が異なる場合は、家庭血圧での診断を優先することにしています。
私は、ひとまず高血圧の薬は処方せず、家庭血圧の測定を続けてもらいながら、様子を見ることにしました。以前、この女性を診察した医師は「何かあったら困るから」と、自身の精神安定剤として、薬を処方したのではないかと思います。このように、本来ならば必要ない薬が処方されているケースも多いのではないかと心配しています。
いまひとつな結果も記録を
家庭で血圧測定する際に気をつけてほしいことについては、連載第2回で紹介しました。血圧測定に関する質問をいただいておりますので、いくつかご回答したいと思います。
<質問>家で測ると、1回目は高くても、2、3分後に2、3回測ると、普通の数字が出る。これは正常と考えて心配しなくていいのですか?
<回答>最初に測るときは緊張するので、血圧が高くなることが多いです。しかし大事なのは、いい値だけを記録しようとしないことです。
子どもの頃、お正月に何枚も「書き初め」を書いて、一番いいものを作品として提出した方も多いのではないでしょうか。しかし、血圧は書き初めではありません。
連載第2回では、「朝晩それぞれ2回計測し、それぞれの平均をそのときの『血圧値』とします」とご紹介しました。たとえ、いまいちな計測値があっても、計算から外さないようにしましょう。
<質問>「起床1時間以内」の朝の測定で、寒くなると目が覚めても起きられず布団の中でグズグズしていますが、これをどうみますか。私は5時ごろ目覚めベッドから出て6時半ごろ着替え洗面をして7時ごろ測定しています。
<答え>連載第2回では「朝の測定は起床1時間以内に」とご紹介しました。目が覚めても、布団からなかなか出られない日もあるかと思います。血圧測定は、布団を出て1時間以内にしましょう。目が覚めてから1時間ではなく、「起床」してから1時間以内です。
【聞き手=編集部・伊藤奈々恵】
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1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大教授などを経て、現在、日本歯科大内科教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。