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糖尿病で高血糖状態が続くと、全身の細い血管が傷つき3大合併症と呼ばれる症状が起こる。神経に栄養を供給する血管が傷ついて起こる神経障害、網膜の毛細血管が傷ついて起こる網膜症(目)、腎臓の細い血管が傷つく腎障害だ。注意を呼びかけるための「し・め・じ」という語呂合わせもある。
神経障害のうち末梢(まっしょう)神経が障害されると、足の感覚が鈍くなって、しびれや血行障害が起こり、痛みなどの異常に気づきにくくなる。また糖尿病による代謝障害によって免疫機能が低下しているため、細菌感染を起こしやすい。これらが複合して発症するのが、糖尿病性足潰瘍と呼ばれる合併症だ。靴ずれや皮膚のひび割れ、爪切りでの切り傷など小さな傷から感染が急速に拡大し、治りにくい傷(潰瘍)になりやすい。重症の場合には細胞が壊死(えし)し壊疽(えそ)につながる。その結果、足の切断(下肢切断)にまで至る例も少なくない。近年、潰瘍の治癒を促進し、足の切断回避につながる医療製品が登場している。どのような製品なのか。
患者の2%で足潰瘍発症の推計
「糖尿病患者は世界的に増加傾向にあり、日本での患者数は約1000万人。その2%が糖尿病性足潰瘍を発症すると推計され、2021年の25万人いた患者数が31年には27万人弱に増えると予想されている」。東京医科大形成外科の松村一主任教授はそう説明する。
糖尿病性足潰瘍が悪化し下肢切断に至った場合の生命予後は悪い。
ヒト羊膜製品の「エピフィックス」=マイメディクスジャパン提供
下肢切断には、足首より上から切断する大切断と足首より下を切断する小切断があるが、大切断の5年後までに亡くなる割合は56.6%、小切断でも46.2%とされ、約半数が亡くなる計算だ。
また下肢切断がもたらす損失は身体的な面だけにとどまらない。松村さんは「切断後のリハビリや介護施設への入所などで医療費の負担は3~4倍になるとされる。就労が困難になるため労働損失になるほか、家族にも負担がかかる。身体的な損失は氷山の一角にすぎない」と話す。
従来、糖尿病性足潰瘍では、壊死組織を取り除き(デブリードマン)、けがの部位に圧力をかけないようにする(免荷=めんか)、抗菌薬による感染制御、血行再建などが基本的な治療だった。しかしそれでも治療には数週間から数カ月かかる。皮膚というバリアー機能を失った状態が続くため傷が常に感染リスクにさらされ、約1割が重症化して下肢切断になっていたという。
ヒトの羊膜からつくられた人工の「皮膚」
こうした難治性の潰瘍に対処するために開発されたのが「エピフィックス」だ。シート状につくられた人工の皮膚の一種で、傷にかぶせて使用する。
一般的に人工皮膚と呼ばれている製品はコラーゲンで作られ、やけど治療などに用いるが、エピフィックスは子宮で胎児を覆っている羊膜を使って製造されている。
患部にエピフィックスを合わせる様子=マイメディクスジャパン提供
羊膜の医療利用は1910年代から始まり、角膜保護や潰瘍治療に利用されてきた。2000年代に入り、胎盤由来製品の開発販売を手がける米MIMEDX(マイメディクス)社が乾燥羊膜を創傷治療に応用する研究を進め、米国で11年にエピフィックスの販売を始めた。日本では21年に薬事承認を受け、23年に販売が始まった。材料となる羊膜は米国内の予定帝王切開による分娩(ぶんべん)の際に同意の下に採取され、それを同社開発の滅菌、加工処理技術で製品化したという。
松村さんは「羊膜は血管成分を含んでおらず、移植に使っても拒絶反応が起きにくい。細胞構造を保持するように滅菌、加工しているため、生細胞に含まれている300種以上の成長因子や生理活性物質(サイトカイン)が含まれている。実際の傷に貼り付けると、これらの物質が患者の細胞に働きかけ、炎症を抑制し血管形成や細胞再生が促される」と説明する。
治療効果は複数の比較対照試験で検証されている。従来の治療では「傷が小さくなった」という潰瘍面積縮小が効果の尺度だったが、エピフィックスでは傷口が完全にふさがる(完全創閉鎖率)かどうかで効果を測れるようになった。
標準治療と比較した糖尿病性足潰瘍の完全創閉鎖率はいずれの試験でも90%以上で、標準治療を上回った。松村さんは「従来のように小さくなっても傷が残っている状態では、感染によって傷が再発する危険性があるが、完全に傷が塞がれば再発も減る。治癒率の向上と治癒時間の短縮で下肢切断の危険性も抑えられる」と話す。
エピフィックスの使用イメージ=マイメディクスジャパン提供
米国の高齢者障害者向け公的医療保険制度「メディケア」の15~18年のデータを使った分析では、小切断が10%抑制され、大切断が50%も抑制されたと報告されている。
再生医療等製品に比べ使いやすい
エピフィックスは21年に薬事承認を受け、22年に公的医療保険の適用となったが、国内導入に向けて当局との面談を開始したのはその5年前の17年だった。承認まで時間を要したのは、エピフィックスが羊膜から製造された、前例のない「特定生物由来製品」だったためだ。
特定生物由来製品とは、人や動物の血液や組織を原料とする医薬品・医療機器のうち、特に厳重な安全対策が必要として厚生労働相が指定する製品を指し、輸血用血液製剤などが該当する。そのため安全性や価格について慎重な検討が必要とされた。
実際の使用に際しても感染症リスク管理や使用記録の保存など追加の義務がある。一方、「再生医療等製品」に該当する、患者自身の細胞を培養してシート状にした自家培養表皮のような複雑な提供計画や長期モニタリングは不要で、比較的簡潔な手続きで臨床現場で使用できる利点がある。
松村一・東京医科大教授=本人提供
使用の対象となるのは、「既存治療で効果が出ていない難治性潰瘍」。価格は1平方cmあたり3万5100円。一般的な足潰瘍の大きさが3cm四方のため、それだけで約10万円と高額だ。治療では1週間ごとに張り替え、開始から最長12週まで使用して、使用上限は224平方cmとされている。松村さんは「価格は安くないが、それを上回るメリットがある」と強調する。
実用化に際して日本フットケア足病医学会では、適正使用のための指針や医師・施設の要件を定めた。医師は血管外科などの関連診療科の勤務経験が5年以上で、足疾患について3年以上の経験がある常勤の医師で適正使用講習会修了者。施設要件は血管外科などの関連診療科を有する病院。25年9月までに約1000人の医師が受講を修了し、230の病院で使用されているという。
松村さんは「エピフィックスの登場で、基礎療法である免荷療法なども徹底されるようになり、治療全体のレベルが上がった。ただ、保険適用から3年が経過し認知度が上がってはいるが、まだ十分ではない。形成外科医以外に血管外科や皮膚科など糖尿病性足潰瘍を見ている診療科は多いのでそうした医師にも知ってほしい。また患者にも情報が共有され、『使いたい』という声が上がるようになってほしい」と話す。
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