30年近く続けてきた白髪染めから自分を解放した人がいる。ライターの朝倉真弓さん、46歳。2016年10月を最後に髪染めをやめ、グレイヘアになるために「白髪育て」を始めた。その過程で見えたことはーー。
■白髪育てを始めたワケ
10代から白髪が出始めて、18歳くらいから染め続けてきました。たぶん、誰よりも白髪に関する情報を調べていたと思います。
振り返ると、40歳を迎える年に東日本大震災が来たことが、白髪育てに向かう「原点」だったかもしれません。地震が来た時、ちょうど染める時期と重なったんです。緊急地震速報が出ているというのに、そろそろ髪を染めなきゃと思っている自分がいて。こんな非常事態に、染めることにまだしがみついている自分って何だろう、と。
そう思う一方で、「白髪」「女性」「みっともない」とネットで検索する自分もいました。実際、「みっともない」という意見があるんです。そういうのを読むと気持ちが揺らぎましたが、白髪染めはやめることにして、その過程をブログで綴り始めました。
「40代で白髪頭なんて、みっともないよ」
「グレイヘアは60代になってからでいいんじゃない?」
うんうん。分かります。
でもさ、もう、本当に、辛いんだよ。
害虫でも見つけたかのように、眉間にしわを寄せながら白髪を塗りつぶす瞬間が。
何も悪くないのに、自分自身を罰しているようで。だから、45歳になったのを機会に、グレイヘアに生まれ変わることを決めました。
(朝倉さんのブログから)
白髪育てを始めてから、いろんな反応がありました。染めるのをやめてからほどなく、「マナー違反だ」と知人から言われました。「なんで染めないの? 相手に失礼じゃないか」って。「なんで染めないの?(若いのに)もったいない」とも。これは、特に男性から言われましたね。
面と向かって言われて、世間の「常識」ってこうなのか、と改めて知りました。
■心理的な負担から自由になれたのは
2つの段階を踏みました。まず、前髪の部分がすべて自分の本来の毛の色に戻った段階。ここで初めて自分の自然な髪の色のイメージが持てて、この色でいいんだ、とふっきれました。そんなに似合わないわけではないと分かったんですね。
次が、髪全体が完全にグレイヘアになったときですね。2017年7月に髪を切ってショートヘアにしたら、ほぼナチュラルな自分の髪になりました。それまではイメージがもてなかったので、万が一グレイヘアが似合わなかった時に備えて、髪を染めた状態の宣伝用写真も撮っておいたんです。でも実際にグレイヘアになってみたら、こっちの方がいいと思いました。
■グレイヘアになってどう変わった?
顔が明るく見えるんです。黒い髪よりも軽やかに見えて悪くないなと思っています。自分の違う魅力を見つけた感じ。今思えば、20、30代のころから似た色で染め続けてきたので、40代の顔と合わなくなっていたと思うんです。あと、髪染めをやめたので髪の毛が傷まなくなり、濃厚なトリートメントも不要になりました。いまは風呂上がりにヘアオイルを毛先につけるくらいです。
服も似合う色が増えたと思います。華やかな色が似合うようになった。逆にベージュや茶はニュアンスが難しくなったかなと思いますが、スカーフで色を補うこともできる。こうなる前は、洋服も全部取り換えることになるのかな、と覚悟してましたが、取り越し苦労でした。ハードっぽくもいけるし、人によっては、メルヘンな感じも似合うんじゃないかな。
■白髪育ての間にみえた「自分」
白髪育ての間は、自分の心も育てているような感じでした。なぜこの年齢になって、青少年みたいに心を強くすることをしなきゃいけないの、と思ったこともあります。
幼い頃から内面化されてきた「女の子はかわいくてきれいがいい」という、自分の「常識」がここで試されるんです。白髪を染めずにいるのは「常識」に反するわけですから。おとなしく染め続けているのが、精神的には一番楽です。
仕事への影響もいろいろ考えました。
白髪育ての間、ビジネス誌の記事を書くために社長に取材することもありました。こんな中途半端な髪で行っていいのかな、と思って「こんな髪ですけど申し訳ないです」「お見苦しくて失礼します」と言ってしまう自分もいて。
髪を染めていたことで得していたことがあったはずなのに、なぜそれをやめるのか、とも悩みました。白髪になることは、女性=若いのがいいという「土俵」を降りる意味でもあると考えていた面もありました。
IT系の分野の記事をよく書いていた時期があって、文系出身なので勉強が大変だった反面、ある意味では男性より気楽でした。分からないことを「分からない」と言えたから。仕事で「女」を出すつもりは全くなかったけれど、ここで白髪にしたら「女」に許されていたものを享受できなくなるかもしれない。それを手放すのか、デメリットも受け入れるのか、いろいろ考えた時期もありました。いざ降りてみたら、そんなことはなかった訳ですが。
「白髪育て」の1年間で、それまで考えたこともないことを考え続けた上で、もういいや、私は私で行こう、このまま人生の後半戦を頑張ろうと思えたのがよかった。
染めていたころに比べて、ほんの少しだけ自分が強くなったと感じています。
白髪を育てていく過程で、他人の声と向き合い、咀嚼してみたり、自分の心と向き合ったり。
その時間が、自分を成長させてくれたのかもしれません。
白髪育ては、自分育てのラストチャンス!
最近私は、そう考えるようになりました。
(朝倉さんのサイト「ASAKURAMAYUMI.COM」から)
■「グレイヘアという選択」が世に出るまでの4年間
朝倉さんは4月に出版された「グレイヘアという選択」(主婦の友社)で、自分の白髪育ての「ドキュメント」を公開した。担当の編集者、依田邦代さんは、白髪育てを始めたころの朝倉さんの姿をこう振り返る。
1年半ほど前、グレイヘアを選んだパリマダムが登場する「パリマダム グレイヘア スタイル」を読まれた朝倉さんから、読者としてお手紙をいただいたのがご縁でした。ちょうどその頃白髪育てを始めたばかりで、ご本人も「どうしよう」という迷いや、これで自分はいいのだろうかと揺れ動く気持ちが雰囲気に出ていて、今とは全然違いました。
でも、ある時からパーンとはじけて、オーラが変わりました。昨年10月にNHK「あさイチ」でグレイヘアの特集に出演されたころです。NHKで取り上げられたことはある意味、グレイヘアが認知された証拠。若いのに白髪を染めない自分に批判的な世間の視線が、放送で緩和されたというのもあると思います。
依田さんは、染めないことを自ら選んだ女性たちとの出会いから「グレイヘア」という概念を本にして広めた人でもある。
そもそもは、60歳以上の日本の女性のファッションをまとめた本(OVER60 Street Snap)がきっかけです。4年ほど前に出版するととても好評で、パリマダム編(Madame Chic Paris Snap)も作りました。
登場するのは、戦後世界中に広がったファッションのトレンドに乗った世代で、反戦運動やフラワーチルドレンといった「ユースカルチャー」の洗礼を受けた世代でもあります。その後、大半は家庭に入りましたが、子供も独立した後、また好きなファッションを楽しみたいと思っている人が多い。その傾向は、日本も欧米も同じでした。
■おしゃれなマダムはグレイヘアが多い
この本を作るうち、あることに気づいたんです。おしゃれな女性はグレイヘアが多い、と。「老けてみられると恐れるよりは、自分らしくありたい」という価値観から、彼女たちはグレイヘアを自ら選んでいました。自分は何が好きかを知っていて、好きなことを選びとる主体性や、髪の色をファッションの一部に取り入れられる高い感度も持っている。例えば、黒い髪に赤い服は「強さ」が出過ぎるけれど、グレイなら赤とマイルドにしっくりあう、といったこともです。
そんな方々にお会いするうち、私もグレイヘアは選択肢の一つ、と思えるようになって、どうすればグレイヘアになれるか方法が知りたくなりました。
というのも、私も白髪を染め続けることに悩んでいたからです。40代は2カ月ごと、50代は3週間ごとに髪を染めてきました。染めた当日のかゆみにも悩まされました。でも3日も経つと、また白髪。続けるうちに何をしているんだろう、と疑問を抱くようになりました。白髪を染めても白髪が止まる訳ではないし、なにより白髪になるのは自然なことなのに、ネガティブにしかとらえられない自分がいやで。
それでも白髪染めをやめれば悪目立ちするのでは、と葛藤もありました。面と向かっては言われないかもしれませんが、若さ=善という価値観も根強い。すぐに踏み切る勇気もなく、もんもんと1年過ごした後、昨年10月から染めるのをやめました。美容院も選び直し、グレイヘアを応援してくれる店に変えました。
それでも、ふとすると葛藤が出てきます。少し前に会社の先輩のお通夜に出たことがあって、白髪が伸びかけの頭で出ていいのかしらと自問自答して白髪隠しのスプレーを持っていきました。シュッとやろうかどうしようか、と悩みましたがやったらまた振り出しだ、とこらえて。これが親戚の法事なら「なに、その頭」って言われたかなあ、なんて思ったりもしました。
白髪を伸ばすということは、いやおうなく自分が老いていく現実と向き合わざるを得ない面もある。これだけ言われるのも、誰もが心の底に老いへの恐怖を持っているからではないのか、というところにも行きあたります。
白髪染めで生じる手間や時間、お金、地肌のトラブルが好きな人はいないと思うし、「染めないと老けてみられるし、身だしなみがよくないと思われる。だから私は染めている」と折り合いをつけている人も少なくない。
それはそれでいいけれど、いやなのにずっと我慢して染めているのであれば、やめてもいい、と私は伝えたいんです。やめたからといって「老けた」とか「だらしない」とか「みっともない」という風潮の方こそ変わればいいと思っています。
髪を染めないことはありのままの体を否定しない「ボディ・ポジティブ」でもありますよね。
ココ・シャネルがコルセットを外してもエレガントでいられる服を提案し、コルセットで締め付けるほどウエストが細くないと「美しくない」とされた概念から女性たちを解放したように、「美」の基準も時代とともに変わります。
■「グレイヘア」の発見
「白髪」をネガティブにとらえるのは、「白髪」という言葉も一因と考えて、ほかの言葉を探しました。3年ほど前のことです。英語で何というか調べたらGrey Hairとあった。そのとき、あ、グレイなのかと気づきました。ある意味新鮮でした。
ロマンスグレイという言葉が、白髪の男性の素敵なイメージとともに定着していますが、同じように素敵なグレイヘアの女性のイメージを広めたかった。だけど、当時はすてきなグレイヘアとはどんな感じなのか、ビジュアルのイメージが定まっていませんでした。
まずはグレイへア=すてきな髪というイメージを広めるための下地をパリマダムに作ってもらおうと、「パリマダム グレイヘア スタイル」を最初に出し、今回満を持して日本人が登場する「グレイヘアという選択」を出版したわけです。
当初は社内でも理解がなかなか得られませんでした。「OVER60」もグレイヘアの本も、シニア女性の写真集や白髪の本が本当にヒットするの?と疑問視されました。でも、私は「"白髪"の本なら売れないけど、"グレイヘア"なら売れる」と思っていました。
読者からは「こういう本を待っていた」という声をたくさんいただいています。母にプレゼントしたら「わたしの一生の中で一番うれしいプレゼント」と言われたというエピソードもいただきました。こうした読者の評価に後押しされる形で、社内の理解も進んでいきました。娘世代が、いずれグレイヘアの年代になったとき「白髪は染めるもの」から「髪の色は選べる」に変わっていればいいと思っています。
「グレイヘア」のイメージも徐々に定着してきましたが、一方で、朝倉さんが話したような、染めた状態から完全なグレイヘアになるまでの「移行期」の問題がまだ残っています。グレイヘアとともに「移行期」も社会的に認知されたら当事者も楽になるし、初めから染めない人が増えれば、「移行期」に悩む人も減っていくでしょう。体の変化を肯定的に受け止める価値観が、もっと広まるといいなと思います。