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2026年1月5日、米疾病対策センター(CDC)は小児の定期ワクチン接種をこれまでの17種から11種に減らすと発表しました。(※1)この方策について、米国内の大勢の科学者・医者が反対の意思表明をしました。日本でも、(一部の反ワクチン派の医者を除き)この発表に賛同している医師はほとんどおらず「米国の間違った方針に同意してはいけない」という声が上がっているようです。しかし米国の現政権の医療政策は初めから間違っているとみなすのは危険です。この方策は一人の人物が周囲の忠告を顧みずに権威をかさに着て無責任な発言をしたわけではなく、CDCが正式に発表したものです。そこで今回は米国および(後述する)デンマークのワクチン政策を振り返り、日本国内でのあるべきワクチン対策について私見を交えて述べていきたいと思います。
米国が定期接種から外すことを決めた6種のワクチンは次の通りです。
・B型肝炎ウイルス
・A型肝炎ウイルス
・ロタウイルス
・インフルエンザウイルス
・髄膜炎菌感染症
・RSウイルス感染症(正確にはワクチンではなく、過去のコラム「ワクチン・予防薬の登場で進展した乳幼児のRSウイルス対策(※2)」で紹介した出生後1週間以内に投与する抗体製剤を指しています)
特徴異なるデンマーク
米国はこれら6種をどのように選定したのでしょうか。参照したのがデンマークのワクチン政策です。デンマークの定期ワクチンにはこれら6種が含まれていないのです。では、なぜデンマークではそのような方策をとっているのでしょうか。その話の前に、まずはデンマークでの小児の定期接種の感染症を列記してみましょう。下記の10種のみです。(※3)
・ジフテリア
・破傷風
・百日ぜき
・ポリオ
・インフルエンザ桿菌(かんきん、いわゆるヒブ)
・肺炎球菌
・麻疹
・風疹
・おたふく風邪
・HPV
米国で外れることが決まったワクチン6種のすべてがデンマークでは定期接種ではありません。では、米国がデンマークに倣ってワクチンの数を減らすことは妥当なのでしょうか。それを考えるにはそれぞれの国家と人口の特徴を押さえなければなりません。人口およそ600万人のデンマークの特徴は国民の大多数がデンマーク人であることです。欧州の他の国々と異なり、難民の受け入れには消極的で、外国人の労働者も多くありません。これは感染症学的な視点でいえば、外国由来の感染症が入りこみにくいという特徴があります。
他方、米国は移民の国です。現政権の政策で移住や難民申請が困難となりましたが、それでも米国は伝統的に大勢の移民を受け入れてきました。すると、外国由来のさまざまな感染症が広がるリスクが生まれます。ですから、必要なワクチンの種類を検討する際、米国とデンマークを同じ背景で考えることには無理があると言わざるを得ません。
しかしながら、デンマークも鎖国しているわけではなく、労働や永住権の取得は困難だとしても外国人が旅行目的で入国することは可能です。コペンハーゲンは美しい都市として有名であり、アンデルセンの博物館やルネサンス時代の城、あるいはレゴランドなど観光名所も多数あります。渡航先としてはむしろ人気のある国だといえます。また、デンマーク人が海外に渡航することもあるわけで、外国人と交流すれば自国では頻度の高くない感染症に罹患(りかん)することもあります。
「ワクチン疲れ」を懸念
ならばワクチンで防げる感染症に対してはワクチン接種で予防するという考えが広まってもおかしくありません。ではなぜデンマークでは小児期の定期ワクチンを限定しているのでしょうか。その答えは「優先順位」です。科学誌「Science」が、デンマークのワクチン諮問委員会のメンバーでコペンハーゲン大学病院の感染症専門医でもあるJens Lundgren氏にインタビューをした記事(※4)を参照してみましょう。
=ゲッティ
同誌のインタビューに対し、Lundgren氏は「ワクチン疲れ(vaccine fatigue)」という言葉を使って説明しています。つまり、あまりにも多数のワクチンを定期接種として示されると、その数の多さからワクチンを取捨選択する保護者がいると言うのです。そして、その取捨選択の結果、必ずしも優先順位の高いワクチンが選ばれる保証はありません。Lundgren氏は、保護者がワクチンを選択する際にSNSの信頼できない情報源に頼る可能性を指摘しています。
また”実績”もあるようです。デンマークでは、新型コロナウイルスが流行した際、2歳から6歳の小児を対象にインフルエンザワクチンを定期接種として導入したものの、予想に反して接種率が高くなかったというのです。このような経緯もあり、新たな定期接種のワクチン検討には慎重になっているようです。デンマーク政府としては、定期接種を増やして多数の感染症対策に力を入れるよりも、優先順位の高い上記10種の接種を徹底する方が賢明だと判断しているのです。
しかし、そうはいってもB型肝炎、ロタウイルス、水痘などは重要な感染症のはずです。特に、B型肝炎とロタウイルスは死に至ることもある重大な感染症です。これに対し、Lundgren氏は、B型肝炎はデンマーク人には(未診断も含めて)感染者がさほど多くなく、母子感染や幼少期の水平感染のリスクが高くないことを指摘しています。ロタウイルスについては一部が重症化することは認めているものの、麻疹や破傷風など他の感染症と比べると優先順位は下がると考えられているようです。Scienceの記事には記述はありませんが、おそらく水痘も同じ理由が考えられているのでしょう。
日本では必須のワクチンも
翻って日本をみてみましょう。日本での小児期の定期接種はデンマークの(おたふく風邪を除く)9種に下記の5種が加えられていて、現在合計14種が定期とされています。
・B型肝炎
・ロタウイルス
・水痘
・日本脳炎
・BCG
インフルエンザワクチンを接種する子ども=東京都江東区の有明みんなクリニック有明ガーデン院で2020年10月1日午後1時35分、御園生枝里撮影
私見を加えながらそれぞれをみていきましょう。B型肝炎は、デンマークとは異なり日本では多くの感染者がいます。過去のコラム「誤解だらけのB型肝炎ウイルス(1)(※5)」で紹介したように、2002年に生じた「佐賀県保育所集団感染」では合計25人もの保育所職員及び保育園児が集団感染しました。B型肝炎はいったん感染すると生涯にわたり体内から消えることがない、ときに死に至る感染症です。デンマークとは事情が異なりますから日本では必須のワクチンと言えるでしょう。
ロタウイルスと水痘ウイルスは一部の免疫不全者を除いてたしかに重症化する可能性は低いと言えます。ですから、定期接種から外して任意接種に切り替えることは検討してもいいと思います。ただし定期接種から外れて任意接種になると費用を自己負担しなければなりません。なお、米国でも定期接種から外れたワクチンはうたなくていいと考えられているわけではなく「保護者と医師の共同臨床判断に基づいて("based on shared clinical decision-making” between parents and doctors)」検討されるべきだとされています。デンマークでも、やはり保護者と医師が検討して接種することもあります。
日本脳炎はどうでしょうか。この疾患は「日本」と付いていますが日本特有の感染症ではありません。過去のコラム「日本脳炎の大流行を危惧する二つの理由(※6)」で紹介したように、2016年には韓国全土で日本脳炎の警報が発令されましたし、中国や東南アジアなどでは現在も犠牲者が相次いでいます。「日本にしばらく滞在することになったから日本脳炎のワクチンを希望する」と言って欧州人がときおり当院を受診します(デンマーク人ではいなかったかもしれませんが)。日本またはアジア諸国で生活する限り早い段階で日本脳炎ワクチンは接種しておくべきでしょう。したがって日本では定期接種が望ましいと言えます。
ではBCGはどうでしょうか。結核を予防するとされているBCGは、実はいくらかの医師は自身の子供にうたせていません(私の周りだけではないと思います)。反対意見もあるものの現在の日本の暮らしのなかで結核に感染する可能性は極めて低いからです。またBCGの有効性を疑問視する声もあります。定期接種に加えられているワクチンを「うたなくていいですよ」などとは立場上なかなか言えませんが、当院では昔から当院をかかりつけ医にしている患者さんにはこっそりと「うたなくてもいいんじゃない」と助言することはあります。
反対に、「日本では定期接種でないけれど接種すべきワクチンはないか」についても検討すべきです。例えば、デンマークでは定期接種のおたふく風邪(mumps)は日本では任意接種です。おたふく風邪は髄膜炎を起こして重症化することがありますし、難聴をきたし生涯にわたり障害を抱えなければならなくなった患者さんを診ている私は積極的にワクチンを推奨しています。また、A型肝炎は成人になってからでもいいかもしれませんが、家族旅行でアジア方面に旅行するような場合は小児期に接種しておくのが賢明でしょう。
リスク踏まえ各自で
ワクチンには必ず副作用のリスクがあります。専門家はしばしば「その症状はワクチンのせいではない」などと言いますが、その真否はさておきワクチン接種後に人生が変わってしまった人もいるわけです。いくら「無料ですよ」と言われたとしても、最終的には自身で接種の可否を決めなければなりません。米国の発表を契機に各自がこれからのワクチン対策を考えることを勧めます。その際は公衆衛生学者や感染症専門医でなく、日ごろから健康のことで頼りにしているかかりつけ医に先に相談することを推奨します。
※1 Fact Sheet: CDC Childhood Immunization Recommendations
※2 ワクチン・予防薬の登場で進展した乳幼児のRSウイルス対策 課題は
※3 Vaccine preventable diseases in the Danish Childhood Vaccination Programme
※4 Why does Denmark recommend so few childhood vaccines? A Danish scientist explains
※5 誤解だらけのB型肝炎ウイルス(1)
※6 日本脳炎の大流行を危惧する二つの理由
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大社会学部卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでのボランティアなどを経て、07年クリニック開設。大阪公立大非常勤講師。プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。