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子どもが小学生の頃、家族旅行で栃木県の塩原温泉に行ったときのことです。そこは、私自身が中学生の時に林間学校で訪れた思い出の場所でもありました。妻子が宿でくつろいでいる間、私は一人で付近の散策に出かけました。緑豊かな自然の中を歩いていると、川のせせらぎやヒグラシの遠い鳴き声が聞こえてきました。「リラックスしていいなあ」と心が和むのを感じました。私は、自然の環境音でもリラックスを促し、高血圧の改善に効果が期待できるのではないかと考えたのです。
自然の音色で整う自律神経
出版社に声をかけたところ、環境音を集めたCDブックを作ろうという話がまとまりました。そして環境音を集める専門家に依頼できることになり、私はさまざまな自然の音の注文を出しました。
・カッコウとウグイス
・里山の湧水(ゆうすい)
・水辺の鳥
・清流とヒグラシ
・海岸の潮騒
・夏の夜の虫、など……
狙いは音による「脳内旅行」です。目を閉じて聞いていると、自然の中を歩いている情景が浮かぶような音を集めてもらいました。懐かしくいとしい風景、楽しかった時間の記憶などに結びつけられれば、よりリラックスできると考えました。
完成したCDの試聴版を、私の外来に通院中の高血圧患者7人(平均60歳)に聞いてもらい、効果を検証しました。1日にできるだけ2回以上、1回につき3曲(各4分)を聞く、できるだけイヤホンなどを使用し、1週間以上連続して聞いてもらいました。CDを聞く前後で血圧を測って平均値を記録します。また「ストレス/リラックス度合い」を10cmの線の間に印をつけて評価する、Visual Analog Scale(VAS)という国際的な方式で記録しました。
その結果、収縮期血圧は平均141.3mmHgから132.3mmHgに低下しました。また、リラックス度は平均4.3が6.3に上昇。ストレスの強い状態から、少なくなったことが確認できました。患者さんたちからは、「聞いているときだけでなく日常生活の中でも、リラックスした気分で過ごせる時間が増えたことを実感した(67歳男性)」「心が落ち着いたり、ポジティブな気持ちになったりと、いい効果を得られるようになった(62歳女性)」などの感想が寄せられました(年齢はいずれも当時)。
なぜ、音を聞くだけで血圧が下がるのでしょうか。そのカギを握るのは「自律神経」です。自律神経とは、血圧と関係の深い心臓や血管をはじめ、胃や腸などの体の器官・組織をコントロールしています。意識的な努力を必要とせず、自律的(自動的)に機能するのが特徴です。これらの機能を活発に促進する働きを「交感神経」が、穏やかに抑制する働きは「副交感神経」が担っています。この二つのバランスがうまく取れているのが理想的です。しかしストレスでこのバランスが崩れると、交感神経が優位になりがちです。交感神経が優位になると、心臓の筋肉は収縮し、心拍数は上昇、血管が収縮して、血圧が上昇します。一方で、副交感神経が優位になれば、全く逆の働きを示し、血圧を下げる方向に働くのです。
こうして、「聞くだけで血圧が下がるCDブック」(ワニブックス、2017年)が完成しました。
渡辺尚彦さん著「聞くだけで血圧が下がるCDブック」(ワニブックス)
過去の連載「熟睡できて、血圧も下がる―すぐできる!自律神経を整える方法(※1)」では、「手が温かくな~る」と自己催眠をかけて自律神経を整える自律訓練法をお伝えしました。自然の音色を聞いてリラックスすることでも、副交感神経を働かせて交感神経とのバランスが取れるようになり、自律神経を整えることにつながるのです。
それでは、なぜ自然の音がリラックスにつながるのでしょうか。それは「1/fゆらぎ」という音響振動数のゆらぎが含まれているからです。このゆらぎは自然界に普遍的に見られるもので、規則性と不規則性がほどよく混ざり合った適度なランダム性が、予測できない変化やリズムを生み、聞く人に心地よさや癒やし効果、快適な感覚をもたらします。
リラックスした状態で、深呼吸をするとよりよい効果が得られます。呼吸は、無意識に行われる自律神経機能の中で唯一、意識的に変化させることができます。深くゆっくりとした呼吸をすることで、副交感神経を活性化し、心拍数や血圧を低下させることができるのです。また、深呼吸で肺が膨らむと分泌される「プロスタグランジン」は、血管拡張や血圧調整など多様な作用を持つ物質です。より効果を高めるには、鼻から吸い込んだ空気を胸ではなくおなかに入れるように意識して、ゆっくりとした腹式呼吸を行いましょう。呼吸のペースを5秒に1回から15秒に1回にするだけでもリラックスできます。
クラシックとポップス、血圧が下がる音楽は
聞くとリラックスできるのは、もちろん自然の音色だけに限りません。
ドイツの医学誌に発表された研究(※2)では、被験者60人を3グループに分け、それぞれ違うジャンルの音楽を聴かせて、聞く前後の心拍数と血圧、ストレスで放出される副腎皮質ホルモンのコルチゾールを計測しました。モーツァルトの交響曲を聴いたグループと、シュトラウスのワルツなどを聴いたグループは、収縮期血圧の平均がそれぞれ4.7mmHgと3.7mmHg低下しました。一方、スウェーデンのポップスグループABBAの歌を聴いたグループは平均1.7mmHg低下しましたが、静かに休息した対照群でも平均2.1mmHg低下したため、統計的に有意な差は見られませんでした。血中コルチゾール濃度は、すべての音楽ジャンルで明らかに低下しました。被験者が音楽を聴く習慣や音楽の好みと、結果には関連がなかったそうです。音楽を聴いて血圧を下げるには、クラシック音楽がおすすめのようでした。
=ゲッティ
音楽には、リラックスとは逆に血圧を上げる効果もあります。昭和のパチンコ店では、勇壮なメロディーの軍艦マーチがBGMの定番でしたし、今でもアップテンポで大音量の音楽が流れています。私自身もテレビ番組の企画で、血圧計をつけてパチンコをしてみたことがあります。実際に気分が盛り上がり、玉を打つ手にも力が入ります。フィーバーしたときには収縮期血圧が160~170mmHgまで上がってしまいました。音楽によって客の気分を高揚させてしまう仕組みには感心してしまいます。しかし、パチンコで玉をすってしまえば、気分も血圧も下がってしまうのですが……。
密接な心と身体、ストレスフリー目指して
ストレスなど社会心理的な要因が高血圧など身体の病気を引き起こすように、心と身体は密接に関連しています。それらを一体として治療に当たる「心身医療」の一環で、「バイオフィードバック(BF)」に取り組んだこともありました。BFとは心拍や脳波など体の情報をセンサーで検知し、音や光などで本人にフィードバック(可聴化・可視化)することで、自律神経系をコントロールしようというトレーニング手法です。
高血圧の男性患者(当時34歳)に、まずは深呼吸や腹式呼吸などの呼吸法を練習してもらいました。そして、胸と腹につけたセンサーで集めた自らの呼吸音をスピーカーから聞きながら、呼吸の頻度とスピードを自己調節してもらいました。すると、初診時には190/120mmHgだった血圧は半年後、13回の通院時のBFと自宅での呼吸練習の結果、正常値(140/100mmHg未満)になりました。呼吸の自己調節により自律神経が整いリラックスすること、そしてそれをBFにより自覚することが重要なことが示されました。ただし、BFは専門の機器が必要なので通院時にしか取り組むことができません。少なくともこの患者さんの場合は、自宅でBFを行うことができなかったため、48時間の血圧を下げることまではできませんでした。家庭でもBFを行うことができれば、結果は違っていたかもしれません。
栃木・塩原温泉=井上志津撮影
音とストレス、血圧について考えるとき、私は息子が赤ちゃんだった頃に「しょわ……しょわ……」とささやきかけた光景を思い出しました。赤ちゃんを泣きやませるグッズとして、母親のおなかの中で聞いていた臍帯(さいたい)音を流すヒツジのぬいぐるみを、同僚の医師からプレゼントされたのです。それを気に入った息子をあやそうと、私も口まねをしたのでした。やはり効果があったように感じました。故・財津一郎さんが「みんなまあるく~」と歌うタケモトピアノのCM曲も、赤ちゃんが泣きやむと聞いて試されたことがあります。驚くべきことに赤ちゃんが泣きやみました。こんなに小さな頃からストレスと闘う私たちです。解決法として、まずはリラックスを意識して、自然の音色に耳を傾けてみませんか。「そのとーり!」
※1 熟睡できて、血圧も下がる-すぐできる!自律神経を整える方法
※2 The Cardiovascular Effect of Musical Genres
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渡辺尚彦
日本歯科大客員教授
わたなべ・よしひこ 1978年聖マリアンナ医大医学部卒、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米ミネソタ大時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授など歴任。高血圧専門医。循環器専門医。