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2026年1月、米国トランプ政権は、米保健福祉省(HHS)のロバート・F・ケネディ・ジュニア長官(以下「ケネディJr長官」)が中心となり、HHSとUSDA(米農務省)による「食事ガイドライン」を大幅に改定しました。そして、この改定が米国のみならず世界中で波紋を広げています。全体としては評価する声が多いものの、一部の内容、特に飽和脂肪酸については反対意見が相次いでいます。そこで今回はこの改定されたガイドラインを振り返り、何が争点になっているのか、そして、我々は今後どのようなことに注意して食事を摂取すべきかについて、私見を織り交ぜて述べていきたいと思います。
「高炭水化物」から逆転
まずは米国の食事ガイドラインの歴史を振り返ってみましょう。
米国政府が理想的な食事の概要をイラスト(※1)を用いて公表したのは1992年でした。ピラミッド型の三角形を用いて、底部には重要で積極的に食すべき食物が記され、上に行くほど避けるべき食品が提示されました。「底部=最重要食物」にはパン、シリアル、パスタ、コメなどの炭水化物が並べられ、そのひとつ上に野菜や果物が置かれました。「一番上=最も避けるもの」は脂肪や甘いものとされ、その下に乳製品や肉類が置かれました。当時は、低脂肪・高炭水化物こそが健康的な食事であり、肉や乳製品、脂肪は控えるべきだと信じられていたのです。
=Food Guide Pyramid(2012)より
11年1月31日、HHSとUSDAは「2010年版食事ガイドライン」(※2)を公表しました。そして同年6月、ミシェル・オバマ大統領夫人(当時)らが、この食事ガイドラインを分かりやすく視覚に訴えた「My Plate」を発表しました。92年版のように穀物をたくさん取って他を少なくするのではなく、皿を4分割し、野菜、果物、炭水化物、たんぱく質を同じように並べ、横に乳製品が置かれました。「皿の半分を野菜と果物にする」というメッセージが一瞬で理解できるように工夫されたのです。
=USDAの資料より
そして、26年1月7日、冒頭で述べた新しい食事ガイドライン(※3)が発表されました。イラストのかたちはなんと逆ピラミッド、まるで92年のガイドラインに対抗するかのようです。そしてそれぞれの食品カテゴリーをよくみると、主要なものが92年版の正反対となっています。最も顕著なのがパンやコメなどの炭水化物で、92年版のピラミッドでは最重要食品、10年版のMy plateでは野菜や果物と同程度に格を下げられ、そして最新の25年版ではついに最も格下とされてしまったのです。
これだけ大きな方向転換が政府から発表されれば社会に大きな混乱が生じるのは必至です。しかし、私の知る限り、この炭水化物の大きな格下げについてはさほど反論は起こっていません。そして、これは私の日ごろの臨床経験とも一致しています。体重を落としたいと考える患者さんは「炭水化物を減らすべきなのはわかっているが難しい」という話をよくします。そういう患者さんから1日に食べているものを聞き出すと、炭水化物を過剰摂取していることがよく分かります。パスタやパンなど炭水化物はおいしい上に価格も手ごろですから、ついつい食べ過ぎてしまい、そして他の栄養素をなおざりにしてしまうのでしょう。
「炭水化物を減らす」以外にも、新しいガイドラインでは、自然食品を増やし砂糖や超加工食品を減らすことが強調されていて、この点についてはほとんどの栄養学者から支持されています。これらは最近有害性がとみに指摘されており、本連載でも、砂糖については「砂糖は「依存性薬物」? 摂取量を規制するあの手この手」で、超加工食品については「冷凍ピザや即席ラーメン… おいしいからこそ危険 「超加工食品」で上昇する死亡率」(※4)で取り上げました。
「飽和脂肪酸との闘いに終止符を」
では、新しい食事ガイドラインの何が物議を醸しているのか。炭水化物の没落以外に逆ピラミッドで目立つのは、牛肉や乳製品が重要視されている点です。従来、米国では脂肪分だけでなく赤身も含めて肉を摂取しすぎていることが指摘されてきました。赤身肉は脂肪の部分よりも飽和脂肪酸が少ないのは事実ですが、それでも一定量が含まれているため健康に良くないとされているのです。実際、飽和脂肪酸の過剰摂取はLDLコレステロールを上昇させ、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中のリスクとなるのは事実です。
逆ピラミッドのイラストでは「最上層=最重要食物」として脂身を含むステーキが描かれています。さらにケネディJr長官は記者会見(※5)で、「食事にはたんぱく質と良質の脂肪が不可欠だ。以前の食事ガイドラインは誤っていてこれらが推奨されていなかった。我々は飽和脂肪酸との闘いに終止符を打つのだ!」と宣言しました。これが世論の感情に火をつけ、インターネットやSNSではさまざまな論争が繰り広げられています。「飽和脂肪酸は人類が最古から摂取していたものだから取るべきだ」と賛成派が意見を述べ、「飽和脂肪酸が心臓発作を起こすのは間違いないのだから取るべきでない」と反対派が対抗するようなかたちです。いったい、どちらが正しいのでしょうか。
どこまで食べていい?
報道をみる限り、ケネディJr長官は会見や自身のSNSでは触れていないようですが、実はこの新しいガイドラインでは「飽和脂肪酸は1日の総摂取カロリーの10%以下に抑えるべきだ」と書かれています(3ページの真ん中あたり)。そして、非常に興味深いことに、これはWHO(世界保健機関)の23年版の飽和脂肪酸に関するガイドライン(※6)(9枚目)の見解とまったく同じです。つまり、ケネディJr長官が「闘いに終止符を打つ」という言葉まで持ち出して主張している考えは、WHOのガイドラインと同じものなのです。
ここでこの「10%」について考えてみましょう。例えばあなたが1日2000Kcalを摂取しているとすると、その10%は200Kcal、飽和脂肪酸を200Kcalまで摂取してよいということになります。脂肪は1g=9Kcalですから、200Kcalなら22gの飽和脂肪酸が取れることになります。一般に、牛肉の場合、牛の種類や部位、調理方法でバラつきがありますが、飽和脂肪酸の含有量はだいたい100gあたり2~20gくらいとされています。例えば、「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」(※7[智三1.1])によると、最も飽和脂肪酸が多いとされるリブロースでは「和牛肉」の100gあたりの飽和脂肪酸が約20gとされています。ということは、1日のなかで牛肉以外からも飽和脂肪酸をある程度は摂取するでしょうが、22gまで食べていいのなら、脂身が少ない部位であれば牛肉のステーキを恐れる必要はなさそうです。
=ゲッティ
次に、どのような飽和脂肪酸に注意すべきかを考えてみましょう。私が米国の新しいガイドラインから波及した飽和脂肪酸についての論争で最も問題だと思うのが「どのような飽和脂肪酸について語っているのか」が曖昧なまま議論が進められていることです。単に飽和脂肪酸が是か非かという論争が続いているだけのようにみえるのです。
ひとくくりでの議論よりも
飽和脂肪酸にもたくさんの種類があります。そして、どのような飽和脂肪酸を摂取するかにより健康へのリスクが大きく異なります。例えば、21年に医学誌「JAHA」に掲載された論文(※8)によると、ヨーロッパ9カ国で数万人を調査した結果、赤身の肉やバターから飽和脂肪酸を多く摂取している人は心臓病(冠動脈疾患)を発症するリスクが高かった一方で、チーズ、ヨーグルト、魚から飽和脂肪酸を多く摂取している場合はリスクが低いという結論が出ました。
意外な結果にみえるかもしれませんが、これは極めて当然のことです。例えば、乳製品にはLDLコレステロールへの影響が少ないとされるペンタデカン酸と呼ばれる飽和脂肪酸が多く含まれているのに対し、赤身肉にはLDLコレステロールを増加させるパルミチン酸という飽和脂肪酸が多く含まれています。つまり、臨床医の視点からは、飽和脂肪酸をひとくくりにして論じることに強い違和感を覚えるのです。
それに、これは私の臨床経験からの私見ですが、飽和脂肪酸摂取とLDLコレステロールの関係には大きな個人差があります。例えば、ベーコンやスパムなどの加工肉をかなり取っていてもLDLコレステロールがさほど上昇しない人がいる一方で、ほとんど何を食べても上昇してしまうような人もいます。LDLコレステロールについては、糖尿病や高血圧など他の生活習慣病と比べて、食事よりも遺伝的影響の方がずっと大きいような印象があります。結局のところ、その人の血中LDLが高いかどうかについては採血をするしかありません。
最後に、新しい米国の食事ガイドラインと我々が注意すべき点をまとめておきましょう。
・2026年1月に公表された米国の新しい食事ガイドラインでは、炭水化物や超加工食品を制限すると同時に、肉や乳製品などこれまで控えるべきだとされていたものを積極的に摂取するよう勧告された
・しかし同時に「飽和脂肪酸は1日の総摂取カロリーの10%以下に抑えるべきだ」とされていて、これはWHOの見解とまったく同じ
・飽和脂肪酸の過剰摂取でLDLコレステロールが上昇し心疾患のリスクが上昇することが指摘されているが、チーズ、ヨーグルト、魚から飽和脂肪酸を多く摂取している場合は心疾患のリスクが低下することも示されている
・LDLコレステロールの上昇は何を食べるかよりも遺伝的な要因が大きく、LDLコレステロールの値を知るには血液検査をするしかない
※1 Food Guide Pyramid (1992)
※2 2010 Dietary Guidelines for Americans
※3 Dietary Guidelines for Americans, 2025-2030
※4 冷凍ピザや即席ラーメン… おいしいからこそ危険 「超加工食品」で上昇する死亡率
※5 RFK Jr.s new dietary guidelines go all in on meat and dairy
※6 Saturated fatty acid and trans-fatty acid intake for adults and children
※7 脂肪酸成分表編 第1表可食部100g当たりの脂肪酸成分表(脂肪酸組成表)
※8 Dietary Fatty Acids, Macronutrient Substitutions, Food Sources and Incidence of Coronary Heart Disease- Findings From the EPIC‐CVD Case‐Cohort Study Across Nine European Countries
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大社会学部卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでのボランティアなどを経て、07年クリニック開設。大阪公立大非常勤講師。プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。