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年を取るにつれ、一年一年があっという間に過ぎていくような気がする。子どもの頃はもっとゆっくり時が流れていたのに……。ふと不安や寂しさを感じるシニア世代は少なくないだろう。実は物理的な時計とは別に、私たちの脳には主観的に時間を感じる働き「心理的時計」があるとされる。心の時間の刻み方を変える “ある条件”とは――。時間認知の研究に取り組む千葉大学大学院人文科学研究院教授、一川誠さんに話を聞いた。
心の時間のスピードは「代謝」によって変化する
時計の針は常に同じ速さで進むが、心のなかの時計「心理的な時間」は必ずしも一定のスピードで進んでいない――千葉大学大学院教授、一川誠さんはこう説明する。心理的な時間とは、人が主観的に感じる時間のスピードや長さを指す。
「私たちは光は眼で、音は耳で知覚していますが、時間を感じ取る感覚器官はとくに身体に備わっていません。それでもだいたいの時間を判断できるのは、過去の体験にしたがって脳が無意識に推測をしているからです」
「身支度に手間取ってしまった。急がないと8時の電車に間に合わないぞ」「オフィスに残っている人もまばらだな。そろそろ7時ごろだろう」といった具合だ。
ただし、いくつかの条件が変わると推測にブレが生じ、心理的な時間のスピードは変わる。重要な条件のひとつとされるのが「代謝」だ。
=ゲッティ
エネルギーを産生したり、細胞を入れ替えたりする代謝の働きが、なぜ心理的な時間に影響するのだろう。一川さんが紹介してくれたのは、時間知覚の先駆的研究者でアメリカの心理学者、マイケル・トリーズマンの理論だ=注1。
「トリーズマンは、脳には周期的にパルス(信号)を出し続ける発信機のようなものがあるのでは、という仮説を立てました。人は発信されたパルスの蓄積量をめやすに、経過した時間を推測しているのではないか、というのです」
発信機といってもあくまで脳の一部なので、発信ペースは代謝の状態次第で変わる。
代謝が高まるとパルスの発信頻度も増えるため、心理的には「どんどん時間が過ぎていく」と感じる。ところが時計を見ると、さほどの時刻になっておらず、「時間の流れが遅い」と結論づけることになる。逆に代謝が低いと、パルスの発信頻度は少なくなり、時計の針の進みを速く感じるという。
「自宅でのんびりスマホをいじっていると、いつのまにか時間がたっていて驚くことはありませんか。その逆にハイキングをしているときは、時間がゆっくり流れていくように感じます。屋内でじっとしているときより代謝が高くなるためでしょう」
千葉大大学院人文科学研究院教授、一川誠さん
代謝は時間帯によっても変動する。朝、時間の進み方を速く感じるのは、代謝がまだ活発化していないことも一因だ、と一川さんは説明する。
ただし、発信機にあたる部位が脳のどこにあるのかはまだ発見されていないという。「トリーズマンの研究が発表されたのは60年ほど前。いまだに場所が特定できないのは、時間認知が脳の複数の部位で処理されているからではないか、と考えられています」。
「スローモーション」は脳の勘違い
心理的な時間を伸び縮みさせるのは代謝だけではない。感情や視覚情報など、さまざまな条件の変化によって脳は簡単に時間を勘違いする。
よく知られるのが「スローモーション知覚」だ。まるで映画を見ているように、あらゆるものの動きがスローモーションで見える。
たとえば交通事故の瞬間。対向車がゆっくりと迫ってきて、運転する自動車のボンネットに激突したかと思うと、フロントガラスにみるみる亀裂が入り始めた――こんな光景を目撃したと証言する人はまれではないという。
一種の錯覚に過ぎないとされてきたが、一川さんら千葉大学の研究で、感情が引き起こす現象であることがあらたにわかった=注2。
一川さんらはさまざまな表情の画像を使い、被験者の感情や時間の感じ方、画像の見え方の精度などを調べた。その結果、恐怖や怒り、喜びを感じた瞬間は時間が流れる速さが遅くなったように感じられ、かつ画像がはっきり見えることが明らかになったという。
「何かに対し、極度に集中しているとき起こる現象ではないか、と考えられます。詳しいメカニズムについてはまだ解明されていません」(一川さん)
時間認知にまつわる不思議な現象はほかにもある。
たとえば、狭い空間より広い空間、暗いところより明るいところ、静かな場所よりにぎやかな場所のほうが時間の流れはゆっくり感じられる、と一川さんは説明する。
「広さは面積の大きさ、明るさは光の強さ、にぎやかさは音の多さを示します。つまり『量が多い』と判断すると、脳は時間を長く感じるのです。人は時間の長さを推測しているにすぎないという話をしましたが、推測に使える情報が少ないとき、脳は量によって時間を判断してしまうわけです」
根拠もないのに、経験則や直感に従って脳が勝手に判断を下してしまうことを「ヒューリスティック」というが、心理的な時間にはしばしばこのヒューリスティックが働くという。
変化を取り入れ代謝を上げると
問題は、年をとるとあっという間に歳月が過ぎるように感じやすいことだ。
一川さんは、「年齢を重ねると若い頃より代謝が低くなるので、時間が過ぎるのが速くなったように感じられるのもうなずけます」としたうえで、中高年も工夫次第で時間の流れをじっくり味わうことは可能だと話す。
たとえば、ジョギングやウオーキングなどの運動で代謝を上げるといい。特別なイベントをスケジュールに組み込む工夫も大切だ、と一川さん。旅行やコンサート、外食を楽しむのも有効だが、「聴いたことのない音楽を鑑賞する」「いつもと違うルートを散歩する」といったささやかな変化でも構わない。
一川さんら千葉大学の研究によれば、脳に負荷を与える出来事を体験すると、時間を長く感じやすいことがわかっている。逆に習慣化した作業は数をこなしても脳の負荷が小さく、時間の経過を速く感じるそうだ。
子どもが時間の流れをゆっくり感じるのは、日々が未知の体験の連続だから、ともいえる。逆に歳月の流れを速く感じるようであれば、毎日がマンネリ化していないか疑ったほうがよさそうだ。とくに仕事をリタイアし、「なんだか最近、ワンパターンな生活をしているな」と感じたら、意識して非日常的な体験を取り入れたい。
人生の満足度を高める「立ち止まって振り返る」
もうひとつ重要なのは、過去の出来事を何度も振り返る「反すう」を習慣化することだ。
=ゲッティ
記憶は反すうによって意味づけされたり、他の記憶とつながったりして定着する、と一川さんは説明する。「定着した記憶のうち、個人的な出来事の記憶を『エピソード記憶』と呼びます。エピソード記憶の数が多いと、時間は長く感じられます」。なお、イギリスの研究によれば、ポジティブなエピソード記憶が多いほど人生への満足感や幸福感が高まることがわかっている。
エピソード記憶をつくる振り返りのコツは、「まとめて思い出そうとしないこと」だ。
「『2月に入ってからどんなことがあったっけ』などとある期間をひとくくりにして振り返っても、印象的な出来事は浮かび上がってきません。三連休の1日目はどこでどう過ごしたかな、2日目は誰と何をしたかな、といった具合に日付を特定し、具体的に記憶を探りましょう」
時間の経過ではなく、体験に意識を向けると「意外と充実していた」「いつのまにか人脈が広がっている」など気づきが得られる。結果的に満足感や自己肯定感も高まるはずだ。
日々慌ただしく作業に追われている場合は、作業と作業のあいまにちょっとした休憩をとろう。時間に余白を作ることで、自然と体験の振り返りができる。
「予定を詰め込み、ひたすら働いていると毎日が充実しているように感じられるかもしれません。しかし、自分を振り返る余裕もなく、エピソード記憶が生まれないような過ごし方をしていると、意外に満足感は得られない。結局、『あっという間だったし、なんの思い出もない』とむなしい感覚だけが残ってしまいます。ムダが嫌われ、スピードばかりが問われる時代ですが、時々立ち止まって過去に思いをはせることをおすすめします」
記憶は睡眠中に定着しやすいため、一日を振り返るなら特に夜がおすすめ、と一川さん。その日スマホで撮った写真を見返しながら、短い日記をつけるのもいい。毎日をいとおしみ、味わう習慣をもてば、ゆっくり流れる時間が返ってきそうだ。
いちかわ まこと◇千葉大学大学院人文科学研究院教授、博士(文学)。1965年、宮崎県生まれ。大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了後、カナダYork大学研究員、山口大学工学部感性デザイン工学科講師・助教授、千葉大学文学部助教授・准教授を経て、2013年より現職。専門は実験心理学。00年より、「時間学」に興味を持ち山口大学時間学研究所の活動に関わる。「ぼくら大切なことに使える時間はもう、あまりないから」(SBクリエイティブ)「仕事の量も期日も変えられないけど、『体感時間』は変えられる」(青春出版社)など著書多数。
注1 Treisman, M. (1963). Temporal discrimination and the indifference interval: Implications for a model of the “internal clock”. Psychological Monographs: General and Applied, 77(13), 1–31. doi: 10.1037/h0093864.
注2 Emotional response evoked by viewing facial expression pictures leads to higher temporal resolution - Misa Kobayashi, Makoto Ichikawa, 2023
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西川敦子
フリーライター
にしかわ・あつこ 1967年生まれ。上智大外国語学部卒業。編集プロダクションなどを経て、2001年独立。働き方や組織の問題、心理学などをテーマに取材。著書に「ワーキングうつ」(ダイヤモンド社)など。