強者がルールを無視して、弱者を支配する。力がものをいう時代に時計の針を戻してはならない。
米大統領選でトランプ前大統領が勝利し、返り咲きを決めた。国際秩序が揺らぐ中、「米国第一」を掲げる指導者が再び超大国を率いることで、混乱に拍車がかかる恐れがある。
世界では、中東とウクライナの戦争が長期化している。核使用のリスクさえ現実味を帯びる。国連のグテレス事務総長は「人類滅亡の危機だ」と警鐘を鳴らす。
イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザ地区でイスラム組織ハマスと戦闘を続け、イスラム教シーア派組織ヒズボラの掃討を理由にレバノンに侵攻している。イランとの報復合戦もやむ気配がない。
許されぬ弱者切り捨て
トランプ氏はこれまで、イスラエルを支持する姿勢を鮮明にしてきた。選挙運動中にも「米国を救い、イスラエルを救おう」とまで呼び掛けた。
政権1期目には、パレスチナ側の意向を無視する形でエルサレムをイスラエルの首都と認めた。国際社会の声に背を向け、ヨルダン川西岸へのユダヤ人入植も容認している。
バイデン政権はガザの人道危機に手をこまぬき、内外から批判を浴びた。トランプ次期政権下では、イスラエル寄りの姿勢がさらに強まり、パレスチナ問題が置き去りにされることが危惧される。
米国が主導してきたウクライナ支援の取り組みも後退する可能性がある。トランプ氏はウクライナへの武器提供を停止するなどして、浮いた資金を国内に振り向けるべきだと主張している。「私が大統領なら、24時間以内に戦争を終わらせる」。トランプ氏はこう豪語する。だが、国際法に違反して隣国を侵略したのはロシアである。ウクライナの一部占領の容認と引き換えの停戦工作は受け入れがたい。
トランプ氏は、強国が指導者同士の「ディール(取引)」によって紛争や対立を解決することを志向する。ビジネス経験で培った損得勘定重視の手法である。
しかし、「取引外交」では弱者がないがしろにされ、「力による現状変更」を追認する結果になりかねない。一時的に紛争にふたをすることはできても、根本的な解決にはならない。
19世紀から20世紀前半にかけては、武力に勝る列強が弱い国を支配する時代だった。それが大国同士の対立を生み、2度の大戦につながった。
多大な犠牲を出した大戦の反省から、戦勝国が中心になって国連などの国際機関を作り、国際法を整備した。国家間の争いを戦争ではなく、話し合いで解決する道を選んだのだ。
中東とウクライナの「二つの戦争」でも、大国間の取引ではなく、当事者の意見を反映させる形での停戦こそ重要だ。
国際協調を守り抜く時
民主主義陣営にとり、トランプ氏が同盟や国際機関を軽視しがちなことも懸念材料だ。
北大西洋条約機構(NATO)は、米国が欧州の安全保障に責任を負う同盟の枠組みである。
にもかかわらず、トランプ氏はNATO加盟国が国防費を十分に負担しないならば、「何でも好きにしてよいと彼ら(ロシア)をけしかける」と、防衛義務を果たさない可能性さえ示唆した。
無責任な発言に、当時のストルテンベルグ事務総長は「米国を含む、我々全体の安全保障を損ねる」と警告した。
主要7カ国(G7)の結束も揺らぎかねない。1期目の2018年G7首脳会議では、通商政策を巡って他のメンバー国と対立し、ほころびを露呈させた。
中露が「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国への影響力を拡大する中、民主主義陣営は劣勢に立たされている。
第二次世界大戦後、自由や民主主義、法の支配、国際協調といった価値を守る旗手の役割を果たしてきたのが米国である。
「米国の力は同盟や協力関係と不可分に結びついている。同盟国を尊重しなければ、自分たちの利益も守れない」。トランプ前政権で国防長官を務めたマティス氏の言葉だ。
ルールよりも力が優先される世界になれば、弱肉強食の論理がまかり通る。各国は国際協調の重要性を再確認し、「自国第一」の潮流に歯止めをかける必要がある。