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診察室やメール相談で「安楽死」の相談を受けることがあります。死が間近になった患者さんからよりもむしろ、「いずれそのときがくれば……」「認知症になれば……」、あるいは「主人があの世に行けば私も……」という感じの相談が大半です。安楽死は日本には該当する法律がなく、正確な情報が流布しておらず、個々のイメージが独り歩きしているような印象があります。インターネットやSNSをのぞいてみても、各自が使っている安楽死の意味がバラバラで、なかには胃ろうや人工呼吸器をつけないことが安楽死だ、というようなコメントもあります。そこで今回は安楽死についての概要を世界の現状を紹介しながらまとめてみたいと思います。
さまざまな安楽死のタイプ
まずは私なりに言葉の分類を試みます。これらの言葉の定義は文献により違いがあるため、一部の専門家や識者からは「不正確だ」と言われるかもしれませんが、安楽死を考える上でそれなりには参考になると思います。
まず尊厳死(Death with Dignity)と安楽死(Euthanasia)を区別することが必要です。安楽死は通常英語ではEuthanasiaと呼びますが、Mercy Killing(慈悲ある殺人)と呼ばれることもあります(ただし私の経験からはEuthanasiaの方が通じます)。「殺人の一種」という考えもあるのです。
他方、尊厳死にはそのようなニュアンスがなく「余計な医療行為をせずに自然に死を迎える」というイメージです。助かる見込みのない状態で「胃ろうをつくらない」「人工呼吸器をつけない」「点滴をしない」などが相当します。日本では終末期医療について厚生労働省のガイドラインはありますが、「尊厳死を認める」とした法律は今もありません。尊厳死を希望する場合、法的な威力があるとは言い難いのですが、いわゆる「エンディングノート」に「尊厳死を希望する」という内容を書いておくことが推薦されています。
安楽死について論じるときには「どのようなタイプの安楽死か」を考えねばなりません。助かる見込みがない状態で装着されている人工呼吸器を外す行為と、医師が致死薬を注射する行為はまったく異なるからです。私は、安楽死を三つに分類しています。「消極的安楽死(Passive Euthanasia)」「医師による自殺ほう助(Physician-Assisted Suicide = PAS)」「積極的安楽死(Active Euthanasia)」です。
「消極的安楽死」は医療行為を中断することにより死に導く安楽死で、最も分かりやすい例が「人工呼吸器を外す」行為です。日本でも条件を満たせば訴追されない可能性がありますが、安楽死を認めるとした法律はありません。2006年に公表された射水市民病院のケースは消極的安楽死の一例です。同院に入院中の7人の人工呼吸器を医師が外したことにより全員が死亡しました。安楽死に関わった2人の医師が殺人容疑で富山地検に書類送検されましたが、容疑不十分で不起訴処分とされました。不起訴とされた理由には、安楽死に至った患者らには本人または家族の同意があったからと見られています。
入院患者7人の人工呼吸器外しが明らかになった射水市民病院=富山県射水市で、幾島健太郎撮影医師の助けで、最後は自ら
「医師による自殺ほう助」とは、医師の処方した致死薬を医師らの目の前で自ら飲む、あるいは本人が医師らの目の前で致死薬が入った点滴のスイッチを入れる(クレンメを操作する)といった方法による安楽死です。ときおり日本人も希望するスイスの安楽死はこの方法がとられます。ドイツでも2020年からはこの安楽死が認められています。米国のいくつかの州と地域(ハワイ、カリフォルニア、コロラド、メイン、モンタナ、ニュージャージー、ニューメキシコ、オレゴン、バーモント、ワシントン、ワシントンDCなど)でも認められています。
「医師による自殺ほう助」は国によって条件が異なります。死期が迫っていたり、あるいは耐え難い身体的または精神的苦痛があったりしなければ認められない国もありますが、ドイツではその限りではありません。
2022年9月、スイスで安楽死を遂げた仏国の映画監督リュック・ゴダール氏は当初「特に病気がないけれど人生に疲れたから」あるいは「人生でやり残したことがないから」などと報道されましたが、実際には「複数の障害を伴う病気に罹患(りかん)していた」と、本人の弁護士により発表(※1)されました。
ジャンリュック・ゴダール氏=東京都内のホテルで、山下浩一写す
他方、ドイツでは特に病気がなくても現在この安楽死(自殺ほう助)が認められています。2025年11月、戦後ドイツ・エンターテインメント界の象徴的存在とも言われていた双子の歌手、アリス・ケスラーさんとエレン・ケスラーさんが89歳で他界しました。報道(※2)によると、二人は特に死に至る病に罹患していたわけではなく、「もはや生きることを望まなかった。共に人生を終えることを選んだ」とコメントしました。
医師の投与認める国も
安楽死の「三つの分類」の三つめは「積極的安楽死」で、医師が致死薬を投与することにより安楽死させる方法です。オランダとカナダが有名だと思います。他には、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビア、スペイン、ニュージーランドでも認められているようです。
積極的安楽死は過去に日本でもおこなわれたことがあり、その際は医師に有罪判決が下されました。1991年の東海大学病院安楽死事件です。医師が末期がん患者に致死薬(塩化カリウム)を投与し患者は死亡しました。合法か否かが争われた横浜地裁では「積極的安楽死が認められる四つの要件」(耐え難い肉体的苦痛、死の切迫、代替手段の欠如、患者の意思)が満たされていないとされ、有罪判決(ただし執行猶予付き)が下されました。
この判決は物議を醸しました。その「四つの要件」を満たせば本当に違法にならないかという疑問が生じるからです。この事件からすでにおよそ35年もの月日が経過しましたが、「四つの要件を満たしたため安楽死を実行した」という報告は(私の知る限り)1件もありません。おそらく最大の理由は、「安楽死を認める」とした法律がないからで、四つの要件を満たしたからといって罪に問われない保証はないのです。
他の二つの安楽死に比べ、積極的安楽死は医師がより積極的にかかわり、一種の殺人と呼べなくもありません。ですから、この安楽死には反対する意見は少なくありません。カナダでは56歳の女性が「がんと診断されてすぐに安楽死を勧められた」というケースがありました。驚くべきことに、この女性は米国の医師にセカンドオピニオンを求めると「治療できる」と言われ、治療を受けて成功し、その後ランニングやサイクリングにも励み、ハワイのビーチで子供たちの前でパートナーと結婚式を挙げたそうです(※3)。言うまでもなく、医師の短絡的な判断が安楽死につながるようなことがあってはならず、本当に治療できる見込みがないのかどうかについてはしっかりと検討されねばなりません
著名人の選択で話題に
最近しばしば話題になる安楽死に「デュオ安楽死(Duo-euthanasia)」があります。愛するパートナーと共に死を選択することです。上述のケスラー姉妹も広義にはデュオ安楽死と呼べるかもしれません。デュオ安楽死が最も有名なのはおそらくオランダでしょう。その理由のひとつは2024年に元首相のDries van Agt氏とその妻がこの安楽死を遂げたことです。共に93歳の二人は手をつないで逝去したと報道(※4)されました。ただし、オランダでは二人のそれぞれに対し、医師が身体的または精神的な苦痛を耐え難いと診断し、さらに改善の見込みがないと判断した場合に限られます。Dries van Agt夫妻も共に重病だったと報道されています。
デュオ安楽死で興味深いのがスイス方式です。オランダが二人とも末期の状態でなければならないのに対し、スイスではどちらか一人が末期であれば他の1人は元気でもデュオ安楽死ができるのです。これをモチーフにしてつくられたのが日本では2026年2月に公開されたスペイン映画「両親が決めたこと」です。スペインではデュオ安楽死が認められていないため(本人のみの安楽死は合法です)、スイスにわたり二人でベッドに横たわったまま共に致死薬が入ったグラスを受け取ります……。
デュオ安楽死にはさまざまな意見があるでしょうが、スイスは外国人も受け入れていることを考えると、今後スイスでのデュオ安楽死を考える日本人カップルも増えてくるのではないでしょうか。実際、冒頭で述べたように「パートナーがあの世に行けば私も……」と話される患者さんもいるわけです。
タブー視せず考えよう
我が国も尊厳死や安楽死についての法律が必要です。そのためには、尊厳死、安楽死の定義や条件について各領域の専門家が議論をしなければなりません。そして、各専門家に影響を与えるのは世論であり、世論を作り上げるのは国民ひとりひとりです。尊厳死や安楽死に関心のない人はほとんどいないはずです。ならば死をタブー視するのではなく、誰もがたどりつく人生のゴールについて、まずは各自が思いを巡らせてみてはどうでしょうか。
※1 Jean-Luc Godard: Legendary film director dies at 91 by assisted suicide
※2 Kessler Twins who performed with Frank Sinatra die by assisted suicide on same day
※3 I was offered assisted dying over cancer treatment--In Canada, a broken healthcare system is killing patients
※4 Duo euthanasia: former Dutch prime minister dies hand in hand with his wife
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大社会学部卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでのボランティアなどを経て、07年クリニック開設。大阪公立大非常勤講師。プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。