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「私はあんなに食べ物に気をつけてきたのに、どうしてがんになったんでしょうか?」
肺がんと診断された竹内智美さん(仮名)の、思い詰めたような質問に「運でしょうね」と、私はあっさり回答しました。
とんでもない説明をする医者がいると思う方も多いでしょう。しかし、逆に質問したいのですが、皆さんはがんの原因をどこまで調べて確認されているでしょうか。2人に1人ががんを発症する今の時代、身近であるがゆえに誤った情報や思い込みもまん延しています。
私は長年がん患者さんの治療に携わりながら、YouTubeでも情報発信を続けていますが、時に驚くような誤解に直面します。そしてその誤解は、わざわざ質問を受けて初めて発覚することが多いのです。つまり、多くの方が間違った知識を抱えたまま、修正される機会がないまま過ごしているということです。
がんの予防はもちろん大切ですが、間違った情報に踊らされて不幸な結果を招くことを防ぐことも同じくらい重要です。そのために私は「がん防災」という概念を提唱しています。地震に備えるように、がんという「災害」にも事前の備えが必要だという考え方です。
今回は、がんに関する10問のクイズを通じて、あなたの「がん常識」をチェックしてみましょう。自信のある方も、ぜひ一問一問じっくり考えてください。
Q1糖質はがんのエサなのでなるべく制限すべきだ
Q2食事に十分気をつけていればがんは予防できる
Q3がん細胞は、一見正常細胞と大きな違いがないことが多い
Q4がんは家族歴がなければリスクが低い
Q5たばこを吸っていなければ肺がんの心配はしなくてもいい
Q6がんの半分以上は治る
Q7がんを発症したときは「がん情報」を徹底的にネット検索して不安を解消すべきだ
Q8がん検診は放射線被ばくのデメリットが大きいため、健康なうちは受けない方がよい
Q9がん検診で異常なしの結果が出れば、その年は何か不調を感じてもがんの心配はないので安心してよい
Q10もうすぐ検診がある。でも気になる症状があればすぐに病院を受診すべきだ
糖質は「がんのエサ」?
Q1糖質はがんのエサなのでなるべく制限すべきだ 答え:間違い
「糖質はがんのエサになる」という説は、世界的に広まっている誤解の一つです。この誤解の背景には、PET-CT検査の仕組みがあります。これ検査は、がんの活動性(機能)を見る陽電子放射断層撮影(PET)装置と臓器の形(形態)を見るコンピューター断層撮影(CT)装置を組み合わせ、同時に撮影した融合画像で調べる検査です。PET単独よりも病変の正確な位置や形を特定しやすいため、PET検査の主流になっています。
PET検査では、ブドウ糖に似た物質に放射性同位元素を付けて体内に注入し、糖代謝が活発ながん細胞に集まる性質を利用して、がんの位置を画像化します。この「ブドウ糖ががんに集まる」という知識を飛躍させて「糖質を制限すればがんが縮小する」と考えるのは誤りです。現在までに、ヒトにおいて糖質制限ががんの進行を抑えるという信頼性の高い臨床的エビデンス(科学的根拠)は存在しません。マウス実験では一定の効果が示唆された報告もありますが、ヒトを対象とした研究は小規模で方法論にも問題があり、確定的な結果は出ていないのが現状です。
むしろがん治療中の糖質制限がもたらすリスクが問題です。ブドウ糖が必要なのは正常細胞も同じです。糖質が不足すると体は筋肉などの正常組織を分解してブドウ糖を作り出そうとします。その結果、体力が衰え、治療に耐える力が低下してしまいます。極端なたとえですが、これはけがをして頭から出血しているときに、首を絞めて止血するようなものです。がん治療中は十分な栄養を取ることが何より重要なのです。
健康な食事を続けていても……=ゲッティ
Q2食事に十分気をつけていればがんは予防できる 答え:間違い
17年に科学雑誌「Science」に掲載された画期的な研究(注1)では、がんを引き起こす遺伝子変異の約3分の2は、細胞がDNAをコピーする際に偶然生じるエラー(いわば「不運」)が原因であり、環境要因による変異は29%、遺伝的要因は5%程度にとどまることが示されました。
発がんの原因のうち、食事が関与する割合は数%、アルコールを含めても10%以下です(注2)。つまり、どんなに食事に気をつけていても、加齢に伴うDNA複製エラーの蓄積は避けられず、がんのリスクをゼロにすることは不可能です。もちろん、塩分の過剰摂取や加工肉の多量摂取を避けるなど、科学的根拠に基づく食生活の改善は有益ですが、「食事だけでがんを防げる」という過信は禁物です。
「がん細胞と正常細胞は違いがない」?
Q3がん細胞は、一見正常細胞と大きな違いがないことが多い 答え:正解
がん細胞というと、明らかに異常な見た目の細胞を想像する方が多いかもしれません。しかし実際には、がん細胞の本質的な異常は細胞核内の遺伝子レベルで起こっており、細胞の構造そのものは正常細胞とほとんど変わらないことが多いのです。細胞増殖のシグナルが異常に増幅されたり、細胞分裂を止める「ブレーキ」が壊れたりすることでがんが発生しますが、外見上の変化は乏しいケースが少なくありません。
細菌感染の場合、細菌の細胞構造はヒト細胞とは大きく異なるため、細菌だけを攻撃する抗生剤を作ることが比較的容易です。一方、がん細胞は正常細胞と生理学的性質が似通っているため、がん細胞だけを狙い撃ちする薬を作ることが非常に難しいのです。これが抗がん剤の副作用の強さにもつながっています。
Q4がんは家族歴がなければリスクが低い 答え:間違い
「うちの家系にがんの人はいないから大丈夫」と安心している方は要注意です。遺伝的素因が強く関与するがんは全体の5〜10%程度にすぎません。つまり、9割以上のがんは遺伝的要因以外の原因で発生しているのです。
前述のとおり、がんの最大の要因は加齢に伴うDNA複製エラーの蓄積で、高齢になればなるほどこのエラーが積み重なり、最終的に2人に1人ががんになるわけです。家族にがんの方がいなくても、年齢を重ねれば誰でもがんのリスクは高まることを知っておきましょう。
非喫煙者でもがんになる
Q5たばこを吸っていなければ肺がんの心配はしなくてもいい 答え:間違い
肺がんの最大のリスク因子が喫煙であることは事実です。喫煙の肺がんへの寄与割合は男性で約77.6%、女性で約45%とされています。しかし裏を返せば、男性の肺がんの約2割、女性では過半数が喫煙以外の原因で発生しているのです。
喫煙者だけが肺がんになるわけではない=ゲッティ
喫煙以外の肺がんリスク因子としては、受動喫煙のほか、土壌や建材から放出される天然の放射性ガスであるラドン、大気汚染(特にPM2.5)、アスベストなどの職業性暴露が挙げられます。(注3)
肺がんに関しては以下のような話があります。2000年代初めに登場した分子標的薬ゲフィチニブ(商品名イレッサ)は、すべての肺がん患者に効くわけではなく、東アジア人、非喫煙者、女性、肺がんの一つの肺腺がんといった一部の患者に劇的な効果を示しました。この理由を解明する過程で、効果があった患者の腫瘍にはEGFR遺伝子変異という特徴があることがわかりました。「たばこを吸わないから安心」ではなく、年齢が上がれば肺がんのリスクも上がることを忘れないでください。
Q6がんの半分以上は治る 答え:正解
意外に思われるかもしれませんが、これは事実です。国立がん研究センターが25年11月に公表した最新データ(注4)によると、がん全体の5年生存率は着実に向上を続けています。前立腺がん94.3%、乳がん88.7%、胃がん63.5%、大腸がん67.2%であり、早期(ステージI)で発見されれば、胃がんや大腸がんの5年生存率は98%に達します。
Q7がんを発症したときは「がん情報」を徹底的にネット検索して不安解消すべきだ 答え:間違い
がんと診断されたとき、不安から真っ先にインターネットで検索する気持ちは十分理解できます。しかし、これは非常にリスクの高い行動です。16年の調査では、インターネット上のがん関連247サイトのうち、診療ガイドラインに基づいた信頼できるサイトは約10%にすぎず、約39%は危険・有害なサイトであったことが報告されています(注5)。さらに23年の研究では、SNS上のがん関連投稿の44%に誤情報が、31%に有害情報が含まれていたことも判明しています(注6)。
ネット検索で不安が解消されるどころか、むしろ不安が増大してしまう理由は複数あります。まず、情報の真偽を見分けるトレーニングを受けていない方が、正しい情報と誤った情報を区別するのは極めて困難です。また、ネット上でがん情報を発信する患者さんには治療で苦労している方が多く、順調な方はあまり発信しないという偏りがあるため、実態より悲観的な印象を持ちやすくなります。
信頼できる情報源としては、国立がん研究センター「がん情報サービス」(ganjoho.jp)が第一に挙げられます(注7)。不安なときこそ、信頼できる情報に絞って接し、まずは主治医やがん相談支援センターに相談することが大切です。
Q8がん検診は放射線被ばくのデメリットが大きいため、なるべく受けない方がよい 答え:間違い
国が推奨する肺、胃、大腸、乳房、子宮頸(けい)部の五つのがん検診のうち、肺、胃、乳房の検診はX線を使用するため、放射線被ばくのリスクがあります。また、がんではないのにがんと判定してしまう「偽陽性」などのデメリットもあります。しかしこれらのがん検診は、科学的な検証の結果、推奨されるがん検診のメリット(死亡率の低下)はデメリットを上回ることが確認されています。がん検診の本来の目的は、自覚症状がない早期の段階でがんを見つけることです。早期発見できれば、治癒率の大幅な向上に加え、治療による身体的・経済的負担も軽減されます。
乳がん検診で使われるマンモグラフィー。X線を使ってがんの有無を調べる=東京都新宿区で2020年10月、熊谷豪撮影
先述のとおり、ステージIで発見された胃がんや大腸がんの5年生存率は98%に達しますが、ステージIVまで進行すると胃がんで約6%、大腸がんでも約23%まで低下します。この劇的な差こそが、検診によるわずかな被ばくリスクを大きく上回るメリットの証拠です。対象年齢になったら、迷わずがん検診を受けてください。
Q9がん検診で異常なしの結果が出れば、その年は何か不調を感じてもがんの心配はないので安心してよい 答え:間違い
がん検診は「スクリーニング(ふるい分け)」検査です。頻度の高いがん種を、なるべく体への負担が少ない方法で効率よく見つけようとするものであり、精密検査とは異なります。したがって、一定の確率で「見落とし」が発生しうることを知っておく必要があります。
また、一般的ながん検診がカバーするのは胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮頸がんなど一部のがん種です。これら以外のがん(膵臓<すいぞう>がん、腎臓がん、血液がんなど)は通常の検診ではチェックされません。
また推奨されているがん検診は、肺がんなら年1回、乳がんなら2年に1回と間隔も決まっています。これもメリットがデメリットを上回るよう、研究した結果ですが、検診の間に発生・増大するがん(インターバルがん)もありえます。変調を感じたら速やかな医療機関の受診が重要ですし、1回の検診で「異常なし」となって安心するのではなく、間隔を守り定期的な検診を受けてください。
Q10もうすぐ検診がある。でも気になる症状があればすぐに病院を受診すべきだ 答え:正解
これは多くの方が誤解しているポイントです。がん検診は「症状がない人」を対象に、がんを早期に見つけるための検査です。すでに気になる症状がある場合は、検診ではなく、健康保険を使って病院を受診し、その症状に焦点を絞った診察や検査を受けるべきです。
「検診がもうすぐだから、それまで待とう」という判断は危険です。症状のあるがんは進行している可能性があり、数カ月の遅れが予後に大きな影響を及ぼすことがあります。原因不明の体重減少、持続するせき、便の性状の変化、しこり、不正出血など、気になる症状があればためらわずに受診してください。
全問正解できた方は多くないと思いますが、いかがだったでしょうか。今回のクイズで浮き彫りになったのは、がんに関する「なんとなくの常識」が、いかに実際の医学的知見とズレているかということです。
がん治療は発展していますが、その恩恵を受けるためには、正しい知識を持ち、適切なタイミングで適切な行動を取ることが不可欠です。間違った食事療法にすがって治療のタイミングを逃したり、怪しいネット情報に振り回されて不要な不安を抱えたりすることは、まさに「情報災害」と言えます。
今回のがん防災の視点は三つです。第一に、科学的根拠に基づいた正しい知識を身につけること。第二に、定期的にがん検診を受けること。そして第三に、異変を感じたらすぐに医療機関を受診すること。この三つの備えが、あなたとあなたの大切な人を守る「防災キット」になります。
がんという「災害」は、いつ誰に降りかかるか分かりません。だからこそ、平時の備えが大切なのです。
参考文献・引用リンク
注1 Stem cell divisions, somatic mutations, cancer etiology, and cancer prevention.
注2 科学的根拠に基づくがん予防法
注3 大気汚染に起因するがんの割合
注4 2012-2015年診断症例の5年生存率公表(2025年11月)
注5 Reliability of Cancer Treatment Information on the Internet: Observational Study
注6 日本のSNS上のがん情報の信頼性に関する研究
注7 がん情報サービス
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押川勝太郎
宮崎善仁会病院非常勤医師
おしかわ・しょうたろう 1995年宮崎大医学部卒。国立がんセンター東病院を経て、宮崎善仁会病院非常勤医師。専門は抗がん剤治療と緩和療法。YouTubeでがん防災チャンネルを開設している。