|
|
こんにちは!
フランスからウェルエイジングやくらしにまつわる話題をお届けできることをうれしく思います。読者の健康特派員として、ヨーロッパのこんな動きを知りたい、という声にも応えていけたらと思います。(フランス在住ジャーナリスト・久野華代)
義理の父が最初に覚えた日本語は……
「美食の国」フランス旅行の楽しみの一つは、レストランやパティスリーめぐり。芳醇(ほうじゅん)な香りや豪華な盛り付けに、心躍ります。でも、日に日に胃が疲れてしまい、「早く日本に帰ってうどんをすすりたい」という思いにかられた人もいるでしょうか。
ワインとともに楽しむビストロでの食事=久野華代さん撮影
「フランスの人は家でもこんなに食べているの?」と聞かれたら、確かにそうかもしれません。私にとってフランス料理の最初の衝撃は、35歳だったフランス留学中のこと。ホームステイ先のお宅でキッチンをのぞくと、家のお母さんがゲンコツ大もあるバターを鍋にガツンと落とし入れていました。日本でバターは高い。だから、ナイフでうすく切り取って、大切に溶かしていく。ささやかな幸せ――。
そんな機微はフランスでは通用しません。食はフランス人の誇り。豊かさの象徴。食事の時間も驚くほど長い。一般の家庭でもメインディッシュが差し出される前に食前酒だつまみだ、前菜だと段階を踏み、メインが終わってもチーズだデザートだと途切れなく続きます。「タベスギ」。フランス人の義理の父が私から最初に覚えた日本語です。
チェス盤に載って出てきた前菜のエスカルゴ=久野華代さん撮影
でも、それは誕生日やクリスマス、人が集まる休暇や週末など特別な日に限った話です。フランスでは今、「長寿・健康食ブーム」が訪れているのです。日本食は健康的なイメージを持たれているようで、インターネットには「日本人が太らないのは納豆の朝習慣のせい」「日本人の若さの秘密は紫蘇」――など「東洋の神秘」に答えを探そうとするフランス語の情報サイトもあふれています。
長寿・健康食ブームの背景は
そうした流行とは一線を画し、フランス人に食事を含めた生活全体の改善を提言しているのは、栄養学者のジャンポール・クルテ先生です。クルテ先生によると、ブームの背景には100歳以上の増加があるといいます。
ジャンポール・クルテ先生=本人提供
「100歳以上の長寿者というのは従来、フランスでは例外的な一種の神話的な存在だったのです。ですが近年、メディアを通じて長寿者の増加が広く知られることになり、長生きを『自分ごと』ととらえ食生活を見直す人が増えてきました」
フランスでは2024年の統計で、100歳以上の高齢者は約3万1000人となりました。これは00年の4倍、50年前と比べれば30倍に達しています。仏国立統計経済研究所(INSEE)は、このペースが続けば2070年には100歳以上の人口が20万人を超えると予測しています。
もう一つ、フランスならではの理由もあります。世界で最も長く生きた人物として記録を持つのは、フランス人女性で、1997年に122歳5カ月で亡くなったジャンヌ・カルマンさんなのです。
カルマンさんは、100歳を過ぎてもお酒やタバコをたしなんでいたという、長寿者としては型破りな逸話とともに今もフランスの人々の記憶に残り続けています。南仏アルルの高齢者施設で過ごした晩年について、当時の新聞は「朝8時起床、20時半就寝。施設内の美容院に毎週、通っていた。毎朝、ベッドを整えてフルーツサラダを自分で作り、食前酒にポルトを1杯、食後のデザート代わりに(タバコの)ダンヒルを1本。それは117歳で禁煙するまで続いた」と伝えています。
ちなみに、世界で最も長生きした5人のうち2人はフランス人で、ジャンヌさんと2023年に118歳11カ月で亡くなったリュシル・ランドンさんです。他には日本人が2人、米国人が1人でいずれも女性でした。記録的な長寿者を2人も輩出したフランスで、長寿ブームが起きるのは自然なことかもしれません。
沖縄の食文化から学んだこと
ただ、こうした長寿への関心の高まりは、いわゆる不健康な食生活のまん延と表と裏の関係をなしているとクルテ先生は指摘します。
「フランスの昔ながらの食事は、確かに脂肪分が豊富です。ですが脂肪は質の問題です。伝統的には南部ではオリーブオイルを豊富に使った地中海的な食文化で、ピレネー山脈のふもとの南西部はガチョウやアヒルの脂肪分をとります。これらは良質な脂肪で、この地域では血管疾患の発症が抑えられてきました。フランス人にとって食べることは、誰かと一緒ににぎやかに過ごす欠かせない時間です。食材やレシピは人々の日常的な関心事でもあり、フランスにおける美食の伝統や著名なシェフといった存在は国の誇りです。問題なのは、そうした特別な機会としての食ではなく、日常の食事がファストフードなど、質の悪い脂質や低栄養の食品に取って代わられているということなのです」
寒くてもにぎわうカフェのテラス席=久野華代さん撮影
伝統的な食習慣にも課題があるといいます。
「西欧は文化的に夕食が中心です。現代人は一日の仕事のストレスを、食べることで解消しようとしています。そのため、夕食で過剰にエネルギーを摂取しています。これはいけません。寝ている間に消化にエネルギーを使ってしまったら、体の機能回復に必要なエネルギーが奪われてしまいます。フランスでは通常、夕食は20時前後ですが、(この時刻に毎日、放送されていて多くの人の習慣となっている)ニュース番組を見ながら食べるのも良くありません。悪いニュースを見てさらにフラストレーションがたまれば、ストレスのはけ口が食事に向かってしまいます」
クルテ先生は10年ほど前から特に沖縄の食文化に注目し、沖縄で長寿者の日常生活についての調査を行いました。パリで行われた沖縄食の講演会は、地元の人たちで立ち見が出るほどの盛況でした。
「沖縄の高齢者は、全く逆でした。何かイライラしていたりストレスを感じたりした時は、食事の前に散歩に出かけます。なぜなら、食事は落ち着いた状態で取るべきだと彼らは知っているからです。フランスでは、男性は肉をよく食べますが、それが強さを与えると信じられているからです。ですが、これも過剰です。実際には女性は生理があるので、より多くタンパク質を摂取する必要があります。私が沖縄の食生活で注目したのは、豆腐を多く取ることです。豆腐はとてもよい植物性タンパク質です。最近は、フランスでもさまざまな製品がtofuとして売られていますよ。私も毎日、食べています。やわらかい豆腐に(香味野菜の)エシャロットを刻んでまぜたものをパンに塗って食べています」
確かに、固めの木綿タイプからやわらかい絹ごしタイプ、味の付いたものまで、さまざまなtofu製品がパリでも手に入ります。冷奴に鍋、厚揚げが日本では定番ですが、こちらでは豆腐の素材感を生かしてサラダのソースにしたり、ケーキの材料に使ったりと独自の進化を遂げています。
棚に豆腐から納豆まで並んでいるフランスのスーパー=久野華代さん撮影
「私が沖縄で出会った長寿者の暮らしは、食事だけでなく生活全体が興味深いものでした。布団の上げ下げや、床に立ったり座ったりとよく動き、よく歩くのです。居酒屋で歌ったり、ご近所同士で気にかけあったりといった社会的なつながりも維持されていました。日の出を拝み、人や自然に感謝するという哲学的な態度も印象的です。こんにちのフランスでは忘れられていることが、沖縄にはあると感じます。沖縄でも食生活の変化から、近年は平均寿命が低下しています。ですが、沖縄の長寿者の暮らしからは、特別な日ではなく日常に何をすることが大切なのかを私たちに教えてくれます」
寿命格差を広げないために
健康意識の高まりで平均寿命は今後、さらに上昇していくのでしょうか?
フランス国立人口研究所やドイツ連邦人口研究所のチームが2026年1月に「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した論文によると、研究者たちは肯定的です。ただし、パリやロンドンといった大都市に限った話として。つまり、「長寿県」や「短命地域」などといった二極化が進み、居住地による寿命の格差が拡大するというのです。
チームは1992年から2019年まで、欧州13カ国を対象に平均寿命や死亡率などを調査しました。1992年以降、平均寿命は全体的に伸び傾向で、伸び方に地域差はありませんでした。しかし、2005年を境に「脱落」する地域が出始めます。フランスでは北部、ドイツでは東部、英国では北部で、伸び方が鈍化してしまったのです。
その要因について、フランスの新聞「ルモンド」の記事を参考に見てみましょう。まず、伸びが鈍化した地域では、55〜74歳の死亡率が高まりました。特にフランスやドイツでは1970年代以降、女性の間でたばこやアルコールの摂取といったリスク要因が上昇し、死亡率の間に相関関係がみられました。戦後生まれの女性たちの社会進出が進んだ時代と重なります。
また、欧州は2008年に金融危機を経験しますが、この前後に「元気」な人は疲弊した地方から、成長の続く都市部に集中しました。この人口移動が反映された可能性もあります。フランスでは特に、都市部でも富裕層の多い自治体ほど高い平均寿命を維持しており、地方の人口減少と都市部の所得格差も平均寿命のデータに表れているというわけです。
英国北部のスコットランドも伸びが鈍化した地域にあたります。ここでは2010年代後半に35〜54歳の男性の死亡率の上昇がみられました。他の地域にはない傾向で、アルコールや薬物の乱用や自殺といった「絶望死」が背景にあるとされます。この地方における男性の生きづらさを示している可能性があります。
これに対して、英仏やスイス、イタリア北部の都市部では、2005年以降も一貫して平均寿命は上昇傾向を保っています。研究チームはこうした地域では「まだまだ上昇する余地がある」と結論付けています。健康な人はますます長生きし、リスク要因に囲まれた人は取り残されたまま――。調査結果からは、この20年で深まった欧州の寿命格差が浮き彫りとなっています。
春の訪れを告げるミモザ=久野華代さん撮影
寿命と社会状況の密接な関わりがデータからは読み取れ、長寿には政治の果たす役割が小さくないことが指摘されています。日本にならって、紫蘇や納豆を食べてみるのもよし。だけど、もっと大切なのはどこに住んでいる人も等しく、日常を全うできることではないでしょうか。長寿化や長寿ブームの先には、欧州の課題も示されています。
無料メルマガの登録はこちら。おすすめ情報をお見逃しなく
久野華代
ジャーナリスト
くの・はなよ フランス在住のジャーナリスト・久野華代さんが、欧州のウェルエイジングやくらしにまつわる話題をお届けします。読者の健康特派員として日本と現地を結び、ヨーロッパのこんな動きを知りたい、という声に応えます。