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かかりつけ医から末期肺がんと診断され訪問診療を受けていた患者が肺がんで死亡した場合、かかりつけ医が家族に死因を説明し、死亡診断書を発行する。ところが、持病がなくかかりつけ医を持たない人が突然死した場合には、警察が遺体と死亡状況を調べる必要がある。この警察の仕事を「検視」という。
検視による情報に基づいて遺体を診て、死体検案書を発行するのが筆者ら監察医だ。肉親の突然の死に驚いた遺族は多くの場合、疑問や不安、後悔を募らせている。求めがあれば、死因について説明するのも監察医だ。筆者が勤務する大阪市では、地域性のためか、納得がいくまで監察医に質問を重ねる遺族が少なくない。そのような遺族に納得していただくことが、監察医の重要な使命である。
早春の夜、病気と無縁だった元気な80代女性が突然死した。筆者が鑑定を担当したが、その後、警察から遺族が説明を求めていると聞き、対応した。女性の死因は心不全だった。心不全は心疾患死亡の1位であり、家族の死因として経験する人も多い。読者の今後の参考になることを期待し、実際に交わされた遺族と筆者のやりとりを紹介する。
ポンプ機能が低下
心不全とは、心臓の何らかの異常のためにポンプ機能が低下し、全身の臓器に必要な血液を送り出せなくなった状態をいう。かつて厚生労働省は「どんな病気も最後は心不全状態を経て死ぬのだから、できるだけ死亡診断書に心不全と記載しないよう」指導していた。
ところが昨今の医療界で、慢性心不全は疾患名として独自の地位を確立している。そして冠動脈硬化(虚血性心疾患)以外の心不全の発症要因として、高血圧、糖尿病、慢性腎臓病、心房細動に加えて、加齢に伴う慢性心不全が注目されるようになった。
2024年人口動態統計(確定数)によると、心疾患(高血圧性を除く)の死亡数は約23万人で、トップを心不全(43.6%)が占め、虚血性心疾患(急性心筋梗塞=こうそく+その他の虚血性心疾患、30.0%)、不整脈・伝導障害(15.9%)と続く。
心不全罹患者数は全国で約120万人と推定され、がんの罹患者数(約100万人)を上回る。高齢者では有病率3割ともいわれ、今後、高齢化の加速に伴う増加が懸念されている。
警察からの要請を受けて検視へ
亡くなった当日、女性は朝から趣味の書道の発表会に出かけて、午後8時ごろに帰宅した。夕食をとった後、居間でテレビを見ていたのを夫が目撃している。午後10時過ぎに夫が畳に倒れている妻を発見し、呼びかけたが、応答がなかった。隣人の助けを借りて救急搬送されたが、心停止後、時間がたっていたらしく、病院で間もなく死亡が確認された。
=ゲッティ
警察官が遺体を警察署に運んで検視し、冷蔵庫に安置した。そして、関係者に事情を聴いて検案要請書(事例概要)を作成した。警察本部の検視官が「事件性なし」と判断したので、監察医の取り扱いとなり、翌朝、筆者の勤務する大監医に検案要請書が届いた。当番監察医である筆者は、臨床医のカルテに当たる「死体検案記録」にポイントをメモした後、警察署に車で向かった。
女性の遺体を診る前、遺族から聞き取りをした警察官に質問した。
筆者「最近、しんどいとか、どこか痛いとか、食欲がないとか、言っていませんでしたか」
警察官「変わりなかったです。病院嫌いというわけでなく、本当に元気だったようです」
筆者「当日、忙しくて疲れた様子はなかったですか」
警察官「疲れた様子はなかったですが、社交的で活発な方なので、多くのお友達が来て、熱心に話されていたそうです」
警察官は最後に「近くに住んでいる女性の長女が『毎日、訪ねていたのに、昨晩は旅行先にいて間に合わなかった』と気にされています」と私に伝えた。
死後CTから見えてきた死因
遺体の外表を見ると、頸(けい)静脈が腫れ(怒張し)、爪が青黒くチアノーゼを示していた。頸静脈怒張は、心不全で心臓に静脈血が戻れず頸静脈内圧が上昇したために起こる。爪のチアノーゼは肺に血液・水分がたまる肺うっ血・水腫のため、酸素が取り込めず、血中酸素飽和度が減少したことを示す。いずれも心不全によく見られ、まれに窒息死にも見られる。
筆者は「病気に関する生前の情報がなく、診断根拠を示せないので、死後CT(コンピュータ断層撮影)をしましょう」と警察官に伝えた。遺体はすぐ大監医に搬送され、CT撮影された。
筆者が着任した19年4月以降、大監医では検案に死後CTを活用するようになった。筆者自身は約7割にCTを実施している。また血液検査は新型コロナウイルス感染症流行期に、解剖による他の遺体や職員の2次感染の危険を避けるために始めた。経験を積むにつれ、生前知られていなかった慢性心不全、糖尿病、慢性腎臓病、敗血症、膵炎(すいえん)などを死因と診断できる事例が多いことに気づいた。解剖では診断できないこれらの疾患による死者は筆者の担当例の約3割を占める。
CT画像を見ると、脳に出血や梗塞はなく、食物誤嚥(ごえん)による窒息死を示す所見も認められなかった。冠動脈硬化を示す石灰化が見られないので、虚血性心疾患ではないと考えた。
しかし心臓が大きくなっており、慢性心不全が疑われた。また肺うっ血・水腫が強く、心臓に近い肺門部に、蝶(ちょう)が羽を広げたような「バタフライ陰影」が見られた。この所見と遺体に認めた頸静脈怒張や爪チアノーゼを合わせて、慢性心不全が急に悪化したと考えた。
遺族からの質問
当日の夕方、「監察医の説明を聞きたい」という死者の娘2人が大監医の窓口を訪れた。以下に筆者と姉のやり取りを再現する。
筆者「急なことでびっくりされたと思います。死因は慢性心不全が急に悪化した(急性増悪)と診断しました」
法医学者の吉田謙一さん=東京都千代田区で2024年2月、前田梨里子撮影
姉「心不全は思ってもみなかった病名です」
筆者「心不全は心臓のポンプ機能が低下し、臓器が動脈血を受け取れず、酸素・栄養欠乏に陥る病気です。病気というより、心臓の老化といったほうがわかりやすいかもしれません」
姉「どのように診断されたのですか」
筆者「まずご遺体の所見から心不全を疑いました。右心室に戻った静脈血は、肺に送られて酸素を取り込みます。その動脈血が左心室から全身に送り出されます。心不全に陥ると、肺の血管内に血液がたまり、血管内の水分や血球が肺組織に漏れるため、息苦しくなり、全身の臓器が酸素欠乏に陥ります。ご遺体を拝見すると、静脈血の酸素が減って爪から透けて見える血液が青黒くなるチアノーゼと、頸静脈の腫れが認められました。さらにCTを行うと、肺のうっ血や水腫、心肥大が確認できたので、心不全と診断しました」
姉「母は苦しんだのですか?」
右心室に戻った静脈血は肺に送られて酸素を取り込み、動脈血として左心室から全身に送り出される。心不全に陥ると、肺の血管内に血液がたまってしまう=図は「医療通訳」(一般財団法人日本医療教育財団)より
筆者「酸素欠乏の所見があるので、『苦しい』と感じたはずですが、時間はごく短かったはずです。座っていて倒れたまま動いていないからです」
姉「近くにいたら、母を助けることができたでしょうか?」
筆者「それは難しいと思います」
姉「生前、全くそぶりもなかったのに、心臓がそんなに悪かったのでしょうか」
筆者「心不全は70~80代で急増します。同年代の3割が心不全だと推定する専門家もいるくらいですが、生前、心不全と診断される事例は少ないです。世界的に『心不全パンデミック』と呼ばれるくらい、心不全は高齢者にとって脅威です。高齢化率が高い日本では深刻です」
生前に発見するのは困難
姉「どこかの時点で、お医者さんにかかれば、見つかっていたのでしょうか」
筆者「そうとも言えないのです。胸痛から心電図・血液検査を行って心筋梗塞と診断するのとは違って、症状が明らかでないことが多いのです。高血圧、糖尿病、高脂血症などのように、通常の診療で診断されるわけでもありません。『しんどい』という患者の言葉を気にして、お医者さんが『階段を上る時に息苦しい』とか『下肢がむくむ』とかの症状を聞き出し、心不全を疑った場合に検査を行えば診断できます。でも、その程度の症状を深刻に受け止める医者は少ないと思います。従来の心不全の診断基準は『超音波検査で、左心室に流入する血液量の半分以上、全身に送り出せない状態』ですが、高齢者では該当しないケースが半数以上を占めます。ですから、亡くなった後、『歩くと息が上がっていた』と思い出す事例もあります。症状に気付かない人も多いのです」
姉「そうなんですね。父はともかく、母は元気だと思っていました」
筆者「症状が明らかでなくても、心不全と確実に診断できる血液検査があります。死後の血液でも使えるのですが、結果判明に3日ほどかかります。お母様はご遺体とCTの所見から心不全が明らかだったので、この血液検査はしませんでした」
突然死は防ぎ得たのか
姉「急死には、何かきっかけがあったのでしょうか」
筆者「私は食後の高血糖や高脂血症が慢性心不全を急に悪化させたと思われる事例に注目しています。CTを見ると、『満腹状態』だったので、お母様もそうだったかもしれません。心臓病のある人が、ストレスや緊張状態から解放された直後に突然死することもあります。お母様は、一日中楽しく会話しながらも緊張状態が続いていて、そこから解放された夜、突然死されたのかもしれません」
筆者は、少し難しすぎる医学的な説明をしてしまったと考え、「安心させなければいけない」と感じた。そこで、次のように言葉をかけた。
「お母さんが亡くなった後に申し上げるのは申し訳ないですが、『突然死』は防ぎようがないものです。今後、お医者さんたちが、救急医療、高齢者の日常診療や住民検診における、心不全診断目的の血液検査の重要性を認識するようになれば、元気なうちに心不全が見つかり、突然死を防げるケースが増えると思います」
姉は「先生にみていただいて、本当によかったです。ありがとうございます」といって、姉妹そろって頭を下げてくれた。
何でも聞いてくれる大阪人の特性のお陰で、筆者が伝えたかったことを説明することができて、ほっとした。
この事例は、肉親の予期しない急死に対して遺族が感じる疑問を網羅した典型例であった。そして、多くの人や医師に高齢者の隠れた心不全と血液検査による診断に興味を持ってもらいたいと感じさせる警鐘事例であった。
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吉田謙一
大阪府監察医務監、東京大名誉教授
よしだ・けんいち 1979年愛媛大医学部卒。山口大教授、東京大教授などを歴任。専門は法医学。著書に「法医学者の使命 人の死を生かすために」(岩波書店)、「ケースから読み解く法医学」(日本評論社)