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糖尿病を大きく改善させ、体重減少効果がほぼ確実に期待できるGLP-1受容体作動薬(以下「GLP-1製剤」)。過去のコラム「薬物やアルコール依存にも効果 糖尿病薬「GLP-1」に広がる期待」で述べたように、依存症の治療にも使えるのではないかと私は考えています。また、GLP-1製剤には心臓病、睡眠時無呼吸症候群、ぜんそく、関節痛、新型コロナウイルス(以下「コロナ」)、アルツハイマー病、さらにはがんにも有効ではないかとする研究が増えてきています。そこで今回はGLP-1製剤がどのような疾患に対してどれだけ有効性が期待できるのかについてみていきたいと思います。
糖尿病や肥満症だけじゃない?
まず、基本的事項をおさえておくと、日本では中等症以上の糖尿病があるか、高度な肥満がなければ保険診療でGLP-1製剤を処方できません。「自費診療でもかまわないから希望する」という人が多く、日本医師会や糖尿病学会は依然「保険適用外処方に反対」という立場をとっているようですが、そのような反対意見に耳を貸す人はほとんどいません。たいていの美容クリニックでは簡単に処方(販売)されている上、最近では一部の保険診療のクリニックでも自費で薬を販売していると聞きます。
GLP-1製剤でアルコール依存やニコチン依存の治療ができるかも?と私が感じたのは2022年ごろでした。当院ではGLP-1製剤の自費処方はしていないのですが、当院をかかりつけ医にしている患者さんのなかに美容クリニックなどでGLP-1製剤を購入している人たちがいます。そのような人たちのなかにはアルコール依存やニコチン依存で苦しんでいる人もいます。そういう人たちがこぞって「GLP-1製剤を開始してこれまでのようにお酒/たばこが欲しくなくなってきた」と言うのです。冒頭で紹介したコラムで述べたようにGLP-1製剤が依存症の治療に使えるのはほぼ間違いないと私はみています。
依存症だけではありません。ある患者さんは腎臓の機能が向上し、また別の患者さんは関節痛が改善したと言います。睡眠時無呼吸症候群がある人は眠りやすくなったと言います。健康診断での肝機能の数値がよくなったと言う人もいました。しかし、私は当初、これらの効果は体重が減少したことによるものだろうと考えていました。ダイエットに成功し、肝臓や腎臓の数値が改善した、関節炎の痛みがよくなった、という話は珍しくないからです。だから、GLP-1製剤の薬理学作用で改善したわけではなく、体重が減ったことで得られた恩恵だろうと考えたのです。
糖尿病と肥満症の治療薬として開発・承認されたGLP-1製剤ですが、最近ではそれ以外の疾患の改善に有効であることを示す研究もでてきました。順にみていきましょう。
米国では次々に承認=ゲッティ
まずは腎臓です。医学誌「The New England Journal of Medicine」に24年5月に掲載された論文(※1)によると、3,533人の2型糖尿病と慢性腎臓病を併発している患者を対象とした臨床試験で、セマグルチド(GLP-1製剤の代表的薬剤。商品名はオゼンピック、リベルサス、ウゴービ)を投与された患者は、そうでない(プラセボ)患者と比較して、腎臓の機能が改善し、腎不全に至るリスクが24%軽減されたことが分かりました。疾患の重症度の改善は体重の変化とは無関係であることも示されています。
次は心臓をみてみましょう。「The New England Journal of Medicine」2023年11月に掲載された論文(※2)によると、セマグルチドは、既に心血管疾患を発症しているけれど糖尿病はない過体重か肥満の成人において、セマグルチドを投与された患者はプラセボの患者と比べて、心臓発作、脳卒中、心血管死などの心血管系疾患のリスクが約20%低減したことが示されました。また、2024年11月の「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文(※3)では、チルゼパチド(商品名マンジャロ、ゼップバウンド)が、肥満と心不全を併発している患者において、重篤な心臓関連疾患のリスクを低減し、全体的な健康状態を改善することが示されました。
GLP-1製剤は肝臓にも有効です。25年4月に「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文(※4)によると、セマグルチドが脂肪肝(現在は「MASH=代謝機能障害関連脂肪肝炎」と呼ばれる)、さらには肝線維症の予後を改善することが示されました。肝臓が「線維化」した「線維症」はかなり重篤な状態なのですがGLP-1製剤は有効だというのです。
驚くべきことに、GLP-1製剤は睡眠時無呼吸症候群にも有効です。24年6月の「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文(※5)によると、二つの大規模臨床試験の結果、チルゼパチドが肥満患者の睡眠時無呼吸症候群の症状を改善することがあきらかにされたのです。
=ゲッティ
これらの研究を受けて、米食品医薬品局(FDA)は、以下の治療薬としてGLP-1製剤を承認しています。
・セマグルチド:2型糖尿病を併発している慢性腎臓病
・セマグルチド:肥満または過体重で心血管疾患を持つ成人患者の、心血管死や心臓発作、脳卒中リスクの低減
・セマグルチド:中等度以上の肝線維症に進行した脂肪肝
・チルゼパチド:肥満の成人における中等度~重度の睡眠時無呼吸症候群
炎症にも効果?
他の疾患についても、GLP-1製剤が有効な可能性を示す研究も出ています。
アルツハイマー病にも有効かもしれません。医学誌「Nature Medicine」に25年1月に発表された論文(※6)によると、GLP-1製剤使用者は他の糖尿病治療薬を服用した患者に比べて認知症を発症する相対リスクが低いことが示されました。24年8月に医学誌「eClinicalMedicine」に掲載された論文(※7)では、1億人以上の米国患者の医療記録を分析した結果、セマグルチドの使用は認知機能障害のリスク低下と関連していることが示されました。しかし、25年11月には、セマグルチドの製造者であるノボノルディスク社自らが「セマグルチドにアルツハイマー病の進行を抑制する効果は認められなかった」と発表(※8)しました。現在も有効性があるのかないのかの議論が続いています。
現在注目が集まってきているのが「炎症」への効果です。24年10月に「The New England Journal of Medicine」に掲載された論文(※9)によると、肥満で変形性膝関節症の患者を対象にした研究で、セマグルチドを投与された患者は、プラセボを投与された患者と比較して、膝の痛みが軽減したことが示されました。24年5月に「Obesity Science and Practice」に掲載された論文(※10)では、セマグルチドが膝の変形性関節症の発症リスクを低減する可能性があることを示しています。変形性膝関節症は「変形」が疾患の主体ですが、痛みが生じるのは炎症が起こるからだと考えられています。その炎症をGLP-1製剤が抑制するのではないかと推測されるのです。
=ゲッティ
気管支ぜんそくは気道に炎症が起こることにより発症します。医学誌「Advances in Therapy」に掲載された論文(※11)によると、GLP-1製剤を投与された肥満のぜんそく患者は、肺機能の改善は見られなかったものの、症状のコントロールは良好でした。研究チームは、GLP-製剤による減量が炎症に影響を及ぼした可能性を示唆しています。
新型コロナウイルスに感染して重症化する理由のひとつは激しい炎症が起こるからです。このため重症例にはデキサメタゾンというステロイド薬が使われます。では、GLP-1製剤が炎症を抑えるのだとすればコロナにも有効なのでしょうか。医学誌「JACC Journals」に24年8月に掲載された論文(※12)は、BMI27以上の過体重または肥満の患者を対象に、セマグルチドが(新型コロナ関連を含む)死因に及ぼす影響を分析しました。セマグルチドを投与された患者は、プラセボの患者に比べて、新型コロナに感染した場合の死亡リスクが低く、重篤な合併症も少ないことが分かりました。
変形性膝関節症の痛みには炎症が関係し、ぜんそくは気道に炎症が生じることで症状がでます。コロナは感染症で炎症が起こります。そして、がんの進行にも炎症のメカニズムが関与します。
では、GLP-1はがんの予防にもなるのでしょうか。こちらも期待できそうです。24年12月に医学誌「JAMA Oncology」に掲載された論文(※13)によると、GLP-1製剤を使用している患者は大腸がんのリスクが低いことが明らかになっています。26年1月に「Nature Cancer」に掲載された論文(※14)では、子宮内膜がん、乳がん、前立腺がんなどさまざまながんに対するGLP-1製剤の有用性が検討されています。
◇「万能薬」になるか
糖尿病、肥満のみならず、依存症、腎臓病、心臓病、脂肪肝(肝線維症)、そして睡眠時無呼吸症候群にも有効で、関節痛やぜんそくなどの炎症性疾患、アルツハイマー病、コロナ、がんにも可能性があるとなると、GLP-1製剤はまさに「夢の薬」や「万能薬」と呼べるかもしれません。もちろん薬ですから副作用もありますが、医師の管理の下に適切に使用すれば危険性は低いと言えるでしょう。しかし、GLP-1製剤は過去のコラム「GLP-1ダイエット『やめれば以前より太る』衝撃の欠点」で述べたように、中止すれば元の木阿弥という問題もあります。だからこそ必要な患者に処方できるように、糖尿病と肥満だけでなく、多数の疾患に対しても保険適用が認められる日が来ることを期待します。
※1 Effects of Semaglutide on Chronic Kidney Disease in Patients with Type 2 Diabetes
※2 Semaglutide and Cardiovascular Outcomes in Obesity without Diabetes
※3 Tirzepatide for Heart Failure with Preserved Ejection Fraction and Obesity
※4 Phase 3 Trial of Semaglutide in Metabolic Dysfunction–Associated Steatohepatitis
※5 Tirzepatide for the Treatment of Obstructive Sleep Apnea and Obesity
※6 Mapping the effectiveness and risks of GLP-1 receptor agonists
※7 12-month neurological and psychiatric outcomes of semaglutide use for type 2 diabetes: a propensity-score matched cohort study
※8 Novo Nordisk AS Evoke phase 3 trials did not demonstrate a statistically significant reduction in Alzheimers disease progression
※9 Once-Weekly Semaglutide in Persons with Obesity and Knee Osteoarthritis
※10 Impact of semaglutide on osteoarthritis risk in patients with obesity: A retrospective cohort study
※11 The Real-World Impact of Glucagon-Like Peptide 1 Receptor Agonists on Asthma Control in People with High-Risk Asthma and Obesity
※12 The Effect of Semaglutide on Mortality and COVID-19–Related Deaths: An Analysis From the SELECT Trial
※13 GLP-1 Receptor Agonists and Colorectal Cancer Risk in Drug-Naive Patients With Type 2 Diabetes, With and Without Overweight/Obesity
※14 Glucagon-like peptide-1 medicines and cancer
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大社会学部卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでのボランティアなどを経て、07年クリニック開設。大阪公立大非常勤講師。プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。