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身体活動量の増加は、動脈硬化、糖尿病、高血圧、肥満など生活習慣病の予防に重要であり、健康寿命の延伸にも関与します。ウオーキングは、特別な設備や道具が不要で、年齢を問わず気軽に始めやすいため、多くの人が取り入れている運動習慣です。
日本では「健康のためには1日1万歩」が健康増進に必要な目標とされてきました。そのため、スマートフォンやウエアラブル端末で毎日の歩数を確認し、「あと2000歩足りない」などと意識している人も少なくないでしょう。「1日1万歩」は、1週間当たり2000kcalのエネルギーを消費するための運動量として、体重60㎏の人が1日300kcalを消費する歩数から算出されています(注1)。
一方で近年は新たな考え方も出されています。大規模な疫学研究やメタ解析の蓄積により、死亡リスクや心血管疾患リスクの低下効果は、必ずしも1万歩まで増やさなければ得られないわけではなく、7000〜8000歩程度でも十分大きな健康効果が認められる、という報告があります。
また歩数が記録できるウエアラブルデバイスを用いて実際の歩数と健康アウトカム(健康への影響)との関連を世界各国で長期間調べた結果、「健康効果は歩数に比例して無限に増えるわけではない」ということもわかってきました。
7000歩前後で効果は大きい
そこで注目されているのが「歩数と健康リスクとの非線形関係」です。2025年に報告された大規模メタ解析では、1日7000歩程度で全死亡リスク、心血管疾患リスク、認知症リスクなどが大きく低下することが示されました(注2)。
一方、それ以上歩数を増やした場合、追加の効果はあるものの、その増加幅は緩やかになる、いわゆる「プラトー(頭打ち)」現象が認められています。つまり、「歩けば歩くほど際限なく健康に効果的」という単純な直線関係ではなく、ある程度の活動量で主要な健康効果は十分に得られる可能性が高いのです。
また、60歳以上では、6000〜8000歩程度で死亡リスクの低下はほぼ横ばいになることも報告されています(注3)。若年層ではやや高い歩数まで効果が持続する傾向があるものの、中高年においては「無理なく継続できる範囲」が重要と考えられるため、1万歩を目標にしてきたこれまでの歩数習慣の認識を少し修正した方が良いかもしれません。
=ゲッティ
これらの報告で興味深いのは、低活動群との差です。1日2000〜3000歩程度の低い活動量と比較すると、4000歩程度でも既に有意な死亡や疾病リスクの低下が認められます。2000~3000歩というと、ほぼデスクワークで終わる1日や移動に車を使うライフスタイルが考えられますが、こうした「ほとんど動かない生活習慣」から少し活動量を増やすこと自体に大きな意義があると考えられます。
したがって、高すぎる目標を最初から掲げるより、「まず今より1000歩増やす」といった現実的な設定の方が、大幅な生活習慣の修正を伴わずに取り組みやすく、長期に継続しやすいでしょう。
なぜ歩行は血管を守るのか
歩行が健康に良い理由として、まず重要なのが血管への作用です。歩行時にはふくらはぎなどの脚の筋肉が収縮したり弛緩(しかん)したりします。その際、静脈の血管に圧迫と解放が繰り返され、牛の乳しぼりのように血液を心臓へ押し戻すポンプ機能が働きます。これは「ミルキング作用」と呼ばれ、全身の血流量が増加し、血流を促す効果があります。
血管内皮にも物理的な刺激が加わるため、血管内皮細胞から一酸化窒素(NO)が産生されます。NOは血管平滑筋に作用して血管を拡張させ、血圧を下げるように働きます。また血栓(血の塊)を作る血小板が集まる働きや血管の炎症反応、血管壁を分厚くする血管平滑筋の増殖を抑えるなどの作用もあり、多方面から動脈硬化の進行を抑えます。日常的な歩行習慣は全体として動脈硬化の進展の抑制につながるのです。
健康診断結果で、「ヘモグロビン(Hb)A1cが5.6%を超える高血糖」「収縮期血圧130㎜Hg以上の高値血圧や高血圧」「腹囲が基準値(男性85㎝、女性90㎝)を超え内臓脂肪が過剰に蓄積」などに該当していれば、血管内皮機能の障害が早期から出現しやすいことが知られています。喫煙習慣がある場合も同様です。
血管内皮機能障害があると、NOを産生する機能が低下し、血管は硬く、炎症を起こしやすい状態へと変化してしまいます。歩行によるエネルギー消費は、減量や血糖コントロールなどの改善による内皮細胞のダメージを減らす効果はもとより、定期的な血流刺激を起こすことで、内皮機能の改善を助ける重要な役割があります。
歩行は血糖代謝にも作用する
歩行が糖代謝の改善にも重要なことは言うまでもないでしょう。食事によって血液中に取り込まれたブドウ糖は、膵臓(すいぞう)から分泌されるインスリンの働きによって肝臓や筋肉、脂肪細胞に取り込まれ、余分な血糖上昇を招かないようコントロールされています。
食後に軽く歩くと、骨格筋への糖の取り込みが増加するため、食後の血糖上昇がより抑制されやすくなります。これは、細胞内にブドウ糖を取り込むためドアを開ける役割であるGLUT4(グルコース輸送体4型)が、筋収縮によって細胞内から細胞膜へ移行することが関係しています。しかも、この糖の取り込みはインスリンの刺激を受けなくても起こるため、インスリン分泌量の節約にもなります。つまり歩行には「血糖を消費する場」を増やす作用があるのです。
こうしたことから近年、食後の短時間歩行が注目されています。食後10〜15分程度の歩行で血糖変動の改善が期待されます。糖尿病やその予備軍である耐糖能異常(HbA1c5.6~6.4%)では、血糖値が急激に上昇する血糖スパイク(食後高血糖)を起こしやすく、血管内の酸化ストレスや血管内皮細胞障害を引き起こす重要な要因となります。日常生活に歩行を組み込むと、こうした血糖スパイクの抑制に有効です。
量だけでなく質が重要
近年の身体活動研究では、「歩数」だけでなく、「歩行強度」も重視されています。同じ7000歩でも、ゆっくりした散歩とやや速いテンポの歩行では、生理学的刺激が異なります。やや速いテンポの歩行になると、心拍数増加や酸素消費量増加が起こり、心肺機能改善効果が高まりやすいです。また、血圧低下やインスリン感受性(インスリンの効きやすさ)改善にもより強い効果が期待されます。
特に中高年になると、筋肉量の減少(サルコペニア)や筋肉の持久力低下が進行しやすくなります。歩行では、太ももを引き上げる足を前に踏み出すための腸腰筋や足を後ろに蹴り出すための大殿筋、歩く際に骨盤が左右に揺らぐのをカバーする中殿筋、着地の際に膝を伸ばし安定させる大腿(だいたい)四頭筋など、多くの筋群を使いますが、速度を上げるには、これらの筋群により負荷をかけて収縮、伸展させる必要があります。適度な速歩は下肢の筋力維持にも極めて有用であり、転倒予防やフレイル予防にもつながります。
ただし、これまで運動習慣がなかった人が、過度な高強度運動を突然始めると、関節負荷や疲労蓄積につながる場合があります。特に肥満傾向であれば関節への負荷が大きく、変形性膝関節症や股関節症があれば、痛みが出現して悪化する場合もあり、継続が難しくなります。そのため、実践の目安として「会話は可能だが、少し息が弾む程度」の中等度の強度の歩行が推奨されます。
歩行テンポ(cadence)の研究から、1分間100歩前後が、中等度身体活動(約3 METs)を示す実践的な目安として広く用いられています。ただ必要な歩行テンポには個人差があり、高齢者では1分当たり100歩未満でも中等度運動に達する場合があります。そのため、実際には心拍数や主観的運動強度(「楽である」~「ややきつい」程度)と合わせて評価することが望ましいでしょう。
運動強度の設定には、心拍数を用いる方法が広く用いられています。代表的なのが「カルボーネン法(Karvonen法)」です。これは、年齢による画一的な目標設定ではなく、心拍予備能(HRR)を把握し、その何%を使用するか(運動強度)で目標心拍数を求めて運動する方法です。この場合の目標心拍数が運動時心拍数です。心拍予備能とは体力の限界まで追い込んだ時の心拍数(最大心拍数)から、完全にリラックスしている時の心拍数(安静時心拍数)を引いた「使える心拍数の幅」を指します。最大心拍数は「220-年齢」で一般的に求めます(高齢者の場合は「207-(年齢×0.7)」)。
これらを数式で表すと以下のような関係になります。
運動強度(最大心拍数に対する割合:%)=(運動時心拍数-安静時心拍数)÷(最大心拍数―安静時心拍数、これが心拍予備能)×100。
運動強度には目安があります。一般的に、有酸素運動では40〜59%を中等度強度、60〜89%を高強度としており、生活習慣病予防や健康づくりが目的の場合には、50〜60% の強度が推奨されます。これが「会話は可能だが、やや息が弾む程度」の速歩に相当します。
最も簡単な心拍数の測定方法は手首の親指側にある「橈骨(とうこつ)動脈」に軽く指を当てる方法です。親指では自分自身の拍動を感じやすいため、人さし指、中指、薬指を用いて、反対側の手首の橈骨動脈の脈をカウントします。
運動直後に15秒間の脈拍数を測定し、4倍すると1分間あたりの心拍数になります。15秒間で30回脈を打てば1分間では120回です。安静時心拍数は朝起床直後の安静状態で測定することが推奨されています。身体活動や精神的緊張、カフェイン摂取などによって心拍数は変動するため、できるだけ交感神経刺激の少ない条件で測定することが望ましいです。
一般成人の安静時心拍数は1分当たり60〜80回程度が多いですが、持久性運動習慣のある人では、副交感神経活性の高進や1回拍出量の増加により、同50回台となることもあります。
「続けられる目標」が重要
歩行習慣を取り入れる際には継続を目標にしてください。これが最も難しいのです。私自身も経験してきましたが、最初から高すぎる目標や完璧主義的な運動習慣は挫折を招きやすいです。「毎日1万歩歩かなければならない」と考えると、達成できなかった日に自己否定感を抱き、運動習慣自体をやめてしまう人も少なくありません。そこで「まずは今より1000歩増やす」と「これまでと同じ歩数であっても少し速く歩く」という現実的で継続しやすい目標を意識してください。
引用文献
注1 厚生労働省健康日本21報告書
注2 Daily steps and health outcomes in adults: a systematic review and dose-response meta-analysis.
注3 Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts.
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野口緑
医学博士
のぐち・みどり 1986年兵庫県尼崎市役所入庁。2000年から独自の保健指導で実績を上げ、「スーパー保健師」として注目される。20年退職。大阪大大学院招へい准教授をへて、26年3月まで同大学院特任准教授。医学博士。