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私が大学の総合診療科勤務では満足できず、総合診療医としての「開業」を急いだ理由のひとつは「多くの患者さんに正確な知識を伝えたい」というものでした。「風邪に抗菌薬は不要」「CT(コンピューター断層撮影)はよほどのことがない限り撮るべきではない」「バリウムの検査はほとんど不要」「そもそも医療機関受診は最小限にすべきだ」などを伝えたかったのです。大学病院での外来で限られた人数を診察するよりも、人が密集するエリアで夜8時まで開けていればそれなりの患者さんに接することができると考えたのです。そんな私が20年前に開院した頃から言い続け、にもかかわらずほとんど国民に浸透していないのが「頭痛薬の間違った使い方」です。
今年(2026年)になり、片頭痛の治療の歴史を変えることになるであろう画期的な2種の薬が発売されました。しかし、今回はその話の前に、いつまでたっても変わらない「頭痛薬の間違った使い方」の話をしたいと思います(新しい片頭痛の薬は次回取り上げます)。医師の言うことが常に正しいとは限りませんし、エビデンスのないことは安易に言うべきではありません。この連載ではエビデンスが不十分な話もしていますが、そのような場合、原則として私は「私見を交えて」といった注釈をつけています。一方、今回述べることは私見ではなく、医師や薬剤師にとっては常識中の常識で、もう何十年も前から変わらぬ事実です。
いつまでたっても変わらない「頭痛薬の間違った使い方」とは何か。実はすでに本連載で何度か述べたことがあります。今回は鎮痛薬の歴史を振り返りながら「何がどうして間違っているのか」を述べていきます。
次々に開発される薬と副作用
私が医学部の学生だった1990年代の後半、頭痛に対してよく処方されていたのは、ブルフェン(一般名:イブプロフェン)、ロキソニン(ロキソプロフェン)、ボルタレン(ジクロフェナク)などのいわゆるNSAIDs(=Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs=非ステロイド性抗炎症薬)でした。これらは筋緊張性頭痛や比較的軽度の片頭痛には効きますが、重度の片頭痛に対してはまるで役に立ちません。呉茱萸湯(ごしゅゆとう)、五苓散(ごれいさん)などの漢方薬が使われることもありますが効果は限定的です。エルゴタミンと呼ばれる強い薬を使えば改善する例はありますが、この薬は副作用が強く、また使い過ぎれば(後述する)「薬物乱用頭痛(=Medication Overuse Headache=MOH)」という新たな頭痛を作り出すことになり、ごく少量しか使えませんでした。
歴史が変わったのは2000年。「トリプタン製剤」と呼ばれる薬剤が登場したのです。最初に処方できるようになったのはイミグラン(スマトリプタン)という注射薬でした。ですが、発売された当初は医療機関でしか使えませんでしたから、激痛を抱えながら受診した患者さんに注射することしかできませんでした。しかし、イミグランの内服薬が翌年に登場し、その後続々と内服トリプタン製剤が販売され、片頭痛のコントロールが随分としやすくなりました。2000年代にはまだ先発品しかなく、費用が高いのが欠点でしたが(1錠あたりの薬価は1000円前後しました)、後発品が次々と登場し、薬価は3分の1以下になり、費用の問題は解消していきました。
しかし、トリプタン製剤はせいぜい月に10錠くらいしか使えません。その理由のひとつは保険診療上その程度の量しか処方できないから、というものですが、それはルールだけの問題ではなく、使い過ぎると上述した薬物乱用頭痛を起こします。ときどき、NSAIDsは薬物乱用頭痛を起こすけれどトリプタン製剤は起こさないと思い込んでいる人がいますが、これは完全に誤りです。そして、トリプタン製剤よりも簡単に薬物乱用頭痛を起こすのが上述したエルゴタミンです。鎮痛薬を使い過ぎることにより新たな頭痛を起こすようになるのが薬物乱用頭痛で、私の経験上この頭痛の原因になる鎮痛薬は、麻薬(オピオイド)>(後述する)ブロモバレリル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬>エルゴタミン>トリプタン製剤>NSAIDs・アセトアミノフェンです。
=ゲッティ患者が陥る「わな」
月に10錠しか使えなければ高頻度で片頭痛を起こす人は生活を制限されることになります。医療機関を受診しても処方されないとなるとどうすべきか。NSAIDsが効けばいいわけですが、効かなければどうすればいいのでしょう。いくらかの患者さんは「薬局の薬」に手を出します。また、そもそも頭痛で医療機関を受診することに抵抗があって初めから「薬局の薬」に頼る人もいます。そして、ここに「わな」があります。
過去のコラム「市販の睡眠薬・鎮痛薬の成分 依存症や死亡の事例も」(※1)で述べたように日本の薬局ではブロモバレリル尿素という危険な成分を配合した鎮痛薬がいとも簡単に買えてしまいます。「危険な薬」と認識して購入するのならまだいいでしょうが、購入者はそんなことをまったく知らずにレジに並びます。そして、知らず知らずのうちに立派な依存症になっていくのです。ブロモバレリル尿素は1990年代に流行した「完全自殺マニュアル」で「最も”推薦”される自殺法」として紹介されている薬物で、金子みすゞや太宰治などが自殺を試みる際に用いたことでも有名です。
もうひとつ、医師や薬剤師なら誰もがよく知っている「アリルイソプロピルアセチル尿素」という危険な成分があります。これはブロモバレリル尿素と共に厚労省の「習慣性医薬品リスト」に載せられている(ただし催眠剤以外の製剤を除く)物質で、これが含まれる薬品が医師の処方箋なしで買える国は欧米ではほとんどありません。韓国では2025年4月にこの成分を含む鎮痛剤の同国への持ち込みを禁止し、航空会社Air Premiaは「麻薬性成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」(※2)を発表しました。「イブクイック」「バファリンプレミアム」「ロキソニンSプレミアム」「ノーシンピュア」などといった商品を名指しして持ち込み禁止を訴えています。麻薬性成分(Narcotic Substances)という表現が取られたからといって、自己使用のために所持しているだけで麻薬取締法で逮捕されるようなことはないでしょうが、大量に所持していた場合は没収されることがあるかもしれません。
=ゲッティ問題の根源は
「イブクイック」や「バファリンプレミアム」などにすでに依存している人たちは、没収されれば困るでしょう。ではこの問題の根源はどこにあるのでしょうか。韓国政府が悪いわけではありません。最も責任があるのは、危険性を十分に周知せずに販売する日本の製薬会社と、危険性を十分に知っていながら販売時に購入者に説明しない薬剤師です。これら市販薬のせいで大勢の人たちが依存症から抜けられないでいます。また、これら鎮痛薬で眠気が生じて生活に支障が出ている人もいます。私は医師になった当初、どうして「鎮痛薬で眠気が起こる」という声が多いのか不思議でした。たしかにブルフェンもロキソニンも添付文書には「眠気」と書かれていますが、日ごろの診療でこれらの薬を処方しても患者さんから眠気の訴えを聞いたことはほとんどありません。しかし、(Air Premiaが名指ししているような)市販の鎮痛薬の場合は眠気を訴える人が多いのです。
初診の患者さんが受診したとき、訴えの内容が何であれ「現在飲んでいる薬」を確認します。すると、「イブクイック」「バファリンプレミアム」など、上述の鎮痛薬を飲んでいると答える人が少なくありません。非常に興味深いことに、「依存性や危険性について薬局で説明を受けましたか」と尋ねて「受けた」と答えた患者さんは20年間でいまだにゼロです。過去20年間で当院を受診した患者さんは総数でいえば(カルテの総数でいえば)5万人近くいます。その5万人近くのうち、少なく見積もっても2%くらいの患者さんはこれら危険な鎮痛剤を「受診時に飲んでいた」、あるいは「受診の少し前に飲んでいた」と答えました。ということは当院を受診した患者さんだけでも1000人くらいは危険性を知らずに飲んでいたことになります。
危険な薬、医療者も依存症に
さらに興味深いことに、これら「危険な薬」を飲んでいた患者さんの職業でいうと、看護師や介護士がかなり多いのです。この理由としてはっきりしたことは分かりませんが、「夜勤などストレスの多い職場だから」でしょうか。無意識的に鎮静作用を求めて手を出してしまっているのかもしれません。私は当初「なぜ、知識があるはずの医療者がこんな薬に手を出すのか」が不思議でした。どうやら看護学校では習わないようです。
「危険な薬」の使用者の男女比は、私の印象でいえば7:3で女性の方が多い傾向にあります。これは月経痛で使用する女性が多いからです。月経中に眠くなる原因は、もちろん月経そのものによる場合も多いのですが、「危険な薬」の副作用ではないかと疑いたくなる事例も多数あります。
これら「危険な薬」はたしかに効きます。先述したように、鎮痛作用だけではなく鎮静作用もあるからです。つまり身体的な痛みのみならず、心の苦しみも緩和してくれるのです。内服していれば心地よいでしょう。しかし、そのうちに効果が低減してきて、内服量を増やさなければ満足できなくなっていきます。ここまでくればすでに立派な依存症です。
※編集部注 不安や悩みの主な相談窓口は以下の通りです。
#いのちSOS 0120-061-338
よりそいホットライン 全国から=0120-279-338 福島県から=0120-279-226
いのちの電話 0120-783-556
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556
東京自殺防止センター 03-5286-9090
※1 市販の睡眠薬・鎮痛薬の成分 依存症や死亡の事例も
※2 Prohibition on Bringing in Analgesics Containing Narcotic Substances
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大社会学部卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでのボランティアなどを経て、07年クリニック開設。大阪公立大非常勤講師。プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。