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「血糖値が少し高いですね」と健康診断の結果を見た医師や保健師から言われた経験はありませんか。そう言われても、「甘いものを食べ過ぎたのかな」と考える程度で、その数字が体の中の変化の何を表しているのかを理解している人は少ないかもしれません。
血糖値は糖尿病の診断に使われますが、それだけではなく、食事から取ったブドウ糖を処理して、血液中のブドウ糖濃度をコントロールするシステムがうまく働いているかどうかを知る数値でもあります。体の中では、生命維持に不可欠なエネルギー管理システムとして、血糖をコントロールするホルモンを分泌する膵臓(すいぞう)、ブドウ糖の処理や貯蓄を担う肝臓、筋肉、脂肪組織が絶えず連係しています。このシステムの中心的な役割を担うのが「インスリン」というホルモンです。
食後に体の中で起こること
インスリンは「血糖値を下げるホルモン」と理解しているかもしれません。しかし、それだけではありません。食事から得たブドウ糖を「蓄える」「必要になったら取り出す」という仕事にも関わっています。この働きが弱くなると、血糖値の上昇だけでなく、脂肪肝や動脈硬化、さらには認知症のリスクまで高まることが分かっています。血糖値をコントロールするインスリンが体のどこで働き、どのように健康を支えているのかを説明しましょう。
血糖そのものは生命活動に欠かせません。私たちが食べる白米やパン、麺類、果物などの糖質は、口から胃、小腸に移動しながら消化され、ブドウ糖まで分解されて、小腸の壁から血液中へ吸収されます。この結果、血液中のブドウ糖濃度、つまり血糖値が上昇します。食事からブドウ糖を摂取して、食後に血糖値が上がらなければ、脳や筋肉へ十分なエネルギーが届けられません。
特に脳はブドウ糖を主なエネルギー源として利用しています。体重の約2%しかない小さな臓器ですが、安静時でも全身のエネルギーの約20%を消費しています。そのため、血液には一定量のブドウ糖濃度が必要です。血液中に一定量の血糖があること、食後に血糖値が上昇するのは自然です。
ところが高血糖状態が長時間持続すると、状況は変わります。余分なブドウ糖は血管の内側にある「血管内皮細胞」に炎症や酸化ストレスを引き起こし、血管を傷つけます。その結果、動脈硬化が進み、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中、腎臓病、網膜症などの合併症につながります。
つまり問題は「血糖値の上昇」ではなく、「上昇した血糖値を元に戻せず、高血糖が続くこと」なのです。そうした調整の重要な役割を担っているのが、インスリンです。
司令官としてのインスリン手軽に作れるおにぎり=三股智子撮影
昼食でおにぎりを2個食べたとしましょう。食べた炭水化物は胃や小腸で分解され、ブドウ糖になります。血糖値が上昇すると、膵臓のβ細胞はすぐにその変化を感知し、インスリンを分泌します。分泌されたインスリンは血液に乗って全身を巡り、肝臓、筋肉、脂肪組織へ向かいます。それぞれの臓器はインスリンの指令を受け取ると、肝臓は糖を蓄え、筋肉は糖を取り込み、脂肪組織は余分な糖を中性脂肪として備蓄します。
このようにして食後約2時間もすると、血糖値は元の状態へ戻ります。体では毎日毎食後、見事な連係プレーでこのような代謝活動が行われていますが、意識されることはありません。
しかしこの連係プレーは肥満や運動不足、加齢などが重なると、うまく働かなくなります。その最初のサインが「血糖値(HbA1c)が少し高めですね」という健康診断の結果です。
インスリンは血液中のブドウ糖を単に減らしているわけではありません。食事のたびに、小腸から吸収された大量のブドウ糖が血液中へ流れ込みますが、そのまま血液中にブドウ糖があふれ続ければ、高血糖となり血管を傷つけてしまいます。そこで膵臓から分泌されたインスリンが全身を巡りながら、「この糖は筋肉へ」「こちらは肝臓へ」「余った分は脂肪組織へ」という指令を出すのです。血糖値が下がるのは、ブドウ糖の行き先が決まり、適切な場所へ運ばれて使われるからです。では、ブドウ糖の届け先の三つの臓器は、それぞれどのような役割を担っているのでしょうか。
肝臓 エネルギーを預かる「倉庫」
肝臓は、体の中で最も大きな代謝臓器です。血液中のブドウ糖を取り込み、グリコーゲンという、いわばいざという時の「固形燃料」に変えて蓄えます。荷物を保管する「倉庫」のイメージです。一方、空腹になると、グルカゴンやコルチゾールなど、いくつかのホルモンの作用で、倉庫の扉を開き、蓄えていたグリコーゲンを分解してブドウ糖を放出します。さらに、乳酸やアミノ酸などから新たにブドウ糖を作り出す「糖新生」という働きも始まります。こうした働きのおかげで、夜眠っている間でも、血糖値が一定に保てます。
インスリンには糖新生を抑える働きもあります。インスリンは血糖値が保てている場合は、「新しく糖を作る必要はありません」という指令を肝臓へ送って、不必要に血糖上昇しないようにコントロールしているのです。
糖尿病では、インスリン分泌反応の低下やインスリン不足を伴うため、この指令が十分に伝わらず、食後で血糖値が上昇している時でも、肝臓が糖を作り続けてしまうことがあります。それが空腹時血糖値が上昇する一因です。
骨格筋 エネルギーを消費する「焼却炉」
筋肉は、ブドウ糖を最も大量に利用する臓器です。運動すると筋肉はエネルギーを必要とし、その燃料としてブドウ糖を積極的に取り込みます。しかし、ブドウ糖は自由に筋肉へ入れるわけではありません。
筋肉の細胞には「GLUT4(グルット4)」という糖の入り口があります。普段、この入り口は細胞の中にしまわれています。ところが、インスリンが届くと、GLUT4は細胞表面へ移動し、玄関のドアが開くようにブドウ糖を細胞内へ迎え入れます。つまり、インスリンは「筋肉の玄関の鍵」を開ける役割を果たしているのです。取り込まれたブドウ糖は、歩く、階段を上る、仕事をする、家事をするなど、日常生活のあらゆる活動のエネルギーになります。筋肉量が多い人ほど血糖値をコントロールしやすいのは、この「焼却炉」が大きく、たくさんのブドウ糖を消費できるからです。
1キロの重りをつけ、ゆっくり上げる筋トレをする高齢者=埼玉県春日部市で2022年、武田良敬撮影脂肪組織 未来に備える「備蓄庫」
食後に必要以上のエネルギーが入ってきた場合、それを保存する役割を担うのが脂肪組織です。インスリンは余ったブドウ糖を脂肪へ変え、中性脂肪として蓄えるよう指示します。つまり、余ったブドウ糖が多い状態で多くのインスリンが分泌されると脂肪量が増えます。
そう聞くと、「インスリンが出なければやせられるのに」と思うかもしれません。しかし、インスリンがなければ、余ったエネルギーを蓄えることができず、血液中に糖や脂肪があふれ、血管を傷つけていきます。インスリンは人類が飢餓を乗り越えるために欠かせないホルモンだったといえるでしょう。現代では食べ物が豊富になったため、その優れた仕組みが逆に肥満につながることがありますが、それはインスリンが悪いのではなく、エネルギー摂取と消費のバランスが崩れたためです。
なぜ太るとインスリンが効かなくなるのか
肝臓は「預かる」、筋肉は「使う」、脂肪組織は「蓄える」。三つの臓器がインスリンという司令官の指示を受け連係することで、私たちの血糖値は一定に保たれています。しかし、肥満や運動不足、加齢などで、この連係が乱れ始めます。最初に起こるのは、インスリンが十分に働かなくなる「インスリン抵抗性」です。健康診断でHbA1cが少しずつ上昇し始める背景には、この目に見えない変化が隠れています。
体重が増えると糖尿病になりやすい。その鍵を握るのは内臓脂肪です。健康診断で腹囲を測定しますが、これは単におなかが出ているかどうかを見るためではありません。腹囲が基準値(男性85㎝、女性90㎝)を超えると、内臓脂肪の過剰蓄積がうかがえ、糖尿病や心筋梗塞、脳卒中などのリスク上昇が知られています。
内臓脂肪は、以前は単に余分なエネルギーをためておく場所と考えられていましたが、現在は、さまざまな物質を分泌し、全身に指令を送る内分泌臓器とわかっています。
中でも、重要なのがアディポネクチンです。アディポネクチンには、筋肉や肝臓でインスリンが働きやすくなるよう助ける作用や、血管を守り、炎症を抑える作用があります。ところが、内臓脂肪の過剰蓄積が起こると、アディポネクチンは減少してしまいます。一方で、血圧を上昇させるアンジオテンシノーゲン、インスリン抵抗性を起こすTNF-α(腫瘍壊死<えし>因子)、脂肪肝や高中性脂肪の原因になるFFA(遊離脂肪酸)、炎症物質IL-6など、多くの生理活性物質(アディポサイトカイン)は増加します。
アディポサイトカインの分泌による変化は、風邪をひいたときのような強い炎症ではありません。体の中で静かに、長い年月をかけて続く「慢性炎症」で、気づかない間に動脈硬化を進めていきます。
中年期になると、体重は変わらないのに、おなかだけが出てきたと感じるようになります。加齢とともに筋肉量は減りやすくなり、その一方で内臓脂肪は増えやすくなるためです。体重を見るだけでは、この変化を見逃してしまいます。腹囲は、体重では見えない内臓脂肪の増加を知るための指標であり、インスリン抵抗性のリスクを推測する手がかりにもなります。「おなか周りを測るだけで何が分かるのだろう」と思われがちですが、その数字は、体の代謝状態を映し出す大切な情報なのです。
この慢性炎症が続くとインスリンによる肝臓、筋肉、脂肪組織への指令がうまく伝わらなくなります。「インスリンは分泌されているのに、その作用が得られない状態」。これがインスリン抵抗性です。会社で例えるなら、課長が毎日指示を出しているのに、現場の社員は大きな雑音にさえぎられて、その指示を聞き取りにくくなっているようなものです。すると膵臓は「もっとインスリンが必要だ」と考え、さらに多くのインスリンを分泌します。
初めのうちは、インスリンの頑張りで血糖値は保たれています。しかし、その状態が何年も続くと、膵臓は次第に疲弊し、十分なインスリンを作れなくなります。すると健康診断ではHbA1cや空腹時血糖値の上昇として現れてきます。健康診断で見える数字は、ある日突然悪くなるのではなく、何年も前から続いてきた体の変化の結果といえます。
血液中にインスリンが多すぎる状態(高インスリン血症)になると、脂肪をため込みやすくなり、さらに肥満を進めます。
肥満→インスリン抵抗性→高インスリン血症→さらに肥満、という悪循環が生まれます。
こうした高インスリン血症では、ナトリウムや尿酸の排せつを阻害して、血圧や尿酸値の上昇につながるなどの変化も起こします。この流れをどこかで断ち切ることが、糖尿病や生活習慣病を予防する第一歩です。
運動は「第二のインスリン」
筋肉は最も多くのブドウ糖を利用する臓器、エネルギーの焼却炉です。ところが、インスリン抵抗性が進むと、GLUT4が細胞膜のドアを開ける反応が鈍くなり、筋肉へブドウ糖が入りにくくなるため、血糖値が下がりにくくなってしまいます。
ところが、筋肉にはもう一つの仕組みがあります。筋肉が収縮すると、インスリンがなくてもGLUT4が細胞膜へ移動して、細胞膜のドア開けてくれるのです。つまり「インスリンの鍵」とは別に、「運動という鍵」でも細胞膜のドアが開くのです。このため、運動中や運動直後には、筋肉は血液中のブドウ糖を積極的に取り込みます。糖尿病の人でも、ウオーキングをした後に血糖値が下がるのはこのためです。
筋肉をつけるのに必要なのは運動です。さらに運動を続ければ、筋肉のインスリンに対する感受性も高まります。同じ量のインスリンでも、より効率よくブドウ糖を取り込めるようになるため、血糖コントロールが改善します。運動は「第二のインスリン」と言ってもよいでしょう。
筋肉へ取り込まれたブドウ糖はすぐにエネルギーとして使われるだけではありません。「固形燃料」のグリコーゲンとしてブドウ糖を蓄えることができます。つまり筋肉量が多い人ほど、たくさんのブドウ糖が蓄えられるのです。
筋肉量は40歳ごろから徐々に減少し始め、加齢とともにその減少は進みます。特に歩行や立ち上がりに重要な下肢の筋肉は加齢の影響を受けやすいことが、日本人を対象とした研究でも報告されています(注1)。そのため、年齢を重ねるほど「筋肉量の維持」が血糖コントロールにとって重要です。
有酸素運動と筋力トレーニング
ウオーキングや自転車などの有酸素運動は、その場でブドウ糖を消費し、食後の血糖上昇を抑える効果があります。一方、筋力トレーニングは筋肉量を維持・増加させ、長期的にインスリンの働きを改善します。近年では、この二つの組み合わせが最も効果的と考えられています。激しい運動は必要ありません。1日20〜30分の速歩や、スクワットなどの自重トレーニングを継続するだけでも、十分な効果が期待できます。
また「どんな運動をするか」だけでなく、「いつ運動するか」も注目されています。近年の研究では、食後できるだけ早い時間帯に10〜20分程度、歩行するだけでも、食後血糖の上昇を抑える効果があることが示されています。特に食後30分以内に体を動かすと、活動中の筋肉が血液中のブドウ糖を効率よく取り込むため、血糖値の急激な上昇を抑えやすくなります。これは、食後に増えたブドウ糖を、活動中の筋肉が効率よく取り込むためです(注2)。
「運動は20分以上続けなければ意味がない」と思われがちですが、近年では短時間の歩行でも効果があると分かってきました。忙しい人でも、昼食後や夕食後に少し歩くだけなら、日常生活に取り入れやすいでしょう。週に1回ジムに行って運動するとなると、おっくうに思うかもしれませんが、通勤や買い物、階段の上り下り、犬の散歩など、日常生活で、体を動かす時間と量を増やす工夫は継続につながり、大きな効果が得られます。
GLP-1受容体作動薬について
最近は、体重を減らし血糖値を改善する新しい薬が注目されていますが、薬で筋肉は増やせません。筋肉が持つ「ブドウ糖を取り込み、使い、蓄える」という働きは、運動によってこそ維持されることをぜひ知っておいてください。
ダイエット効果をうたい、SNSで糖尿病の皮下注射薬「マンジャロ」の個人間の売買が横行している。=松原隼斗撮影(画像の一部を加工しています)
「痩せ薬」として話題になっているGLP-1受容体作動薬について触れておきます。GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬を正しく理解するためには、まずGLP-1というホルモンの働きを知る必要があります。GLP-1は食事のたびに小腸から分泌されるホルモンです。栄養が小腸に届いたことを感知して分泌されます。つまり、「食事が入りました。血糖値が上がります」という情報を膵臓へ伝えるメッセンジャーで、その結果、膵臓β細胞からインスリン分泌をするよう促します。
重要なのは、血糖値が高いときだけインスリン分泌を促す点です。そのため、インスリンそのものを注射する場合に比べ、単独では重い低血糖を起こしにくいという特徴があります。さらにGLP-1には、血糖値を上げるホルモンであるグルカゴンの分泌を抑える働きもあります。つまり、「インスリンを増やし、グルカゴンを減らす」という二つの作用で、食後の血糖上昇を穏やかにしているのです。
では、なぜ体重が減るのでしょうか。一つは、胃の内容物が腸へ送られる速度(胃排出)をゆっくりにする作用があるからです。食べたものが胃の中に長くとどまるため、満腹感が続きやすくなります。もう一つは、脳の満腹中枢へ作用し、「もう十分食べた」という感覚を強めることです。その結果、自然に食事量が減り、体重が減少します。つまり、この薬は脂肪を直接燃やしているわけではありません。食欲や食行動を調節することで、結果としてエネルギー摂取量を減らしているのです。
この薬は、国内で公的医療保険が認められている範囲(適応)は非常に厳しく限定されています。
•2型糖尿病の治療:血糖コントロールが不十分な患者に対して処方されます。
•肥満症の治療:単なる美容目的の減量ではなく、医学的な治療が必要な肥満症が対象です。具体的には、高度肥満(BMI<体格指数>35以上)、または「BMI27以上で、高血圧・脂質異常症・糖尿病などの健康障害を合併しており、食事療法や運動療法を行っても十分な効果が得られない場合」といった厳格な基準を満たす必要があります。
一方で、吐き気や便秘といった初期の消化器症状だけでなく、不適切な食事制限が重なることで脱水症状や栄養失調に陥るリスクがあります。また、急速に体重が減ると、脂肪だけでなく筋肉量も減少することがあります。医療用医薬品である以上、必ず専門医による定期的な診察と血液検査などの適切な管理のもとでの使用が安全性を担保するために極めて重要です。
GLP-1受容体作動薬は「生活習慣を変えなくても痩せられる薬」ではなく、生活習慣を改善するための後押しとなる薬です。
体のエネルギー管理に不可欠なインスリンを生涯にわたって大切に使うためには、無駄遣いしないことが重要です。健康診断の結果を見て、以前と比べてHbA1cが上がってきていたら、内臓脂肪が増えてインスリン抵抗が起きていないか、運動量が減ってきていないか、生活習慣を振り返る機会にしてほしいと思います。また、ブドウ糖を含むスイーツやジュースの取り過ぎによって、β細胞に絶えずインスリン分泌するよう要求し続けていると、β細胞が疲弊して血糖コントロール不良につながります。健康診断結果を見ながら、無意識に取っている日々のブドウ糖の量や頻度を点検してみてください。
注1 Age-dependent changes in skeletal muscle mass and visceral fat area in Japanese adults from 40 to 79 years of age.
注2 Exercise Prescription for Postprandial Glycemic Management
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野口緑
医学博士
のぐち・みどり 1986年兵庫県尼崎市役所入庁。2000年から独自の保健指導で実績を上げ、「スーパー保健師」として注目される。20年退職。大阪大大学院招へい准教授をへて、26年3月まで同大学院特任准教授。医学博士。