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「早起きは三文の徳」と言います。この言葉、どこまで本当なのでしょうか。「早起きランキング」があるかもしれない、と気になり調べてみました。すると、日本で最も早起きの県は青森県であることがわかりました。総務省の調査によれば、青森県の平均起床時刻は全国で最も早く、全国平均より20分以上も早いのです。
規則正しい生活は大事だが…
早起きは健康に良いという印象があります。実際、医学的にも一定の根拠があります。朝の光を浴びることで体内時計(サーカディアンリズム)がリセットされ、脳内ではセロトニンの分泌が促されます。このセロトニンは夜になると睡眠ホルモンであるメラトニンへと変化し、質の良い睡眠につながります。
さらに、規則正しい生活リズムは自律神経を安定させ、血糖や血圧のコントロールにも良い影響を与えることが知られています。
なるほど、農業や自然とともに生きてきた土地柄を考えれば納得がいきます。早起きして働き、日中を有効に使う生活習慣は、健康にも良さそうです。実際、朝日を浴びることで体内時計が整い、睡眠の質や代謝の改善につながることは医学的にも知られています。
ですが、ここで一つの疑問が生じます。青森県は早起きの県でありながら、平均寿命が特別に長いわけではないからです。むしろ長年「短命県」とされてきました。早起きという良い習慣がありながら、なぜ健康寿命の延伸につながらなかったのでしょうか。
塩分摂取、飲酒も多い
このことから、健康は単一の要因では決まらないことがよくわかります。青森県では、塩分摂取量の多さ、飲酒習慣、肥満の割合の高さなどが指摘されています。また、がん、心疾患、脳血管疾患といった生活習慣病が死因の大きな割合を占めています。特に脳卒中の死亡率が高く、塩分摂取や高血圧などの生活習慣が寿命に影響してきた可能性があります。つまり、早起きという良い習慣があっても、食生活や生活習慣全体のバランスが崩れると、その効果は十分に発揮されないのです。
しかし、この状況を逆手に取った素晴らしい取り組みがあります。弘前大学を中心に進められている「岩木健康増進プロジェクト」です(前回の記事参照)。この研究は地域住民を対象に、血液検査や遺伝子、腸内細菌、生活習慣など数千項目に及ぶデータを長期間にわたり収集し、健康と疾患との関係を包括的に解析しています。単なる疫学研究にとどまらず、「どうすれば健康になれるか」を社会に実装することを目指したものです。
私も2025年の秋、弘前の地を訪れる機会がありました。学会でこのプロジェクトについて講演をされた水上浩哉教授と直接お話しすることができましたが、その印象は強烈でした。データの量や質の高さもさることながら、その情熱に圧倒されました。データを語るだけでなく、「健康を楽しむ文化をつくる」という強い意志、そして「人を動かす力」が感じられたからです。
ウニのオレンジ色が野いちごに見立てられる「いちご煮」=小川節子撮影食文化の積み重ねが健康をつくる
夜の懇親会で、私は一つの料理に出合いました。「いちご煮」です。名前からは想像もつかない、ウニとアワビの吸い物で、濃厚なうまみが印象的でした。同じ青森でも地域によって味付けや食べ方が異なると聞き、食の奥深さを改めて実感しました。こうした違いを楽しむことは、単なるグルメではなく、文化を理解する行為でもあります。「食冒」を続けている身としてはたまらない一品でした。食は単なる栄養補給ではありません。土地ごとの文化や歴史が凝縮されています。同じ料理でも地域によって味が違う。それを知り、味わうこと自体が、まさに「食の冒険」です。
その際、教授はこう言いました。「明日は早起きして、りんご狩りに行きましょう」。半ば号令のような誘いでしたが、その言葉には科学と実践が一体となった説得力がありました。早起きして外に出て、体を動かし、自然と触れ合う。これこそが健康の本質だというメッセージだったのだと思います。
残念ながら私は、そのりんご狩りには参加できませんでした。翌朝、同じ時刻に起きてはいたものの、私は空港行きのバスに乗っていたのです。車窓から広がる景色を眺めながら、「今ごろ皆さんはりんごを収穫しているのだろう」と少し残念な気持ちになりました。
この体験は強く印象に残っています。早起きという習慣、それを支える生活、そして地域の食文化。それらは単独ではなく、互いに結びついて初めて意味を持ちます。早起きは確かに徳かもしれません。しかし、それだけでは不十分です。何を食べ、どのように過ごすか。その積み重ねが健康をつくります。
もう一つ大切なことがあります。それは「楽しむこと」です。おいしいものに出合い、誰かと語り、土地の文化に触れる。その時間は心を豊かにし、結果として健康にもつながるでしょう。
=ゲッティラジオ体操の健康効果
再び「早起き」の話に戻ります。7月は夏休みが始まる季節ですが、私は例年、母校(武蔵中学校)の校外学習に同行しています。中学校1年生が対象で、3泊4日で群馬県赤城山周囲の山々を連日歩き回る強行軍です。
その中で私がひそかに楽しみにしているのが、朝のラジオ体操。早起きした朝に、身体を伸ばす心地よさ、生徒たちに身体の硬さをからかわれながらも過ごす時間。まるでシナプス(神経と神経のつなぎ目部分)の表面にあるゴミが払われて、停電で暗かった電球が突如点灯したように、神経回路が開通し、大脳皮質の奥底にしまいこまれた古い記憶、小学校時代のラジオ体操の時の記憶がよみがえったのです。なかなか思い出せなかった人の名前がひらめいた感じでした。
ラジオ体操はわずか数分ですが、全身の関節や筋肉をまんべんなく動かします。継続者ではバランス能力や歩行能力が良好であることも報告されています。何より、朝の空気を吸いながら身体を伸ばす爽快感は格別です。
ラジオ体操の健康効果については、近年になって科学的な検証が進んでいます。フレイル(虚弱)状態にある高齢者226人を対象とした研究では、12週間のラジオ体操によってバランス能力や持久力が改善したことが報告されています(※1)。糖尿病患者136人(平均年齢約67歳)を対象とした研究では、ラジオ体操を習慣的に実施している人たちには骨格筋量の減少を抑える効果が示されました(※2)。
朝日・体操・交流の3点セット
もちろん、ラジオ体操だけで健康になれるわけではありません。しかし、「朝日」を浴びながら、「体操」をして、「人と交流する」という三つの要素が重なった習慣は、体内時計や睡眠の質、自律神経の働きにも良い影響を与えると考えられています。
「早起きは三文の徳」の三文が今のいくらに相当するのかは分かりません。しかし、健康と仲間との時間、そして爽やかな朝を手に入れられるのであれば、決して安い買い物ではないでしょう。
シニアの皆さまも、夏休みの朝、近所のラジオ体操に参加してみてはいかがでしょうか。思いがけない「徳」が見つかるかもしれませんよ。
(※1)Osuka Y, Kojima N, Saito K, et al. Effects of Radio-Taiso on health-related quality of life in older adults with frailty: a randomized controlled trial. J Epidemiol. 2024;34(10):473-482.
(※2)Kimura T, Hashimoto Y, Hamaguchi M, et al. Japanese radio calisthenics prevents the reduction of skeletal muscle mass in people with type 2 diabetes. BMJ Open Diabetes Res Care. 2020;8:e001027.
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米井嘉一
同志社大教授
よねい・よしかず 1982年慶応大医学部卒。2005年に日本初の抗加齢医学講座、同志社大アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。「Dr.米井の アンチエイジング・セルフチェック」で実年齢と5種類のリストから機能年齢を診断している。