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GLP-1受容体作動薬(以下、GLP―1薬)に対する批判的な報道が相次いでいる。単なるニュース報道にとどまらず、特集番組まで組まれている。例えば、2月17日に日本テレビ系「ザ!世界仰天ニュース」は「話題の“痩せ薬”の落とし穴」と題し、GLP-1薬を用いたダイエットによる健康被害や副作用のリスクを前面に取り上げた。
ときわ会常磐病院の金田侑大医師は、2023年4月から2026年6月までに全国紙5紙に掲載されたGLP-1薬に関する記事を分析した。57本の記事を「好意的」「中立」「批判的」に分類したところ、見出しの61%が批判的だった。GLP-1薬の違法な個人間売買の摘発があった影響もあるが、海外メディアの視点とは大きく異なる。
2型糖尿病の治療薬として承認されている「マンジャロ」=大阪市で2026年5月、松原隼斗撮影海外ではどう報じられているか
海外では、GLP-1薬を単なる「痩せ薬」ではなく、社会を変える医療技術として報じている。例えば、英「エコノミスト」(2024年10月24日)は「史上最も重要な創薬の一つ」と評価し、心血管疾患や腎疾患、依存症への応用を特集した。
さらに今年1月19日には、「ニューヨーク・タイムズ」が航空機の燃料費削減効果を、5月13日には「ウォール・ストリート・ジャーナル」が利用者の食欲変化に対応するレストラン業界の変化を報じるなど、社会・経済への影響まで議論している。GLP-1薬を社会がどう受け入れるか侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が進んでいる。
トランプ米大統領に「拡大アクセス」?
その熱狂を象徴するのが、米STAT Newsなどのメディアが6月23日に報じたニュースだ。イーライリリー社と米国食品医薬品局(FDA)が、未承認の次世代三重作動薬レタトルチドについて、特定の患者1人への「拡大アクセス(人道的利用)」を認めたという。
拡大アクセスは、本来、他に治療法のない重篤な疾患を対象とする制度であり、肥満への適用は極めて異例だ。STAT紙によれば、対象は「難治性肥満と睡眠時無呼吸を患う79歳男性」。申請時の年齢や担当医、政府高官が関心を寄せているとの記述から、一部ではドナルド・トランプ大統領ではないかとの臆測も広がった。
米ホワイトハウスで、記者会見の質問者を指名するドナルド・トランプ大統領=2025年1月30日、秋山信一撮影
トランプ政権がイーライリリー社とGLP-1薬の価格交渉を進める裏で、仮に当人が未承認の「特権的な薬」を享受しているとすれば、これは深刻な利益相反である。何百万人のアメリカ人が既存薬の保険適用を拒否される中、有力なコネを持つ者だけが次世代の「もっと良いもの」を手にしているということがあったとしたら、この薬が持つ絶大な価値と、それゆえに生じる不平等な社会構造を如実に示している。
なぜ、「トランプ氏では」との推測が広まったのか。それは、これまでのGLP-1薬よりはるかに有効だと期待されているからだ。
世界初の第3相試験の結果
6月6日、権威ある英国の臨床医学誌「ランセット」に、レタトルチドの臨床試験「TRANSCEND-T2D-1」の結果が掲載された。これは、食事・運動療法でコントロール不十分な早期2型糖尿病患者537人を対象とした、世界初の第3相試験である。
レタトルチドの特徴は、GLP-1、GIP、グルカゴンの3受容体に同時に作用する「三重作動」にある。セマグルチドやチルゼパチドに比べ、グルカゴン作用によってエネルギー消費と脂質代謝を高め、食欲もさらに抑制する。その結果、減量時の代謝低下による停滞を克服し、胃を縮小する手術に匹敵する体重減少効果が期待されている。
臨床試験の結果は衝撃的だった。40週間の投与で、レタトルチドは血糖値の指標であるHbA1cを大きく改善した。最高用量の12mg群では平均1.94%低下し、プラセボ群の0.81%低下を大きく上回った。約4割が正常範囲(HbA1c5.7%未満)に到達し、強い血糖低下作用が証明された。
体重減少についても、レタトルチド12mg群は平均15.3%(15.1kg)もの減少を達成した。これはプラセボ群(2.6%減)を圧倒するだけでなく、同様の条件下でのセマグルチドやチルゼパチドの効果を凌駕(りょうが)している。
さらに、40週間の試験終了時点でも体重減少の曲線は停滞に達しておらず、継続投与によって20%を超える減量が期待できることが明らかになった。
体重や血糖値だけでなく
効果は体重や血糖値だけではない。血液中の中性脂肪は34.1%、悪玉コレステロールを含む非HDLコレステロールは17.0%低下し、最高血圧も平均5.4mmHg下がった。心臓や血管の病気のリスクを減らす効果も期待され、「ランセット」は「心血管代謝疾患の治療を変える次世代の薬」と高く評価している。
副作用は従来のGLP-1薬と同様で、吐き気や下痢、嘔吐(おうと)などが中心だった。多くは投与初期にみられ、軽度から中等度で自然に改善した。重い低血糖や、日本で懸念される膵炎(すいえん)は認められず、多くの患者が治療を続けることができた。
海外メディアは、レタトルチドに注目してきた。「ウォール・ストリート・ジャーナル」は3月19日、第3相試験の概要を先行して報じ、5月21日にも「肥満治療の新たな到達点」と続報を掲載している。ロイター通信も5月21日、「現在開発中で最も強力な肥満治療薬になる可能性がある」と報じ、6月8日には肥満治療市場でイーライリリーの優位性をさらに高める薬剤との見方を伝えた。
日本で報道されない「背景」
レタトルチドの報道も日本は対照的だ。全国紙5紙は今回の第3相臨床試験の結果を報じていない。世界が肥満治療の進歩に注目し、社会実装を急ぐ中、日本の対応は問題だ。私は、その背景には患者利益よりも利害関係者の都合が優先される構造があると考えている。
第一に、厚生労働省の財政抑制への執着だ。国民皆保険を維持するため、爆発的な普及が予想されるGLP-1薬の薬剤費増大を恐れ、「安全性」や「適正使用」という言葉を隠れみのにして、保険適用のハードルを不当に高く設定している。
第二に、専門施設を中心とした医療提供体制である。GLP-1薬は、適切な知識を持つ一般内科医でも十分に処方できる薬剤だが、日本では高度肥満に対する保険診療は、一定規模以上の医療機関で6カ月以上の食事・運動療法を行っても改善しない患者に限られ、処方できる医療機関も厳しく限定されている。この制度は、患者の利便性より専門医療機関を前提とした仕組みになっていると言われても仕方がない。米国ではナース・プラクティショナーを含むプライマリーケアの現場で安全に処方されていることを考えれば、日本だけが専門医による厳格な管理を必要とする合理的な根拠は乏しい。
厚労省や専門医の都合が優先された結果、多忙な現役世代には現実的とは言い難い条件が課され、多くの患者が科学の恩恵から取り残されている。有効性が確立した治療法がありながらアクセスが制限される現状は、「人為的なドラッグラグ」と呼ぶべきだろう。
GLP-1薬は、心血管疾患や腎疾患、脂肪肝、依存症などへの応用も期待される画期的な薬である。世界ではすでに、肥満を「意思の弱さ」ではなく治療すべき疾患と捉える考え方が広がり、社会や産業もその変化に適応し始めている。日本も、乱用対策と医学的に必要な患者への治療アクセスを切り分け、患者の利益を中心に議論すべき時期に来ている。
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上昌広
医療ガバナンス研究所理事長
かみ・まさひろ 1993年東京大医学部卒。99年同大大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンター、同大医科学研究所をへて、2016年より現職。医療ガバナンス研究に従事。現場からの医療改革推進協議会事務局長。