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夜になると、おなかが空いているわけでもないのに、冷蔵庫を物色してしまう。テーブルに出しっぱなしの菓子の袋に、つい手が伸びてしまう――。食べ過ぎている人のほとんどは、栄養の知識が足りないせいではありません。野菜を取った方がいいことも、甘いものを控えるべきことも、揚げ物ばかり続くと良くないことも、誰もがわかっています。知っているのに、手が先に動いてしまうのです。私たちが簡単に抗えない力――その正体は、食べてしまう環境、食べられる環境を作ってしまっていること。その一言に尽きるようです。
3種類の仕掛け、一番効いたのは
IESEG経営大学院のカダリオと欧州経営大学院(INSEAD)のシャンドンは、健康的な食事を促すナッジを扱った96件の実験、299の結果を集めて分析しました(※1)。ナッジとは、命令も禁止もせず、目的の行動をするように仕向ける仕掛けを指します。
2人はナッジを3種類に分けました。一つ目は知識に訴えるもの。カロリーや栄養成分の掲示がこれにあたります。二つ目は感情に訴えるもの。おいしさや魅力を前面に出す見せ方です。三つ目が行動に働きかけるもの。皿の大きさ、一皿の量、食べ物の置き場所を変えるようなやり方です。
1日当たりの摂取カロリーの減った量は、知識に訴える手法で約64キロカロリー、感情に訴える手法で約129キロカロリー、置き方や量を変える手法で約209キロカロリーでした。角砂糖に換算すると、およそ6個、13個、21個の差になります。栄養を教えるより、配置を変えるほうが3倍以上効いていたことになります。
=ゲッティ理性が始動する時間を作る
置き方といっても、その効果には幅があります。ケンブリッジ大学のホランズらは、食べ物との距離と選択肢の数を変えた研究24件、3502人分のデータを調べました(※2)。食べ物との距離を操作した18件では、同じ食べ物でも遠くに置くだけで、食べる量が少々減りました。距離が離れるほど減り方も大きくなっていました。選べる種類を減らした6件でも、選ぶ段階で差が出ていました。
なぜ食べ物を遠ざけることが効くのか。それは、人間の本来の行動原理から考えるとわかりやすいです。進化は何万年も時間をかけてゆっくり行われていきます。数百万年も続いてきたヒトの歴史から考えると、文明が発達したのはここ数千年の話で、ごく最近のことなので、進化が追いつけるはずがないのです。石器時代は、日々の食べ物も安定して入手できなかったため、食べられるチャンスがあれば食べておくのが当たり前でした。手を伸ばせば届くところにあるものは、食べるかどうかを考える前に口へ入れてしまうのです。そういった意味で、とても本能的な行動だといえます。
しかし、人間は高度な知能も獲得しているので、その衝動を止める「理性」という脳の働きも持っています。立ち上がって食べ物を取りにいかなければならないとなれば、そのわずかな手間のあいだに、本当に食べたいのかを考える時間が生まれます。理性の脳はスロースターターで、始動するまでに少し時間を要します。数十センチの距離があることで、理性が始動する時間が生まれ、本能という自動運転装置にブレーキがかかるのです。
「もったいない」で食べないために
ホランズらは、分量、包装、食器の大きさが食べる量に与える影響も調べています。関連する研究を72件集め、そのうち58件、6603人分を統合して分析しました(※3)。そこで明らかになったのは、サイズを小さくすると食べる量が減ることです。その量は少々ではあるものの、ここまで紹介した方法の中では最も手堅い効果がありました。
仮に英国の子どもと大人がすべての食事でサイズを一回り小さくして、それが続いたとすれば、1日あたり144~228キロカロリー、摂取量の8.5~13.5%の減少になると研究者たちは試算しました。ちりも積もれば山となる。急な減量だとリバウンドの可能性も高くなりますが、この程度の減量ならリバウンドの可能性も抑えられます。
私たちは、食べ物を皿に盛ったら、盛った分をちゃんと食べようとします。残したらもったいないという気持ちが働くからです。皿の大きさによって、その皿に「ちょうどいい」量は相対的に変わります。大きい皿を用意すると多く盛ってしまうので、小さいお皿を使うようにした方がいいのです。器を替える作業は一度で終わります。毎食ごとに我慢しなくて済むという点で、これほど手間の少ない工夫はそうありません。
=ゲッティ小さく、遠く、見えなくする
家でできることは、三つの言葉でまとめられます。「小さくする」「見えなくする」「面倒くさくする」です。
まず器を「小さくする」。ご飯茶わんと取り皿を一回り小さいものに替えます。効果がもっとも大きい方法ですから、迷ったらここから始めてください。
次に、「見えなくする」。視界に入るから食べたくなるのです。目の前に食べ物がなければ、考えた上での選択になります。立ち上がるというひと手間が、そのまま量の調整として働くわけです。
最後は「面倒くさくする」。食べ物との物理的距離を遠くなるようにします。菓子や菓子パンは、手を伸ばせば届く場所から、椅子を使わないと届かない棚へ移します。捨てる必要はありません。数十センチ遠ざけるだけで構いません。手間がかかればかかるほど面倒くさくなって、食べる気持ちを抑えられます。
連載第3回でお伝えしたif-thenの一文と組み合わせれば、実行できる確率はさらに上がります。例えば「もし買い物から帰ったら、菓子は上の棚にしまう」。この一文を冷蔵庫に貼っておくのもいいでしょう。
作り変えるべきは人格より…
食べ過ぎは意志の弱さの結果だという考えは根強く残っていますが、今回ご紹介した三つの研究から見えてくるのは、それとは反対のことです。同じ人が同じ日に、皿の大きさと置き場所を変えるだけで食べる量を変えられる。それなら、作り変えるべきは人格ではなく、配置のほうでしょう。
台所は食べ物をコントロールする場所で、1日に何度も通る場所です。そこを一度設計し直しておけば、あとは自動運転が勝手に働いてくれます。毎日の食卓で意志の力を振り絞る必要はありません。まずは器を替え、置き場所を変えてみてください。これらの手間で、これから何百回と繰り返される食事の条件が変わるのです。
(※1)Cadario, R., & Chandon, P. (2020). Which healthy eating nudges work best? A meta-analysis of field experiments. Marketing Science, 39(3), 465-486.
(※2)Hollands, G. J., Carter, P., Anwer, S., King, S. E., Jebb, S. A., Ogilvie, D., Shemilt, I., Higgins, J. P. T., & Marteau, T. M. (2019). Altering the availability or proximity of food, alcohol, and tobacco products to change their selection and consumption. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2019(9), CD012573.
(※3)Hollands, G. J., Shemilt, I., Marteau, T. M., Jebb, S. A., Lewis, H. B., Wei, Y., Higgins, J. P. T., & Ogilvie, D. (2015). Portion, package or tableware size for changing selection and consumption of food, alcohol and tobacco. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2015(9), CD011045.
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堀田秀吾
明治大教授
ほった・しゅうご 1999年、シカゴ大博士課程修了。専門は法言語学、心理言語学。言葉とコミュニケーションをテーマに、さまざまな学問分野を融合した研究を展開。習慣・自己管理などの著書を多数出版している。