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「最近、おなかの調子が良くない日が続いている」「便秘がちで、何となく体がすっきりしない」。そんな腸の変化を感じている方は少なくないでしょう。
実は、その「腸の不調」が認知症とつながっている可能性があることをご存じでしょうか。腸内環境の乱れが認知症の発症リスクと深く関わることが、近年の研究で明らかになっています。例えば、認知症患者における腸内細菌叢(そう)の特徴には、悪玉菌が増えて善玉菌が減ったり、腸内細菌の種類が全体的に減ったりするといったことがあるのです。今回はそのメカニズムと具体的な対策を分かりやすく解説します。
「腹の虫が治まらない」「腹を割って話す」
腸と脳は神経、免疫、血流など、いくつかの経路でつながっており、このつながりは「脳腸相関」と呼ばれています。例えば、ストレスを感じた時におなかを下したり、便秘になったりしたことは多くの人が経験済みではないでしょうか。また、「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンという物質のほとんどが、脳ではなく腸で合成されているという話を聞いたことがある人もいるでしょう。日本では昔から「腹の虫が治まらない」「腹を割って話す」といったことわざがあるように、「腹」に人の心や本音が宿ると考えられてきたのは、経験的に脳腸相関のことを知っていたからかもしれません。
=ゲッティ
ちなみに私が腸と脳の関係について関心を持ち始めたのは10年以上前。腸内細菌を持たない無菌ネズミと、腸内細菌を持っている普通のネズミの行動を比較した研究で、無菌ネズミに腸内細菌を移植すると普通のネズミと同じような行動をするようになったことを知り、驚いたのがきっかけです。腸内細菌の影響は私たちが考えている以上に大きいのではないかと感じました。
なぜ腸内環境の乱れが認知症に影響するのか?
脳が整えば腸が整い、腸が整えば脳が整う。このメカニズムが医学研究によって明らかになり、年々新しい報告が上がっています。腸内環境の乱れと認知症、特にアルツハイマー型認知症の発症と進行には大きな関連のあることが近年の研究で明らかになっています。主なメカニズムとしては、以下のようなものが挙げられています。
①脳の炎症を引き起こす
腸内で悪玉菌が増えると、細菌の細胞壁に含まれるリポ多糖(LPS)と呼ばれる物質が腸の粘膜をすり抜けて血流に入り込み、やがて脳へ到達します。これが脳の炎症を慢性的に引き起こし、脳内の免疫細胞を過剰に活性化させ、神経細胞を傷つけます。
②脳に「ゴミ」が蓄積する
腸内の一部の細菌が産生する物質が、アルツハイマー病の脳内に見られる「アミロイドβ(ベータ)」(脳内に蓄積する老廃物のようなもの)の凝集と蓄積を促すことが報告されています。
③脳を守る物質が減る
善玉菌が作り出す短鎖脂肪酸は腸の粘膜を強化し、脳を守る働きをします。腸内環境が乱れると短鎖脂肪酸が減少し、代わりに炎症を促す物質が増加します。
④免疫が自分の細胞を攻撃する
腸は全身の免疫機能の約70%が集まるといわれる臓器です。腸内細菌のバランスが崩れると免疫系が過剰に反応し、自分自身の神経細胞を誤って攻撃することがあります。脳の外で起こる炎症も、さまざまな経路で脳の炎症を悪化させる原因になります。
⑤脳の情報伝達が乱れる
腸内細菌はセロトニンだけでなくドーパミンやGABA(ガンマアミノ酪酸)、グルタミン酸、アセチルコリン、ヒスタミン、ノルアドレナリンなど、気分や記憶に関わる神経伝達物質の材料を産生します。腸内環境が悪化すると、これらの物質が不足し、記憶力や集中力などの認知機能を悪化させたり、気分を不安定にしたりする可能性があります。
=ゲッティ共通するのは「体の火事」
ここでお気づきの方もいると思いますが、多くの場合に共通するキーワードは「炎症」です。炎症とは、体を守るための防御反応。例えば、けがをした時に傷口が赤くなったり、腫れたり、熱を持ったりするのは、体が細菌や異物を追い出し、傷を治そうとしているからです。
=ゲッティ
ただし、炎症が長く続くと問題になります。体を守るはずの反応が続き過ぎて、血管や腸、脳の細胞などを傷つけることがあるのです。簡単に言うと、炎症は「体の火事」のようなもの。小さな火なら修復に役立ちますが、くすぶり続けると体にダメージを与えます。
炎症は認知症のリスク要因ですが、健康な人においても脳の働きに悪影響を及ぼします。新型コロナウイルスの後遺症として近年話題になっている「ブレーンフォグ(脳の霧)」にも炎症が関連しているのです。
腸内環境を乱すのは食事やストレスだけではない
腸内環境を悪化させる主な要因には、西洋型食事(高脂肪・高糖質・低食物繊維)やストレス、喫煙、過度のアルコール摂取、抗生物質など特定の薬剤の使用などがあります。
〇西洋型食事
西洋型食事とは、飽和脂肪酸、精製糖(砂糖、ブドウ糖など)、塩分が多く、食物繊維が少ない食事パターンです。飽和脂肪酸や精製糖自体が炎症のきっかけとなり、体重も増えやすくなります。肥満になることで老化につながる活性酸素が増え、抗炎症作用を持つ物質の生成が低下するといった問題も起こってきます。
〇ストレス
ストレスが続くと、体は緊張状態から抜け出せなくなります。脳はストレスホルモンを出し続け、神経も興奮したままになります。この状態は、腸にも直接影響し、腸にすむ細菌のバランスを乱します。
同時に腸の粘膜を刺激して炎症のきっかけを作り、細菌などを見張る免疫細胞を過剰に働かせます。ストレスは腸の壁を作る細胞にも影響し、セロトニンという物質が腸で過剰に作られるようになります。セロトニンは気分に関わることで知られていますが、腸の動きにも関係しています。
=ゲッティ
こうした変化が重なると、腸の壁を作る細胞同士の結びつきが緩みます。本来は通さないはずの細菌や物質が、隙間(すきま)から体の中に入り込みやすくなるのです。体はこれに反応して炎症を起こす物質を増やし、その物質が脳や神経を再び刺激します。つまり、ストレスが腸の不調を招き、その不調がまたストレス反応を強めるという悪循環が起きるのです。
〇喫煙
たばこの煙にはニコチンや一酸化炭素のほか、体に炎症や酸化ストレスを起こしやすいさまざまな化学物質が含まれています。これらの物質は腸にも影響し、腸内細菌のバランスを乱します。例えば、体に負担をかけやすい菌が増え、腸を守る働きのある善玉菌が減りやすくなることが報告されています。
たばこは認知症リスクにも関係する=東京都千代田区で2017年9月1日、中村琢磨撮影
また、喫煙は腸の粘膜を傷つけ、腸のバリアー機能を弱めることがあります。腸の壁が弱くなると、本来は体内に入りにくい細菌の成分や有害物質が入りやすくなり、全身の炎症につながる恐れがあるのです。
〇過度のアルコール摂取
アルコールの取り過ぎは腸の粘膜を傷つける
お酒を飲み過ぎると、腸の粘膜が傷つき、腸の壁のバリアー機能が弱くなります。その結果、本来は体内に入りにくい細菌の成分や有害物質が入りやすくなり、全身の炎症につながることがあります。また、腸内細菌のバランスも乱れ、腸を守る善玉菌が減り、体に負担をかける菌が増えやすくなります。
〇運動不足
体を動かす機会が少ないと、腸の動きが鈍くなり、便秘になりやすくなります。腸の動きが悪くなると、腸内細菌の種類も少なくなりがちで、腸を元気に保つ物質を作る菌も減ってしまいます。
〇睡眠不足と生活リズムの乱れ
腸内細菌も、私たちの体と同じように1日のリズムの影響を受けています。夜ふかしや不規則な生活、睡眠不足が続くと、このリズムが乱れ、腸内細菌のバランスも崩れやすくなります。
脳の健康を考えた腸活
では、脳の健康を維持するには、どのような腸活をすればいいのでしょうか。
〇野菜や豆、発酵食品を中心に、さまざまな食材を
認知症のリスクを下げることで有名な地中海食では、魚や野菜、豆類、オリーブオイル、ヨーグルトやチーズなど発酵食品をバランス良く食べます。食べる食品の種類が豊富だと、腸内細菌に多様性が生まれ、腸内環境が健康な状態に保たれます。
〇善玉菌を育てる食材を取る
サツマイモとキノコのヨーグルトサラダなら食物繊維が取りやすい=東京都港区で2018年5月29日、根岸基弘撮影
善玉菌のエサとなる食物繊維(野菜、果物、全粒穀物)や、腸内環境の改善に役立つポリフェノール(ブルーベリー、緑茶、赤ワインなど)を日常的に取ることで、善玉菌が増えやすい腸内環境に近づきます。
〇発酵食品を毎日食べる
キムチなどの発酵食品が腸活の味方に=東京都台東区で1999年、塩入正夫撮影
チーズ、納豆、キムチ、みそなどの発酵食品には、善玉菌が豊富に含まれます。発酵食品を直接、毎日の食事に取り入れることで腸内の善玉菌を補い、腸内環境を整えることで認知機能の改善が期待できます。ただし、塩分や糖分の取り過ぎにならないように気を付けてください。
〇砂糖やブドウ糖を控える
砂糖やブドウ糖などの精製糖を控えることで腸内細菌の多様性を維持し、腸管バリアー機能を健康に保つことができます。
〇間欠的ファスティング(絶食)
間欠的ファスティングとは、意図的に空腹の時間を設ける食事スタイルです。具体的には腸内細菌の多様化、有益な細菌の増加、短鎖脂肪酸の産生増加などの効果が報告されています。いろいろなやり方がありますが、私がお勧めしているのは夕食後から翌日の朝食まで12時間空ける方法です。ですが、どのくらい空腹に耐えられるかは人によってかなり差があるので、体調を悪化させない、無理のない範囲から空腹時間を確保するようにしてみるといいでしょう。
〇定期的な有酸素運動
ウオーキングなどの運動は腸活につながる=東京都渋谷区で2021年12月4日、西夏生撮影
腸内環境を改善するには、中強度の有酸素運動が最も効果的な運動です。ウオーキング、サイクリング、ヨガなどの中強度運動は腸内細菌の多様性を高め、有益な細菌を増加させます。腸内細菌叢の一貫した変化には最低2~3カ月の運動介入が必要と言われており、運動による腸内細菌バランスの改善効果は運動を中止すると数週間で失われるため、継続的に行うことが必要です。
〇睡眠時間と睡眠の質に気をつける
睡眠時間や睡眠の質の低下は、腸内細菌の多様性の低下と関連があることが報告されています。規則正しい生活リズムを心がけ、それでも「最近よく眠れていない」「寝ても疲れが取れない」といった悩みがある人は睡眠外来などに相談してみましょう。
〇ストレスの解消
慢性的な心理的ストレスは、小腸から分泌される抗菌物質「α(アルファ)―ディフェンシン」の産生を低下させることが動物実験で確認されています。ストレスへの対処も、腸活の大切な一歩です。
頑張り過ぎのサイン
ただ、腸活も頑張りすぎると、おなかが張る、おならが増えるなど、かえって体の不調につながることがあります。そのような場合は腸活をお休みしてみることも大切です。
今回は、腸内環境と認知症の意外なつながりを紹介しました。認知症は脳だけの問題ではありません。腸内細菌のバランスの乱れがアルツハイマー病の発症や進行と深く関わっており、腸内環境を健康に保つことが認知症になるリスクを下げることにつながります。
毎日の発酵食品、食物繊維の多い野菜、ポリフェノールを含む緑茶やベリー類を意識して取ることで腸内環境を整えることができます。腸内環境には個人差もありますので、食生活の改善を楽しみながら、必要に応じて医師や管理栄養士に相談しつつ腸活に取り組むことをお勧めします。
腸の調子と脳の健康は、私たちが思っている以上に深くつながっています。今から腸活に取り組むことが、認知症を遠ざける大事な一歩になるでしょう。
※本記事に掲載されている情報は、執筆・監修時点における医学的知見や公表された研究データに基づき、一般的な情報提供および啓発を目的として作成されたものです。特定の効果・効能を保証するものではありません。
実際の健康状態の評価、診断、および治療については、必ず医師などの専門医療機関にご相談ください。本記事の情報を基に読者の方が独自に行われた取り組みによって生じた健康上のトラブルや不利益について、当方(著者・監修者および運営元)は一切の責任を負いかねます。特に糖尿病や心疾患などの持病がある方は、食事法や運動を開始する前に必ず主治医にご相談ください。
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今野裕之
ブレインケアクリニック名誉院長
こんの・ひろゆき 2001年日本大医学部卒。15年順天堂大大学院修了。日大板橋病院などを経て現職。一般社団法人・日本ブレインケア認知症予防研究所所長。精神科専門医。近著に「ボケたくなければ『寝る前3時間は食べない』から始めよう」