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テレビなどでよく聞く「余命○カ月」という表現。私たちは信頼できる情報として受け止めていますが、実際はどのように導き出されているのでしょうか。医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザーを務める勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授が解説します(この記事は佐々木治一郎・北里大医学部付属新世紀医療開発センター教授がレビューしました)。
余命は当たらない
「あなたの余命は6カ月です」
がんと診断され、このように医師から言われた患者さんがいます。「がんで余命○カ月」という表現をよく耳にしますが、実際はどうなのでしょうか? 今回は、余命に関するさまざまな誤解について述べたいと思います。
「余命6カ月と言われたけど、1年も生きています」
「余命3カ月と言われたけど、半年過ぎても元気です」
こういった話を聞いたことがあるのではないでしょうか?
医師から言われた余命は間違っていることがよくあります。「余命」は正確なのでしょうか? 余命の正確性を医学的に検証した報告があります。
42の先行研究をまとめたシステマティックレビュー(信頼できる医学研究をまとめて評価した研究)によると、進行がん患者さんに対して医師が推測する余命は非常に不正確、という結果でした(1)。
医師が推測するがん患者さんの余命はほとんどが医師の経験によっています。「ならば非常に経験豊富な医師なら患者さんの余命をバッチリと当てられるのでは?」と思うかもしれません。
この研究では「患者さんの余命を正確に当てられる医師がいたかどうか?」まで詳しく解析しましたが、そのような医師はいませんでした。この研究には、我々が行った研究も含まれています(2)。国立がん研究センター中央病院で治療を受けている進行がん患者75人の予後を医師が事前に予測できたかを調べた研究です。実際の予後は、生存期間中央値(後述)で120日でしたが、これを正確に(前後33%の誤差範囲内)予測できたのは、36%でした(2)。28%の医師が予後を短く予測し、36%の医師が予後を長く予測していました。
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つまり、国立がん研究センターに勤務している専門医でもがん患者さんの余命を約6割以上が当てられなかったということを示しています。
私も30年間、腫瘍内科医をやっていますが、その経験をもってしても、余命予測は、まったく不可能だと思っています。
余命が3カ月くらいと思っていた患者さんでも、その後急激に悪化して、1カ月で亡くなることがあります。逆に、余命が3カ月くらいだろうと思っていたのに、抗がん剤をやめることでかなり元気になり、1年以上元気に過ごした患者さんもいます。抗がん剤がすごく効いて、何年も生存された方もいらっしゃいます。
このようにたとえ経験を積んだ医師でも、正確な余命予測は難しいのです。
生存期間中央値は余命ではない
がん患者さんの予後のデータの一つに「生存期間中央値」があります。「生存期間中央値」とは、100人のがん患者さんがいた場合に、最初から数えて50番目の患者さんが亡くなるまでの生存日数(期間)です。
図1 抗がん剤治療を受けた患者の生存曲線
例えば、図1は転移・再発乳がん患者さんを対象に、異なる抗がん剤治療を受けた場合の生存期間を比較した図です(3)。がん患者さんの生存曲線の多くは、このようになだらかな下降する曲線を描きます。共通する抗がん剤治療を受けた後に、エリブリンという抗がん剤治療を受けた群(グループ)と、主治医が選択した抗がん剤治療を受けた群に分けて、それぞれの曲線を見ると、エリブリン群の生存期間中央値は13.1カ月、主治医選択群の生存期間中央値は10.6カ月でした。
この13.1カ月を余命のごとく扱い、これから治療を受ける患者さんに対して、「あなたの余命は約13カ月です」と言う医師がいます。詳細なデータはありませんが、がん専門医でも中央値を「余命」として扱っている医師がかなりいると思います。中央値と平均値は、似たような値をとることが多いためと考えられますが、これは大きな間違いです。
「余命は13カ月」というと、今後、13カ月のうちに、ほとんどの人が亡くなってしまうと感じるでしょう。しかし実際は13カ月のうちに亡くなるのは、半分の人です。実際、図1を見ると、治療開始後、早期にも亡くなる人はいますし、治療開始後、2年以上生存されている方も約30%いることがわかります。がん患者さんの生存曲線のデータは、このように、かなりバラつき(一律でなくて、早く亡くなる方もいれば、長期に生存する方もいる)が大きいので、平均値では示さず、中央値で示すのです。
生存期間中央値を正確に言うと、「今後、13カ月のうちに半分の方が亡くなります」ですが、この言い方では「余命はどれくらいなのか?」はわかりません。そもそも上述したように、余命を正確に当てるのは、専門医でも難しいのです。
一方で、極めて短期的な余命予測であれば医学的に可能、という研究結果があります。PPI(Palliative Prognostic Index)と呼ばれる緩和ケアの専門領域で使用される予後予測ツールです(5)。がん患者さんの全身状態、経口摂取が可能かどうか、浮腫(むくみ)、呼吸困難、せん妄などの症状をスコア化したもので、点数が高いと3週間以内に死亡する確率を85%の精度(特異度)で予測できます。
つまり、全身状態が悪くなり、食べられなくなり、むくみも出てきて、呼吸困難や、周囲の状況がわからなくなり混乱に陥るような状況になっている患者さんの余命がいくばくもないということを示しているのですが、このような状況になれば、誰だって、長くはないと思われるのではないでしょうか。
余命予測が困難な理由とは?
余命予測が難しい理由は、進行がんであっても、ほとんどは亡くなる最後の数カ月前までは元気でいられるからです。図2は、疾病による亡くなるまでの全身状態の違いを示しています(4)。
図2 がんと慢性疾患を比較した、全身状態の変化のイメージ図
脳卒中や心不全などの慢性疾患の場合は、全身状態が徐々に悪化していきます。状態の悪化と回復を繰り返し、入退院をすることがありますが、図2のようになだらかに全身状態が悪化していきます。その期間は、何年もかかることがあります。
一方、がん患者さんの場合は、亡くなる少し前までかなり全身状態が良い状況が続きます。多発臓器転移があっても、とくに症状に表れないこともよくあります。また症状が出ても適切な対症療法で症状が抑えられます。しかし一旦症状が出ると、急激に悪化して亡くなります。その状態を、「坂道を転げ落ちるように」と表現することがあります。数日前までは元気だったのに、ここ数日間で、体力が急に落ちた、食欲がなくなってきた、歩くのもやっとになった、などと症状が進みます。すべての患者さんがこのパターンになるとまでは言えませんが、おおよそ、このような感じと考えてください。実際、私の患者さんで、亡くなる2週間前までテニスをされていた患者さんもいました。
緩和ケアの進歩と誤解
「余命」と並んで誤解されているのが緩和ケアです。多くの人は緩和ケア病棟・ホスピス病棟に対して、「ホスピス=死」「ホスピスに入院したら間もなく死んでしまう」というイメージを持っているのではないでしょうか。しかし最近の緩和ケア病棟の役割は大きく変わり、「がん患者さんのつらい症状に専門的に対処するところ」になっています。
現実に緩和ケア病棟の平均在院日数は年々減少しています。以前は、末期がんで入院すると、長く病院に入院をしていました。2000年には緩和ケア病棟での平均在院日数30日未満は8%でしたが、17年には51%に増えました。18年の診療報酬改定で、緩和ケア病棟への入院が30日以上になると診療報酬が減額されるようになった影響もあり、20年には67%まで増えました(6)。
緩和ケア病棟では、末期がん患者さんのケアももちろん行いますが、適切な緩和ケアを受けて症状が落ち着いたら、退院も可能です。つまり現代では「緩和ケア病棟に入ったら、すぐに死んでしまう」のではなく、「症状が落ち着いたら、退院もできる、できるだけ入院せず、在宅で過ごすことができる」ようになっているのです。
自宅で亡くなることができない日本
海外では、既に緩和ケア病棟・ホスピス病棟は「急性期緩和ケア病棟」と位置づけられ、症状が改善した時点で在宅医療に移行します。がん患者さんが終末期を迎える場所は在宅中心になっているのです。
これに対して、日本でがん患者さんが亡くなる場所は、約70%が病院です(7)(図3)。
図3
この事実は、一般人対象のアンケート(8)で、希望する死亡場所の49%が緩和ケア病棟、25%が病院、17%が自宅という結果と大きく乖離(かいり)しています。
多くのがん患者が病院で亡くなる理由は、緩和ケア病棟や在宅医療とうまく連携ができていないために治療を病院で最期まで受けてしまうからといった理由が考えられます。また予後予測の難しさも理由の一つでしょう。最期まで比較的全身状態が良いことが多いので、がん患者さん自身も「こんなに元気なのに、すぐに亡くなるとは思えない」「まだ元気だから、ホスピスなどは考えなくともよい」と考えてしまうのでしょう。
最善を期待し、最悪に備える
がんになり、現実に主治医から余命や緩和ケアについて説明されると、大変ショックを受けるでしょう。また先の見通しを考えることで不安も感じると思います。
がん患者さんを対象に「医師から伝えてほしい言葉」をアンケートしたところ、最も多かったのは「『余命○カ月』と断定的に伝えるのではなく、それが生存期間中央値という数値であり、その期間にはかなりの幅があり、確実性も低いことも伝えてほしい」という回答でした(9)。
私も医師は不確実な「余命告知」をすべきではないと思います。しかし日本の医療現場では、医師から断定的な「余命告知」のみを告げられ、多くの患者さんやご家族が傷ついているという現状が続いています(10)。そのような時の患者さんの心構えとして「最善を期待し、最悪に備える」という言葉を贈りたいと思います。これはアメリカのことわざ「Hope for the best but prepare for the worst」の訳です。前述のアンケート結果でも「最善を期待し、最悪に備えましょう」といった声かけに患者さんから高い好感が寄せられました。
もし、主治医から予後・余命を告げられた時や緩和ケアについて話された時は、むやみに恐れないでください。そのような場合、次のように考えてはいかがでしょうか。「自分がこの先どれだけ生きられるのかは、誰にも決められない。医師でもわからないし、医師に決められるものでもない」「がんは急に悪化することがあるかもしれないが、長く共存できるかもしれない」「がんの症状は、適切な緩和ケアを受ければつらい症状を抑えられる。終末期が近くなっても、最期まで元気でいられるし、苦しむことはない」「いずれがんの症状が悪化するかもしれないが、それまでは、あせらず、あわてず、あきらめず、自分らしく、自分ができることをやっていける」「最善を期待し、最悪に備えることが大切」
そのような気持ちでいれば、最期まであきらめずに、自分らしく過ごす方策が必ず見つかると思います。
参考文献:
1.White N, Reid F, Harris A, Harries P, Stone P. A Systematic Review of Predictions of Survival in Palliative Care: How Accurate Are Clinicians and Who Are the Experts? PloS one. 2016;11(8):e0161407.
2.Taniyama TK, Hashimoto K, Katsumata N, Hirakawa A, Yonemori K, Yunokawa M, et al. Can oncologists predict survival for patients with progressive disease after standard chemotherapies? Current oncology. 2014;21(2):84-90.
3.Cortes J, O'Shaughnessy J, Loesch D, Blum JL, Vahdat LT, Petrakova K, et al. Eribulin monotherapy versus treatment of physician's choice in patients with metastatic breast cancer (EMBRACE): a phase 3 open-label randomised study. Lancet. 2011;377(9769):914-23.
4.Lynn J. Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families: the role of hospice and other services. JAMA. 2001;285(7):925-32.
5.Morita T, Tsunoda J, Inoue S, Chihara S. The Palliative Prognostic Index: a scoring system for survival prediction of terminally ill cancer patients. Support Care Cancer. 1999;7(3):128-33.
6.宮下光令,他(公財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団. データでみる日本の緩和ケアの現状. ホスピス緩和ケア白書. 2013.
7.升川研人, 平山英幸, 宮下光令, (公財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団. データでみる日本の緩和ケアの現状. ホスピス緩和ケア白書. 2022.
8.(公財)日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団. 「ホスピス・緩和ケアに関する意識調査」報告書. 2012.
9.Mori M, Fujimori M, Ishiki H, Nishi T, Hamano J, Otani H, et al. Adding a Wider Range and "Hope for the Best, and Prepare for the Worst" Statement: Preferences of Patients with Cancer for Prognostic Communication. Oncologist. 2019;24(9):e943-e52.
10.Morita T, Akechi T, Ikenaga M, Kizawa Y, Kohara H, Mukaiyama T, et al. Communication about the ending of anticancer treatment and transition to palliative care. Ann Oncol. 2004;15(10):1551-7.
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。