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2008年に特定健康診査(特定健診)が始まり、腹囲測定が健診項目として広く行われるようになりました。「メタボ健診」という呼び方が定着していることもあり、腹囲測定は「太っているかどうかを判定する検査」と思われがちです。しかし、本来の目的は体形の評価ではなく、腹腔内に蓄積した内臓脂肪を推定し、そこから血圧、血糖、脂質など複数の異常が生じ始めている人を早い段階で見つけることです。
内臓脂肪を正確に測定するにはコンピューター断層撮影(CT)などの画像検査が必要です。しかし、毎年多くの人が受ける健康診断でCTの実施は現実的ではありません。そこで、簡便で体への負担もなく、内臓脂肪蓄積の目安となる腹囲が利用されています。では、なぜ体重だけではなくおなかまわりを測る必要があるのかを説明します。
脂肪は「あること」が悪いのではない
体に脂肪がつくのを毛嫌いする風潮があります。しかし脂肪は体にとって不要な存在ではありません。食事から摂取したエネルギーのうち、その場で使い切れなかった分を中性脂肪として蓄え、必要なときにエネルギーとして供給する重要な役割があります。さらに脂肪組織は、単なるエネルギーの貯蔵庫でもありません。食欲やエネルギー消費を調節するレプチンや、インスリンの働きを助け、血管を保護する方向に作用するアディポネクチンなど、さまざまな生理活性物質を分泌しています。つまり脂肪組織は、全身の代謝を調節する「内分泌臓器」でもあるのです。
問題は「脂肪があること」ではなく、余ったエネルギーを蓄え続け、脂肪細胞が過度に肥大することです。脂肪細胞が肥大すると、その周囲にマクロファージなどの免疫細胞が集まり、慢性的な炎症が生じます。脂肪組織から分泌される物質のバランスも変化し、インスリンが効きにくくなったり、血圧や脂質代謝に悪影響を及ぼしたりするようになります。
内臓脂肪はなぜ問題か
体脂肪は大きく皮下脂肪と内臓脂肪に分けられます。皮下脂肪は文字どおり皮膚の下の脂肪組織に蓄積する脂肪です。一方、内臓脂肪は腸間膜や大網(だいもう)など、腹腔内の臓器の周囲に蓄積します。内臓脂肪は皮下脂肪に比べ代謝が活発で、脂肪分解によって遊離脂肪酸を放出しやすい特徴があります。
また、重要なのが血液の流れです。内臓脂肪から流れ出した血液は門脈を通って肝臓へ向かいます。そのため、内臓脂肪から放出された遊離脂肪酸などは肝臓へ流れ込みやすくなります。その状態が続くと肝臓に脂肪が蓄積しやすくなるだけでなく、肝臓でインスリンが効きにくくなります。すると、本来インスリンによって抑えられている肝臓からのブドウ糖放出が十分に抑えられなくなり、血糖が上がりやすくなります。さらに、中性脂肪の合成も増加します。
こうして内臓脂肪が増えてくると、腹囲の増加→インスリン抵抗性→血糖上昇・中性脂肪上昇・血圧上昇・脂肪肝→動脈硬化という一連の変化が起こりやすくなります。その最初の引き金を引くのが内臓脂肪量なのです。
BMIだけではわからない「脂肪の中身」
肥満の判定にはBMI(体格指数、Body Mass Index)が広く使われています。BMIは身長と体重から簡単に計算できる優れた指標ですが、一つ弱点があります。体重の中身が筋肉なのか脂肪なのか、脂肪ならどこに蓄積しているのかまではわかりません。
そのため、BMIが25未満でも内臓脂肪が多く、血圧、血糖、脂質などにわずかな異常が重なっている人がいます。一方、BMIが25以上でも内臓脂肪がそれほど多くなく、代謝異常がほとんどみられない人もいます。
我々は04年から4年間、内臓脂肪面積が100㎠(腹囲男性85㎝、女性90㎝と推測できる)以上の兵庫県尼崎市職員の男女1260人を4年間追跡する、尼崎内臓脂肪研究を実施しました。この研究でも、BMIだけではなく、インピーダンス法で測定した内臓脂肪面積が100㎠以上であれば、動脈硬化の危険因子数が一つ以上集積することが確認できました。つまり腹囲には、BMIとは異なる視点から「どこに脂肪が蓄積している可能性があるか」を捉える意味があるのです。
=ゲッティ一つの異常ではなく「重なり」を見る
尼崎内臓脂肪研究では、働き盛り世代を長期間追跡する中で、健康診断の結果を1項目ずつ見るだけでは見えにくい変化に注目しました。
例えば、最初は体重や腹囲が増えるだけだった人が数年すると、中性脂肪の上昇が現れ、さらに血圧、血糖、肝機能などにも少しずつ異常が現れてくることを確認しました。反対に、腹囲や体重が減ると、それらの数値が一緒に改善する人もいます。
市職員(3174人)を対象とした研究では、内臓脂肪蓄積に着目した保健指導を行い3年間追跡した結果、男性のメタボリックシンドロームの割合は20.8%から14.4%に低下しました。開始時にメタボリックシンドロームだった人では、腹囲の減少とともに高血圧や高血糖など複数の動脈硬化の危険因子の改善も認められました。
もちろん、高血圧には加齢、食塩摂取、腎疾患、遺伝などさまざまな原因があります。糖尿病にもインスリン分泌能力や遺伝的背景などが関係し、すべてが内臓脂肪によって起こるわけではありません。しかし、「血圧も少し高い、中性脂肪も高い、血糖も少し上がってきた」など複数の異常が重なってきたとき、その共通の背景因子として内臓脂肪蓄積量を確認することには大きな意味があります。
「85cmを超えたら危険」ではない
日本では、男性85cm以上、女性90cm以上が内臓脂肪蓄積の目安として使われています。しかし84.9cmなら安全で85.1cmなら突然危険になるわけではありません。健康リスクは連続的に変化します。そのため大切なのは、基準値を超えたかどうかだけではなく、腹囲と血圧、血糖、HbA1c、中性脂肪、HDLコレステロール、肝機能などを組み合わせて見ることです。
さらに重要なのが「経時変化」です。例えば、体重はそれほど変わっていないのに3年間で腹囲が5cm増え、その頃から中性脂肪、HbA1c、ALTも少しずつ上昇している。このような変化があれば、内臓脂肪や肝脂肪が増え、代謝状態が変わり始めている可能性があります。
健康診断の大きな利点は、同じ検査を毎年繰り返すことです。今年の結果だけを見るのではなく、3年前、5年前の結果と並べてみてください。「腹囲が増え始めた時期と、ほかの検査値が悪化し始めた時期が重なっていないか」、こうした見方をすることで自分の体の変化がわかりやすくなり、また、基準値を超えた項目の背景にある生活習慣を探る糸口にもなります。
まず「今より少し減らす」=ゲッティ
では、腹囲周囲長が増えてきたら何をすればよいのでしょうか。内臓脂肪は、皮下脂肪に比べて代謝が活発で、生活習慣の改善によって減少しやすい脂肪でもあります。最初から大幅な減量を目指すことでかえってリバウンドしやすく体の反応を引き起こしてしまいますから、スモールステップでの減量目標を立てることが重要です。
まずは現在の体重の3%程度の減量を目標にしてみましょう。例えば、体重70kgなら約2kgです。わずかなように思えますが、この程度の減量でも血圧、血糖、中性脂肪などの改善が期待できることがわかっています。
ポイントは、短期間の急激なダイエットに取り組むことではなく、毎日の小さなエネルギーの余りをなくすことです。例えば、何気なく口にしているキャンディーをやめる、夕食後のお菓子をお茶に変える、ごはんの大盛りを普通盛りにする、など毎日無意識に行っている習慣の中で変えられるものがないかを点検してみましょう。ブドウ糖など糖分を含んだ飲料を水やお茶に替えるだけでも大きな効果が期待できます。また、トーストにバターを塗る代わりに、スライスチーズやハムに置き換える、コロッケや揚げ物を1週間で食べる回数を減らす、これだけでも摂取エネルギーは変わります。
そして、食事だけでなく身体活動を増やすことも重要です。運動する時間を新しく確保するのはなかなか大変です。そこで、通勤ルートをわざと遠回りにして歩く、トイレに行く際は階段を使って異なる階まで行くことを習慣にするなど、今の生活習慣にプラスワンできる部分を探しましょう。
もう一つお勧めしたいのが、体重や腹囲を継続的に自分で観察することです。腹囲は立った状態で力を抜き、通常の呼気が終わったところでへその高さを測ります。毎日測定する必要はありませんが、同じような時間に同じ条件で定期的に測れば変化を確認できます。しかし、自分で腹囲を測定しようとすると、背中側のメジャーがたわんでしまい、正確に測れないことがあります。そこで体重です。毎日寝る前と起床時の2回、ほぼ同じ条件で測定して記録しておきましょう。寝る前よりも起床時の体重は500g程度減少しているはずですが、日中に食事をするとそこから増加します。その際、「何を食べると、あるいは、どのような過ごし方をすると、いつも以上に体重が増えたか、何を変えると減りそうか」を推測すると、自分自身の生活習慣と体重との関係が見えてきます。
腹囲は肥満の有無を確認しているだけではありません。過剰な内臓脂肪の蓄積に加えて、もし高血圧、高血糖、脂質異常、脂肪肝などが集積している場合、脳血管疾患や心筋梗塞(こうそく)が隠れている可能性があります。次の健康診断では、今年の腹囲が基準値を超えたかどうかだけを見るのではなく、過去数年間の腹囲と体重、血液検査を横に並べてみていただきたいと思います。腹囲は、これから病気になる可能性を教えてくれるだけでなく、今ならまだ生活を変えることで将来の病気を防げることを教えてくれる数字です。これが、健康診断で腹囲を測る大きな意味です。
参考文献
1 Cross-sectional and longitudinal study of association between circulating thiobarbituric acid-reacting substance levels and clinicobiochemical parameters in 1,178 middle-aged Japanese men: the Amagasaki Visceral Fat Study.
2 Health education “hokenshido” program reduced metabolic syndrome in the Amagasaki visceral fat study. Three-year follow-up study of 3,174 Japanese employees.
3 Evaluation of public health nurse-led health counseling programs for the prevention of cardiovascular diseases in Amagasaki City, Japan.
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野口緑
医学博士
のぐち・みどり 1986年兵庫県尼崎市役所入庁。2000年から独自の保健指導で実績を上げ、「スーパー保健師」として注目される。20年退職。大阪大大学院招へい准教授をへて、26年3月まで同大学院特任准教授。医学博士。