|
|
「冷え性の人はがんになりやすい」
「温泉やサウナで体を温めれば、がんを治せる」
インターネット上では、このような話をよく見かけます。日本では昔から温泉や入浴が健康に良いと考えられてきたため、「体を温める」と「病気を治す」が結びつきやすいのかもしれません。今回は体温とがん予防・治療の関係について詳しく解説していきます。
推奨されるがん予防法に「体温を上げる」は含まれるか?
国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん予防法」では、日本人のがんリスクを減らすために、「たばこ」「お酒」「食生活」「身体活動」「体重」の五つの生活習慣に「がんに関係する感染への対応」を加えた「5+1」の対処法が示されています(※1)。これらの推奨項目に、「平熱を高くする」「温泉やサウナで体温を上げる」といった方法は含まれていません。
たばこは日本人のがんの発生に影響する=東京都千代田区で2017年9月1日、中村琢磨撮影
体温を上げることはがん予防につながるという信頼できる科学的根拠が得られていないからです。米国やヨーロッパのがん予防ガイドラインも同様で、明確な推奨事項としては出てきません。
温泉やサウナに入るとがんを予防できるのか?
サウナに入ることで、がんを予防できるのかを調べた研究があります。2019年に「European Journal of Cancer」という科学雑誌に発表されたフィンランドの研究です(※2)。この研究では、研究開始時にがんと診断されていなかった42~61歳の男性2173人について、普段サウナに入る回数の違いとがん発症割合の違いを平均24.3年間追跡して調べています。本研究の結果では、サウナに入る回数と、がん発症リスクには明確な関係が見られなかったと結論づけています。
25年には、40~59歳の日本人女性1万5927人を対象に、習慣的な入浴と乳がん発症との関係を25年にわたって追跡した研究も発表されています(※3)。この研究でも、頻繁な浴槽入浴によって乳がんリスクが低下するという明確な関連は認められませんでした。
習慣的な入浴と乳がん発症の関係を追跡調査した研究もある=栃木市で2020年10月26日、玉城達郎撮影
これらの研究結果に基づくと、頻繁に温泉やサウナに入ることが、がん発症リスクを下げられるという明確な証明はされなかったということになります。
もちろん温泉やサウナにはさまざまな健康寄与効果があることは言われていて、リラックスや気分転換などへの効果はあると思われます。ただ、がんを予防するというのはとても大きな変化が必要なことで、そこまでは関与できていないと言えるのかもしれません。
また、がん治療についても、予防と同様に、全身の体温を上げることで治療効果が高まることを示す十分な科学的根拠はありません。そのため、がん専門医が治療の一環として頻繁な温泉入浴を勧めることも一般的にはありません。
この連載では、がんがギャングのようにしぶとく、あくどいことを繰り返しお伝えしてきました。一般人(正常細胞)に紛れて身を潜めることしかり、警察(免疫細胞)に賄賂を渡して逮捕されないようにすることしかり。要は体を温めるくらいで退散するほど、がんはやわな相手ではないということです。
平熱が高いほど健康なのか?
平熱にはかなり個人差があります。人によっては、他の人より少し体温が高い場合も、その逆に低い場合もあります。では、体温が高い人と低い人で、その後の健康状態を比べると、寿命には違いが出るのでしょうか?
平熱と健康状態との関係を調べた研究としては、17年に医学誌「BMJ」に掲載されたものがあります。この研究では、感染症の診断を受けていない外来患者3万5488人について、合計24万3506回の体温測定記録を分析しました(※4)。年齢、測定時間、外気温、病気などの影響を統計的に調整した結果、推定された基準体温が0.149℃高いことが、その後1年以内の死亡率の上昇(8.4%)に関連していることが分かりました。
この結果は日本でのうわさとは逆であると言えます。平熱が高いことが健康的であるとは簡単に結論づけられないようです。
ただ、この結果の解釈は単純ではないところがあります。これは体温を上げてその変化を見たのではなく、あくまで人を観察した研究であるため、他の要因の影響が否定できないからです。特にもともと潜在的な病気や体の問題があって、それが体温を高くして、その後に病気が顕在化した可能性もあります。つまり体温が原因ではなく、病気が原因であった可能性があるのです。そのため、これだけをもって短絡的に結論を出すことはできませんが、一つの参考になるとは思います。
無理に体温を上げる必要はないサウナで体を温め、リラックス=福岡県豊前市で2025年7月14日、出来祥寿撮影
以上の結果を見ると、体温の上昇が、がんの予防や治療につながるという科学的根拠はあまりないということがお分かりいただけると思います。よって、無理やり体温を上げようと頻回に温泉やサウナに行く必要はあまりありません。また、ネットなどには「食事で体温を上げて免疫力を上昇させ、がんを防ぎましょう」とうたい、高額な健康食品などが売られています。しかし、それらの科学的根拠は乏しいですから、大事なお金を使ってしまう前に慎重に検討していただければ幸いです。
温泉やサウナに行って気分転換をしたり、体が冷えないよう暖かい格好をしたりすることはとても良いと思いますし、それを否定するわけではないのですが、がん治療に転じようとするのは、ちょっと極端だと言わざるを得ません。
手術、放射線治療、薬物療法などの治療を主役として、入浴や温かい飲み物などは、治療中の生活を支える脇役と考えるのが賢明だと思います。脇役は大切でも、主役と置き換われるものではないことは覚えておいてください。
がん患者さんが注意すべき「発熱」
体温上昇に関連して、がん患者さんに大切なことを一つお伝えします。それは、がん治療中に起こった発熱には注意をしてほしいということです。
特に、抗がん剤治療中で細菌感染などへの防御が弱まっている患者さんの場合、発熱は危険なサインであることが多いからです。もし、がん治療中に急な発熱があったら医師に相談をして、取るべき対応を聞きましょう。感染症にかかりやすくなっているため、健康な方以上に急ぎ対処する必要があります。「熱が上がると免疫も上がって良い」などとはとても言えない要注意の状態であることは頭の片隅に入れておいてください。
「体を温めること」=「がんの温熱療法」?ハイパーサーミアの装置=出雲市の島根大病院で2010年8月23日、細谷拓海撮影
一方で、がん治療の世界には確かに熱を利用するものもあります。一般に「温熱療法」や「ハイパーサーミア」と呼ばれており、聞いたことがある方もいるでしょう。
温熱療法では、マイクロ波、ラジオ波、超音波、加温した液体などを用いて、体の組織を医療的に加温します。小さな範囲を加温する局所温熱療法のほか臓器や体腔(たいくう)などを加温する領域温熱療法などの方法があって、主に腫瘍のみを強く加温するのが一般的です。
そもそも温熱療法は、がん細胞にダメージを与えたり、放射線治療や一部の薬物療法の効果を高めたりすることを目的として、多くの場合は他の治療と組み合わせて行われるものです。治療中は温度、時間、加温する範囲、周囲の正常組織への影響などを管理しなければならず、専門的な医療機器と知識が必要です。
すべてのがんに適した治療ではなく、効果はがんの種類、病状、加温方法、併用治療によって異なります。従って、専門医療機関で適応を判断した上で行う医療です。こうした温熱療法は、日常のお風呂やサウナなどで全身を温めるものとは異なることにご注意ください。
<参考文献>
1)国立がん研究センターがん情報サービス.「科学的根拠に基づくがん予防法」
2)Laukkanen JA,Mäkikallio TH,Khan H, Laukkanen T,Kauhanen J,Kunutsor SK. Finnish sauna bathing does not increase or decrease the risk of cancer in men:A prospective cohort study.European Journal of Cancer.2019;121:184–191.PMID:31590079.
3)Teraoka N,Muraki I,Iso H,Kawasaki R,Inoue M,Tsugane S,Sawada N,For The Japan Public Health Center-Based Prospective Jphc Study Groupa.The Association between Habitual Tub Bathing and Risk of Breast Cancer:The Japan Public Health Center-Based Prospective Study.Asian Pac J Cancer Prev. 2025;26(5):1615-1621.PMID:40439373.
4)Obermeyer Z,et al.Individual differences in normal body temperature:longitudinal big data analysis of patient records.BMJ. 2017;359:j5468.PMID:29237616.
毎日メディカルの無料メルマガの登録はこちら
大須賀覚
アラバマ大バーミングハム校助教授
おおすか・さとる 2003年筑波大医学専門学群卒。同大病院脳神経外科などで主に悪性脳腫瘍の治療に従事するが、患者さんと向き合う中で現行治療の限界に直面し、がん研究者に転向。共著に「最高のがん治療」など。