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統合失調症と双極症。その名を聞いたことがあるという人、少なくないのではないでしょうか。ところが、社会で病への理解が共有されているかというと、心もとない状況です。しかも、統合失調症が日本ではかつて「精神分裂病」と名付けられていた名残もあることなどから、根強い偏見も残ります。
登録者数が70万人を超えるYouTubeチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」を運営する精神科医、益田裕介さんは「ストレスや性格、育ち方だけでは説明がつかない」と指摘します。
「精神科臨床の王道を学べる疾患」と呼ばれる統合失調症と双極症。この二つの病を深く理解することは脳の働きを知ることと同義で、その先に社会全般や人生も見えてきます。偏見をなくすことにもつながるのです。
益田医師が渾身(こんしん)の力を込め、じっくりと解説します。
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この連載では「精神医学全般を取り扱う」と決めています。
これまでにうつ病▽発達障害▽パーソナリティー症▽PTSD、複雑性PTSD▽強迫症と依存症――と書いてきましたが、今回は統合失調症と双極症を取り上げます。
統合失調症と双極症は、医師の中ではしばしば「精神科臨床の『王道』を学べる疾患」と呼ばれます。ストレスや性格、育ち方だけでは説明がつかない、脳という臓器の変調が前面に出る病気だからです。
処方する薬の選び方で治療成績も大きく変わり、入院などの社会的資源の活用も重要ですし、かつ差別偏見にさらされすい(家族内で問題に発展しやすい)ことから、しっかり対応できるようになりさえすれば、他の疾患でもうまくやれるようになります。
こころの問題、といえども「気の持ちよう」ではどうにもならないことがあります。それを知ることは、疾患治療の役に立つだけでなく、社会全般や人生を知ることにもなります。
実は、この連載ですが、初回を起点としたシリーズとなっています。その6回目としてこの二つの病気を解説します。疾患そのものに関係しない人も知っておいてほしいことばかりです。ぜひ、学んでみてください。
ドーパミンと「刈り込み」~統合失調症とドーパミン仮説
統合失調症の代表的な症状である幻覚や妄想は、脳内の「ドパミン(ドーパミン)」という神経伝達物質に関する異常だと考えられています。簡単にいうと「ドパミンが過剰に放出されることで、幻覚妄想が出現する」ということです。
そもそもドパミンは、報酬学習や動機づけに関わる神経伝達物質として有名ですが、それだけでなく、ある刺激や考えを「重要で、注意を向けるべきもの」として際立たせる「サリエンス(顕著性)」にも関与しています。たとえば、雑踏の中で自分の名前を呼ばれると、思わずハッと気づくことがあります。これはサリエンスを直感的に理解できる一例です。
統合失調症を含む精神病状態の一部では、「中脳―線条体系」、特に「線条体」の「シナプス前ドパミン機能」が過剰あるいは不規則になることが示されています。その結果、すれ違った人のせき払いや隣人の生活音など、通常なら特別な意味をもたない出来事が妙に重要に感じられ、ときには「自分に関係している」と受け取られると考えます。これが「異常サリエンス仮説」です。
その異様な体験を理解しようとして、「監視されている」「誰かが自分に合図を送っている」といった説明が2次的に形成され、それが妄想へ発展するかもしれない――。これが、妄想が生まれるメカニズムを説明する仮説の一つです。
=ゲッティ
一方の幻聴はどうでしょうか。私たちは考え事をする際、頭の中で言葉を使っています。この「内なる声」が自分のものだと認識できなくなり、外から聞こえる他人の声として体験される。これが幻聴のメカニズムを説明する仮説の一つです。
抗精神病薬はドパミンの受容体をブロックする薬であり、過剰なドパミンが放出されても、受け取る側をブロックすることで、ドパミンの作用を減退させます。そのような薬が幻覚や妄想に効くという事実は、この仮説を支持する重要な証拠です。
ただし、ドパミンだけで全てを説明できるわけではないことが分かってきています。グルタミン酸系の関与や、「陰性症状(意欲や気力、関心の低下)」、認知機能障害などドパミン仮説だけでは説明できないことも多く、研究は今も続いています。
「プルーニング(シナプスの刈り込み)」の異常とは?
なぜ、ドパミン系が過活動になるのでしょうか。
近年注目されている有力な仮説の一つが、思春期の脳で起こる「シナプスの刈り込み(プルーニング)」の異常です。
幼児期の脳では、神経細胞同士のつなぎ目(シナプス)が作られ、思春期から成人期にかけて、使われないシナプスが刈り込まれていきます。庭木の剪定(せんてい)や渋滞を防ぐ交通計画と同じで、重要な回路は残し、あまり使われていない回路は落とすことで、結果的に情報伝達の効率が最適化されるのと同じです。
神経回路は使えば使うほど太くなるので、他の回路に流れるのを防ぎ、重要な回路を育てる方がよいのです。膨大な情報を扱うようになる脳の成長に不可欠なプロセスです。
統合失調症は、このプルーニングが起こる際のエラーのせいではないか、と考えられています。
2016年に、この刈り込みに関わる「補体C4」という免疫系の遺伝子が、統合失調症のリスクと関連することが報告されました(注1)。
その後、ヒトの「C4遺伝子」を導入したマウスを使って、この仮説が検証されました(注2)。「C4A」を過剰に発現させたマウスは、脳内の免疫細胞「ミクログリア」がシナプスを食べる量が増え、大脳皮質のシナプスの密度が下がり、行動にも変化が表れました。しかもその差が最も大きくなったのは、マウスの思春期にあたる時期でした。
それらを総合して考えてみると、「C4の働きが強い遺伝子型を持つ人は、思春期に刈り込みが過剰に進み、必要なシナプスまで削られてしまうのではないか」との仮説が立ちます。統合失調症の好発年齢が10代後半~20代で、ちょうど刈り込みが進む時期であることも説明がつきます。
ただ、C4を持たないマウスもシナプスの数は正常だったことから、C4は「刈り込みそのものを担う部品」というより、「増えすぎたときに刈り込みを暴走させる因子」だと考えられます。
遺伝子だけでなく、外部要因も発症に関与します。妊娠中の母体の感染症が子どもの統合失調症リスクを高めること(注3)▽小児期に入院を要するような重い感染症を経験した人でリスクが上がること(注4)▽虐待やいじめでもリスクが上がること(注5)――など、発症にまつわる外部要因の影響については、疫学研究で繰り返し示されています。
つまり、生まれ持った遺伝的素因の上に、感染症や虐待、いじめといった環境要因が積み重なり、思春期の脳の成熟プロセスが変調をきたして発症に至る、という素因と環境の相互作用です。
=ゲッティ
発達障害の回で「脳の配線の個性」の話をしましたが、統合失調症もまた、神経発達の病気という側面を持っています。本人の心がけの問題ではありませんし、単純に「親のせい」でもないのです。ただ、虐待やいじめがリスクを高めるという事実は、子どもを守ることが精神疾患の予防になるので、社会全体で共有されるべきことでしょう。
双極症も同じく、遺伝の関与が大きい病気です。一卵性双生児の一方が双極症の場合、もう一方も発症する確率は40〜70%程度とされ、精神疾患の中でもっとも遺伝性が高い部類に入ります。気分やエネルギー、睡眠のリズムをつかさどる脳のシステムが、周期的に大きく振れてしまう。これも「性格の問題」や「わがまま」ではなく、脳の調節システムの病気です。
「単一精神病論」とクレペリンの二分法
19世紀の精神医学では、多様な病名が乱立する一方、主にドイツ語圏で「精神疾患はもともと一つの病気で、進行の段階によって違う症状が出るだけだ」という「単一精神病論」が唱えられていました。うつも躁(そう)も幻覚妄想も、一つの病気の別の顔だと考えられていたのです。
フランスでは、精神医学者のフィリップ・ピネル(1745~1826年)やジャン・エチエンヌ・ドミニク・エスキロール(1772~1840年)以来の分類の伝統がありましたが、病気同士の境界線はまだ曖昧でした。
ドイツの精神医学教室の教授、エミール・クレペリン(1856~1926年)は、1899年の教科書第6版で、精神病を大きく二つに分けました。
若くして発症し、慢性に経過して人格の統合が失われていく「早発性痴呆」(後に統合失調症と呼ばれるもの)と、躁とうつを繰り返すものの回復する「躁うつ病」です。
クレペリンは従来の症状だけで分類するのではなく、経過と転帰を含めて記述し、分類し直しました。このようなクレペリンの態度は、現在のDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)やICD(国際疾病分類)という診断分類にまで受け継がれています。
ちなみに「早発性痴呆」という悲観的な名前は、1908年にスイスの精神科医、オイゲン・ブロイラー(1857~1939年)が提唱した「スキゾフレニア(Schizophrenie)」に置き換わっていきます。日本ではこれが「精神分裂病」と訳され、2002年に「統合失調症」へと呼び換えられました。病名の変更がスティグマとの闘いの歴史でもあることは、パーソナリティー症の回でお話しした通りです。
最新のゲノム研究で揺らぎ始めた二分法
しかし、最近の大規模な遺伝子解析では、統合失調症と双極症はかなりの数のリスク遺伝子を共有しており、特に「双極症I型(はっきりした躁状態がある型)」は統合失調症と遺伝的に近いことが示されています(注6)。実際の臨床でも、双極症の躁状態で幻覚や妄想が出ることは珍しくありませんし、統合失調症の症状と気分症状が同じくらいの重さで併存する「統合失調感情症」という中間的な診断もあります。
つまり、統合失調症と双極症は、くっきり分かれた別の病気というより、重なり合う連続体(スペクトラム)として捉え直されつつあります。発達障害の回で紹介した「スペクトラム概念」が、種類や質は違えど、ここでも重要な視点です。
結局、診断名は自然界にもともと存在する境界線ではなく、治療と予測のために人間が引いた実用的な線でしかないのです。そのことが、この二つの病気の関係にもよく表れています。
=ゲッティ
それゆえ、「病名にあまりこだわりすぎてもいけない」とまでは言いませんが、今の医学知識もどんどん変わっていくものだと捉えているほうがよいと思います。
統合失調症~その症状・経過と治療
統合失調症の症状は、大きく三つに分けられます。
「陽性症状」は、ドパミンが過剰に放出されている状態と関連していることが多く、幻聴(悪口や命令が聞こえる)、妄想(監視されている、狙われている)、思考のまとまりの障害などです。急性期に目立ちます。
「陰性症状」は、陽性症状の後に目立ってくることが多い、うつ病にも似た症状です。意欲の低下▽感情表現の乏しさ▽会話の減少▽ひきこもり――などがあり、抑うつ気分を伴うことも少なくありません。前頭前野におけるドパミン系の機能低下が関与すると考えられており、急性期を除く、普段の患者さんはこの症状で苦しむことが多いです。
認知機能障害は、記憶力や集中力、段取りを組む力の低下です。「怠けている」と誤解されやすいのですが、脳の情報処理の問題です。生涯有病率はおよそ100人に1人。決して珍しい病気ではありません。
病気の経過について紹介します。
まずは、前駆期。発症の数カ月~数年前に、不眠▽不安▽集中力の低下▽成績の低下▽ひきこもりがちになる――といった曖昧な変化が表れます。この段階では、周囲に「思春期の悩み」「うつっぽい」としか見られないことが多いです。
そして、急性期。幻覚や妄想といった陽性症状が前面に出て、混乱の嵐が吹き荒れる時期です。本人も家族も、ここで初めて医療につながることがほとんどです。
続く、消耗期(休息期)。嵐が去ったあと、今度はエネルギーが枯れ果てたように、「一日中眠い」「何もやる気が起きない」といった状態が続きます。家族はしばしば「幻聴は消えたのに、なぜ寝てばかりいるのか」「怠けているのではないか」と焦りますが、これは怠けではなく病気の経過です。脳が消耗戦を戦ったあとの回復期間であり、また陽性症状が引いたあとに陰性症状や認知機能障害が「前景化(全面に浮かび上がってくる)」してくる時期でもあります。ここで叱咤激励(しったげきれい)して無理をさせると、再発の引き金になります。
最後に、再発予防期。薬物療法を続けつつ、数カ月~年単位の回復期をかけて、少しずつ活動を広げていく時期です。
また、再発を繰り返すたびに回復に時間がかかるようになったり、社会機能が低下したりすることもこの病気の重要な特徴です。そのため、再発予防が治療の最重要課題になります。これについては後ほど詳しく紹介します。
薬物治療――効果と、副作用の話
治療の柱は抗精神病薬です。「ドパミンD2受容体」の過剰な信号を抑えることで、幻覚や妄想を鎮めます。現在は「第2世代」と呼ばれる薬が主流で、月に1回程度の注射で済む「持効性注射剤(LAI))という選択肢もあります。
標準的な薬で十分な効果が得られない場合には、「クロザピン」という「治療抵抗性統合失調症」に有効な薬もありますが、こちらは使用できる施設が限られています。
=ゲッティ
「第1世代」の薬で問題になった手の震えや体のこわばり(錐体=すいたい=外路症状)は、第2世代では起きにくくなりました。それでも代謝系の副作用は今日でも大きな課題です。
食欲が増して体重が増える、血糖値や中性脂肪が上がる、というものです。
とりわけ「オランザピン」や「クエチアピン」といった「MARTA(多元受容体作用抗精神病薬)」と呼ばれる薬の仲間は血糖上昇のリスクが高く、日本では糖尿病の患者さんには原則として使えません。精神科医も、薬を出すだけでなく、体重と血液検査を定期的にチェックし、食事や運動の指導をします。統合失調症の患者さんは平均寿命が一般より10〜20年短いというデータがあります(注7)。自殺のリスクだけでなく、心血管疾患や糖尿病などの身体疾患のせいでもあります。
入院という選択肢――日本の入院形態
統合失調症の急性期には、入院が必要になることもあります。日本での精神科入院には「精神保健福祉法」で定められた、主に三つの形態があります。
まず「任意入院」は、本人が同意して入院することです。
また「医療保護入院」は、病状悪化のため治療の必要性を理解できず、本人が入院に同意できない場合に実施されます。精神保健指定医の診察と、家族等の同意が必要です。治療の強制は本人の人権侵害にも密接に関わるので、精神保健指定医という資格をもった医師にしかできず、また入院した経緯や必要性も行政への報告が必須で、保存されます。
そして「措置入院」は、自分を傷つけたり他人に害を及ぼしたりするおそれがある場合に、都道府県知事(政令指定都市では市長)の権限で行われる入院です。入院の際には2人の精神保健指定医の診察および判断の一致が必要です。現場に呼ばれた警察官からの通報を端緒として、措置入院につながることが多いです。
架空症例:大学を休学した21歳の男性
Aさんは大学3年生の秋ごろから、周囲の視線が気になり始めました。「サークルのグループLINEで自分の悪口が書かれている、ネットで誹謗(ひぼう)中傷が出回っている」と感じ、次第に「サイバー攻撃を受けている」との確信に変わり、部屋のコンセントを全部抜いて生活するようになりました。
大学にも通えなくなり、心配した母親に連れられて受診。ネットに疎い母親はうつ病、発達障害を疑っていましたが、精神科医の丁寧な問診の中で幻覚妄想が明らかになり、診断につながりました。
薬を飲むだけで、症状がすぐに、そして完全になくなるわけではありません。反応性に個人差があります。この人は症状が軽くなりはしましたが、やはり時間の経過を待たなくては、幻覚妄想が完全に落ち着くことはありませんでした。病気を理解し、受容するのにも年単位の時間を要しました。また副作用の体重増加に対しても、一緒に悩み、解決していく必要があり、発症から数年たった今も、臨床家とともに頭を悩ませています。
双極症 ――その症状と治療
双極症は、気分が上がる「躁状態」と下がる「うつ状態」を繰り返す病気です。
躁状態では眠らなくても平気で、アイデアが次々湧き、気が大きくなります。本人は絶好調のつもりですが、このような万能感のせいで、高額な買い物▽無謀な事業▽性的逸脱▽暴言――などをしてしまい、社会的信用と人間関係を失ってしまうことがあります。
=ゲッティ
うつ状態は、意欲低下▽不安▽焦燥▽抑うつ気分▽希死念慮――といったうつ病のうつ状態と同様です。あまり知られていませんが、双極症の人が症状に苦しむ期間の大半は、実は躁よりもうつなのです。躁とうつを交互に繰り返すのではなく、躁→うつ→うつ、うつ→うつ→躁→うつ、のようにうつエピソードを繰り返すことが多いです。
うつ状態が長いため、うつ病と誤診されていることも多いです。「難治性のうつ病をみたら、双極症を疑え」は精神科医らの中では有名な金言ですが、僕もこの金言に何度も助けられました。特に、軽い躁状態は本人のみならず、家族や友人も見逃すことが多いため、丁寧な問診と診断を疑い続けることが重要です。うつ病と双極症は使う薬が違うため、薬の変更で症状がすっかり軽くなる人もいます。やはり正しい診断は何よりも大事だと思います。
はっきりした躁状態があるI型と、軽躁にとどまるII型があります。生涯有病率は両方合わせて1%前後です。
薬物治療についてご紹介します。
双極症の治療の柱は、気分安定薬です。代表は「リチウム」。躁にもうつにも、そして再発予防にも効き、自殺予防効果のエビデンスを持つ、精神科でもっとも歴史のある薬の一つです。
ただし有効な血中濃度と中毒域が近いため、定期的な採血が必要です。また長期使用では腎機能や甲状腺機能に影響が出ることがあるため、これらも定期的にチェックします。脱水や解熱鎮痛薬との飲み合わせで血中濃度が急に上がることがあるので、夏場の水分補給や市販薬の使い方まで含めて、注意が必要です。ほかにもMARTAを中心とした抗精神病薬が使われます。
抗うつ薬は病状をむしろ悪化させる可能性があります。双極症のうつ状態に抗うつ薬を単独で使うと、躁状態を誘発したり、気分の波を速めたりする恐れがあるため、原則として推奨されません。
架空症例:「絶好調」で会社を辞めた34歳の女性
Bさんは20代でうつ病と診断され、抗うつ薬で治療を受けていました。
しかし、なかなか良くならず、気分の波も本人は自覚していましたが、生理やライフイベントの重なりもあり、「そんなものだ」と半ば諦めていました。
ところが34歳の春、いつになく調子が上がり、「私はついに分かってしまった!」と会社と通院治療をやめてしまいます。貯金でエステサロン開業の契約を結び、深夜まで友人に長文のメッセージを送り続けました。半年後、電池が切れたように動けなくなり、自殺未遂の現場を家族に発見され、引きずられるように病院を受診しました。
その場で、診断を「双極症I型」に変更し、リチウムの投薬を始めました。病状が落ち着いたBさんが一番つらかったのは、躁のときの自分の行動を思い出すことでした。家族が借金を肩代わりしたことにも後悔の念が膨らみ続けます。「あれは病気の症状であって、仕方がなかったんだよ」と本人や家族に伝え続け、周囲の誤解も解けるように、何年も説明を繰り返しました。
カウンセリングをする上でのポイント
この二つの病気は、他の精神疾患より特に、薬物治療が重要です。しかし、当然、薬だけで済む病気でもありません。診察室での対話、つまり広い意味でのカウンセリングで私が大事にしているポイントをお話しします。
引きこもりの人を支援するNPOが開設した拠点。サロン的な雰囲気のコミュニティールーム=兵庫県朝来市で2021年、松田学撮影
「受け入れることの難しさ、薬を飲み続けることの難しさ」
統合失調症は、妄想なども手伝い、病気の症状そのものが「自分は病気ではない」という認識を作ることがあります。病状が重いほど、幻聴もよりリアルになり、症状を疑えなくなります。
双極症は、躁状態が本人にとってうつの症状や過去の失敗を忘れることができる期間で、手放したくない思いにとらわれることもあります。こちらも病状が重くなるほど、自身の症状や異常を疑えなくなります。
両者とも、10代、20代という人生の「入り口」で発症することが多いです。そのため、「長期にわたって薬を飲み続ける」という事実をまだまだ受け入れ難いです。昔の薬ほどではないにしろ、新しい世代の薬にも副作用があるため、「薬をやめたい」という気持ちは自然でしょう。
「仕方がない」と受け入れるには知識とともに、感情的葛藤を味わう体験や年月も必要です。かつて、米国の精神科医、キューブラー・ロス(1926~2004年)は死の受容までに5段階あると唱え、否認(そんなはずはないと思うこと、受け入れないこと)▽怒り(治療者およびさまざまなものへの怒り、なぜ自分だけがという悲しみが変換されたもの)▽取引(神との取引。これまでの人生を反省し、善行を積むので、この運命を変えてほしいと願うこと)▽抑うつ(自身の運命を悲しむ気持ち、周囲や将来への心配事に支配される)▽受容――などがあると臨床的観察から指摘しました。現代では、この5段階は順不同に、時に揺り戻しも起きながら、進んでいくことが知られています。
このような5段階は、病気を受容する際にも起こるでしょう。表面的には「どんな病気で、どんな治療が必要か?」など、病気のメカニズムを説明したり、さまざまな心理教育を続けたりしますが、何より大事なのは、患者や家族らの心の中で起こる、感情的葛藤の「旅」を一緒に伴走すること(それらの感情的反応を自然なものだと受け入れ、否定することなく、味わうための心理的安全性を提供し続けること)です。
認知面だけでなく、行動面へのアプローチも重要です。特に、この二つの病気は、どちらも睡眠不足と過労が再発の引き金になりやすいため、生活リズムを自力で整えるようになることは大事です。特に双極症では、徹夜が躁状態のスイッチを押すことがあるくらい、睡眠は重要です。
そこで僕がよく勧めるのは、24時間タイプの手帳に活動記録をつけることです。
活動記録をつけることで、実際の生活が可視化され、どんなパターンやリズムをとっているのか、どんな時に乱れやすいのか、が明確化します。
明らかになった課題を一つずつ、解決し、潰していくことで、乱れにくい生活パターンを手に入れることができるのです。 このように活動記録をとることで、治療者とも情報共有がしやすくなり、問題解決のスピードが向上します。逆に、このような活動記録がないと、いくら治療者が丁寧な問診を心がけても、生活の実情は不明瞭なままで、問題解決に至るスピードも遅くなってしまいます。
目指すべきは「ひきこもりエンジョイ勢」
統合失調症や双極症の患者さんの中には、症状や認知機能障害のため、フルタイムで働くことが難しい人もいます。それは本人の努力不足ではなく、病気の重さゆえに仕方がないことです。病状の重さには個人差がありますが、全員が働けるまでに回復するわけではありません。
「第1回から今回まで、読み直してみてください。精神医学を一望できると思います」。益田裕介医師はそう話す=本人提供
目の前にいる患者さんが働けるまで回復するのか、僕ら医師でもわかりません。症状や経過だけで判断できるものでもなく、環境や本人の考え方や価値観が前向きなら、どこまでも回復する、というわけではないです。精神疾患も身体疾患同様、遺伝子レベルで決定づけられている要素もあるため、本人や医学的な努力だけでは決まらないのです。
子供や老人以外で、金銭的な報酬を得て働いていない人、働けない人は、意外と多くいます。日本でも15〜64歳の就業率は8割ほどで、残りの2割は働いていません(注8)。もちろんこの中には学生や専業主婦・主夫も含まれます。欧米の調査でも、おおむね似たようなものでした。
こうした中、病気を抱えている人で、この「2割」から逃れることはとても難しいです。ましてや、昨今の物価高や労働市場の変化などを考えると、そのハードルはますます高くなるように思いますし、何より患者さん当人たちこそ、このハードルを高く感じ、理解しているようにも思います。そういう中で「働けない自分が悪い」と自責したり、家族や周囲の人から責められたり、恥ずかしく思われているのが臨床の現状です。
現実問題として、働けないことで苦労する場面は多く、働くことでしか得られないつながりや信頼、満足感があることを知っています。しかし、働きたくても働けない人らがいるのも事実であり、病気の人らが働くことを目下の目標にしてしまうと、最初からつまずいてしまうことが多く、治療がうまくいきません。
金銭的な報酬がなくても、大事な仕事はたくさんあります。家事や市民として政治参加すること(そのために学ぶこと)、ボランティア、病気の家族の看護や介護など。動画配信やオンラインゲームなどもあり、お金がかかりにくい娯楽も多数あります。趣味などを通じて友達を作るのも、ネットを使えば、以前よりも容易にできるようになりました。
私は本人や家族に向けて「働けない今を楽しみ、幸せを感じられるようになる」ことを治療目標にしています。そこに到達した後、働けるのか、やはり働けないのかを検討すれば良いのです。
これまでの6回を振り返って
これまでの6回を通じて、精神疾患全般をおおよそ一望できたように思います。
振り返ると、第1回はうつ病▽第2回は発達障害▽第3回はパーソナリティー症▽第4回はPTSDと複雑性PTSD▽第5回は強迫症と依存症、そして今回が統合失調症と双極症でした。
この順番は、読者のみなさんの関心が高いであろう順です。まずは王道のうつ病から始め、話題の発達障害へ、という流れで組みました。
半年間、お読みいただきありがとうございました。また途中から読み始めた人は第1回から読み直してみてください。そうすると、精神医学を一望できると思います。
これからも連載は続きます。
また次回お会いしましょう。
【参考文献】
注1:Sekar A, Bialas AR, de Rivera H, Davis A, Hammond TR, Kamitaki N, et al.; Schizophrenia Working Group of the Psychiatric Genomics Consortium. Schizophrenia risk from complex variation of complement component 4. Nature. 2016;530(7589):177-183. doi:10.1038/nature16549
注2:Yilmaz M, Yalcin E, Presumey J, Aw E, Ma M, Whelan CW, et al. Overexpression of schizophrenia susceptibility factor human complement C4A promotes excessive synaptic loss and behavioral changes in mice. Nat Neurosci. 2021;24(2):214-224. doi:10.1038/s41593-020-00763-8
注3:Brown AS, Derkits EJ. Prenatal infection and schizophrenia: a review of epidemiologic and translational studies. Am J Psychiatry. 2010;167(3):261-280. doi:10.1176/appi.ajp.2009.09030361
注4:Nielsen PR, Benros ME, Mortensen PB. Hospital contacts with infection and risk of schizophrenia: a population-based cohort study with linkage of Danish national registers. Schizophr Bull. 2014;40(6):1526-1532. doi:10.1093/schbul/sbt200
注5:Vassos E, Sham P, Kempton M, Trotta A, Stilo SA, Gayer-Anderson C, et al. The Maudsley environmental risk score for psychosis. Psychol Med. 2020;50(13):2213-2220. doi:10.1017/S0033291719002319
注6:Stahl EA, Breen G, Forstner AJ, McQuillin A, Ripke S, Trubetskoy V, et al.; Bipolar Disorder Working Group of the Psychiatric Genomics Consortium. Genome-wide association study identifies 30 loci associated with bipolar disorder. Nat Genet. 2019;51(5):793-803. doi:10.1038/s41588-019-0397-8
注7:Hennekens CH, Hennekens AR, Hollar D, Casey DE. Schizophrenia and increased risks of cardiovascular disease. Am Heart J. 2005;150(6):1115-1121. doi:10.1016/j.ahj.2005.02.007
注8:総務省統計局. 労働力調査(基本集計)2025年(令和7年)平均結果.
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益田裕介
早稲田メンタルクリニック院長
ますだ・ゆうすけ 1984年生まれ。防衛医大卒。自衛隊勤務を経て2018年に早稲田メンタルクリニックを開業。開設するユーチューブチャンネル「精神科医がこころの病気を解説するCh」は登録者数70万人を超えている