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前回は、今秋から定期接種に組み入れられるはずだったインフルエンザの高用量ワクチンの発売が突然延期された、という話をしました。今回は、最近米国で承認された「mRNA型インフルエンザワクチン」の話をし、改めて日米のインフルエンザワクチンの比較をしてみたいと思います。
mRNA型ワクチンは新型コロナウイルス(以下「コロナ」)の対策で初めて登場したまったく新しいタイプのワクチンです。従来のワクチンに比べて迅速に製造することができるのが最大の特徴だと言えます。他方、歴史が新しいこともあり安全性について疑問の声が生じています。コロナワクチンの被害者の声が小さくないことからもそれは明らかでしょう。米国でも同様で、mRNA型インフルエンザワクチンが承認されるまでには複雑な政治的駆け引きもありました。インフルエンザの話に入る前に、コロナも含めたこれまでのmRNA型ワクチンのタイムラインを簡単に振り返っておきましょう。
ワクチン懐疑論で揺れる米国
コロナワクチンが登場した2021年春、これまでにないまったく新しいタイプのワクチンだったのにもかかわらず、ほぼすべての公衆衛生学者や感染症専門医らはこぞってmRNA型ワクチンを絶賛し、疑問を呈する声はほとんど上がらず、意見を言おうものなら直ちにバッシングを浴びることになりました(私のコラム「新型コロナ ワクチン接種はよく考えて」〈※1〉が公開されたときも大量の苦情メールが届きました)。ワクチンを絶賛する声が大多数だったのは米国も同じで、トランプ大統領は「modern-day miracle(現代の奇跡)」とまで呼びました(20年12月のホワイトハウスの文書〈※2〉にも記録されています)。
他方、米国にはコロナワクチンに反対する主要な人物もいました。第2次トランプ政権で重要なポジションについたロバート・F・ケネディ・ジュニア厚生長官(以下「ケネディJr.」)です。ケネディJr.は反ワクチン団体の「Children’s Health Defense」の創設者であり、長年にわたりワクチンを批判してきました。コロナワクチンのことは「deadliest vaccine ever made(史上最も危険なワクチン)」(※3)とまで呼び、同ワクチンを市場から撤回するよう米食品医薬品局(FDA)に請願しました。
ケネディ米厚生長官=首都ワシントンで2024年5月24日、西田進一郎撮影
第2次トランプ政権でケネディJr.は厚生長官に任命され、ワクチン政策の指揮をとることになりました。ワクチンに関してケネディJr.が実行したのは「mRNA型ワクチンプロジェクト」の事実上の打ち切りでした。これにより、さまざまな病原体への実用化が期待されていたmRNA型ワクチンの開発が頓挫することになり、インフルエンザもそのあおりを受けました。モデルナ社が開発したmRNA型インフルエンザワクチンはFDAに審査を拒否されました。
インフルワクチン審査へも影響
モデルナ社の大規模臨床試験では結果はおおむね良好でしたから、FDAが審査を拒否したのは極めて異例です。この決定を下したのはケネディJr.自身ではなく、当時FDAのワクチン部門責任者を務めていたVinay Prasad氏です。Prasad氏は、製薬会社やFDAに対して鋭い批判を浴びせる学者として有名で、ケネディJr.の支持者とも言われています。Prasad氏がモデルナ社のmRNA型ワクチンの審査を拒否した理由は「臨床試験に信ぴょう性がないから」というものです。モデルナ社は自社製品の有用性を示すために、グラクソ・スミスクライン社(GSK社)のワクチンと比較していました。GSK社のワクチンはレベルの高いワクチン(best in class)とはみなされておらず、そんなワクチンと比較しても有用性は示せない、というのがPrasad氏の理屈(※4)です。
ところが、Prasad氏のこの審査拒否の決定に対して医療界から強い批判が相次ぎます。そこで、FDA長官(当時)のMarty Makary氏は方針を転換し、FDAはモデルナ社の申請に対する審査を開始しました。2026年8月5日、FDAはモデルナ社のmRNA型ワクチンを50歳から64歳を対象に承認しました。さらに65歳以上に対しては「accelerated approval」をおこないました。「accelerated approval」とは、分かりやすくいえば「とりあえず仮の承認をしてあげるけれど、追跡調査が必要。そこで合格すれば正式承認してあげる」という感じの準承認のようなものです。実際には、今秋から「50歳以上であれば誰でも使用できる」となります。今秋にはmRNA型インフルエンザワクチンが米国の医療現場に登場します。商品名は「mFLUSIVA」です。
従来型よりも有効、副作用は……モデルナ社製の新型コロナウイルスワクチン=仙台市宮城野区で2021年5月24日午後4時、和田大典撮影
ここからは有効性と安全性についてみていきましょう。モデルナ社が実施した臨床試験(※5)の一つは、50歳以上(中央値64歳、最高97歳)の4万703人を対象としたものでした。2万350人がモデルナ製ワクチンを接種、2万353人が比較対照となるワクチン(従来の標準用量の不活化ワクチンで、上述したGSK社製)を接種しました。接種後半年以内(正確には中央値約6カ月の追跡)にインフルエンザに感染したのは、モデルナ製ワクチン接種者では411人だったのに対し、比較対照ワクチン接種者では557人でした。これは、従来型に対するmRNA型の相対的な有効率が約27%で悪くない数値です。
次に安全性をみてみましょう。この臨床試験では、mRNA型ワクチンを接種したグループは従来型のグループよりも多くの副反応が報告されています。接種部位の痛みを訴えたのは65.8%と3分の2近く、疲労感は45.1%、頭痛は37.8%でいずれも従来型ワクチンよりも2倍から3倍多くなっています。他の臨床試験の結果も合わせると、全死亡はmRNA型ワクチンが102人、比較対照ワクチンは97人で、いずれも0.3%でした。そのうち最も気になるのは「原因不明の死亡」の偏りで、mRNA型23人に対し比較対照は9人と、明らかな「差」があります。
選択肢広がる米国
前回も述べたように、日本では急きょ発売が延期された高用量インフルエンザワクチンの適応は「定期接種は75歳以上。60歳から64歳は任意接種で可能。59歳以下はNG」になると言われていました(ただし、この話は正式には発表されていないと思います)。発売延期とされましたから、結局、日本では今秋も従来型のインフルエンザワクチンしか接種できません。
では、米国ではどのようになるのでしょうか。それをまとめるには、さらにあと二つのインフルエンザワクチンの説明が必要になります。米国には「従来型ワクチンのパワーアップ版」として、高用量ワクチン、mRNA型ワクチン以外に、「アジュバント添加型ワクチン」(※6)と「組み換えワクチン」(※7)があります。
高用量ワクチン、アジュバント添加型ワクチン、組み換えワクチンの3者の優劣についてははっきりしたことが分かっていませんが、従来型ワクチンよりも有効性が高いことが期待されています(ただし、コンセンサスがあるとまでは言えません)。
以上をまとめると、米国では今秋から使用可能なインフルエンザワクチンは次の6種類となります。
#1 従来型:生後6カ月以上
#2 フルミスト(点鼻型):2歳から49歳
#3 高用量ワクチン:65歳以上
#4 アジュバント添加型ワクチン:65歳以上
#5 組み換えワクチン:9歳以上
#6 mRNA型ワクチン:50歳以上
日本では……
一方、日本では今秋も昨年と変わらず次の通りです。
#1 従来型:生後6カ月以上
#2 フルミスト(点鼻型):2歳から18歳
mRNA型ワクチンは日本でも懐疑論が広がり、ワクチンを製造する製薬会社の社員が匿名でワクチンの危険性を告発する書籍を出版し、立憲民主党(当時)の政治家がmRNA型ワクチンの一種を手がける製薬会社を「731部隊」になぞらえる発言をし、同社がこの発言を名誉毀損(きそん)だとして訴えています。このような社会事象があるわけですから、mRNA型ワクチンを推奨する人たちは安全性に対して国民にきちんと説明すべきです。
=ゲッティ
今秋のインフルエンザ対策をどのようにすべきかについては、まず各自の年齢や持病を前提とし、背景や行動範囲などから感染リスクを考慮して個別に検討するのがいいでしょう。今回は取り上げませんでしたが、インフルエンザには暴露後予防(PEP)という方法もあります。そのあたりも含めてかかりつけ医にご相談ください。
※1 新型コロナ ワクチン接種はよく考えて
※2 Remarks by President Trump at the Operation Warp Speed Vaccine Summit
※3 The COVID-19 vaccine is the “deadliest vaccine ever made.”
※4 F.D.A. Approves Moderna’s mRNA Flu Vaccine
※5 FDA Briefing Document: Influenza Vaccine, mRNA (Proposed Trade Name: mFlusiva)
※6 Adjuvanted Flu Vaccine
※7 Recombinant Influenza (Flu) Vaccine
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1991年関西学院大社会学部卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでのボランティアなどを経て、07年クリニック開設。大阪公立大非常勤講師。プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。