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2026年8月17日、タレントの大竹まことさん(77)が文化放送のラジオ番組に約2週間ぶりに復帰し、前立腺がんの手術を公表されました。7時間に及ぶロボット支援手術で前立腺を摘出したこと、いまも尿漏れが続き、おむつが手放せないことまで明かした上で、こう語ったと報じられています(注1)。
「僕の最初の目的は頻尿を治したかったんだよ。この手術で、もう尿がだだ漏れなんだよ。最初の目的と違うんじゃないか、治ってねえじゃん」
冗談交じりの明るい口ぶりの一方で、「俺と同じ症状をお持ちの方も、もしかしたらこのラジオを聞いてくれているのかな」と、リスナーと一緒に回復していきたいという思いも語られたそうです。がんを公表し発信を続けた故・山田五郎さんの姿に触れ、公表を決めたとも報じられました。
腫瘍内科医として現場で日々がん患者さんと向き合う立場から言うと、この「治ってねえじゃん」という一言には、前立腺がん医療の急所が三つ詰まっています。なぜ手術は「大成功」なのに尿が漏れるのか。漏れはこの先どうなるのか。そして、この「治療とひきかえの後遺症」を小さくする道はないのか――。
先にお断りしておきます。この記事の目的は恐怖をあおることではなく、大竹さんご本人の経過を予想したり助言したりするものでもありません。むしろ、書いた理由はその逆です。手術直後の著名人が語る「だだ漏れ」は、この後何カ月もかけて進む回復の道のりの、一番手前を切り取ったスナップショットにすぎません。その一言だけが独り歩きして、「前立腺がんの手術なんかするものではない」という誤解が広がってしまうことを、腫瘍内科医として一番心配しています。
だからこそ、回復の全体像と後遺症を小さくする選択肢をここで整理しておきます。
沈黙のまま進む「奥の部屋」のがん
前立腺はクルミほどの大きさで、ぼうこうの出口で尿道を取り囲んでいます。頻尿などの症状を起こしやすい前立腺肥大症が尿道沿い、いわば廊下に面した部屋で起こるのに対し、がんの多くは尿道から離れた外側、奥の部屋にできます。だから初期には症状がほとんど出ません。
前立腺がんは23年に全国で10万2094人が診断された、男性で最も多いがんです(注2)。それなのに気づかれにくい。「最も多く、最も静かに来るがん」であることを覚えておいてください。なお肥大症とがんは別物ですが、同居はあり得るので、「肥大症だから安心」とは言い切れません。
一方、肥大症やがんが尿道を圧迫すると、出し切れず残った尿の分だけぼうこうがすぐ満杯になり、頻尿が起こります。さらに進めば尿が出せなくなる尿閉(にょうへい)や、腎臓への逆流で腎機能を損なう事態さえ起こります。頻尿を「年のせい」で片づけず受診した大竹さんの行動は、その意味で正解でした。
前立腺の模型=ゲッティ「自動の蛇口」も一緒に失われる
大竹さんが受けたというロボット支援手術は、骨盤の一番深い場所にある前立腺を、三次元カメラと自在に曲がる鉗子(かんし)で精密に摘出する方法です。出血を減らし、排尿や勃起に関わる神経を残すのに有利とされ、医療保険で受けられます。
それでも避けられない変化があります。尿道を自動で締めている内尿道括約筋(ないにょうどうかつやくきん)が、前立腺と一体のため一緒に取り除かれることです。残るのは自分の意思で締める外側の括約筋だけ。自動の蛇口を失い、手動の蛇口一つで暮らし始める――。これが術後の尿漏れの正体で、執刀の失敗ではなく、手術の構造上避けがたい後遺症なのです。
手術直後はむしろ、縫い合わせた尿道のつなぎ目がむくんで尿が出なくなり、一時的に管を入れ直すこともあります。むくみが引くと今度は漏れが始まります。「出ない」と「漏れる」が続けて起こるのも、多くの方がたどる経過です。
尿漏れの今後
管を抜いた直後から尿漏れパッドが要らない人は1割もいません。しかし数カ月から1、2年かけて回復が進み、95〜97%の方がパッドなしの生活に戻るとする報告があります(注3)。尿漏れの多くは「一生の後遺症」ではなく、「回復していく途中の症状」なのです。
術後まもない著名人の発言が伝えているのは、この回復曲線の出発点であって、到達点ではありません。
回復を後押しするのが骨盤底筋トレーニングです。肛門と尿道のあたりを内側に引き上げるように締めて5〜10秒キープし、ゆっくり緩める。10回を1セットとして1日3セット。息を止めず、おなかやお尻に力を入れないのがコツです。1日のパッドの枚数をメモすると回復の傾きが見え、診察でも役立ちます。
それでも重い尿漏れが残った場合には、人工尿道括約筋(AUS)という保険適用の「最後のとりで」があります。尿道に締め具を巻き、陰囊(いんのう)の皮下のポンプで開閉する、いわば体の中に小さな水門を築く手術で、術後6カ月で91%の尿漏れが改善したとする報告もあります(注4)。長引く尿漏れは、あきらめる前に専門施設への紹介を主治医に相談してみてください。
前立腺がん治療で保険適用されているロボット支援手術。執刀医は操縦席に座り、3D画像を見ながら手元のコントローラーでロボットアームを遠隔操作する(記事の手術とは関係ありません)=高松市朝日町の香川県立中央病院で見守りも立派な治療
ここまで読んで、「そんな後遺症があるなら治療を受けたくない」と感じた方もいるでしょう。その気持ちは当然です。しかし、ここに大きな落とし穴があります。
ここでの鍵が「たちの良い前立腺がん」と「たちの悪い前立腺がん」を見分けることです。前立腺がんはひとくくりにできません。一生悪さをしないまま寿命を全うする、たちの良いがんが確かにある一方で、骨へ転移して命を脅かす、たちの悪いがんもあります。
前立腺特異抗原(PSA、前立腺から分泌されるたんぱく質で、がんの判定に利用される)の推移、MRI(磁気共鳴画像化装置)検査、そして生検(針で組織を採る検査)で調べる悪性度の通知表・グリソンスコア(がん細胞の顔つきの点数)で、まずたちが良いか悪いかを見極める。手術をするかどうかは、その見極めの先の話です。
しかも、このたちは最初から決まっているとは限らず、診断時にはたちが良く見えても、時間とともに顔つきを変えることがあります。だからこそ、一度見分けて終わりにせず、続けて見守ることそのものに、治療としての意味が生まれるのです。
医学の言葉では、「様子を見る」と「放置」は全くの別物です。たちが良いと見極められたがんでは、3〜6カ月ごとのPSA検査と定期的なMRIで見守り続け、進行の兆しが出たときにだけ治療へ切り替える監視療法が標準の選択肢です。私はこれを「見守り治療」と呼んでいます。
見守ることも、立派な治療なのです。
根拠もあります。英国の比較試験(ProtecT)は早期の前立腺がんの方を「監視」「手術」「放射線」の3グループにくじ引きで分けて15年間追跡しました。その結果、どのグループでも前立腺がんによる死亡は約3%かそれ以下で差がありませんでした(注5)。転移は監視グループでやや多かったので「厳格に見守る」ことが条件ですが、急いで蛇口を失わなくても、命の結果は変わらなかったのです。
逆に、たちの悪いがんと見極められたときには、手術や放射線でしっかり根治を狙う価値があります。後遺症は工夫と時間で小さくできますが、進行してしまったがんは巻き戻せないからです。
一方で放置は見守りのない先送りにすぎません。前立腺がんは進行すると骨に転移しやすく、痛みや骨折、神経の圧迫で生活が大きく損なわれます。夜も続く腰や背中の痛みで目が覚めるときは、ただの腰痛と決めつけず受診してください。遠隔転移があると5年相対生存率は5〜6割に下がります(注6)。全体では95.7%という、主ながんで最も高い生存率(注2)も、転移の前に見つかってこその数字なのです。
それでも、仮に転移した後でも打つ手は増え続けています。転移巣だけを狙い撃つ放射性の薬(PSMA標的治療)や、がんの遺伝子の弱点を突く飲み薬(PARP阻害薬)など、選択肢はこの10年で大きく広がりました。「転移=終わり」では、まったくありません。
検診は「ハザードマップ」で受ける
では、どう見つけるか。欧州8カ国、約16万人を中央値23年追跡した世界最大の検証試験の最終報告が25年に発表され、PSA検診に招待された群では前立腺がん死亡が13%少なく、1人の死亡を防ぐために検診に招く人数は456人と、16年間追跡の628人から大きく改善していました(注7)。検診の利益は、時間とともに育つのです。
ただし、高齢になるほど、寿命に影響しない「潜在がん」まで拾う過剰診断が増えるのも事実です。そこで日本泌尿器科学会の25年版検診ガイドラインは、利益と不利益の説明を受けた上で本人の意向に沿って受けることを条件に、50歳以上の男性へのPSA検診の実施を提案しています(注8)。家族歴は罹患(りかん)リスクを2.5〜5.6倍に高めるため、父親や兄弟に前立腺がんがいる方は、人間ドックなどでの40歳代からの受診が望ましいとされます。生涯では、日本の男性の9人に1人が前立腺がんと診断されます。
PSA検診は国の推奨する「対策型検診」には含まれていません。しかし日本泌尿器科学会は「エビデンスにおいては『組織型(対策型・住民検診)として実施されるべき優れた検診システム』と評価」しています(注8)。実質的には日本の大半の自治体で、住民検診として活用されています。
PSAの癖も知っておきましょう。良性の前立腺肥大症や炎症で上昇しますが、自転車のサドルの刺激でも上がるため、「高い=がん」とは言えません。
ラジオで前立腺がん手術を公表した大竹まことさん=東京都港区で2026年4月30日、仲間礼撮影
逆にAGA(男性型脱毛症)の治療薬を服用していると、PSA値は半分ぐらい下がることがわかっており、問診時に正直に申告しないと見逃す盲点は意外と知られていません。
もしグレーゾーンならまずMRIで絞り込み、必要な人にだけ針生検へ進む流れが主流です。
費用面でも数千円の血液検査で済みます。転移後に年単位で続く高額の薬物療法と比べれば、体とお金の負担が桁違いです。
洪水対策で全戸に同じ堤防を築くのではなく、ハザードマップで危険な場所に重点的に備えるように、検診も自分のリスクの地図に合わせて濃淡をつける。「リスク別検診」という呼び名も考えましたが、備えの地図という意味を取って、私はこれを「ハザードマップ検診」と名付けました。家族歴という自分の地図を確かめることが、その第一歩です。
「治ってねえじゃん」を「治しやすいうちに」へ
大竹さんの率直な発信は、手術の後遺症という、語られにくかった現実を明るい場所に引き出してくれました。同じ悩みを持つ大勢の方が「自分だけではない」と知ったはずです。
がん防災は「予防する」だけの話ではなく、早く見つける備え、なってからの工夫、今日を生きる知恵までを含めた、人生の防災訓練です。
その上で、これから備える側の私たちにできることがあります。前立腺がんは、最も多く、最も静かに来て、しかし転移の前なら最も治しやすいがんの一つです。地震や台風に備えるように、2人に1人が経験するがんにも日ごろの備えが欠かせない――それが「がん防災」の考え方です。
家族歴を確かめる。50歳を過ぎたら、人間ドックの項目にあるPSAという血液検査を一度思い出す。見つかっても慌てず、たちの良いがんかどうかの見極めと、「見守り治療」という選択肢を主治医に尋ねる。迷ったら、全国のがん診療連携拠点病院にある「がん相談支援センター」が、その病院の患者でなくても無料で、電話でも相談に乗ってくれます。
恐れず、しかし侮らず。それが、あなた自身と大切な人を守る最大のがん防災です。
注1 大竹まこと 前立腺がんを公表「前立腺を摘出しました」「7時間の手術」 冠ラジオに約2週間ぶりに復帰
注2 国立がん研究センター「がん統計」
注3 日本泌尿器科学会編「前立腺癌診療ガイドライン」
注4 European Urology 2013;63:681-689(人工尿道括約筋の系統的レビュー)
注5 Fifteen-Year Outcomes after Monitoring, Surgery, or Radiotherapy for Prostate Cancer
注6 国立がん研究センター 院内がん登録生存率集計(病期別5年相対生存率)
注7 European Study of Prostate Cancer Screening - 23-Year Follow-up
注8 日本泌尿器科学会編「前立腺がん検診ガイドライン2025年版」医学図書出版、2025年(推奨文・家族歴2.5〜5.6倍・生涯罹患リスク9人に1人)
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押川勝太郎
宮崎善仁会病院非常勤医師
おしかわ・しょうたろう 1995年宮崎大医学部卒。国立がんセンター東病院を経て、宮崎善仁会病院非常勤医師。専門は抗がん剤治療と緩和療法。YouTubeでがん防災チャンネルを開設している。