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新しい治療薬の登場で、認知症も「早期発見」の重要性がうたわれていますが、認知症で難しいのが認知機能テストです。元気な大人に「今の季節は?」などと簡単な質問をするので自尊心を傷つけることもあり、検査する側や家族にも心理的な抵抗が生じます。私が代表を務める研究グループは2016年に世界で初めて、こうしたテストをしなくても認知症の有無を判定できるCANDyという検査を作成しました。近年、生成AIの普及などを背景に、国内外から問い合わせや使用したいとの依頼が増えています。
日常会話の特徴15項目に注目し判定
日常会話式認知機能評価CANDy(Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction)は、認知機能テストをしない認知症のスクリーニング(判定)検査です1)。この検査は、認知症の人に見られる日常会話の特徴15種類に注目しながら自由に会話をしてもらい、その特徴の出現頻度から認知症の有無を評価します。
例えば、「会話中に同じことを繰り返してくる」という特徴は、「記憶」の神経認知領域に障害が疑われると判定され、「質問に答えられず、ごまかしたり、はぐらかしたりする」という特徴は「取り繕い」と判定されます。15項目全体の合計点は30点満点で、得点が高いほど認知機能の低下が認められるということになります。
6点以上を陽性(認知症の疑いあり)とした場合、認知症の種類を限定しない場合では感度80.0%、特異度94.5%(注1)、アルツハイマー型認知症では感度86.2%、特異度94.5%となり、極めて精度の高いことがわかりました。また、対象者をよく知る人であれば、実際に被験者本人と会話をしなくても、これまで会話したときの印象をもとに採点しても非常に精度が高いこともわかりました。また、MMSE(ミニメンタルステート検査、Mini-Mental State Examination)との相関係数も有意な負の相関が認められました(MMSEは得点が低い方が認知症の疑いが高い)。
神経心理学的検査としての認知症テスト
医療関係者の方はよくご存じと思いますが、認知症を疑われた場合に受診すると、最初に普段の状況を尋ねられた後に、簡単なテストに答えてほしいと言われます。多くの場合、「改訂長谷川式簡易知能評価スケール:HDS-R」またはMMSEの認知機能テストを受けることになります。
MMSEの場合、「今の季節は何ですか?」「ここは何県ですか?」「物品の名前を3個覚える」「100から7を順に引く」「(時計を見せながら)これは何ですか?」などの30点満点の検査を受けて、23点以下だと認知症の可能性があると判定されます。改訂長谷川式も類似した知能テストです。
神経心理学的検査とよばれるこうした認知機能テストは、いわゆる知能検査で、より詳細な認知機能を判定しようとして策定されたものです。判定精度は高く、これらのテストで認知症の疑いありと判定された人は、その後にMRI(磁気共鳴画像化装置)などの画像検査を受けて脳内の神経細胞の萎縮を判定したり、アルツハイマー病の疑いのある場合は脳脊髄(せきずい)液を採取したりして、アミロイドベータたんぱく質とタウたんぱく質の量が測定されます。最近では、血液検査による判定法も開発されています。これらの神経診断の結果と神経心理学的検査の結果を総合的に判断すると、既に脳内で起きている認知症による神経の異常といわば行動上に表れる神経心理学的検査の相関は極めて高いことが示されていて、精度の高さが保証されています。
知能が試されるテストが引き起こす害
しかし、神経心理学的検査、つまり認知機能テストは、「認知症の疑いがある」という程度の健常に近い人に実施されるため、正答率の高い人も多く、「今の季節を答えてください」とか「野菜の名前を三つあげてください」といった簡単な内容のテストのため、テストを受けることに抵抗を感じる人も多くいるようです。
私の知り合いの神経内科医は、「今日も患者さんに怒られちゃった!」とよく言います。つまり、MMSEを実施すると、「なぜそんな簡単なことをきくんだ。ばかにするのもいいかげんにしろ!」と叱られてしまい、その後の検査ができないことがしばしばあるというのです。
運転免許証更新時の認知機能検査の様子=福岡市西区姪の浜1で2019年5月15日午前9時47分、一宮俊介撮影
また、認知症のグループホームや特別養護老人ホームでは、身体状況の把握は定期的に実施して家族に報告しているのですが、進行する疾患である認知症の検査を行って客観的に認知症の進行度を把握している施設は極めて少ないのが現状です。その理由は、MMSEなどの認知機能テストを施設の利用者に対して行うことを職員が嫌がるからだそうです。
つまり、認知機能テストは、受ける方もする方も、知能の程度を調べることに抵抗があるのです。
知能検査は、元来、20世紀初頭に学校での集団授業を受けることが難しい知的障害の有無を判定するためにフランスの心理学者ビネーが作成したのが始まりでした。現在認知症のスクリーニングに用いられているテストは「成人期以降に知能低下が持続して、日常生活の自立が難しくなる認知症」を判定するために作成されていますが、それまで成人として、特段の障害を意識することもなく人生を送ってきた、健常に近い人がこうしたテストを受けるとなると、「知能が試される」ことで自尊心が傷ついてしまうのです。
「日常会話式」に各国の研究者から称賛=ゲッティ
そこで私たちは、認知機能テストを行わないで認知症を判定する方法を検討しました。これまでにも、家族などが言動から認知症の有無の可能性を報告するテストは何種類も作成されていましたが、認知症の本人との直接のやり取りによる判断ではないため、判定者の想像や偏った見方が入り交じってしまう危険性があります。そこで私たちは、認知症の疑いのある人との会話の内容から認知症の有無を推定する方法を2年間にわたって、医師、心理師、介護士といった専門家による調査を実施しました。完成した検査を「日常会話式認知機能評価」と名付けて翌2017年に和文論文2)と英文論文3)を発表し、その英訳の頭文字をとってCANDyと呼んでいます(なお、最後のyは小文字です)。
CANDyを18年にシカゴで開催されたアルツハイマー病協会国際会議で発表すると、まず、イギリスで長年にわたって認知症の人の会話を研究しているグループの人たちが来ました。私たちが発表しているポスターの所に来て、会話による認知症検査を自分たちが先に思いつかなかったことを悔しそうに話していきました。次いで、中東のカタールの精神科医がやってきて、「自分の国は、今はとても裕福になったが、高齢者の多くが学校教育をうけていないのでMMSEのようなテストはできなかった。CANDyなら判定できるのでとてもありがたい」と言ってくださいました。その他にも多くの研究者や実践家が私たちのポスターを訪れてくれて、「よくぞ思いついたな!」という感じで、話をしていきました。
「金融商品の契約時に」 生成AI普及も拍車
このように学会でとても評判が良かったCANDyですが、ホームページ(注2)を開設して日英両国語で掲載し、誰でも自由に使用してほしいと記載しているにもかかわらず、日本では「アエラ」という雑誌と「日経産業新聞」で紹介された程度で、問い合わせすらありません。
しかし、少し諦めかけていた2019年に経団連から、翌年には金融庁から問い合わせを受けます。金融商品を高齢者に販売する際の説明が理解しにくかったせいなのか、売買成立後にご家族から「契約した老親に認知症の兆候があるので解約したい」という依頼がとても増えているというのです。
事前に高齢者の認知機能をチェックするための方法が欲しい、ただし、医療機関の受診が必要な認知機能テストは(気分を害されて契約につながらないため)できない、ということのようです。CANDyのホームページを見た、会話から認知機能の低下を推定できるなら使用したい、と同じ内容の依頼でした。
CANDyの詳しい説明をするとともに、彼らが抱いている認知症に対するイメージのゆがみを訂正してきました。15項目すべてを使用している時間は無いというので、項目ごとに判定される神経領域について説明し(項目「話が続かない」であれば、「会話に対する注意持続力の障害」)、その中で金融商品の契約に必要と考えられる項目を使用すれば良いとのアドバイスをしました。しかし、その後どのように使用しているか等の報告を受けていないので、実際のところはわかりません。
そして、22年ごろから生成AIが普及し始めると、国内だけでなく、海外からもCANDyを搭載したAIプログラム作成希望の依頼メールが何通も突然届き始めました。これには驚きましたが、生成AIと会話の相性が良いらしいことを示され、発表から10年、ようやくCANDyが日の目を見そうなところに来ています。
=ゲッティ 会話から遠ざけられていた認知症の人の孤独解消に
その間にも、介護施設からCANDyを使用したいという依頼は続きました。特に新人や研修生が初めて認知症の人と話をする機会があり、その時にCANDyを使用したいという依頼も多かったので、CANDyを使用する際の会話マニュアルも作りました。ホームページに会話マニュアルもアップすると、新人の神経内科医のグループからも、認知症の人とどのような話をしたらよいか迷っていたが、CANDyのマニュアルを利用して、会話がスムーズに運ぶようになったとのお礼を言われたことをとてもうれしく感じました。
そして、それをきっかけに、認知症の人と介護者の会話がどの程度、どのような内容で行われているかを調べてみると、介護者は家族でも専門家でも、認知症の人とはほとんど会話らしい会話をしておらず、介護の指示程度しか話をしていないことが判明しました。認知症が進み、大声を上げたり、問題行動をしたりする認知症の人は介護者が対応しますが、おとなしくしている認知症の人はほとんど放っておかれているのです。そのような認知症の人の多くはうつむいています。認知症の人の孤独に気づきました。それ以来、認知症の人の孤独解消にCANDyを使用してもらうことを推奨しています4)。
注1 感度とは、病気がある人を「陽性」と正しく見抜く割合。検査の正確さを示す。特異度は健康な人を誤って「陽性(病気あり)」と判定しない度合いを示す
注2 CANDy(日常会話式認知機能評価)公式ホームページ
参考文献
1.研究最終報告書「日常会話形式による認知症スクリーニング法の開発と医療介護連携」日本生命財団研究助成報告書
2.大庭輝・佐藤眞一・数井裕光ほか(2017). 日常会話式認知機能評価(Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction; CANDy)の開発と信頼性・妥当性の検討.老年精神医学雑誌, 28, 379-388.
3. Oba H, Sato S, Kazui H, et al. (2017). Conversational assessment of cognitive dysfunction among residents living in long-term care facilities. International Psychogeriatrics. doi:10.1017/S1041610217001740
4.佐藤眞一(2018)「認知症の人の心の中はどうなっているのか?」 光文社新書
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佐藤眞一
大阪大名誉教授、大阪府社会福祉事業団特別顧問
さとう・しんいち 1956年生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士後期課程満期退学。医学博士。東京都老人総合研究所研究員、マックスプランク人口学研究所上級客員研究員、明治学院大教授、大阪大大学院教授などを経て現職。