成人の年齢は2022年から18歳になります。一方で、少年法の対象年齢を18歳未満に引き下げるべきかどうかは、今も議論が続いています。法制審議会の諮問から2年が経ちましたが、意見は対立しています。
18歳と19歳を少年法の対象から外すことの課題と、今後必要な議論は何かを考えます。


【少年法と引き下げ賛否】
少年法は20歳未満を対象に、事件などを起こした少年への特別の手続きを定めた法律です。ちょうど2年前、国の法制審議会は、この少年法を18歳未満に引き下げるべきかどうかを諮問し、裁判所、検察庁、弁護士、そして研究者などが検討を続けています。


「凶悪な少年事件が後を絶たない」という声、あるいは「民法の成年年齢の引き下げと統一すべき」という意見もあります。一方で、「少年事件は10年前の3分の1に減っている」ことや、「現在の制度はうまくいっており、変える必要はない」という意見もあります。
【単純な引き下げは治安悪化に】
では、20歳未満と18歳未満でどう異なるのでしょうか。


現在の一例です。少年は基本的にすべて家庭裁判所へ送られます。家裁は事件の原因などを調べたうえで、少年審判で、少年院送致などを決定します。これに対して、大人は検察庁に送られ、起訴されると刑事裁判を受け、実刑ならば刑務所で服役します。これだけを見ると、似た流れに見えます。


仮に少年法の対象年齢が引き下げられた場合、18歳と19歳は大人と同じ扱いとなります。事件によっては厳しい刑が言い渡されることになるでしょう。
ただし全員が起訴されるのではありません。軽い事件を中心に全体の6割余りが起訴猶予や不起訴です。そうなれば、裁判を受けることなく手続きが終わります。


刑法犯とされた18歳と19歳は、平成29年で7800人。つまり、もし今のまま、単純に年齢が引き下げられれば、毎年数千人の若者が起訴されず、処罰を受けず20日あまりで社会へ戻ってくる計算です。
これに対し、現在は家庭裁判所の調査官や少年鑑別所が事件の原因や背景を詳しく調査します。大人なら起訴されない軽い事件でも、本人や家庭に問題があると判断されれば、少年院などに送られます。最終的に不処分・不開始などの結論だったとしても、親への指導や学校との連携など、様々な教育的な措置があります。
「少年法は甘やかしだ」「事件の責任を取らせるべき」という意見をよく聞きます。しかしこれを見ると、単純な年齢の引き下げでは、事件の責任を取ることがないまま、手続きが終わってしまうことも多いでしょう。
これでは治安はむしろ悪化する恐れがあります。
【「若年者の新たな処分」とは】
そこで今、浮上している案が「若年者への新たな処分」と呼ばれるものです。


具体的な内容は今まさに賛否を含めて議論が行われていますが、大まかにいえば、少年法の対象年齢を引き下げ、18歳と19歳はいったん検察に送ったうえで必要な事件は起訴する一方、起訴しない者を社会にはそのまま戻すのではなく、家庭裁判所に送るなどの「特別な仕組み」を作るというものです。
これだと確かに、重大な事件は大人と同じになる一方、起訴しない者には違う取り組みが可能になり、評価する声もあります。
しかし、実はこれも、いくつもの課題が指摘されています。


1つは「ぐ犯」の扱いです。「ぐ犯」とは、将来犯罪を起こす恐れがあることを意味し、少年は補導や保護の対象になります。例えば、コンビニエンスストアの近くに少年たちが常にたむろし、近くの人たちを威嚇して怖い思いをさせていたとします。専門家によると、悪質な場合これも「ぐ犯」の疑いで補導することなどが可能です。家出中だった場合などさらに事情がある場合は、少年院へ送ることもあるということです。しかし少年法から外れると「ぐ犯」は対象になりません。
罰金も課題です。大人と同じ扱いになれば、罰金刑も増えるでしょう。しかし、罰金は金を払って終わり。事実上保護者が負担することも多いはずです。教育的な指導もなく親に払わせ、これで本当に反省が深まるのか、疑問の声もあります。
専門家からはこの「若年者の新たな処分」でも、結局若者への処遇は現在より後退するという指摘が出されています。
加えて、大人と同じ扱いになったはずなのに、若者だけ、大人には課されない不利益な処分が加えられることはおかしい、という意見もあります。
【家裁先議の維持も検討は】
このように詳しく見ていくと、まず検察に送る仕組み、つまり「検察官先議」だと、どうしてもこぼれ落ちるケースが出てくることが分かります。


少年法の対象年齢を引き下げるか維持するか。いずれであっても、まずは家庭裁判所に送る現在の「家裁先議」の仕組みを、できるかぎり維持することも検討できるのではないでしょうか。そうすれば家裁で原因や背景の調査を行い、教育的な措置も取りやすくなります。
もちろん、若者だからと無条件に刑を軽くするだけでは、国民の理解は得られません。事件によっては検察に送る対象をさらに厳格化するなど、重大な事件の扱いは厳しくすることも検討できるでしょう。
一方で「法律を統一するためなら、若者への処遇が後退するのもやむを得ない」という意見はどうでしょうか。これではまるで「法律のためなら治安の悪化も仕方ない」と言っているかのように受け止められかねません。それこそ国民の理解は、到底得られないでしょう。
【司法の戦後の役割は】
法制審議会の議論で、もう1つ、疑問に感じることがあります。検討メンバーに加わっている最高裁側から、ここまで賛否や制度設計への意見が出ず、多くの場面で沈黙が続いているということです。
少年法の引き下げは戦後、繰り返し議論となってきました。学生運動が活発だった昭和40年代には今と同じように法制審議会で検討されました。当時は7年に及ぶ議論の結果、18歳未満への引き下げは見送られました。
かつて昭和45年、当時の法制審で諮問があったその日に、東京家庭裁判所の所長だった宇田川潤四郎が、裁判官たちと作った引き下げ反対の決議文が残されています。当時の現物を入手しました。
決議にはこう書かれています。「18、19歳の少年といえば、まだ心身の発達の調和を遂げるに至らず、精神は多分に不安定であり、社会性は未熟であるのに、初めて社会に独り歩きを始めたところである」(一部を抜粋)。そして、家裁の少年審判こそ犯罪防止に役立っていると強く主張しています。




家庭裁判所は今年で創設70年です。仮に、少年法の対象年齢が単純に引き下げられれば、18歳と19歳は70年の歴史で初めて、家裁の手を離れることになります。当事者である裁判所は、口を閉ざしたままでいいのでしょうか。
これは少年法の問題にとどまらず、司法が戦後果たしてきた役割をどう評価するかが問われている側面もあるのだと思います。
【実態を踏まえた議論を】
重大な犯罪に対しては、厳しい刑罰が必要になることもあるでしょう。また被害者や遺族への一層の支援も必要です。
加えて、今回は民法の成年年齢が18歳になる中で検討するため、難しい課題をいくつも抱えたままの議論になっています。ただ、この問題は形式論に終始すべきではなく、若者の犯罪を減らし、安全な社会を作るため、どうすることが一番適切かを検討すべきでしょう。
あくまでも実態を踏まえ、社会を良くすることへとつなげることが、今後の議論でも求められているのではないでしょうか。
(清永 聡 解説委員)