新型コロナのワクチン接種が始まる
2021年2月18日、新型コロナのワクチンが日本各地に到着し、医療従事者を対象に接種が始まった。これである程度の感染防止が期待されるようになった。先行接種は医療従事者の感染リスクが高いからであるが、まずは医療従事者から接種を始めてワクチンの安全性を確かめる調査のためでもある。
厚生労働省のホームページによると、先行的に接種を受ける医療従事者1~2万人程度を対象に、接種後一定期間(約1か月)に起こった症状・疾病に関する調査を行い、接種部位の腫れ・痛み、発熱、頭痛など、様々な副反応の頻度など調べて、安全性の評価をする段取りになっている。
英米では2020年12月からワクチン接種が始まったので、日本は遅いと思われるかもしれない。これは、新しく開発されたワクチンを日本国内で使うには法律に基づいた手続きとして小規模ながら臨床試験が必要だったためで、海外で使われているといっても日本人でも安全性と有効性が確保できるか、慎重に確認が行われたからである。たとえ緊急時とはいえ、こうした確認をおろそかにすべきではなく、必要な時間だったといえる。
予防接種は、ワクチンのリスク(危険性)とベネフィット(利益)を勘案して、接種するかしないかを判断することが基本である。新型コロナワクチン接種のリスクとしては、長期的な効能や副作用について十分に知られていないことなどが挙げられる。ベネフィットとしては、新型コロナにかかりづらくなることや、後遺症に苦しまなくても済むことなどが挙げられる。後遺症については、時間の経過とともにさまざまなことがわかってきた。本稿では、後遺症について現在明らかになっていることをできる限り紹介し、ワクチン接種を判断する情報の一つになればと思う。
明らかになってきた深刻な後遺症
新型コロナは軽症から重症まで多様な症状を示すが、深刻な後遺症も問題になっている。代表的なのは、強い倦怠感が続いたり、ちょっとした労作で極度の疲労を感じるようになったり、頭の中に霧がかかった状態(ブレイン・フォグ)になったりするような症状である。これは、一般に筋痛性脳脊髄炎(Myalgic Encephalomyelitis=ME。かつては慢性疲労症候群Chronic Fatigue Syndrome=CFSと言われていた)と診断される病気の症状に近い。
米国立保健研究所(NIH)の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長で、ホワイトハウス・コロナウイルス・タスクフォースの主要メンバーであるアンソニー・ファウチ氏は、いち早く2020年7月9日に「新型コロナ後に長引く症状は、筋痛性脳脊髄炎の症状に似ている」と発言した。ファウチ氏によると、相当数の患者が新型コロナ感染後に長期にわたる疲労症候群を発症するエビデンスがあるという(“Coronavirus may cause fatigue syndrome, Fauci says”)。
フェイスブック上にある長期コロナ(Long Covid)支援グループのページ
https://www.facebook.com/LongCovidPage
また英国国立衛生研究所(NHSR)は、フェイスブック上にある長期コロナ(Long Covid)支援グループのメンバー14人への聞き取り調査と最新の研究資料によって、呼吸器、脳、心臓と心臓血管系、腎臓、腸、肝臓、皮膚など体のあらゆる部分に、新型コロナが影響を及ぼしていることを明らかにした。2020年10月に発表されたこの研究によると、新型コロナの後遺症には4つのパターンがあり、その一つがウイルス感染後疲労症候群である。ちなみに、他の3つのパターンとは、COVID-19の症状持続のほか、肺と心臓への恒久的な臓器障害と集中治療後症候群( 集中治療室での治療後に生じる身体・認知機能・精神の障害)である。こうした症状は、重症で長期入院した人に限らず、軽症だったり、検査も陽性診断も受けたことのなかったりする無症状の人にもでる可能性があるという(Coronavirus: 'Long Covid could be four different syndromes'、Long covid could be four different syndromes, review suggests)
2020年12月27日付のmedRxiv(医学分野のプレプリントサービス)には、「国際的コホートにおける長期コロナの特徴:7カ月間の症状とその影響」と題する論文が掲載された。これは、56カ国の「新型コロナにかかったと思われる患者+確定患者」3762人にオンライン調査した結果、10の臓器系にわたり205の症状を示し、66の症状は7ヶ月以上に及んだことを示したものである。
症状の中で一番多かったのは疲労、労作後の消耗/体調不良、認知機能障害で、コロナ後遺症患者は長期間、多系統にわたる症状や著しい身体的障害があるという。ほとんどの人は6カ月たっても以前の就業レベルには戻っておらず、回復しないまま非常に大きな症状の負荷が継続していると結論付けられた。
現在、英米ではこうした長期にわたる新型コロナ後遺症の治療に関する研究が促進されようとしている。2021年2月6日にはNIHから、疲労、痛み、集中力がなくなるという問題や、起き上がったり横になったりする際に急激に心拍が早くなるなどの後遺症を抱えた患者に対する新しい治療法の研究に助成されることが発表された。こうした症状が出る患者に対して医療保険がなかなか下りないことも問題となっており、早急病態の解明と治療法の開発が急がれている(New Studies on Long-Term Covid-19 Symptoms to Get NIH Funding)。
次は→日本でも増えてきた後遺症の報道
日本でも増えてきた後遺症の報道
日本でも最近、新型コロナの後遺症についての報道が増えた。
日経メディカルの1月13日の記事では、コロナで通院していた病院にコロナの後遺症を訴えても、「気のせいだと言われて困っている」という患者の様子が書かれた。都内のクリニックには、コロナから回復したはずの患者から、倦怠感や睡眠障害を訴える声が日々寄せられているという(「リポート◎軽症でも侮れないCOVID-19、その倦怠感、COVID-19の後遺症かも」山崎大作=日経メディカル)
2021年1月28日には、AERA dot.に、「40代男性の告白「自殺を考えた」 ”コロナ後遺症”に悩む患者の深刻な現実」と題する記事が載った。コロナ後遺症の40代男性患者は、入院時の担当医を受診しても「あとはメンタルの問題」と言われ、インターネットで症状を調べ続け、自分は「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)」なのではないかと思ったという。
ワクチンをめぐる思い
大阪府和泉市で実施された新型コロナウイルスのワクチン接種訓練=2021年2月20日午後、遠藤真梨撮影
こうした後遺症に悩まされないためには、何よりもコロナ感染を避けることが重要である。ワクチンで防げるものなら防いだ方がよい。今はまだ医療従事者へのワクチンが始まったばかりであるが、次第に高齢者やリスクの高い人に接種され、やがて誰でも無料でワクチンを受けられるようになるだろう。
しかしその際に懸念されることがある。誰でも打てるとなると急速にワクチンへの関心が薄れたり、ワクチンの安全性に疑問を持たれたりするという状況になりがちなのだ。忙しかったり、面倒だったり、効果がないと思ったりという理由もある。かつて2009年に新型インフルエンザが流行した時も、同様のことが起こった。2009年末に発表されたボストン公衆衛生委員会の委員長の言葉がよみがえる。
「この3カ月の間、私たちは人々に、ワクチンをもう少し待ってください、いつか受けられますから、と対応するのに必死でした。しかし全員接種が可能になった今、クリスマスや年末を迎えて人々は、『本当に今は忙しいんだ』『予防接種をしたからって何かいいことあるのかい?』などといっているのです」
ワクチンを接種するかしないかは、一人ひとりの判断で決めることである。筆者は、日本で接種が始まったワクチンはベネフィットがリスクを大きく上回ると考えている。ただ、自分にとってのベネフィットとリスクだけ考えて判断して頂きたくないとも思う。体質や病気によってワクチンを打ちたくても打てない人がいる。そうした人たちをコロナ感染から守るには、周りのみんながワクチンを打っている状況を作り出す必要がある。「集団免疫」によって感染を封じ込めるのだ。
この意味で、ワクチン接種は、他者をどのくらい思いやることができるかと、私たちの社会が試されているといってよいだろう。
朝日新聞 WEBRONZA 2020年2月24日 記事引用