屯所を出て一人、料亭に向かった土方を待っていたのは加藤の付き人だった。
「お待ちしておりました」
「……加藤様は?」
「別の場所にてお待ちです」
深く頭を下げる付き人に例の男の所在を聞けば、淡々とした事務的な返事を寄越される。
「私が運転致しますので、土方様には刀と携帯をこちらに。そして目隠しをお願いします」
「生憎ですが、刀を手放すのは、」
「であれば今日の話はなかったことに、が加藤の言伝です」
「……分かりました」
確かに、料亭で〝コト〟に及ぶことはないと思っていたが、まさか本人が居ないとは。土方が己の要求を飲むことを試しているように思えて不快だった。
カチャ、と刀の柄を一撫でして付き人に刀と携帯を差し出す。
「携帯の電源を切っていただけますか」
「………」
これもノーと答えれば今回の話は無かったことにされるのだろう。土方は無言で携帯の電源を落とした。
「これでよろしいですか?」
「ありがとうございます。では、失礼します。こちらいつでも外せるかとは存じますが、外していいと言うまではこのままで。仮にその前に外してしまったら私は引き返さねばなりません」
「……徹底した居場所隠しということでしょうか?」
土方の問い掛けに付き人は答えず、そのまま布のような物で視界を奪われた土方は男の誘導で車の中に乗り込んだ。
車に揺られること一時間ほどだろうか。無言の車内と閉ざされた視界では正確な時間は分かり兼ねるが揺れていた車がピタリと停止し、続けてエンジン音が途切れた。
目的の場所に到着した、ということだろう。
「まだ、目隠しは外さずにお願いします」
再び付き人に誘導されて車を降りた土方はくんくんと鼻を鳴らし、耳をそばだてる。感じたのは土の匂い。そしてガサガサと木々が揺れる音。
「筑波の山ですか」
「!」
土方を誘導する付き人の僅かに驚いた音を聞き取って土方は当たりらしいと確信する。
「……段差がありますので気を付けて」
二、三段の階段を上がると、ギィ、と古い扉を開ける音がした。すると中から以前嗅いだ覚えのある匂いが土方の鼻腔を通り過ぎる。
「履物をお脱ぎください」
言われるがままに靴を脱ぎ、ミシ、と軋む床を歩くと目的の部屋に辿り着いたのか付き人が部屋の中に居るであろう加藤へと声を掛けた。
「加藤様、土方様をお連れしました」
「入りなさい」
す、と戸の開く音がしたあと、土方は付き人に背中を押されてよろけるように部屋の中へと足を踏み入れた。
「失礼します」
その数秒後には付き人によってパタンと戸を閉められる。カチコチ、カチコチ、と秒針を刻む時計の音がいやに大きく聞こえた。
「土方殿、目隠しを外してもらって結構だよ」
「………」
加藤から声が掛かり、土方はゆっくりと布を外した。明るい光に思わず目を細める。パチパチと何度か瞬きを繰り返せばぼんやりと歪む視界が次第にハッキリとその光景を捉えた。
片手にお猪口を持ちながらニタリと笑う加藤に土方の背筋にぞわりと悪寒が疾走る。
「待っていたよ。土方殿。さて、答えを聞かせてくれるかね?」
「………」
ここに来たという時点で、土方は要求を飲んだと同義だと言うのに、男はわざわざ土方の口から言わせようとした。どうやら、土方の口から言わせ主従をハッキリさせたいようだった。その事を冷静に分析しながら土方が静かに答える。
「……加藤様の仰せの通りに。……ただ、ご相談が一つ」
「なんだね?」
「例の資料を破棄をしていただますか」
「ハハッ、それは出来ない相談だ。土方殿」
土方は当然、そう返されることを見越していた。だから。
「今、真選組はとある組織の討入に動いております」
「ん?」
「もしかしたら加藤様も危険薬物の撲滅に力を入れてくださっているのでご存知かもしれませんが、我々が摘発しようとしているのは危険薬物の売買を行っている組織です。ようやく組織の全体像が見えてきまして」
「………」
土方の言葉に加藤の顔から笑みが消えた。そして鋭い目付きで土方を睨む。
「本拠点江戸の廃屋に、恐らく薬を貯蔵している別宅。更に薬の貯蔵と金銭的なやり取りの場に使用している別荘。こちら、全て我々は押さえております」
「何が言いたい」
「私の優秀な監察から、この三拠点全て、加藤様が関与している証拠の報告があがりました。足がつかないように名義等全て変えられていたようですが、うちの監察の方が一枚上手だったようですね」
ふ、と鼻で笑う土方へ加藤が問い掛ける。
「…! 脅迫かね?」
「まさか。私は警察ですよ。まぁ、ここからは私の独り言ですが」
「………」
「部下から上がったその報告はまだ私しか知りません。元締の逮捕は是が非でも叶えたいところではありますが、不要な情報が漏れてしまうことはこちらも避けたい」
余裕綽々と話す土方だが、実際のところ山崎からの報告では加藤の関与は確実ではある、までしか聞いていない。それを裏付ける決定な証拠は上がっていないのだ。今回、討入に動いてはいるが、恐らく加藤までは辿り着かないだろう。つまり、今土方の話していることはハッタリに他ならない。
加藤が否と唱えればこれは加藤に軍配が上がるのだ。
「……なるほど。そこまでしてコレを公にはしたくない、と」
「………」
「……まぁ、良いだろう。……今ここで、君・が私に忠誠を誓ってくれるのなら、コレは破棄しよう」
悩んで数秒、加藤はバサリと机の上に例の資料を投げ出した。土方の主張を全面的に信じている訳では無い。だが、加藤は今すぐにでも土方を手篭めにしたくてたまらないようだった。それは狡猾で慎重な犯人の判断力が著しく低下していることを意味するのだが、本人は気付かない。いや、気付けない。
「今あるコレは写しだ。前回見せた原本はここにはない。……元を断ちたいなら誓えるね?」
畳み掛けるように続けられるが、土方に選択肢など無いに等しい。コクリと小さく頷いた土方を見て、再び笑みを浮かべた加藤が手招き呼べばノロノロと土方は足を進めた。
「まずは証としてこれを飲みなさい」
ケースごと渡されたその中身は三種類の錠剤。何とも毒々しい色の錠剤だった。
「……この薬は」
「何、麻薬などでは無いよ。この二つは筋弛緩剤と催淫剤だ。この後暴れられても困るからね。催淫剤は気遣いだよ。初めてでも十分に楽しめる代物さ」
「……これは?」
「それは飲んだ後に教えよう」
「………」
「安心したまえ、三つとも中毒性は無い。……まぁ、もしかしたら土方殿は催淫剤を気に入ってしまうかもしれないがね」
くは、とバカにしたように笑いながら自身の持っていた猪口を差し出す。酒と薬の相性など考えなくても最悪だと分かるがそれ以外の用意はないのだろう。
土方は意を決して、錠剤を口に含み猪口の酒を呷った。
「っ、ゲホッ、」
ゴクン、と無理矢理飲み干せば度数の高いアルコールに土方は噎せ返る。
酒は好きだが、強い訳では無い。一瞬くらりと視界が歪んだ。
「……さて、効き目が出る前に移動しようか」
そう呟く加藤の身体を這うような視線に、土方は何とか吐き気を堪えた。錠剤タイプの薬だ、そう早く効果は出ないとは思うものの、得体の知れない薬を三錠。それを酒で流し込んでいる。本来の常識が通じるかは怪しい。
のそりと立ち上がった加藤が目配せで隣の襖を見やる。その先に何があるのか想像もしたくない。けれどそんな土方へ現実を突き付けるように加藤が襖を開けた。
「…っ、」
案の定、そこには布団が一組。それをオレンジ色の間接照明が照らしていた。
「来なさい。立てないのなら支えてあげよう」
「……大丈夫、です」
ハッキリと拒否を告げて立ち上がるとぐるぐると目が回った。それでも毅然と背筋を伸ばして一歩を踏み出す。錠剤だが溶けやすいタイプだったのだろう、じわりじわりと薬が効き始めていることを悟られないように。多少の距離を取って加藤に近付いた土方だが、次の瞬間、土方は加藤に思い切り抱き寄せられた。
「ゃっ…!!」
「はは、随分と可愛らしい声を出すではないか、土方殿」
「くっ、はな、せ…っ、」
「おや、良いのかね? そんな態度で」
「ひっ…!」
さわさわと、腰の当たりを撫でられて尻を触られた。その手付きに言いようのない恐怖が込み上げる。
「鬼の副長と恐れられている土方殿が生娘のような反応を見せてくれるとは。……ますます興奮してきたよ」
「ぅぁ、っ」
土方の耳元でその言葉通り鼻息荒く加藤が囁いた。鳥肌が止まらない。恐ろしい、悍ましい、……逃げ出してしまいたい。けれど、そんな思いとは裏腹に土方は加藤によって布団の上へと座らされた。
「上着とベストは脱げるかね? それとも私が脱がせてあげようか?」
「……じぶん、で、ぬげます」
震える声で答え、土方は隊服の上着とベストを脱ごうと試みるも筋弛緩剤が効いてきたのか、身体が思い通りに動かせずもたつく。自分に向けられる邪な視線に弛緩していくはずの筋肉が強ばったような矛盾を感じながらも、やっとの思いで脱ぎ終えると土方は勢いよく押し倒された。
「ヒッ!」
「はぁ、ハァッ、たまらないっ、たまらないよ、土方君」
「う、っあ、」
自分に伸し掛る重みにじわりと視界が滲む。
シュルルル、と土方のスカーフを外した加藤は、そのままワイシャツのボタンに手を掛けてプチ、プチ、と一つずつ丁寧に外していく。土方からすれば死刑台に一段ずつあがっていくようなものだった。
「ほう、これはこれは、綺麗な桃色の花弁だね」
「ッ、み、るな…っ」
ワイシャツから覗いた土方の乳首を揶揄して笑う加藤を土方は無駄だと分かっていながらも拒絶する。
「見ないと分からないだろう? それから敬語を忘れているよ土方君」
「ひぁ、ッ!」
つん、と胸の突起に加藤が触れると土方から嬌声が上がった。軽く抓られただけで土方の両乳首はぷっくりと腫れ上がり土方へ甘い刺激を齎し始める。
「催淫剤が効いてきたのか、それとも君の元来の素質かね」
「く、ぅッ、」
「こんなはしたない身体で良く今まで無事だったものだよ」
「ぁっ、アッ、ひぁっ」
くにくに、こねこね、と加藤が指の腹で土方の乳首を捏ねくり回す。声を殺したいのに緩んだ筋肉は言うことを聞かなかった。更に。
「土方君、三錠のうちの一つが何か知りたがっていたね」
「んぅっ、うぁッ」
「あれは、自白剤の一種だよ」
「!」
「効かない人間には全く効かないが、……君はどうかね」
「んんんっ!」
ニタリと笑った加藤が、土方の乳首を抓り上げた。その瞬間、何とか声を上げることはなかったが土方の身体は完全にスイッチが入ってしまったようで下半身に熱が溜まっていった。そしてじくじくと坂田に散々仕込まれた孔が疼きだす。坂田以外の男の手によって。これは薬の所為だと、自分の本当の反応じゃない、と。ここには居ない男へ頭の中で必死に弁明した。だが、頭の中に浮かぶ男は〝スキモノ〟と土方を嘲笑う。こんな時ですら、土方の頭に坂田の優しい顔は浮かばなかった。
「ッん、ぅ、っ」
「下も苦しくなってきたかね? 胸を弄られただけで股間を膨らませるとは、とんだスキモノだね」
「〜〜〜ッ」
頭の中に浮かぶ男と同じ言葉を加藤から浴びせられ、土方は睨むように加藤を見上げた。そして気付く。坂田に正面から抱かれた事など無かったことに。
「反抗的な目も中々唆るね。存分に可愛がってあげよう」
「ひ、……っ」
自分に跨る男は、一人だけで良かったのに。一人だけが良かったのに。それが例え一方通行な想いだとしても。
加藤の手がバックルへと伸びて、カチャカチャと外しにかかる。加藤にされるコトを想い人に置き換えたくても、それは想い人を穢すことに他ならない。だから、受け入れなければいけない。この耐え難い現実を。
「…ゃ、…だ、っ!?」
「……何かね?」
しかし、耐えようと心を決めた時、自身の口から予期しない言葉が漏れた。自分自身に驚く土方とは反対に加藤は嬉々としてその様子を窺う。
「いや、だっ……! なん、っで……!?」
「どうやら君は効きやすいタイプだったようだね」
「!」
自白剤の一種と言われた例の薬。
それは自白剤であり、感情の抑制を取り払うものだった。すなわち、問い掛けられたこと、思っていることを強制的に口に出してしまうように仕向けられた薬、ということだ。
「鬼の副長は随分と素直なようだ」
「う、るせェ、ッ、」
「いくら拒もうとも、もう君に拒否権等ありはしない。取引は成立しているんだよ、土方君。安心したまえ、すぐ善くなる。頭がおかしくなるくらいにね」
「んぅっ! さわ、んなぁ……ッ」
つぅ、と腹筋をなぞられ、土方は嫌だと首を弱々しく振った。だが、そんな土方を無視して加藤は服越しでも分かるほどに膨らんだ土方の中心に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
「ひぃ、ッ!」
「スー、ハー、スー、ハー、」
「やぁっ、かぐ、なぁ…ッ! へんた、い…っ、」
「変態だなんて心外だよ。服越しからでも分かるほどいやらしい匂いをさせているのは、土方君、君だよ。本当は期待しているんだろう?」
「っ、してね、ッ、ン!」
するはずない。それなのに、薬の所為とは言え、土方の身体は自身の心を裏切っていく。加藤に触られる度にピクピクと身体は与えられる快感を拾おうとその神経を研ぎ澄ませた。
筋弛緩剤に続いて催淫剤もしっかりと効果が出始めたのか、土方の顔がみるみる紅く染まっていく。艶かしい吐息を漏らす土方の頬を加藤が両手で包み込んだ。
「良い顔だ」
「やっ、…さ、かた……ッ、!」
「!」
土方の唇を奪おうと近付いてきた加藤から土方は必死で顔を背け、呼んではいけない名を呼んでしまった。それを加藤が聞き逃すはずがなかった。
「サカタ、と言ったかね」
「ッ、」
「……なるほど。君がアレを公にしたくなかった理由は真選組とあの男、本人のためか」
「ん゙ん゙!」
〝そうだ〟と危うく答えそうになった所で何とか唇を噛み、答えを殺した。筋弛緩剤の影響で力加減が分からない今、土方の下唇から赤い血が垂れ出る。
「そうかそうか、あの男に想いを寄せているのか。……実に、腹立たしい」
「ぐぅ゙っ!」
バチンッ! 乾いた音が部屋に響いた。
叩かれたと鈍る頭が認識したのは数秒後だった。
恐る恐る加藤を見上げれば、加藤は叩いた土方の頬を撫でて告げる。
「可哀想にあの夜叉に誑かされたのかね?」
「ちが、っ」
「間者に想いを寄せるなど言語道断だよ、土方君。最初は優しく可愛がってやるつもりでいたが、予定変更だ。あの男のことなど二度と考えられないように、躾てあげよう」
そう言って加藤は立ち上がり、動けない土方を残して何かを取りに出た。数分後、戻ってきた加藤の手にはキラリと注射器が鈍く光る。
「最初からこうしていれば良かったね」
「ゃ、っやめ、や、めろ、ッ!」
ピュッと針の先端から液体が飛び出したのを見て土方は重い身体を必死に動かすが、それは殆ど意味を成さない。
呆気なく距離を詰められて加藤が土方の腕を掴んだ。
「コラコラ、暴れてはいけないよ。手元が狂ってしまうだろう?」
幼い子供を諭すような口調が余計に恐怖を煽る。
土方の白い皮膚に針をあてがわれた、その時。
「「!?」」
二人の鼓膜を聞こえるはずのないサイレンの音が揺らした。
土方にとって、聞き馴染みのあるその音を聞き間違えるはずもなく、その音はこの山荘のすぐ近くで止まる。続け様に大人数の足音、玄関をぶち破るような騒音と、加藤の付き人の驚く声が立て続いた。
「なんだっ!? 何事だ!!」
突然の騒音に加藤は驚きながら土方に視線を送る。
まさか、土方が今日の取引を真選組に話していたのかと。しかし、土方の表情は自分と同じように何が起こっているのか分からない、とそんな困惑の表情を浮かべていた。
「おっじゃましまーす」
そんな気の抜けた声とほぼ同時に襖がバゴンッと蹴破られた。
「誰だ!? ……!! 貴様……!」
その姿を捉えた加藤はギリリと歯を食いしばる。そこに誰が居るのか、加藤の背中で遮られている所為で姿は土方から見えていない。だが、声だけで分かった。分かってしまった。
「よォ、久しぶりだなオッサン」
「何故だッ!! 貴様が何故ここに居る!?」
「いやー、ちょっと聞きてェことがあってよ、こんな所まで遥々職質しに来てやったんだよ。オメー、俺の、……俺達の副長を知らねェか?」
尖った声音を前に加藤はビクリと肩を震わせる。
そして、自身の後方に居る土方へ身体を向けた。
「さか、た……」
加藤で遮られていた視界の先に捉えた人物。
助けてほしいと、心の中で何度も名前を呼んだ。今一番会いたくて、会いたくなかった人物だった。
こんな情けない姿を、彼以外に身体を開こうとした自分の姿を、坂田だけには見られたくなかった。
小さな声で呟いて、思わず目を逸らす。坂田の冷たい瞳を見るのが怖くて、加藤に注射を打たれる時よりもただ怖くて俯いた。しかし。
「土方くん」
「!」
聞いた事の無いような柔らかな声に、驚いて顔を上げた。だって、坂田がそんな声で自分を呼ぶはずがないと思ったのだ。薬でポンコツになった自分の脳ミソが、きっと都合のいい幻覚を見せて、幻聴を聞かせているのではないかと、思ったのだ。
「帰るよ、土方くん」
「っ!」
見上げた先で、そう告げる坂田の表情は初めて自分に向けられた優しい顔だった。瞬間、ポロリと一筋の涙が頬を伝う。
そんな二人のやり取りに加藤が烈火のごとく怒鳴り散らした。
「帰るだと!? ふざけるな!! ここに貴様らの副長など居らんわ!! 彼はもう私のモノだ!! 彼自らそう望んだ!!」
「あーあー、ピーチクパーチクうるせェよ。クソ変態野郎が」
「なっ!? 貴様私を愚弄するとは覚悟が出来ているのだろうな!? そもそも、彼が私のモノになった切っ掛けは貴様だぞ!! 〝白夜叉〟!!」
「………」
怒りで顔を真っ赤にしながら加藤がその事実を突き付ける。
人を馬鹿にするように呑気に耳の穴をほじる坂田へかつて呼ばれていたであろう名を口にすれば坂田の動きがピタリと止まった。そんな坂田を見て加藤は自分が優位に立ったと思い込む。
「ハッ、幕府に反旗を翻した不届き者が、攘夷戦争で少し名を馳せたくらいで調子に乗るでないわ。戦争も結局大敗。仲間を大勢殺した負け犬が、白々しくも真選組などに紛れよって」
「………」
「貴様が打首の刑から逃げ出していることも私は知っているのだよ。罪人め」
得意気に坂田を詰れば坂田は加藤の台詞に合点がいったのか、〝そういうことかよ〟と小さく笑う。土方がこんなふざけた取引に応じるなんてどうもおかしいと思っていたが、真選組を護るためだったと知り、ただ安堵した。
「ジミー」
「はいよ!」
「! 次から次へと……、人の家に…! 貴様ら分かっているな、これは全て上へ報告するぞ」
部屋のすぐ傍で待機していた山崎を坂田が呼ぶと、加藤は眉間に深く皺を寄せ睨み付けた。
「報告出来るもんならな。オイ、ジミー、俺ァ、攘夷戦争に参加してたのか?」
「えーと、坂田副長の経歴は……。いや、攘夷戦争に参加していた記録は無いですね」
「だよな」
ペラペラと書類を見ながら応える山崎に坂田は〝うんうん〟と頷く。
「なに!?」
「で、俺打首の刑になってんの?」
「えーと、あ、そっちはなってますね」
「え、なってんの?」
「なってますけど、最終的に犯人の取り違えで決着してますね」
「驚かせんじゃねぇよバカヤロー。っと、まー、そういうことらしいぜ?」
「ふざけるな!! 隠蔽する気か!! 私はこの事実を関係各所に話してやるからな!!」
納得いくはずがないと声を荒らげる加藤に坂田が一歩、また一歩と近付く。その無言の圧に加藤は無意識に後退り、ドスンっと尻もちを着いた。
「くっ、来るな!!」
「………」
「ひっ!」
尻もちをついた加藤の前にしゃがみ、坂田が告げる。
「話したきゃご自由に話してもらってもいいぜ? まぁ、オッサンの話を誰が信じるかって話だけどな」
「……何だと?」
「片や幕府に献身的に尽くしてる公務員と、片や薬物中毒の犯罪者。世間様もお上もどっちを信じると思う?」
「!!」
「はいコレ」
ゴソゴソと懐から坂田がとある紙を取り出して加藤へ突き付けた。その紙を受け取った加藤の顔が驚きと絶望に変わる。
「こ、これは」
「正真正銘の逮捕状だ。麻薬所持とかあー、色々、その辺全般。あと同意の無い性行為も犯罪だぜ、オッサンよ」
「こんなもの偽物だ! そんなっ、この私に逮捕状などっ!」
有り得ない!! そう叫ぶ加藤に坂田は更に追い討ちをかけていった。
「あと、オメーさんが管理してる全五拠点、制圧済だ」
「!?」
「えっ、ちょ、坂田副長!? 四拠点なんじゃ……?」
その場に居た全員が坂田の言動に驚いた。そして潜入捜査までして四拠点を突き止めていた山崎が問い掛けると坂田はおもむろに携帯を取り出しどこかへ掛け始める。
『はい、こちら十番隊、原田』
プルルル、とワンコールで出た人物に坂田がこの場にいる全員が知りたいであろうことを問い掛けた。
「おう、ハゲ、オメー今どこにいんだっけ?」
『どこってアンタが行けっつった神奈川っすよ、神奈川の廃港』
「!」
「で、当然全員捕縛出来てんだろうな?」
『勿論。漏れなく捕縛済だぜ。幹部所も逃さずな。幹部の何人かは、加藤氏のことすぐゲロったぞ。それから薬も出るわ出るわ。どんだけ隠してたんだか』
「ご苦労さん、引き続き頼まァ」
『おう』
ブチ、と通話を切って加藤を見下ろせば加藤は完全に戦意喪失している。
坂田の言う通り、加藤が動かしていたのはここを踏まえた全五拠点。土方から聞かされた三拠点はいずれも見付かったとしても逃げ果せる自信があったが、ここと神奈川は別だった。だから、本丸と思われていた江戸の拠点は神奈川を隠すためのダミーのようなもの。いったい、どこでこの男はそれを知ったのか、加藤は苦虫を噛み潰したような顔で坂田を見上げる。
「どうしてだ、なぜ、……私は細心の注意を払っていたはずだ、なぜ……なぜ……」
「細心の注意、ねェ。まぁ神奈川を除いた四拠点はうちの優秀な監察が見付けたんだけど」
坂田の褒め言葉とも取れる発言に山崎は照れ照れと頬を掻く。
「神奈川の方は、この間とっ捕まえたヤク中が〝神奈川で貰った〟ってゲロってよ。廃港のことも知ってたぜ。仲間内から江戸ならもっと安く買えるって聞いてそんで上京してきたっつーから、呆れるわ」
「………」
「それと、俺の経歴だかなんだか調べてたヤツらの身元もちゃあんと割れてるぜ。そいつらもしっかり薬やってんな? あんまりお巡りさん舐めんじゃねぇよ」
ドスの効いた声に加藤は身を竦める。
いったいどこで自分は判断を誤ったのか、こんなはずではなかった。自分がこんなことになってしまった全ての原因は。
「土方ァ…!! 貴様だ…!! 貴様の所為だ……!! 全ては私を誑かした貴様の所為だ…!! この淫乱が!」
「っ、」
怨嗟の篭った加藤の地を這うような声。その内容は余りにも身勝手極まりない、事実無根の逆恨み。けれど、この光景を見た坂田も山崎も、加藤の言葉を信じるだろう。弁明のしようも無かった。
人知れず傷付き俯く土方を大声で貶す加藤。その加藤を黙らせたのは、坂田の加減の無い拳だった。
「グガァッ!?」
バキッと砕けるような音と加藤の無様な悲鳴。殴られた勢いのまま畳に転がった加藤は白目を向いて気を失う。
「ちょっ! 坂田副長!?」
「あ゙ー、まじ腹立つ。ジミー、さっさと連れてけ」
「もうっ! だったら加減してくださいよ! 意識のない人間連れてくの大変なんですからね!?」
ギャアギャアと不満の声をあげる山崎をいなし、坂田は土方に近寄る。
近付いてきた坂田に土方はビクリと身体を震わせた。
「土方くん、帰ろう」
「さ、かた……、」
顔を赤面させて、うるうると涙で紺青の瞳を潤ませている土方を見て坂田はすぐにその異様さを察した。
感情の抑制を取り払うそれは、感情が高ぶれば勝手に涙が零れてしまう人間もいる訳で。
ポロポロ、ポロポロ。本人にすら自覚の無い涙が流れていた。
「……何か飲まされたな?」
「………」
坂田の問に土方は首を横に振る。〝飲まされた〟訳では無い。自分で、自分の意思で、それを〝飲んだ〟のだ。
「……とりあえず出るぞ」
「んぁッ…!」
「!」
土方の腕を掴んで立ち上がらせようとした時、甘い声が部屋に響いた。へたり込む土方を見れば耳まで紅くして震えている。
「……あんのたぬきジジイ!」
そう吐き捨てて坂田は自分の上着を脱ぐとばさりと土方の頭から被せ、そのまま横抱きにした。
「!?」
「少し我慢しろ」
軽々と土方を抱き抱えて歩く坂田を、隊士達が驚いた表情で見守る。
土方に何かあったのかと、隊士達は顔を見合わせるが坂田から放たれる無言の圧に声を掛けることは出来なかった。
「ジミー! 車出せ!」
「山崎ですってば! って、俺加藤の、」
「そっちは他のやつに任せとけ! こっち優先だコノヤロー!」
「ギャンッ!」
そう山崎を蹴り飛ばし、連れてきた五番隊の隊長へ流れるように現場を引き継ぎ、坂田達は山荘を後にした。
サイレンを鳴らしながら山崎の運転で江戸を目指す最中、土方は後部座席で坂田に抱き抱えられたままだった。
「ぁ、…っン…!」
「〜〜〜ッ」
被らされた坂田の上着から香る匂いと、胸板から感じる坂田の体温、そして自分を離すまいと強く抱く感触にじわじわと欲が煽られていく。
車が揺れる度に身体に刺激が伝わって熱の篭った声が漏れ出た。その声に坂田も煽られる。が、当然、こんな所でコトに及べるはずもなくイライラとムラムラのフラストレーションが溜まっていった。
「……副長大丈夫ですか?」
「どっちの副長の話だ? どっちの副長も大丈夫なわけねェだろ。つーか、オメーもっと急げ、音速を叩き出せ。だが車は揺らすな」
「無茶苦茶な!」
「あと、ジミーくん、屯所戻ったら切腹な」
「何でですか!!」
「局中法度435条土方のエロい声を聞いたヤツは切腹」
「いや法度そんなに無いです」
「うるせぇ良いから急げコノヤロー!!」
「わあっ!! ちょっと座席蹴らないでくださいよ!!」
「ひぁっ、」
「「!!」」
坂田が運転席の座席を蹴ったことで身体が揺れた土方から、一際大きな声が車内に響いて山崎はタラリと冷や汗をかいた。
「……ジミーくん、」
「聞いてません!! 俺は何も聞いてません!!」
後部座席からひしひしと伝わってくる坂田の〝聞いてんじゃねェぞコラ。耳引き千切んぞ〟と言う理不尽過ぎる圧に山崎は勘弁してくれ、と恐怖にブルリと震えた。
薄々、二人の関係、と言うかお互いがお互いをどう思っているのか山崎は何となく気付いていた。真選組の監察は伊達じゃない。だが、大の男の惚れた腫れただのの話に巻き込まれるのは御免であったし、素直じゃない二人に仮に助言なんてして余計に拗れてしまったら目も当てられないとあえて言及はしないでいた。結局、助言云々の前に二人の関係がすっかり拗れてしまっていることを山崎は知らない。
「土方、もう少し我慢出来る?」
「…っ、ん、」
山崎に聞こえないくらいの声量で、腕の中でハァハァと辛そうな呼吸を繰り返す土方がコクリと頷く。
土方のだらりと力が抜けている四肢と、最中を彷彿とさせる吐息に坂田は筋弛緩剤と催淫剤のようなものを摂取したのだと当たりをつけた。筋弛緩剤であれば解毒剤があるが、それを今の今、用意することは中々難しいだろう。仮に用意することが出来たとして処方するには診察が必要だ。例え医療行為だとしてもこんな状態の土方の姿を他の誰にも見せたくない。しかも催淫剤に至っては解毒剤なんて聞いたことがなかった。辛いだろうが、これは薬の効果が切れるの待つのが得策だと坂田は自分自身に言い聞かせる。
「さか、たぁ……、」
「〜〜〜ッ」
しかし、すりすりと、まるで猫がマーキングでもするかのように坂田の胸に顔を寄せ、切なげに名前を呼ぶ土方に坂田の方が我慢が出来なくなりそうだった。
「ジミーくん、行き先屯所じゃなくてかぶき町へ変更」
「へっ? かぶき町?」
「近くなったら案内すっから、もっと飛ばせ」
そう一言告げて、坂田は一層強く土方の肩を抱いた。
バックミラー越しに坂田をチラリと見た山崎は静かにアクセルを踏み込んだ。
「サイレン止めて、そこ左に曲がれ」
「はいよ」
しばらく車を走らせて再び坂田の指示で車を止める。
「スナックお登勢……?」
止まったすぐ横は、何の変哲もないかぶき町の飲み屋の一つだった。
はて、と首を傾げてる間に坂田は土方を抱き抱えたまま車を降りて山崎に告げる。
「ゴリラには上手く説明しとけ。あと明日の朝この二階にコイツの着替えと靴持ってこい」
「へ、ちょ、副長っ?」
「オイババア! 居んだろ!」
「いやアンタなにしてんのォォオ!?」
暖簾の出ていない店は恐らく本日休みのはずだ。その戸をガンガンガン!と坂田が叩いて店主を呼び出そうとしている。そんな坂田を止めようと山崎が車を降りたのと同時にガララッ!と戸が開いた。
「うっさいねェ! 今日はもう営業終わったんだよ! どこの酔っ払いだい家人の迷惑も考えずに他人の家叩く馬鹿は! ……って、なんだい、アンタかい」
「ババア二階の鍵寄越せ」
怒号と共に般若のような形相で出てきたこの店の店主らしき人物は坂田の顔を見るなり納得したように声のトーンを落とす。
「久々に顔出したと思ったら随分とまぁ、人間らしい顔になってるじゃないか」
「うるせぇ、急いでんだ。早く上の鍵」
「全く勝手な男だよ。……たま、そこの鍵取っとくれ。……汚すんじゃないよ」
「善処すらぁ」
店主から鍵をひったくるように受け取った坂田は土方を抱え直して階段を駆け上がっていった。
そんな姿にハッとした山崎が代わりに店主へ頭を下げるとこの店の店主、お登勢は山崎に視線を向けて訊ねる。
「あ、あの、すみません、うちの副長が……」
「あの馬鹿はちゃんと副長やってんのかィ?」
「え、ああ、まぁ、ちゃんと、かどうかは分かりませんが、あの人に憧れてる隊士も少なくないです」
「へぇ、そうかい」
山崎の回答にお登勢は満足そうに笑うのだった。
一方、勝手知ったるその部屋に坂田が土方を連れて入ると、部屋は定期的に掃除されているのだろう、埃一つ飛んでいない。
それに内心で感謝しつつかつて、自身が寝ていた畳の部屋に土方を寝かせると坂田は厨屋に向かい水道水を食器棚から取り出したコップに注いでいく。
「土方くん、水飲んで」
「ん、ぁ、ッ」
坂田からコップを受け取ろうと身体を起こした土方だが、完全に薬が効いている所為でバタッと畳に倒れ込んだ。
「う、ぁ」
「チッ、」
「っ…」
坂田の舌打ちに土方はじわりと目に涙を溜める。
情けない自分に坂田は相当呆れていると思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だが、坂田の舌打ちの意味は決して土方に向けたものではない。こんな事になる前に、間に合わなかった自分に対してだ。
「土方くん、ごめんね」
「な、に…んんっ!?」
唐突に降ってきた謝罪の言葉を理解するよりも早く、坂田はコップの水を口に含みそのまま土方の唇へ重ねた。
「んっ、んぅっ、」
驚く土方の咥内へ水を流し込む。口移しでゆっくりと、土方がむせないように気を遣いながら。
コクンコクンと喉を鳴らす土方の様子を窺いながら何度も、何度も。コップの水が空になる頃にはその口付けは深くなっていた。
「ンッ、ふ、ぁ…っ、んむっ」
飲み切れなかった水が唾液と混ざって口端からたらりと落ちる。
カルキ臭いはずの水が、土方は酷く甘く感じた。
「ぁ、」
ちゅぱ、と音を立てて坂田が離れると土方は先程以上に瞳を蕩けさせて坂田の唇を見詰める。あの時出来なかったキスが脳裏を過ぎった。
「さか、た、もっと、」
「!」
もっと〝水〟を? もっと〝キス〟を?
「は、っ、んうッ! ンンッ」
きっと土方が求めたのは前者だったはずだ。けれど、潤むその瞳が、甘さを孕むその声が、後者を求めているなんて錯覚して坂田は土方を畳に押し倒しながら深く口付ける。
角度を何度も変えて、歯列をなぞり、舌を甘く噛んで、土方の力の入らない手に指を絡める。まるで、愛し合うみたいに。
「ンッ! は、んっ…!」
「はっ、土方、ッ」
「ぁン…ッ、」
坂田から向けられる熱帯びた瞳に、土方の身体は疼いていく。
その手で触って欲しい。身体のもっと奥まで、心のもっと深くまで。
「さかたぁ、抱ぃ、て…、くれ、っ」
浅ましい欲がポロリと漏れた。
〝抱かれたい〟んだ。他の誰でもないお前に。
今だけは都合のいい夢を見ていたい。
自分の心は想像以上に自分勝手だった。
そんな土方の言葉に坂田は驚いたが、それほど薬が強力なのだと解釈し、頷く。本当は自分ではなく、近藤に抱かれたいんだよなと大きくズレた勘違いをしながら。
「終わったら全部忘れろ。これは薬の所為だ。オメーは何も悪く無ェ」
「ぇ、あッ、あ、っ」
するりと絡んでいた手を離した坂田が土方の脇腹を撫でてぷっくりと隆起している乳首を摘む。ビクッと与えられた刺激に土方の腰が浮いた。
今まで、土方とのセックスで胸を弄ったことは無かった。それもそうだ。いつも後ろから、犯していた。彼の矜持も尊厳も捩じ伏せて。
初めて触れた土方の胸の突起に坂田はゴクリと唾を飲む。真正面から見る、土方のいやらしい姿。
「下も脱がすぞ」
「ん、っ」
土方はきっと真正面から抱かれたくないはずだと思いながらも、四肢の力が入らない土方を四つ這いにするのも、うつ伏せにするもの心配で、結果、坂田は正常位を選んだ。仕方なくだと言い訳を頭の中に浮かべながら、本当はずっと、顔を見ながら土方を抱きたくてたまらなかった。
そうしてスラックスを脱がせばグレーのボクサーパンツに濃いシミが出来ている。ただ、興奮した。
下着をずり下げるとブルンッ硬く勃起した陰茎がダラダラと蜜を零しながら飛び出す。
「ぁう、っ、」
「先走りスッゲェ」
「や、ぁ」
外気に触れてぷるぷると震える陰茎を温めるように坂田が大きな掌で包んで、粘つく液体を広げながら上下に扱いた。
「アッ! ぁっ、あん、っひ、うあッ」
「イきそう?」
「んっあ、イく、ッ、でちま、っから、はなせ…ッ」
「んなこと気にしねェでさっさと射精だしちまえ」
「ゃ、っあ、ッひ…! でる、ッ──!」
たった数回扱いただけで土方の陰茎はドクドクと脈を打ち、びゅるるるっと坂田の手の中に射精した。
ハァハァと肩で大きく息をする土方を見下ろしながら、坂田は掌に吐き出された土方の精液をペロリと舐める。
「濃いな」
「!」
坂田の台詞を理解しカァッと顔を紅くさせる土方だが、言い返す余裕は彼にはない。
更に一度果てたと言うのに、土方の中心はムクムクとまた勃ち上がる。
「!? うあ、やッ、やだ、なん、で、っ」
射精してから坂田に扱かれた訳でもないのに、頭を擡げる自身の性器に羞恥と混乱とで土方はしゃくりあげた。
「大丈夫、大丈夫だよ、土方くん。薬の所為、オメーの身体がおかしいとかじゃない。大丈夫だから、気持ち良くなることだけ考えて」
「あ、ぅ、ンッ、んぅ…、」
混乱する土方をあやすようになだめて、ここぞとばかりに坂田は土方の顔中にキスを落とす。
ちゅ、ちゅく、ちゅう、と涙の滲む目元に、加藤に叩かれ赤くなった頬に、ポッテリと膨れた唇に。
何度かキスを繰り返す内に、土方の表情は和らぎトロリと坂田を見つめた。そしてもじもじと腰をくねらせる。この先を期待するように動く身体が土方は恨めしかった。坂田にきっと、揶揄られ、詰られ、また軽蔑される、そう思っていた。
「こっちも、いい?」
「あ、っ」
けれど坂田はからかいの言葉一つ口にせず、そんな土方へ問い掛けながら、指を滑らせ、後孔に指を這わす。そこは先走りが垂れていたのだろう、女のようにしとどに濡れていた。
つぷん、と第一関節を埋め込むと土方のナカは普段以上に熱くなっているように思える。
「ナカ、あっちィ、」
「ンッ、ぁ、はぁ、っ」
「しんどくない? 大丈夫?」
「ひ、ぁんっ、」
労るような坂田の問い掛けに土方はぎゅうと胸が苦しくなった。
どうして、今日に限ってそんなに優しく触れるのだろう?
どうして、今日に限って初めて見せる優しい顔を向けてくれたのだろう。
やめてほしい。そんな風に優しくされたら、馬鹿みたいな虚しい勘違いをしてしまう。
「ぁう、ッ、さか、た…」
「なに?」
「もッ、なか、ほし、っ…」
「いや、まだ、」
「いい、からっ! いたく、て、いいっ、はやく、だいじょ、ぶ、だから、っ」
痛くて良い。痛いのがいい。
泣きそうに歪んだ顔で痛みを強請る土方に坂田は眉間に皺を寄せた。
なんで、優しくしちゃダメなんだろう。
なんで、土方は苦痛ばかり選ぶのだろう。
それは、土方がそう・・なってしまったのは、自分の所為、なのだろうか。
「……ひじかたくん」
「んっ」
掻き回していた指を引き抜いて、身悶える土方を坂田は抱き起こし、キツく抱き締めた。
「あ、ぇ、さ、かた……?」
「………」
「……さかた?」
「………」
抱き締めてきた坂田に戸惑いながら名前を呼んでも、坂田は何も言わない。ただ、抱き締める腕に力がこもるだけで、その温もりが心地好くて。
「………」
坂田とは違い、力の入らない腕を土方はどうにか片腕だけ持ち上げてその広い背中に回した。
「……土方くん、ごめんね。俺、オメーのこと抱けねェや」
「!」
すると、土方の耳元に届いた胸を刺すような台詞。
きっと、心底みっともなかったのだろう。男のくせに薬に浮かされ抱いてくれと懇願するその姿が。そもそも〝オナホ〟を〝抱こう〟なんて思うわけが無い。薬でポンコツになった頭はそんな当たり前のことに気付けなかった。
だらんと坂田の背に回していた腕が落ちる。
心は冷めていくのに、身体ばかりが火照って、苦しい。
ハラハラと土方の瞳から静かに涙が零れた。
「土方くん」
「………」
返事をすることもままならず、黙っていると坂田が土方の背中を撫でながら一等穏やかな声で告げる。
「俺ね、土方くんを優しく抱きたいんだけど」
「…………え、」
「土方くんに痛いことも、ヤなことも、したくねェの。もう、乱暴に抱きたくねェの。……今更、どの口がって思うだろうけど、俺自身もそう思ってんだけど、……するなら、優しくシたい」
「……やさし、く……?」
「うん」
坂田の言葉に純粋に疑問が生まれる。
土方には坂田に優しくされる理由が何一つ思い浮かばなかった。何故、ただの性処理の道具としか思っていない相手に優しくしたいなんて思うのだろう。
その理由が分からなくて、その理由を知りたくて、涙声で小さく問いかけた土方に坂田は即答した。
「なん、で……?」
「好きだから」
果たして今のは幻聴だろうか。
それとも、今この瞬間が幻覚だろうか。
自分は本当に、ゆめを見ているのだろうか。
土方の頭は坂田の言葉を正しく認識出来ない。
「………? ……??」
「……え、ちょっと、土方くん? 人の告白に対して何かリアクション無ェの?」
「…………こくはく?」
「そーだよ、銀さんの愛の告白なんだけど、無反応って酷くねぇ? そら、嫌いなヤツからされたらそんな反応になっちまうかもしんねぇけどさ」
言葉を覚えたての子供のように繰り返す土方の反応を見て、坂田は振られるのを覚悟した。元より、叶うはずもなかったのだが。
土方の想い人は自分では無い。土方が恋い慕う相手は、土方が最も信頼し、命を賭けると誓った相手。人としても、男としても尊敬し、慕っている相手だ。しかしその相手にも、想い人は居るわけで、お互い一方通行の不毛な恋をしていると、坂田はそう妙な勘違いをしていた。
「……好きだから、優しくしてェの。……オメーは嫌かもしんねェけど、優しくさせてくんねェ?」
〝じゃねぇと抱けねェや〟と情けなく笑う坂田が土方の背をポンポンと撫でるように叩き、希う。
「……これは、ゆめか……? おれの、つごうのいい、ゆめか……? おれはもう、かとうにヤられちまって、げんじつとーひ、してんのか……?」
「!!」
終始、黙り込んでいた土方がようやく口を開き、茹だる頭で現状を整理しようと呟くように訊ねる。それを坂田は黙って聞いて答えた。
「夢じゃねェよ」
夢であってたまるかよ、と土方の顔を覗き込むと土方はぽやぽやと夢心地のような、微睡みの中に居るような幼い顔をしていた。そして、また呟く。
「……てめー、おれのことすきなのか?」
「そうだよ。ずっと前から大好きなんですけど」
「………」
「!? ひっ、ひじかたくん……!?」
坂田の返事を聞くと土方は嬉しそうに目を細め、すりすりと坂田の頬へ自身の頬を寄せた。
「……ふ、そうか、やっぱりゆめだな。ゆめにちがいねェ」
「いやだから夢じゃねェっつの」
「でも、ゆめなら、いいか」
「ねえ聞いてる? 夢じゃねェんだって」
「おれも、てめーがすきだ」
「…………へ?」
坂田に告白される夢は、初めてだった。たまに夢に見る坂田は、普段と変わらない気の抜けた顔か、冷めた顔。夢の中ですら〝好きだ〟と言われたことは無い。これが初めて。自分はよっぽど、加藤の件がストレスになっていて、救いを求めるようにこんな夢を見ているんだと土方の頭は結論付けた。そして、夢ならば、夢の中でくらいなら想いを口にしても許されるのでは無いかと。
「ずっと、てめーにほれてんだ」
「へ!?」
溜まっていた想いがつらつらと、自白剤の効果も相俟って素直に口から溢れ出た。
「ちょっ、え、待って、ずっとって何!? いつから!?」
「んなの、おぼえてねぇ。でも、きづいたら、すきになってた」
「マジかよ奇跡だよ一発逆転特大ホームランなんですけど!? えっ、え!? ほんとに!? エッ、いや、ちょっ、待って、待って……!?」
土方の〝ずっと前から好き〟発言に坂田はガッツポーズを掲げようとしてハタと何かに気付く。
真っ赤だった顔は段々と色を無くし、そうでないことを祈りながら土方へ問い掛けた。
「土方くん、その、気付いたら、好きっつーのは、あの、俺とちょっとよろしくない関係を持ってからだよな……?」
だらだらと背中に冷や汗を坂田がかいてることを知らない土方はフルフルと首を横に振って答える。
「さかたと、かんけいもつ、まえから」
〝すきだった〟
「!!」
土方の答えに坂田は息を飲む。だって、それが事実なら、自分は。
「じゃ、じゃあ、俺が初めてオメーのこと抱いた時は、もう、俺のこと好き、だったの……!?」
「ん、」
至極当然に頷く土方を坂田は力の限りで抱き締める。
罪悪感と、後悔と、自分自身をボコボコに殴りたい衝動。
あの時の行為は何度思い返しても最低だった。〝抱いた〟なんて言ったがアレは違う。最低最悪の暴力以外に他ならない。
「……さかた?」
「っ、ごめん、……ごめん……!! ごめんッ!!」
「?」
その謝罪の意味が良く分からない土方は特に理由を聞くこともせず、坂田に身を預ける。そして、その抱き締めてくれる坂田の腕の温もりに満足していた。
しあわせな、ゆめだなぁ、と。
さめたくねぇなぁ、と。
「……さかた、」
「……なに?」
「からだ、あちぃ」
「!」
だから早く触ってくれと、懇願するように土方が強請る。
夢の中の、今の坂田はきっと、自分のことを優しく、宝物のように愛してくれるのだろうと期待して。
「……良いの? 俺が触っていいの?」
「てめーいがい、ほかにだれがいんだ」
「っ、もう俺だけだからな! 他の誰にも触らせねェぞ!」
自分のものだと、独占欲を惜しげも無く晒す坂田に土方は気分が良くなって、良い事を教えてやると坂田に耳打つ。
「みみ、かせ」
「? なに?」
内緒話をするように囁かれたその内容は、坂田を再び地獄に叩き落とすような事実だった。
「おれは、てめーいがいに、だかれたことなんざねぇぞ」
「………は?」
〝どうだ嬉しいだろう?〟と得意気な土方とは反対に坂田はこの世の終わりのような顔をしている。
それもそうだろう。自分以外に抱かれたことなど無いと言う土方に、自分はどれだけ酷い言葉を浴びせたのか。それを彼は、どんな思いで聞いていたのか。
ピシッと化石のように固まる坂田に土方は何を勘違いしたのか〝別に嬉しかねェか〟と寂しそうに零した。
「ッ、バッカ、オメー!! 嬉しいわ!! 嬉しいに決まってんだろ!! だけど、ッ、違ェ、なんで、オメーっ、俺に散々な事言われてただろ…! 否定もしねぇし、俺ァ、てっきり……!」
「……いんらんでも、びっちでも、ねぇぞ」
「すみませんでしたァァア!!!!」
〝ゴメン〟で済んだらお巡りさんなんて要らないということは自分自身が一番分かっている。分かってはいるが、謝罪以外にすることはあるだろうか? 土下座は後日キッチリするとして。
「ふはっ、」
クスクスと何が可笑しいのか、鼻歌を歌い出しそうなほどご機嫌な土方に坂田は情けなく眉を下げた。
散々な。本当に散々な態度ばかりを取っていたのにどうして土方は自分を嫌いにならないで居てくれたのだろうと、坂田は泣きたくなった。
やり直せるものならば、一からやり直したい。けれど、時間は巻き戻りはしない。
「土方くん、ごめん。本当にごめんなさい……。嫌いになんねェで……」
坂田が今にも泣き出しそうなほど、弱々しい小さな声で土方に縋る。
嫌われてもおかしくないことを自分はしてしまった。もうとっくに嫌われているものだと思い込んでいた。だから、傷でも良いから土方の心に残したかった。自分はなんて愚かだったのだろう。
「ばかか、てめー」
「……バカです」
「くそてんぱ」
「……クソ天パです」
「……きらいになれなかったから、」
苦しかったんだ、と告げられた土方の言葉に坂田は胸を締め付けられた。
「も、いいから、さかた、」
いつまで経っても抱き締めたまま、動こうとしない坂田に土方は焦れる。
夢から醒めてしまう前に、幸せな夢が終わってしまう前に、坂田に愛されたい。現実では叶わないゆめの続きを土方は求めた。
「……触っていい?」
「ん、……あ、っ」
コクコクと頷いた土方を確認して、抱き締めていた手を滑らせた坂田が土方の尻を撫でる。そして再び、ちゅぷ、とナカに指をゆっくりと埋め込んだ。変わらず熱い粘膜を一際優しく擦った。
「ぅあ、アッ、ひ、ぁ…っンん、」
自身の情けなさで萎れていた坂田の雄は、耳元に響いた土方の甘い啼き声に、すぐさま反応しムクムクと育つ。あまりにも素直すぎると思わず苦笑いが漏れた。
「ッ、すまねぇっ、」
「えっ、なに? どうした?」
そんな坂田の反応に何を思ったのか、ハッとして土方は謝罪を口にする。突然の謝罪の理由が分からない坂田は珍しく動揺するが土方の次の一言を聞いてようやく己の愚行に気が付いた。
「みっともねぇこえ、でちまう、から、なにか、ふさぐもの、」
「!!」
声を出すなと再三言われていたのに、漏れ出しまう声。それはもう自分じゃ止めようがないからと、土方はキョロキョロと暗い部屋を見渡した。結局、猿轡になるようなものは見当たらず悲しげに眉を下げる土方に坂田は〝もう誰でもいいから俺を殺してくれ〟と叫びたくなった。
「ごめんね、土方くん。もう声も我慢しねぇでいいよ」
「ぇ、あ、でも、…ひぁッ、やっ、さか、たっ、は、ぁンっ」
ぬちぬちと、中を拡げるように動かして土方の膨らんだ弱い部分を突つつけば、甘美な声が部屋に響く。
「可愛い声、もっと聞かせて」
「あっ、ぁ、ッ、やっ、かわ、いくね、んあッ」
「かわいいよ、すっげぇ腰にクる」
「っ〜〜、はっあ、ァッ」
「土方くんの、えっちでかわいい声、めちゃくちゃ興奮する。……好きだよ、土方くん」
「ひゃ、ッあ……!」
坂田の恍惚とした低音の声が土方の鼓膜を震わす。ぞくぞくと、脳みそから全身へ快感が駆け抜けた。
「……甘イキしちゃった?」
「ゃ、あッ、ぁんっ…! みみ、やめ、ッ」
「耳もイイんだ」
「ふっ、はっんあぅッ、」
「ダメだよ、土方くん。逃がさねェ」
ビクリと身体を跳ねさせた土方が、身を捩ろうと動かす。だが、それを坂田は許さない。容易く土方を元の位置へと引き戻して逸らした首筋に唇を寄せる。
「あッ、ふぁっ」
「かわい、すき、だいすき」
「ンあっ! ひ、ぅっ」
「いっぱい酷いことしてごめんね」
「は、ぁっ、あッ」
「もう土方くんのシてほしいことだけ、したげる」
「ああっ! さか、たぁ、っ」
ちゅ、ちゅう、と坂田の唇が肌に触れる度に身体は甘く痺れて、坂田の砂糖菓子のように甘い言葉に心が蕩けた。
ジンジンとナカが切なくて、はしたなく腰を揺らすと坂田がトントンと前立腺を叩く。
「は、あぅっ!」
「挿入れていい?」
「いいっ、いいからっ、はや、く、ナカっ」
さっきから自分はずっと、早く早くと強請っているだろうと思いながら、土方は過去、坂田に優しくされた記憶が無い。夢とは、脳が起きている時の情報を整理するために見るものだと聞いたことがある。つまり、優しくされた情報が無ければ、この先の夢の続きを見ることが出来ないのでは、と土方に一抹の不安が過ぎった。
「土方くん、ちょっと腰浮かせる?」
「ん、っ、」
しかしそんな土方の不安は杞憂に終わる。当然だ。これは夢では無いのだから。紛うことなき、心の奥底で願い続けた現実なのだから。
ちゅぽ、と指を引き抜いた坂田が土方の腰を支えつつ、スボンの前を寛げる。すでに痛いほど勃起しているそれは先端からカウパーをダラダラと零していた。だが。
「……ゴムが、無ェ……。いや、今更なのは分かってんだよ。でもさ、やっぱさ、ゴムも優しさの一つじゃん。そこからじゃん、俺は。そこから始めないと俺クズじゃん…………買って来よう。銀さんの優しさを土方くんにしっかり証明するからね…!! ……なので土方くん、ごめん。ゴム買ってくっから、少し待って、……!?」
自問自答の末、正しい結論を導き出した坂田が土方へ〝待ってて〟と告げようとした時、土方は鈍い身体を必死に動かして坂田に抱き着いた。
「ひっ、ひじかたくん!?」
驚きのあまり坂田の声がひっくり返る。
ぎゅう、と碌に力も入らない腕でしがみつく土方に坂田は戸惑いながらも優しく問い掛けた。
「ど、どうしたの?」
「……ゃ………な、」
「土方?」
過去に一度も聞いたことの無いか細い声が、何かを訴える。再度〝どうしたの?〟と坂田が聞けばぐすりと鼻を啜る音がした。
「……い、やだ、……いく、な、」
「!?」
自分を置いて、結局帰って来ないのだろう?
そうして、このゆめは終わってしまうのだろう?
坂田に優しくされたことのない自分の記憶は、きっとここまでが限界なのだ。そう思い込んで土方は坂田に今持てる力の限りで抱きつく。子供が親に縋るような仕草に坂田はゴクリと息を飲んだ。
「ごむ、いらねぇ、から、いつもみてぇ、に、してくれ、」
もう満足だ。心が満たされる程に優しくされた。それが自分の脳みそが作り出した嘘偽りであっても、満足だ。だから、ここからは自分の記憶にあるものでいい。淫乱だ、変態だ、スキモノだと、ただのオナホ扱いで構わない。
「おれの、してほしいこと、してくれんだろ、」
さっき坂田が言った台詞を盾に取り、みっともないと頭の隅で思いながら土方が縋る。
「ッ、オメー煽り過ぎなんだよッ!! こっちは優しくシてぇっつってんのによォ!! 今回は! オメーの所為だかんな!!」
「ぇっ、あッ! ひ、アアァッ!!」
「くッ!」
土方の後孔にはち切れんばかりに硬くなった雄をあてがい、支えていた手を土方の腰に回して坂田は容赦なく引きずり下ろした。
バチュッ!!とナカを擦りながら押し拡げ、ごちゅんと行き止まりまで一気に貫かれる。
「ハ、アっ! あっ、ぁ、」
待ち侘びた快感。胎の中でドクドクと脈打つ猛々しい雄を土方は鮮明に感じ取った。ゆめでもこんなにもリアルに感じられるものなのだと自分自身に感心して土方は坂田の首筋に顔を埋める。
「ナカ、熱すぎ、ッ、すぐイっちまいそう、」
その耳元に届いた、はぁ、と雄臭い吐息を漏らす坂田に土方はビクビクと身体を震わせた。
「っ、ちょ、締めないで…! 動いてねぇのにイっちまう…!」
「あっ、ン、だってきもち、ぃ、さかたぁ、うごけよぉ、」
「おまっ、〜〜〜ッ! なんでそんなエロいの!? 俺の所為か!? 俺の所為なのか!?」
土方のナカは坂田の雄に媚びるように蠢き、快楽を求めていた。そんな土方の素直な反応が更に坂田の股間に直撃する。しかしみこすり半でイってしまうのも、動かずしてイってしまうのも、男として避けたいところで、坂田は必死に腹に力を込め、土方を揺すった。
「アッ! あんっ! は、うっ…ッ!」
「ひじかた、ッ、きもちぃ…っ?」
「ふぁっ、ぁ、イイ、ッ、きも、ち、っ、んあっ」
じゅぷじゅぷと、土方の腸液と坂田の先走りが混ざって卑猥な水音が響く。
お互いの荒い呼吸と、ぐぽっ、ぢゅぷっ、ばちゅっ、と繋がっていることを明確に知らしめる音がすぐに限界まで導こうとした。
「ぁンンッ! そこ、っ、そこ、やら、ぁっ」
「なんで、っ、ここ、きもちくねぇっ?」
前立腺を引っ掛けるように坂田の雄が擦れて土方は、〝だめ〟と首を振る。良過ぎて、だめなのだ。このままではすぐにイってしまう。もう少しだけ、甘美な夢に溺れていたい。
当然、土方の漏れる艶帯びた声から坂田はその意味を正しく理解している。けれど、彼が嫌だと言うのなら、とあえて土方の弱い部分から狙いを外し肌蹴たシャツから覗く肌に吸い付いた。
「ンアッ! はあ、っん、」
「すき、だいすき、かわいい」
「ひゃ、あっ! ああ、ぁっ!」
前立腺を避けつつ、ちゅ、ちゅく、ぢゅ、と土方の胸に紅い華を咲かせていく。坂田に一度も付けられたことのない痕を土方はうっとりと見つめた。自分の胸元で揺れる銀色の髪に指を絡めて、すんすんと鼻を鳴らす。坂田の匂いを肺いっぱいに吸い込むとキュンキュンとナカが震えた。
「あ、ひぅ゙っ、ああッ!」
「ちょ、ッ、ぐ、」
ごりゅ、と坂田が避けていた土方のイイトコロを、土方自らが腰を落として当ててくる。
「さかた、ッ、さかた、あっ、」
「ひじかたっ…!!」
快感に酔いしれながら、更に快楽を得ようとする土方がいじらしくて、その快楽の先で自分の名を求める土方がたまらなく愛おしくて、坂田は辛抱ならず土方を畳へ押し倒した。見下ろした先の土方は言葉に形容し難いほど、美しいと坂田は思う。
「ひ、ぁあ゙ッ!!」
衝撃にも似た快感の一撃に土方の目の前に白い星がいくつも飛んだ。そのチカチカと光る白い星の隙間に、ギラギラと鈍く光る紅い星が混じっていた。
「さかたぁ、」
その星がどうしようもなく、眩しい。
「土方、好きだ、」
星が言葉と共に落ちてきて、坂田の鼻先が土方の鼻先に触れる。それが合図となって互いの呼吸が重なった。そして、互いの呼吸を奪うように舌を絡め合う。
「ンッ! ふ、んぅ…っ! んふ、ぅっ、ん!」
「はっ、ン、」
上からも、下からも与えられる悦楽に頭がぼやける。勝手に涙が流れ土方は必死に坂田にしがみついてナカを締め付けた。坂田のカリが土方のイイトコロを擦り上げ奥を穿つ。
「ンンッ!! 〰〰〰っ!!」
「ン゙、っ───!!」
ビクビクと身体を跳ねさせて、ピンと伸びた土方の脚が空を蹴る。抗いようのない絶頂を迎え、陰茎を触られることなくびゅるるると射精した。それを追いかけるように、坂田も、肉襞の収縮に耐え切れずビュクビュクと土方の奥へと欲を叩き付ける。嬌声は、お互いが飲み込んだ。
「ンッ! んぅっ、んむッ!」
くちゅくちゅと唇は重ねたまま、坂田が律動を再開させる。欲を吐き出して萎えたはずの雄はすぐに装填された。
硬さを取り戻した雄がゴリゴリと既に敏感になっているナカを容赦なく突き上げる。
「んん! ンうッ! んん〜〜〜!!」
土方のナカに吐き出した精液がじゅぷじゅぷと掻き回されて、赤く膨れた縁から零れていた。
深い絶頂を与えられた土方は、坂田に突かれる度に繰り返し絶頂を迎えている。射精を伴わないドライオーガズムだった。
「ぷはっ! あっ、アッ! やぁッん!」
「土方、ッ、土方っ!」
「はうっ、イ、ってる、またっ、またクる、かはッ! ひぐぅっ! さかたぁっ、とま゙、れ、ぇ」
「悪ィ、ッ、むり、ッ!」
「ひ、ぁああ゙ッ!」
優しくしたいと言いながら、結局、土方のいやらしい姿を前にしてしまえば坂田の理性は働かない。
「土方、ッ、俺もイきそ、っ、ナカ、出してい…ッ?」
「アッ! んぁっ! イイッ、だせ、なかに、ぃっ!」
「ぐ、っ、」
「ぉ゙ッ、くにっ、アッ、あ…! 〰〰〰っ!!」
既に耐え切れず、土方のナカに出しているのだが続け様にドクドクと坂田が射精する。
胎の中に広がった熱を感じながら土方も喉を反らせ声にならない声を上げ、果てる。
「……はぁっ、はぁ、ッ、ひじかた、」
「んぁ、あ、ァ、はぁ、」
ぷるぷると太腿を痙攣させて全身に広がった快感の余韻に浸る土方の腰を坂田が撫でれば陸に上がった魚のように土方の身体が跳ねた。
フーッ、フーッと興奮冷めやらぬ坂田だが、何とか雄を引き抜こうと腰を引けば、それを止めるように土方の脚が坂田の腰へ絡まる。
「ちょっ、ひじかた、」
「やっ、まだぬく、なぁっ、……も、かい……っ、さかたぁ、」
甘える声と仕草で自分を引き留めようとする土方に、すずめの涙のほどあった坂田の理性は完全に焼き切れた。
紺青と深紅の瞳に、情欲が灯る。互いが互いを喰らい尽くすことしか、もう頭にない。
瞳を逸らすことなく、また、瞼を閉じることもなく、見つめ合ったまま唇が重なったのは必然で、二人は明け方近くまで誰に邪魔されることなく交わり続けた。
そして、先に限界が来たのは土方だった。
「あ゙ッ、く、ぅン゙っ! も゙、ぃやあ、ッ! い゙き、たくね、ぇっアア゙ッ!」
「ハッ、は、ッ! ひじかた、ッ、ふ、っ!」
「ひ、ぐぅうッ! とま゙れ、っ! と、まれッよぉ゙ッ! で、なっ、いい゙っ! あゔッも、っれな、い゙から゙ぁっ!」
「すきっ、すきだ、ひじかた、ずっとッ、はぁ、たまんねぇ、俺のッ、かわいい、ぐぅ゙、ッ、逃げんなっ、まだ足んねェッ!」
「あぁあッ!! アッ! お゙ッ、かはっ! ひああッ!! はらっ、くるし、い゙、アァ゙!」
箍が外れた坂田に土方の制止を求める声は届かない。
坂田がバチュバチュと激しく腰を振る度に、ゴポッと土方のナカに吐き出した白濁が溢れ出る。
もう無理だと、気持ち良すぎて無理なのだと、坂田の背に爪を立てて抗議をしても坂田は止まらない。ただただ坂田の雄の本能を煽るだけだった。
かひゅっ、とまともに呼吸も出来なくなったかと思えば、快楽の荒い波に飲まれ、海底に沈んでいくように土方の意識はそのままブツリと途切れた。
「ん……、んぅ……?」
陽の光が瞼にかかり、土方は薄らと重い瞼を持ち上げる。
「……!? い゙ッ!?」
見慣れない部屋に数秒、ハッとして身体を起こせば腰に鈍い痛みが疾走った。というか、全身がダルくてたまらない。ついでに言えば、頭もズキズキと痛む。酒を飲みすぎた二日酔いの比では無かった。
痛む頭で状況を整理しようと見渡せば、自分は柔らかな布団の上に居た。
「……?」
さらに身に覚えのない白い着流しを纏っている。よく見れば袖と裾には流水の模様が施されていた。
いったい、自分に何があったのかと痛む身体に目をやれば土方は自分の身体に残された痕に固まる。
「!? ……!! 〜〜〜!?」
そして、走馬灯のように昨夜の記憶が頭の中を駆け巡った。
加藤の脅迫を受け入れるために、会いに行ったこと。薬を飲んだこと。ヤられそうになったこと。坂田が助けに来てくれたこと。坂田と、とそこまで振り返って土方は一人、ボンッと効果音が付きそうなほど一気に顔を赤くさせボフッと布団に倒れ込んだ。
──夢じゃ、なかったのか?
そうもう一度、着流しの中を確認してみれば至る所に散りばめられている紅い鬱血痕と、歯型。腰には手形のような青痣がくっきりと残っている。身体中に、情事を思わせる痕跡やダルさは残っているのに、不快感は一切無い。恐らく、綺麗にしてくれたのだろう。
「………」
さて、何処からの記憶が現実で何時からの記憶が夢なのか。夢だと思っていたものが仮に現実だとしたら、自分にはハッキリと最初から最後まで記憶があることになってしまう。
〝惚れてる〟と告げて、〝好きだ〟と言われて、〝抱いてくれ〟とみっともなく縋ったことも、〝優しく抱きたい〟と言われたことも。
どうしようもない羞恥に見舞われ、頭を抱えているとガラガラと戸の開く音とギシギシと軋む床の音が聞こえて、音の方へ顔を向ければスーと襖が開いた。
「あ、起きた?」
「!!」
まだ微塵も心の準備など出来ていないと言うのに、渦中の男は普段と変わらない間抜け面で部屋に戻ってきた。
「……身体、大丈夫?」
「っ、ゴホッ、ケホッ」
声を出そうとしたが、喉の引き攣る痛みにケホケホと咳き込む。すると坂田が慌てて駆け寄りその背中を摩った。土方が寝ている間に坂田はコンビニに行っていたらしく買ってきたペットボトルの水を蓋を開けて差し出せば土方はゆっくりとそれを受け取りコクリと喉を潤した。
「……討入はどうした」
掠れた声で土方が坂田へ問い掛ける。
色々と聞きたいことや確かめたいことはあるが、まず第一は討入の件だった。
「無事、全五拠点摘発。幹部連中から下っ端まで漏れなく捕縛済だ。現在進行形で後処理中。オメーは薬盛られたってことで近藤がしばらく休めだってよ」
「……そうか」
討入が無事済んだ安心感と、近藤の気遣いに申し訳ない思いで息を吐く土方へ坂田は聞かれる前に答える。
「で、加藤はブタ箱行き確定。薬物関連であのオッサン役満だったわ。使うわ作るわ売るわ、最悪だろ」
「製造もしてたのか。……テメー、いつからアイツが怪しいって気付いてやがった?」
坂田から告げられた事実に呆れながら、大方の見当はついているがそう坂田へ訊ねれば坂田はしれっと答えた。
「登庁した時」
「………」
「普通に考えて、売買前の薬押収出来たくれェで呼ぶなんて変だろ。ありゃあ自分のことがバレてねぇか確かめたいっつー心理が働いたんだろうよ。……まぁ別の目的もあったみてぇだけどな」
ちらりと見てくる坂田に土方はビクと肩を震わせた。
「……あのオッサン、俺のこと知らねェみてぇな態度だったけど、あの時点で俺の過去知ってたんだろ」
「!」
「オメーも、聞かされたんだろ? んで、元攘夷志士が対テロ対策のお巡りなんておかしいだの、今も攘夷浪士と繋がってるだの、松平のオッサンと近藤の監督責任問うみてぇなこと言われて黙ってる代わりに言うこと聞けって感じになった、と?」
坂田の確信している態度に誤魔化す意味もないと土方はコクと一度、首を縦に振る。
「……バカだねぇ土方くん」
「あ゙あ゙?」
ふ、と笑いながら言ってくる坂田を土方が睨めば坂田はその瞳を真っ直ぐ見つめ返して答えた。
「全部俺に押し付けて切り捨てる、それが正解だろ」
「っ!」
決してそれを考えなかったわけではない。真選組を護るために疑わしきは罰する、世の理とは反するかもしれないがそうする手もあった。けれど、坂田の過去が事実、事実では無い以前に、土方は真選組を護りたかった。それは坂田自身を護ることを意味する。自分の身体一つでその両方が叶うなら、天秤にかけるまでもなかったのだ。どんな手を使っても、惚れた奴を護りたいと思うのは当たり前のことだろう?
「悪ィな。……俺が元攘夷志士で、犯罪者として捕まったのは事実だ。打首前に、運良く解放されたわけだけど」
土方が自分を切り捨てられなかった理由を、坂田は昨晩痛いほど思い知った。全ては何もかも、自分の所為だった。それが危うく、最悪の事態を招き掛けていたとは恐ろしい。
「……その事、近藤さん達は知ってんのか」
「松平のオッサンは全部知ってる。それでも問題ねぇっつって真選組に引き込まれたわけ。近藤は、オッサンが話してりゃ知ってるとは思うが、オメーが知らなかったなら、多分話してねぇんだろうな。……たっく、何やってんだあのオッサン」
話していたら、こんな事態すら招かなかったと言うのに、と坂田はガシガシと髪を掻いて、ふぅと一つ息を吐く。
「とりあえず、まぁ、加藤の件は一件落着だ」
「勝手に落着すんな。九番隊と十番隊を動かしてたのは何でだ? 山崎からの報告は三拠点だった。テメーも加藤を探ってたのか?」
「おーおー、すっかり副長モードだねぇ」
「茶化すな。答えろ」
「へいへい、お察しの通り、俺もあのオッサンを探ってジミーくんの報告に無かった神奈川の四拠点目を見付けてたわけ。薬物関連でしょっぴいたガキンチョが吐いた情報」
「……そんな報告受けてねェぞ」
耳の穴に指を突っ込みながら答える坂田に土方はムッと唇を尖らせ、薬物関連は自分に報告するようにと伝えていたはずだと坂田を見やる。すると坂田は至極当然に答えた。
「そら俺が報告止めてたからね」
「テメッ、何勝手なことっ、」
「だってそのガキンチョ、オメーがホテル行こうとしてた相手だぜ」
「!?」
「オメーはすっかり忘れてるかもしんねェけど、俺ァ、忘れてねェ。銀さん嫉妬深いから」
「しっと、って……」
あんな一瞬の邂逅で相手の顔を覚えているとは、と感心しているとそんな土方を見透かしたように坂田が口を開いた。
「言っとくけど、基本、野郎の顔なんざ覚えちゃいねェからな。土方くんが絡んだから覚えてんの。ま、あのガキは薬ヤってたし、半年も前のことなんざ覚えてねぇだろうが、……念の為。土方くん美人さんだからね、思い出されてもヤダし」
「なっ!?」
坂田の言葉に二重の意味で驚きながらサラッとコイツは今何と言った、と土方は口をパクパクと池の鯉のように開閉させる。
「けど、焦ったわー。ジミーくんがギリギリで最後の拠点見付けてなかったらあのオッサンの逮捕も、勝手に居なくなった土方くんを迎えに行くことも出来なかったし。あいつ意外と有能だよな。神奈川の拠点は俺の手柄だけど」
「………」
直属の部下を褒められ、満更でもない顔をする土方に坂田は少しだけ妬いた。そして、坂田はここからが本題だと言わんばかりに土方の前でパンッと両手を叩く。
「! 急になんだよ」
「ハイ、仕事の話はここまでね」
「?」
「ここからは俺らの話」
「…!」
坂田がそう言うと土方は真選組・鬼の副長から、土方十四郎の顔へと戻る。〝俺らの話〟と坂田に言われて途端に昨晩の記憶を呼び起こしてしまう。
坂田の紅い瞳に真っ直ぐ見つめられてじわじわと土方の頬が熱帯びていく。
「その顔はちゃんと覚えてるってことでオッケー?」
「っ、ゆめ、」
「夢じゃねぇっつーの。何回言うのそれ。全部現実だから。オメーが薬飲んで、ヤられそうになった時に銀さんが颯爽と助けに行きましたァ。薬でフラフラな土方くんをここに連れて来て、ガッツリ抱かせていただきました」
「〜〜〜っ」
「俺好きって言ったんだけど、覚えてねぇの? 土方くんも俺に好きだって惚れてるって言ってくれたけどね。まぁ好きってその一回しか言われてねぇんだけど」
ペラペラと坂田の良く回る舌に何を言い返しても論破される気がして土方はぐっと口を噤む。
仮に夢じゃなかったとして、坂田の想いも本物だったとして、自分はどうしたらいいのか分からない。
ぐるぐると何を答えればいいのか考えあぐねる土方の手を坂田が握った。その手は想像以上に熱く、土方の全身に広がっていく。
「たくさん酷いことして、言って、ごめん」
「ぁ、」
「そんで、散々なことしたくせに、今も好きで、ごめん」
「………」
「土方くんが許してくれるなら……、いや、許してくんなくても良いんだけど、土方くんがまだこんな俺を好きで居てくれるなら、俺は、土方くんと正式にお付き合いがしたいです。恋人になりたいです。……なので、前向きに検討してもらえると嬉しいです」
珍しく、死んだ魚のような瞳をこれでもかと煌めかせ想いを告げてくる坂田に土方はどうしようもなくときめいた。我ながら単純だと笑えてしまうくらい、今までの所業を水に流そうとしている。
坂田の告白に答えようとして、不意にある懸念を土方は抱いた。だから。
「………………付き合ってやっても、いい」
「! まっ、まじでッ、」
まるで女王のような土方の返事に相好を綻ばせた坂田だが、土方の返事にはまだ続きがあった。
「だが、」
「だ、だが……?」
紺青の双眸がジッと坂田を見つめる。そんな迷いが無くなった瞳に坂田は何を言われるのかとゴクリと唾を飲み込んで聞き返した。
「真選組を辞めることは許さねェ」
その台詞に坂田は目を見開く反応を見せる。なんで分かったんだと言葉無く疑問を匂わす坂田へ土方は〝やっぱりな〟と呆れたように笑った。
「今更テメーの過去がどうとかで辞めさすわけねェだろ。つーか、辞められて攘夷浪士に舞い戻られる方がめんどくせぇ。テメー捕まえんのは骨が折れそうだし。なァ? 白夜叉殿?」
「……真選組辞めてもそっちに再就職する気はねぇよ」
バツが悪そうにガシガシと天パの髪を掻いて答える坂田だが、実の所、土方に想いを伝え、それがダメでも良くても、真選組を辞めるつもりでいた。自分の過去がこんな形で好きな人に迷惑を掛けていたと知れば当然の決断だろう。決して、自分が歩んできた過去を恥てはいないが、デメリットになるなら考えものだ。しかし、その当の本人が坂田の決断に否を突き付ける。
「辞めるっつーなら、テメーとは付き合わねェ」
「え゙!?」
「真選組を捨てるっつーことは、俺を捨てるのと同義だ」
「!!」
大袈裟なように聞こえるが、土方にとってそれは決して大袈裟なことではなかった。自分は真選組も坂田も、両方、選んだ。お前はそれが出来ないのか、とそんな圧がヒシヒシと坂田に伝わる。
「っ、」
折角貰えたオーケーの返事を撤回する発言に坂田はゔゔッと唸るように頭を抱えること数分後。
「………」
「結論は出たかよ」
「…………俺、土方くんの隣に居ていいの?」
「……へぇ、散々酷ェことしといて逃げんのか。まぁ? 別に? それでもいいけど?」
「おまっ、それは、ッ〜〜!」
全面的に自分が悪いとぐ、と口を噤む坂田の傍らで土方はニタリと坂田の答えを待った。そうして。
「……わぁった。真選組は辞めねェ、……なので、お付き合いの方向でお願いします!」
「ん」
坂田の答えに安堵し、頷いた土方の表情が分かりやすいくらいに嬉しそうで今更キュンと坂田の胸が高鳴る。
「……でもよ、俺の過去はこのままで大丈夫なのか?」
ただ、一抹の不安を口にすれば土方は〝んー〟としばし考えたあと、いとも簡単に今後の方向性を大まかに決めた。
「まぁ、それは、とっつぁんと近藤さんにも確認して、追々対応してく感じで」
「………」
「なんだ、その不満そうな面」
「いや、別にぃ。……あのさ、俺からも一ついい?」
「?」
「今ん所それしかねぇから仕方ねェとは思うけど、もし、また、変な野郎に今回みたいな脅迫されたら絶対ェ、俺に言え。絶対ェだぞ」
早めに何か解決策を講じようと思案しながら、土方に詰め寄れば土方はキョトンと数度瞬きをして小さな声で〝わかった〟と頷いた。
こんな事がそう何度もあってたまるかと思う反面、土方に邪な目を向ける輩は一定数居ると知っている坂田は〝約束だからな〟と更に念を押す。
「わかったっつってんだろ。しつけェ」
「………」
〝チッ〟と忌々しげに舌を打つ土方に覚えた多少の苛立ちには目を瞑り、それよりも大切なことがあると再び坂田が土方の手を取った。
「土方くん」
「あ?」
「俺と付き合ってくれんだよね?」
「……おう」
「じゃあ好きって言って」
「……は?」
「俺オメーにまだ素面で言われてねェもん」
「っ、」
そう、昨晩の土方の告白は薬で頭がボケてる状態でもあったわけで、素面とは到底言い難い。今、しっかりと頭が回っている状態で坂田はその言葉を聞きたかった。
「な、言って?」
「べっ、別に今更言う必要無ェだろ! 付き合う、っつーんだから、そういうこと、だろ…!」
「そういうことだから尚更聞きてェんだろ? よく考えてみろ。今までの俺達に足りなかったものを」
「……足りなかったもの?」
「そう、俺達に足りなかったもの。それは意思疎通。つまり素直な気持ち」
「………」
確かに、坂田の言うことは一理ある。互いに意地を張り、素直にならなかった為にお互い、苦しい想いをした。もう、あんな想いは御免蒙りたい。
「つーわけで、」
「?」
「……土方くん、好きです」
「っ、」
「大好き」
「ゃ、やめ、っ」
「愛してる」
「〜〜〜ッ!」
カァッと熱くなる顔を隠そうにも坂田に両手を取られ、顔を隠すことは叶わない。うるうると羞恥で視界が滲むが、心の奥底で願っていた言葉を紡ぐ坂田から顔を逸らすことも出来ず、先程の女王のような態度とは打って変わって、土方は何も知らない生娘のような瞳で坂田を見やった。
「可愛い。ねぇ、土方くん、俺の事好き?」
「っ、」
土方を見詰めたまま、坂田は握った土方の指先に口付けを落とした。
「土方くんが好きって言ってくれたら、……こっちにキスしたい」
「!?」
指先に口付けたあと、その指先を土方の唇へ導く仕草は随分と気障だ。だが、似合わないという訳では無いから腹立たしい。他の女も、こんな風に口説いて来たのかと変に勘繰ってしまう。
けれど、そんな土方の胸中を見透かしたように坂田が告げる。
「土方くんだけだよ。こんな必死に〝好き〟って言ってもらおうとしてんの。土方くんにだけ」
「てめっ、さっきからずりぃぞ……ッ!」
本当に最初から最後まで、こいつは狡い。そう思いながらも、ジッと土方の言葉を待つ坂田が本人曰くの〝必死な姿〟だとするならば、悪くない、とも思うわけで。ゴクン、と唾を飲み、ゆっくりと土方が口を開いた。
「………ぉれも、」
「うん」
「っ、……す、き…だ……!」
「………」
ようやく口に出来たその想い。バクバクと激しい鼓動を奏でる心臓の音が聴こえた。
「…………何でテメーが赤くなってんだ」
「……破壊力が凄すぎて」
じわじわと無言で顔を赤くした坂田につられるように土方の頬もますます熱帯びる。そして、どちらからともなく顔を寄せ、瞼を下ろし、唇を重ねようとした、その時。
──ピンポーン!
「「!?」」
あと数センチで重なりかけた唇は呑気なインターホンの音によって遮られた。
「坂田ふくちょ〜〜、昨日言ってた土方副長の着替え諸々持ってきましたよー! おーい、旦那ー! アンタは今日普通に仕事ですからねー!!」
「…………ふぅ、ちょっくら殺ってくる」
「えっ、」
コメカミをヒクつかせて、目が据わった坂田を土方は静かに見送りピンポン、ピンポーン、コンコンコン、と玄関の戸を叩く自身直属の部下の最期を悟る。地味な部下の悲鳴が朝のかぶき町に響き渡ったのは言うまでもないだろう。
「………」
ゴロンと布団に寝転んだ土方は重ね損なった唇に触れて〝してから行けやクソ天パ〟と心底嬉しそうに呟くのだった。
終