会社員の昇さん(53歳、仮名)は、3週間くらい前から左肩が痛くて腕が上がらなくなった。ワイシャツに袖を通すときや電車のつり革につかまろうとして左腕を上げようとすると、左肩に激痛が走る。寝ている間も肩が痛くて目が覚めてしまう。同僚には「五十肩なら、私も自然に治ったから大丈夫だよ」と言われたが、肩の痛みで左腕が思うように動かせず寝不足で困っている。
四十肩・五十肩にもファシアの癒着が関係
「昇さんのように、肩関節が痛くて腕が動きにくくなる五十肩は、40代の人がなれば四十肩、専門的には肩関節周囲炎、または凍結肩と呼ばれます。なぜ突然片側の肩だけが動かしにくくなるのか発症のメカニズムは不明ですが、肩の関節の骨、軟骨、靱帯(じんたい)などが老化してすり減り、摩耗した粉を免疫細胞が異物と判断して攻撃し炎症が起こると考えられています。肩が動かしづらくなるのは、肩関節を覆うファシアが周囲の組織に癒着してしまうからです」
そう解説するのは、「完全版 自律神経が整う肩甲骨はがし」(幻冬舎)などの著書がある、東京医科大学病院整形外科准教授の遠藤健司さんだ。
前回「肩もみや肩たたきは逆効果? 肩こり解消に本当に効くのは…」で取り上げたように、ファシア(Facia)は、包帯や包むものを意味するラテン語が語源で、筋肉、臓器、腱(けん)、骨、血管など体内のさまざまな器官を覆っている結合組織を指す。筋肉を覆う膜である筋膜と訳されることもあるが、筋肉だけではなく肩関節の骨や腱などもファシアで覆われているのだ。
四十肩・五十肩では、肩関節の動きに関わる関節包や滑液包とも呼ばれるファシアがスムーズに動かなくなり、「痛くて腕が上がらない」「背中に手が回しにくい」といった可動域の制限が生じるのが特徴だ。発症直後の「炎症(急性)期」には、寝入りばなや寝返り時に痛む夜間痛や安静時痛がある人が多い。一般的に、1カ月程度で炎症は治まり、強い痛みは軽減するが肩の動きが制限される「拘縮期」、徐々に回復する「回復期」に移行する。
肩の可動域を広げファシアの癒着を防ぐセルフケアが大切
では、昇さんの同僚が言うように、四十肩・五十肩は、放っておいても自然に治るのだろうか。
「放っておいても治る人もいるようですが、回復するまでに2~3年かかることがあります。その間は腕や肩の動きが制限され不便ですし、動かさないでいるうちに肩の可動域が狭くなったままになる人もいます。また、夜間痛には市販の解熱鎮痛薬が効きにくいので、痛みで夜眠れなくて生活に支障が出ているようなら、整形外科を受診し、慢性疼痛(とうつう)治療薬のトラマドール製剤(商品名・トラムセット・トラマールなど)か、ガバリン製剤(商品名・リリカ、タリージェなど)を処方してもらうとよいでしょう」と遠藤さんは話す。
炎症期は、痛みが強ければ患部を冷やし消炎鎮痛薬を服用して安静にした方がよいとされるが、全く動かさないでいると肩関節が硬くなって、可動域が狭くなってしまう人も少なくない。遠藤さんが、四十肩・五十肩を改善するセルフケアとして勧めるのは、下記の「アイロン体操」だ。20世紀の初めに米国の外科医であるコッドマン博士が考案した方法で、コッドマン体操と呼ばれることもある。アイロンの代わりに、水の入ったペットボトルやダンベルを重りとして使ってもよい。
ファシアの癒着をはがすハイドロリリースとは
「アイロン体操を続けているうちに可動域が広がり、肩関節の痛みの軽減も期待できます。1~2週間体操を続けても痛みや可動域の制限が改善しないときには、ハイドロリリースという治療で肩関節のファシアの癒着を取る方法もあります」と遠藤さん。
ハイドロ(Hydro)は水、リリース(release)は解放を意味する。ハイドロリリースでは、動かしにくくなっている部位を超音波(エコー)の画面で確認しながら、肩を覆う僧帽筋とその下にある肩甲挙筋の間に生理食塩水を注射し、ファシアの癒着をはがす。保険診療で受けられる治療法で、医療機関によっては、生理食塩水に少量の麻酔薬を混ぜる場合もある。注射の針を刺したことで皮膚が赤くなったり腫れたりするケースはあるが、生理食塩水を使うので副作用の少ない治療法だ。四十肩・五十肩に対しては、炎症がある程度治まった「拘縮期」に適した治療とされる。
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遠藤さん自身、五十肩になったときにハイドロリリースによって痛みと可動域の制限が改善し、肩が動かせるようになった。「ハイドロリリースは運動療法と併用すると効果的です。ハイドロリリースによって肩が動かせるようになったら、アイロン体操や肩甲骨はがし体操でファシアの癒着を防ぐようにしましょう。このような体操を続ければ、肩の可動域が広がり痛みも出にくくなります」と語る。
肩甲骨はがし体操のやり方は、「肩もみや肩たたきは逆効果? 肩こり解消に本当に効くのは…」を参照していただきたい。
なお、四十肩・五十肩だと思ったら、肩と筋肉をつないでいる腱板と呼ばれる部分の一部が切れる「肩腱板断裂」や、もろくなった肩の腱板の中にリン酸カルシウム結晶がくっついて炎症が起こる「石灰沈着性腱板炎」という別の病気の場合もある。腱板断裂は男性、石灰沈着性腱板炎は女性に多い病気だ。
遠藤さんは「肩の痛みが強く生活に支障が出ているときには、単なる四十肩・五十肩でない恐れもあるので整形外科を受診してください。ホームページなどで調べ、肩関節の治療を専門にする医師のいる医療機関を受診するとよいでしょう」とアドバイスする。
整形外科では、レントゲン検査と超音波(エコー)検査、またはMRI(磁気共鳴画像化装置)検査、触診、問診などによって、腱板断裂や石灰沈着性腱板炎なのか、四十肩・五十肩なのかを診断する。
無理な姿勢や深酒、沈み込むような寝具は避けよう
四十肩・五十肩の発症や再発を防ぐには、肩関節や肩甲骨に負担をかけないようにすることも大切だ。例えば、車の運転席や助手席から後部座席にある物を取ろうとして無理な姿勢を取ったり、高いところに手を伸ばしたり、犬のリードに引っ張られたりしたことをきっかけに、四十肩・五十肩になる人も少なくない。そういった無理な姿勢を取らないように注意したい。
「何時間も座っているなどずっと同じ姿勢を取り続けないことも重要です。デスクワークの人も1時間に1回は立ち上がったりストレッチをしたりして体を動かしましょう。動いた方がいいのは寝ている間も同様です。深酒して爆睡すると、寝返りが打てず体の片側がむくんで、首の寝違え、四十肩・五十肩、ぎっくり腰を起こすことがあるので注意してください。寝具は、体が沈み込んだりせず、寝返りが打ちやすいものを選びましょう」と遠藤さんは強調する。
遠藤健司・東京医科大病院整形外科准教授=本人提供
スムーズに寝返りを打てるようにするには、就寝前に、横になって左右にゴロゴロと転がったり、肩甲骨を動かすストレッチをしたりすると効果的だ。肩甲骨のストレッチ法には、あおむけに寝て下半身は動かさず、息を吐きながら右腕をゆっくりと左に回し、次に、息を吐きながら左腕をゆっくりと右に回す方法がある。その後、あおむけに寝たまま上半身は動かさず、伸ばした右脚をゆっくりと左に大きく倒して腰をひねって5秒キープし、元の姿勢に戻り、今度は、左脚をゆっくりと右に大きく倒して5秒キープする。腕、脚を左右に倒すストレッチを交互に3回程度繰り返す。
長年使ってきた肩の腱や軟骨は摩耗してすり減っている。寝る前のストレッチを習慣にしてファシアの癒着を防ぎ四十肩・五十肩にならないようにしたい。
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福島安紀
医療ライター
ふくしま・あき 1967年生まれ。90年立教大学法学部卒。医療系出版社、サンデー毎日専属記者を経てフリーランスに。医療・介護問題を中心に取材・執筆活動を行う。社会福祉士。著書に「がん、脳卒中、心臓病 三大病死亡 衝撃の地域格差」(中央公論新社、共著)、「病院がまるごとやさしくわかる本」(秀和システム)など。興味のあるテーマは、がん医療、当事者活動、医療費、認知症、心臓病、脳疾患。