高齢になると、食事中にむせたり食べこぼしたり、かみにくい食べ物が出てきたりする。こうした口の中の機能低下は全身の衰えを招くと考えられ、「オーラルフレイル」の状態といわれる。どうしたら機能を改善できるか、具体策を探った。
●「パ、タ、カ」早口で
「パパパパパパ」「タタタタタタ」「カカカカカカ」。10秒間に「パ」「タ」「カ」、それぞれの音を連続して発声してみよう。1秒間に6回以上はっきりと言えただろうか。「パ」「タ」「カ」は、食べ物を飲みこむ時の口や舌と同じ動きをする音で、高齢者でなくても早口で発音するのは案外難しい。高齢者医療に長年携わる東京都健康長寿医療センター(板橋区)の歯科口腔(こうくう)外科部長、平野浩彦さん(56)は「もし一つでも言えない音がある場合、舌の力が衰えている可能性がある」と指摘する。
歯や舌は、食べ物を飲みこむ▽かみ砕く▽言葉を発する▽呼吸する--など、生きる上で大切な役割を担っている。これらの機能が低下すると、人と話すのがおっくうになって会話が減る。かめないので軟らかい穀類や菓子類ばかり食べて栄養状態が悪化し、やがて体力が落ち、外出が減っていく。平野さんによると、シニアは口腔機能の衰えから、ドミノ倒しのように一気に心身の活力が弱まる悪循環に陥りがちで、誤嚥(ごえん)性肺炎や認知症など大きな病気に至る恐れがあるという。
シニアの口腔ケアは「歯」のケアだと思われがちだが、実は歯のケアは既に浸透している。1989年から厚生労働省と日本歯科医師会が推進している「8020運動」(80歳になっても20本以上、自分の歯を保つ運動)によって、高齢になって歯を失う人の数は減少傾向にある。2016年に厚労省が実施した「歯科疾患実態調査」によると、80歳で20本以上の歯を持つ人の割合は全国で5割以上という。その半面、「舌の力を維持・向上させるためのケアはおろそかにされがちだ」と平野さんは指摘する。
●アプリでチェック
どうすれば舌の力を維持・向上できるのか。平野さんが勧めるのが、口のトレーニングだ。頬や舌は全て筋肉で動き、体の筋力と同様に次第に衰える。普段から口周りを意識して動かし、かむ力や飲みこむ力を鍛えよう。
まずは「舌筋トレ」。無理なく続けられるのが「ガラガラうがい」だ。水を口に含んで上を向き、喉の奥で15秒ほどガラガラと言いながら水を吐き出す。その際「舌の奥の部分を意識して、しっかりとガラガラする。すぐに水を吐き出さずに喉の奥に水をためるのもよい」と平野さん。同じ要領で、頬全体を膨らませたり元に戻したりして小刻みに3回ほど動かし、水を吐き出す「ブクブクうがい」も口周りの筋肉にいい刺激になる。
また、(1)舌を前に突き出す(2)出した舌を左右に動かす(3)舌で唇をゆっくりなめる--のそれぞれの動作を、「これが舌の動く限界」というところまでやった上でゆっくりと3回繰り返す。舌の可動域が広がり、滑舌改善につながって唾液の分泌が促進され、口内の自浄作用が期待できる。
もっと日常的にできるトレーニングもある。早口言葉やおしゃべりで舌を動かす「しゃべトレ」は、口の筋肉をほぐす効果がある。特に、「パ」「タ」「カ」をしっかりと発音する「パタカ体操」はうってつけだ。「パ」は一度閉じた唇を開け、息を軽く破裂させるように、「タ」は舌を前歯の上部にしっかりとつけて離すと同時に息を吐き出す。「カ」は、喉の奥に力を入れるようにして発音するのがポイントだ。
iPhone(アイフォーン)向けアプリ「毎日パタカラ」は、通話用マイクに向かって「パ」「タ」「カ」の音を5秒の間に何回はっきりと発声したかを基準に、口の状態をセルフチェックできる。「良好」「少し心配」など3段階で評価が出る。
●硬い物を食べよう
さらに、普段の食生活も見直そう。適度に硬さのある物を日常的に食べれば「食べトレ」になる。かみごたえがある野菜や海藻類、魚介類、肉類、種実類を積極的に食べたい。「たくあんやみりん干しなど、献立にかみごたえのある食品を少し取り入れるだけでもかむ機能を改善するよいトレーニングになる」と平野さん。「口にトラブルを感じたら、健康な時から意識的にケアしていくことが大切」と呼びかけている。【梅田啓祐】
早口言葉や替え歌を活用したトレーニング
<早口言葉>
【レベル1】生麦 生米 生卵
【レベル2】すももも桃も桃のうち 桃もすももも桃のうち
【レベル3】赤巻紙 青巻紙 黄巻紙
【レベル4】隣の竹垣に竹立てかけたのは 竹立てかけたかったので 竹立てかけた
【レベル5】「寿限無(じゅげむ) 寿限無 五劫(ごこう)のすりきれ--」を最後まで唱える
※レベル1から始めて難易度を上げよう。
<替え歌>
童謡や唱歌の歌詞を「パタカラ」に替えて歌う。「春が来た」なら「パーターカラ パーターカラ パタカーラー♪」、「チューリップ」は「パパパ カカカ タタタタ ラララ♪」となる。はっきりと口と舌を動かして発音するのが大切だ。