連載「五感で楽しむ夏」、締めくくりに「五感」の外側にある感覚を考えたい。
全国には「パワースポット」と呼ばれる場所がある。人気観光地の高尾山(東京都八王子市)もその一つで、修験道の霊山として知られる。
登山道を歩くと、ところどころに丸い石が載った石柱がある。「六根清浄石車(ろっこんしょうじょういしぐるま)」と呼ばれるもので、丸石の下にある石車を回すと、人間の六つの感覚(目、耳、鼻、舌、体、心)が清らかになるという。山中18カ所に石車があり、各6回ずつ回せば人間の煩悩の数(108)と同じになる。そうした教えを知ってか知らでか、軽装の外国人観光客が楽しそうにぐるぐる回していた。
仏教の六根は「五感+意識」に近い定義だが、人間にいわゆる五感以外の「第六感」は存在するのか。今年3月、東京大と米カリフォルニア工科大の研究チームが「多くの人は地磁気に対する感受性が潜在意識下にある」と専門誌に発表した。磁石でもある地球が作り出す「磁場」を感じる能力があるというのだ。
電磁波を遮断した暗室の中で、さまざまな方向に地球と同程度の人工的な磁場を作り被験者36人の脳波を測定した。その結果、目を閉じて座っているだけでは何かを感じた人はいなかったが、ある特定方向の磁気刺激に対しては脳のアルファ波の振幅が小さくなる反応がみられた。研究チームの真渓(またに)歩・東大准教授(システム情報学)によると、これが感受性を示す証拠になるという。
「渡り鳥やミツバチなど、地磁気をナビゲーションに用いる動物は多い。光や音のように物理量として存在する磁力を感じられる、という意味では『第六感』と言えるかもしれない」と真渓准教授。ただし「あくまで潜在意識下で確認されただけ。人の判断や意思決定に影響しているかは分からない」とクギを刺す。
パワースポットの中には「ゼロ磁場」などと、そこの地磁気が特別であるかのようにうたう場所もある。だが、日本科学未来館の科学コミュニケーター、松岡均さん(53)は「地磁気がゼロの状態は、自然にできることはまずない」と解説する。日本の地磁気は平均すると4万6000ナノテスラ(テスラは磁気の強さを表す単位)程度。「わずかに向きが乱れたり強弱が生じたりする可能性はあるが、ある地点だけ長期にわたって地磁気が極端に強い、あるいは弱いということは、自然には起こりづらい」
パワースポットとされる場所で、リフレッシュして高揚した気分が味わえても「気温や湿度、におい、明るさなど、五感から得た情報で環境の変化を感じ、特別な場所だと考えるからではないか」と松岡さん。科学的には説明できなくても、多くの人は忙しい生活の合間を縫って非日常が味わえる場所に出かける。六根清浄の言葉通り、六つめの感覚も無意識のうちに研ぎ澄ましたいと考えているのかもしれない。【銅山智子】=おわり
<メモ>
体内に「磁気センサー」を持ち、方角や方向を探知するのに利用する動物は、カラスやハトなどの鳥類、サメやエイなどの魚類、イルカ、ミツバチ、アリなど多数存在する。人にも同様の感覚が備わっていた場合、その仕組みは不明だが、脳内にあるマグネタイト(磁鉄鉱)、網膜にあるたんぱく質のクリプトクロムなどが、磁気センサーの働きをしているとの説がある。